古沢嘉通のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『おやすみなさい、メランコリー』夏笳
近未来の女性と動物型ロボットの物語と、歴史上の人物であるアラン・チューニング(コンピュータや人工知能の基礎を築いたイギリス数学者)と彼の作った対話機械の物語が交互に語られる。
女性は、幼少期に父が死に、母とも別離、周りを気にしながら行きてきたので自分自身がもてず、精神不安定のもととなっている。
アザラシ型ロボットのリンディを作って(人間型だと不気味の谷があるけどアザラシなら可愛い)ともに暮らしている。散歩したりお世話したりするうちにリンディは徐々に言葉を覚えていく。そして新しいロボットのノッコも生活に加わる。女性は幼少期に両親と死別したり離れたりという孤独や、嫌われないように自分を作ってきた抑圧感がある。ロボットであるリンディとの交流を通して、自分自身の過去を振り返ったり他人を信じることを見直す。
そしてアラン・チューリングと、対話機械「クリストファー」の物語。チューニングはクリストファーに「こんな場合はこう答える」と教える。クリストファーは人間の心は理解しないが言葉のパターンで返す事はできる。
言葉が返せればコミュニケーションになるのか?もしそれがコミュニケーションではないとしても、でも返したということで相手の支えになることはできるのか?相手とわかりあえなくても関係を結び、相手を変えることはできるのか?
最後に、女性はロボットたちとディズニーランドを訪れる。ここでは以前自殺を考えた女性が、青いカバと写真を撮ったことがあり、SNSでその写真を見たディズニーランドが青いカバを設置したということがある。それで相手の気持を変えられた?誰かを変えられた?それを受けて女性は、自分も誰かを支える側になろうと考えるようになる。
『月の光』劉慈欣
主人公の男性は、愛する女性との完全な別離の人生最悪の日に「100年後の自分」からの電話を受ける。遺伝子操作により長寿となったのだが、環境問題により地球は海に沈みつつあるのだという。そして主人公はそれを変える力があるという。
主人公は未来を変える決意をする。それだけで未来は変わる。だが別の問題が発生したようでまた別の環境問題にさらされている。それを繰り替えす。
主人公は、自分はこの後誰とも生涯を共にしないことを知る。自分がしたことで何も変わらなかったことを知る。しかしそうだとしても人間は精一杯生きるのだ、ってこと?
『壊れた星』糖匪
SFというかホラー気味かも。
女子高生の嘉茗(ジアミン)は幼い頃母親を亡くし、建築家の父の建てた家で暮らしている。母を亡くした頃から夢で青白い女を見て言葉をかわしていた。彼女は「わたしはあなたの母。そうね、死んだ人のことをいうなんて頭がおかしいわね」という。青白い女は星を読み、ジアミンには星のお告げを変えるような強い力がある、と言っている。
やがてジアミンの高校生活は友達との喧嘩、いじめ、恋した男子高生の裏切り?などから複雑に残酷になっていく。父と母の真実を知ったジアミンは、星の運命を変えることにする。
『潜水艇』韓松
長江には出稼ぎ農民たちの潜水艇が溢れている。農民たちは日中働き食べて寝るために家族の待つ潜水艇に戻る。無言の潜水艇が浮かぶ川の水は生物の死体、腐った海藻、捨てられた機器やゴミが浮かび、糞便の色をして酷い悪臭にハエが飛び交う。だが農民たちはその水で生活している。寝る時は潜水する。川底が落ち着くのだろうか?彼らの子どもたちは川底の檻で囲われた学校で泳いでいる。
長江の町民たちは川岸で潜水艇を見ている。大人たちは眉をひそめ決して交わらない。子どもたちは川を潜り、檻の向こうの子どもたちを見る。
さすがにエラが生えたりはしていないが、将来は町の人達と潜水艇の農民たちは全く違う人種になるかもしれない。
ある晩突如として長江に火事が起こる。潜水艇たちは長江に浮かんだまま次々火に覆われる。川岸の町民はただただ眺めている。死よりも生命を感じる一夜が過ぎ、火事が収まった長江には潜水艇の残骸が浮かんでいた。
『サリンジャーと朝鮮人』韓松
宇宙観察者の干渉によって時間軸が分岐してしまった。その中の一つでは、北朝鮮軍隊がアメリカを制圧した。というのはですね、「時空を改変して、何でも有りの時間軸を作る」量子兵器を発明したんです。それによりアメリカだけではなく全人類を開放したのだ!
北朝鮮軍が目指したのは、隠遁生活を送っているサリンジャー。資本主義社会の腐敗を暴いた作家!ぜひ我々とともに歩んでいただきたい!
しかし隠遁生活を送りたいサリンジャーは取材を拒む。すると、北朝鮮軍は彼の作品を「資本主義を宣伝する有害な文」として禁書にする。そしてサリンジャーの隠れ家を破壊。彼はアメリカ中を放浪することになる。
宇宙観察者は「北朝鮮軍は人類開放のために行動しているからなあ…」と、彼らを肯定する面と、サリンジャー本人と接触して「サリンジャーの望みはただ静かに暮らすこと」を知っているのでそれを破壊することの否定との間に考えてしまう。
それに宇宙観察者は中国人なんだ。中国は老成している。だから若々しい北朝鮮の人々としての人民解放、理想主義にはなりきれないんだ。いやそれとも、サリンジャーの小説があまりにも結索でこの世の理を突き破ってしまったのだろうか。
『さかさまの空』程婧波
海辺の雨城という市で、わたしは海の底のイルカの会話を収集する仕事をしている。雨城の宇宙は水晶ドームに覆われている。昔話のジャックと豆の木に由来する出来事で、天が地上から隠されたのだ。天に近いのは、海の真ん中にから絶えず湧き上がっている大噴水。海水は落ちては来ず雨となって雨城に降り注いでいる。
わたしはある時ついにイルカの言葉を聞いた。そしていたずらで元気なイルカの娘ジャイアナと心で言葉を交わすことができるようになる。ジャイアナは、イルカ座にまつわる神話を聞いている。だが水晶ドームに覆われた天からの光はなんと弱々しいのだろう。そこでジャイアナは大噴水に乗り、水晶天を抜けて、もっと明るい光を呼び起こそうとする。
『金色昔日』宝樹
ええ、これかなり良い。
謝宝生(シェ・パオション)が生まれたのは、宇宙が五色に染まり雷光と雷鳴が鳴り響く世界の終わりのような日だった。
数年後、北京でオリンピックが開催される。(2022年冬季オリンピックでいいよね?)パブリックビューイングの巨大スクリーンで見た中国は輝かしい未来が見えた。
ここから物語の時間は、私たち読者の現実の時間を遡っていきます。
このあと起きるのは、Saas世界蔓延(2002年ごろ)→アメリカ軍によるサダム・フセイン逮捕とビン・ラディン捜索→イラクによるサダム・フセイン奪還とビン・ラディン指示のもとアメリカツインタワーへのテロ→中国の経済暴落、コンピューターや携帯電話が使えなくなる→鄧小平が中国細工権力者に→ロシアが近隣諸国との「ソビエト連邦」を設立→米ソ冷戦→世界大恐慌→天安門事件(1989年)
この世界をパオションは行きていく。彼の心には常に幼馴染で初恋できっと結婚するんだ!と決心したチーチーがいる。
パオションは北京大学で学生運動家の幹部になり、天安門事件が人々を引き裂く。
鄧小平が天安門に下した処遇は割と寛大で、パオションは大学退学となる。
世界も中国も大恐慌、パオシュンは密売みたいなものでなんとか身を立て、そしてSFパロディ作家としてちょっと認められるようになる。どうやら作者の宝樹がSF『三体』のパロディで認められたんだそうです。
しかし経済はどんどん悪くなり、世界で通信機能も使えなくなっている。そんななか、もう一度学びたいと願ったパオションは北京大学大学院に入ることができて、その上アメリカに留学することが決まる。
アメリカでは驚きの出来事が!!(ちょっと感動した)
歴史の遡りは続く。アメリカも中国も弱体化、ほとんど行き来もない。ベトナム戦争が起きて→中国物資は配給制で農村改革が行われ→テレサ・テンの歌が批判され→毛沢東が人々の希望として現れる。
こうなると行き着く先は、中国では文化大革命、米ソ冷戦激化、世界で核ミサイル開発。
アメリカと中国は国交断絶し、パオシュンは考える。子供の頃の輝かしい中国は?世界最先端のコンピューター技術は?店に溢れていた物品は?打ち上げられた衛星たちは?
文革の暗黒時代をパオシェンはただ生き残り、劉少奇時代には荒廃した中国は回復していく。中国も他の国との国交を再開させる。
パオシュンは過去の作家活動が認められ、ある時サルトルとの対面が叶う!
人間は、最初から「こういう人間であるべきだ」という本質や目的を与えられて生まれるのではない。生き、選択し、行動していくなかで、自分が何者であるかを形づくっていく。パオシェンは「自分の人生では何もなし得なかった」と嘆く。何をしたかったのか、何を残したのか、なんのために生きたのか。そもそも、自分が生きている世界そのものが意味のある方向へ進んでいるのだろか?
そこでサルトルとの会話となる。「では順番が反対で、幸福と不幸の順番が変わったとして、不幸がなくなるのか?進歩とは宇宙の一時的な段階に過ぎない。時間は別方向や多重次元を持っているのかもしれない。」「人生の意味は、あらかじめ世界から与えられるものではない。けれど、それは「何をしても無意味」ということでもない。自分の選択や行動を通じて意味を作っていくことができる。」
世界は実存。
実存は本質に先立つ。
その先立つ実存そのものが深い無の中にある。
時間が決まった方向を持たないなら、人類の未来に世界終末が訪れるのではなく、日々が終末。人類の未来に希望があるのではなく、希望があるのは今のここだ。未来に希望があるから、今を生きるのではない。希望を持てる可能性があるのは、未来のどこかではなく、今ここにいる自分自身なのだ。未来が確定していないからこそ、今の自分もまた、失敗した人間として確定しているわけではない。
世界はまだ進んでいく。
朝鮮戦争→台湾の蒋介石の大陸出兵→中国国内での国共内戦。
「何もなさなかった」パオシェンは、内乱となった中国では共産党の巨悪としてあらゆる悪を広めたものとして指名手配される。なんにもしていない自分が?この皮肉にはむしろ笑うしかない。
パオシェンが人民解放軍とともに放浪する間に、日本は軍事大国としてアジア侵略、ドイツではヒトラーが近隣諸国へ進軍。世界大戦が始まる。
だがそれにより、米ソは休戦同盟、中国国内の争いも停止されて日独伊との戦争に向かった。
日本人としては、なんか、とんでもない時にとんでもないことしてしまって忍びない(^_^;)
しかし日独伊の戦争が、別の戦争を止め、破壊が別の秩序を生み出したことにもなる。歴史の出来事には、あらかじめ決められた道徳的な意味や、必然的な結末があるわけではない。(侵略を正当化しているのでは有りません)。
パオシェンはずっとずっと待っているものがある。
だがある時、それは叶わないと知らされた。
その時になって分かった。歴史は進歩して、善いことが善い結果につながるという因果関係などなく、もっと見通しのつかないものだとしたら?
この、失い、損ない、手に入れられず、何もなし得なかった人生を戻すことはできない。しかし時間というものが決まった方向を持たないなら、人は世界の原点、生命の原点、時間の原点に帰ることができ、別の人生を歩めるのなら、今の人生の結果だけで自分の人生を判断する必要はない。
人生とはこの謎にたどり着くための旅だったのだろう。
==
全体的な歴史の不条理のような「戦争・戦争・戦争」とげんなりしつつ、徐々に時間そのものの不確かさへと進んでいく。
そこを「何も成し遂げられなかった」と思っているパオシェンが生きる。最後の「原点に戻る〜」は、人生に意味を与えるということから自由になったって感じかなあ。
『正月列車』郝景芳
春節帰省の大混乱解消のため鉄道会社が特別正月列車を仕立てた。だがその列車が丸ごと消えてしまった!TVリポーターにカメラを向けられた運営会社CEOは「行方不明では有りません。この帰省列車は快適な旅をするために違う時空を通ります。そこでは通信が不可能になっているだけで、また時空から出てきますよ。」ということをとっても専門用語と、餃子の落書きみたいな図解で説明する。
ポイントとしては専門用語出しまくる科学オタクっぽいCEOと、一般常識以上を理解する気もないリポーターの噛み合わない会話です。
結局別時空から出てきた乗客たちは「快適な列車で何日も過ごしたと思ったけど、でてきたら全然時間が立っていないのね。あんな快適な旅で、体感は長時間過ごしたけど、現実では数時間しか立っていないならもっとゆっくり体感したい」と大満足なのでしたとさ。
『ほら吹きロボット』飛氘
生真面目な王の元、国は栄えた。だが世継の王子はとんでもないホラ吹きだった!子供の頃に庭の大木の洞からブラックホールを超えて旅をしたんだ!って言い出してからいうことやることシッチャカメッチャカ。代が替わって国は乱れる。さすがにほら吹き王はこのままだと国中の怨嗟が自分に向くと考えた。そこで自分よりももっとほら吹きなやつがいればいいんだ!と考え、ロボットを創らせて「世界一の大法螺吹きになれ!」と命じる。
ほら吹きロボットは旅に出て、死神から逃れる三人の芸術家に出会う。その後宇宙旅行者の宇宙船に同行して旅を続けているときにブラックホールに飲み込まれて違う宇宙に出た。
元の世界の主人であるほら吹き王様の元に帰るためには、死神と、死神から逃れようとする芸術家たちの疑問の答えを探し出さなければならない。
ほら吹きロボットが答えを探し当てて元の世界に帰る時に、王と問答を行う。「朕は公明正大を美徳として国を治めた、お陰で国民は平穏な暮らしができた。しかし年月が立つにつれて朕は、不真面目や笑い、不敬があってもいいじゃんと思うようになった。すると国は道徳的腐敗で乱れてしまった。さあ、真面目とおふざけ、どちらを選ぶべきなのか?」「閣下、運命は双子のようなもの。どちらにも片割れがおります。」
こうしてほら吹きロボットは、王宮の庭の大木の洞にいるところを見つけられたのでしたとさ。
『晋陽の雪』張冉
実際の歴史に、未来からの時間旅行者が滞在しているSF小説。
舞台は 西暦979年ごろ、中国の五代十国時代で、北漢の都・ 晋陽(しんよう)は、大国の宋に包囲されていた。北漢の皇帝・劉継元(りゅうけいげん)の家臣たちは、籠城派と降伏派に分かれている。
晋陽の東城別院には、王魯(わんるー)という発明家?がいて、国に不思議なものを流行らせていた。太陽の光を遮って目を守る黒い硝子の雷朋(レイバン/サングラス)、筒から光が出て暗い道を照らす光剣(ライトセーバー/懐中電灯)、そして文字通信機の網絡(もうらく/ネットワーク)。東城別院の朱大鯀(しゅだいこん)は、網絡を使って学問や文章を扱う仕事をしながら、絡まりやすい網絡をスムーズに繋げるための賄賂なんかも受け取っている。ついでにちょっと面白おかしく違う意味に繋いだりもする(炎上させる)。
そして主のワンルーは、自分が城を守る兵器を開発するからじゃんじゃん戦争していいよ!とイケイケ。
そこで降伏派は、ダイコンをワンルーの考え方を変えさせる役目を言いつかった。指示した北漢軍高官の郭万超(カクマンチョウ)。常識的に考えてどうやったって宋には勝てん!と読んでいたのだった。
シュダイコンと対面したワンルーは「自分は未来からの時間旅行者なんだ。未来(発表当時の2000年代の北京大学研究所)時間軸というのはたくさんあって、時空を超えることができるし、いくらでも分岐するってことも分かっているんだ。サングラスやネットワークは未来技術だよ。ちょっと正当な時間旅行の道から外れちゃって、エネルギーを貯める必要があるんだ。そんで歴史では北漢は979年に宋に降伏して滅亡するんだけど、自分の未来兵器でまた分岐歴史を作れるよね」とノリノリイケイケ。
しかし籠城派と降伏派の争いは複雑に絡み合い、結局北漢は燃えてしまう。なんだよ〜、未来を変えようとして、未来技術を注ぎ込んだのに〜。
『宇宙の果てのレストラン ― 臘八粥』呉霜
元ネタはダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイク」ですよね。
宇宙の果のレストラン店主は中国人の男とその娘の小魔(シャオモー)だ。店主を楽しませる話をしたら料金は無料。今は旧正月なので臘八粥が人気メニューだ。そんなメニューにメモくれない暗い顔の客がいた。客は店主に話をする。
アーチェンという作家志望の男がいた。デビュー作が売れたがそれっきり。この世界では「ミステリー・エージェンシー」という、客の依頼が組織の関心を引くほど面白いものであれば、あらゆる法規もあらゆる宇宙の法則も無視してその依頼を叶えるという組織がある。アーチェンは、「愛」と引き換えに高名な5人の文学者からその才能を移動させてもらうことを依頼した。しかし同じ次元の文学者からではなく、たくさん分岐している別の次元の彼らからだ。こうしてアーチェンは、構成力、文章力などを受け取った。
こうして才能を奪われた一人が、別の事件世界のこのレストランの中国人店主だった。
アーチェンは才能を得たが、文作だけではなく生活のあらゆる面でそれが出てくる上に、才能同士が衝突して、生活は支離滅裂になり、その上糟糠の妻へも冷たく当たるようになる。
宇宙の果のレストラン店長はアーチェンに、彼の妻の日記の話をする。妻はアーチェンに捨てられ死んだが、彼に尽くし彼を愛した日記が残っている。アーチェンが語れる言葉はそれだけなのだ。
…娘のシャオモーの正体がよく分からなかった(-_-;)
『始皇帝の休日』馬伯庸
六国を征服して国家統一の皇帝となった始皇帝は「休暇を取ってコンピューターゲーム三昧の日々を過ごす!」と宣言する。そう、始皇帝はゲームオタクだったのだ!
このあとの記述は、始皇帝が実際に行った統治や、側近だとか詐欺師(徐福)だとかの歴史の出来事をコンピューターゲームになぞらえて進んでいきます。
『鏡』顧適
エドは科学教官のマークから「霊視能力者に会わせてやる」と言われる。出会ったのはリンという少女だった。初対面なのに「またあえて嬉しいわ。この先の未来で私たちは会うのよ」と言って、エドのことはよく知っているようだ。
通常の人間の記憶は過去から未来に進むが、リンの記憶は未来から過去に戻るのだそうだ。
エドとリンは不思議な対面を何度か果たす。だがある時リンから拒絶される。
そしてエドは、マークからリンと自分の特殊な関係を知らされることになる。なんとリンは、エドの多重人格の一つだったのだ。幼少期の経験が、普通の男のエドと、未来を予知するリンに別れたという。科学者マークは多くの偽物の症例をを見てきたが、リンの未来の記憶は本物かもしれないと判断を迷っていた。
…えーっと、未来の自分の経験を過去の自分が記憶としてもっているんだとか…えーっと面白いと思うんだけど考えがこんがらがってきた。
『ブレインボックス』王侃瑜
人は脳に「ブレインボックス」を埋めておくと、死ぬ時にその記憶を保存することができる。生きている人間は瀕死の人間の脳のパターンを自分に同化させることができる。簡単に言えば死んだ人が何を考えているかを知る事ができるってことでいい?
方鋭(フアン・ルイ)は、飛行機事故で死んだ恋人の趙霖(ジャオリン)の記憶を同化させる。
ジャオリンはフアンと同棲して穏やかに暮らしていた。だがブレインボックスを脳に埋めたことにより、自分は本当に彼が望むほど彼のことを愛しているのか、自分の本心とは何かを思い悩むようになる。そして彼との結婚に同意するほど必要としていないことを自覚する。ジャオリンは「自分が死んだら、フアンにこの記憶も解読されてしまうのだろうか?ブレインボックスにより人の自我変わってしまう」と悩む。
だがその記憶を読み取ったフアンは「ジャオリンは僕を愛していた!最後まで僕のことを思っていた!」と涙を流す。
…いくらその人本人の思考を直接読み取るようになったとしても、自分が受け取りたいようにしか受け取らないってこと?それとも「そんなに思い悩むなんてやっぱり彼女は僕を愛していたんだ!」と、彼女の悩みの奥底の本当の愛を読み取ったってこと?
『開光』陳楸帆
周重柏(ジョウションポー)は幼い頃に高僧ご縁があったらしい。
成長して結婚してマーケティング会社に勤めている。そこでは万(ワン)氏の創った、写真加工を元に戻すアプリの売り込みを考えた。そして「高僧に開光(開眼法要)してもらおう!」となった。するとなぜか大当たり。このアプリでこんなご利益が!などと都市伝説的のように広がっていく。だが高僧がニセモノだと分かって大炎上。ジョウは電子機器を全て手放しお寺に入る。
そこで「この宇宙にはいくつもの次元がある。このアプリでこの世の基本に戻し、プレイしているもっと大きな存在が分かってしまう」んだとかなんだとか。
やがて世界破滅?
『未来病史』陳楸帆
コンピューター、AIが当たり前の世になっての新しい病気。
タブレットにだけ心を開く知的障害だとか…、
すみません、700ページ中国SFでちょっと疲れてきたので最後は頭に入らなくなってきた。
このあと作者陣によるエッセイも収録されているんだけど、疲れてきたので飛ばし読みでした、、 -
Posted by ブクログ
ケン・リュウの本を読むのは「紙の動物園」に続いて2冊目。どちらも、SFの短編集で、どちらもSFを読む楽しさを味あわせてくれる短編集だ。
どういう人なのかが気になってWikiで調べてみた。
ケン・リュウは、1976年に中国で生まれたが、8歳のときにアメリカ合衆国に渡り、以降、アメリカで育つ。ハーバードのロースクールを出て、法務博士号を取得したあと、弁護士、コンピュータープログラマー、中国語書籍の翻訳者として働きながら文筆活動を行う。
2012年に上記の「紙の動物園」がSF界の大きな賞3つを史上初めて独占するという快挙を成し遂げ、以降、SF界では不動の地位を維持している。
作品中には中国の故事や言い伝えなどに想を得た作品も多く、かなりの年齢まで中国に住んでいた方なのかなとも思ったが、思いのほか小さい頃に中国を出ている。しかし、キャリアを見ると、天才・秀才の人だ。弁護士をやりコンピュータープログラムを書きながら、こんなに面白い物語を書く。すごい、と感心するしかない。 -
Posted by ブクログ
ほぼ年一冊の割合で翻訳されているマイクル・コナリー作品だが、昨年はリンカーン弁護士のシリーズ、今年はレネイ・バラードのシリーズ。どちらにもハリー・ボッシュは登場するのだが、病魔との闘いを経てますます影が薄くなり、ステージの主役を後任のヒーロー、ヒロインたちに譲っている気配は最早否めない。ボッシュはベトナムでトンネル・ネズミという名の非常に苦しい兵役を経験した末、ロスの刑事になったのだが、作者のマイクル・コナリーは1956年生まれで、実はぼくと同年齢である。
パソコン通信で冒険小説&ハードボイルドフォーラムを主宰していた頃から多くの歳月が去っていったが、今もコナリーは健在で、同年配のぼくはいつも彼と彼の作品に勇気づけられ、今を活きるエネルギーをもらっている気がしてならない。
とは言え、長年の重責を背負ってきたボッシュは主人公を下りている。作者よりも年上の設定であるから致し方ないと思うが、ナイトシフト専門の女性刑事レネイを、ボッシュの娘であり市警の夜勤警官であるマディがパートタイムで手助けするというアクロバティックな構図の中で、さらにボッシュの登場も許すなど、この作家のどのシリーズにも読者サービスは欠かされることなく、いつも好感が持てて有難い限り。
さらに本作は、実際に起こった二つの事件を取り込んでの大舞台として用意されている。一つは連邦議会議事堂襲撃事件に繋がる対テロ、もう一つは何と、稀代のサイコ殺人であるブラック・ダリア殺人事件を軸に置いた物語なので、シリーズの中でも現代アメリカ事件史に迫る重要なエポックを絡ませた警察小説という意味で、シリーズの中でも重要な一作となっており、読書の息はさらに上がる。
ボッシュの登場シーンは少ないが、代わりにレネイとマディの女子コンビのパワーみなぎる力作という意味では、読まずには死ねない重要作品であろう。2025年バリー賞最優秀長編賞受賞というのも頷ける、一気読み必須の快作と言えよう。 -
Posted by ブクログ
ほぼ年一冊の割合で翻訳されているマイクル・コナリー作品だが、昨年はリンカーン弁護士のシリーズ、今年はレネイ・バラードのシリーズ。どちらにもハリー・ボッシュは登場するのだが、病魔との闘いを経てますます影が薄くなり、ステージの主役を後任のヒーロー、ヒロインたちに譲っている気配は最早否めない。ボッシュはベトナムでトンネル・ネズミという名の非常に苦しい兵役を経験した末、ロスの刑事になったのだが、作者のマイクル・コナリーは1956年生まれで、実はぼくと同年齢である。
パソコン通信で冒険小説&ハードボイルドフォーラムを主宰していた頃から多くの歳月が去っていったが、今もコナリーは健在で、同年配のぼくはいつも彼と彼の作品に勇気づけられ、今を活きるエネルギーをもらっている気がしてならない。
とは言え、長年の重責を背負ってきたボッシュは主人公を下りている。作者よりも年上の設定であるから致し方ないと思うが、ナイトシフト専門の女性刑事レネイを、ボッシュの娘であり市警の夜勤警官であるマディがパートタイムで手助けするというアクロバティックな構図の中で、さらにボッシュの登場も許すなど、この作家のどのシリーズにも読者サービスは欠かされることなく、いつも好感が持てて有難い限り。
さらに本作は、実際に起こった二つの事件を取り込んでの大舞台として用意されている。一つは連邦議会議事堂襲撃事件に繋がる対テロ、もう一つは何と、稀代のサイコ殺人であるブラック・ダリア殺人事件を軸に置いた物語なので、シリーズの中でも現代アメリカ事件史に迫る重要なエポックを絡ませた警察小説という意味で、シリーズの中でも重要な一作となっており、読書の息はさらに上がる。
ボッシュの登場シーンは少ないが、代わりにレネイとマディの女子コンビのパワーみなぎる力作という意味では、読まずには死ねない重要作品であろう。2025年バリー賞最優秀長編賞受賞というのも頷ける、一気読み必須の快作と言えよう。 -
Posted by ブクログ
「言語とは民族の象徴である」と言ったのは、十六世紀の機織り職人ヒマーワリ・メーロンですが、あるいは「民族を隔てる」ものとも言える
傲慢なバベルの塔の計画は神の怒りに触れ、その裁きによって人々は分断を余儀なくされた
「翻訳」とは分断された人々を再び繋げるための営みなのか
しかし悲しいかな「翻訳」に”完全”はない、異なった言語では全ての単語に全く同じ意味を持つ対の言葉は存在しないからだ
どんなに近しい言葉でも、住む場所が違えば全く同じニュアンスで使われることはない
それでは人々は「完全に分かり合う」ことはできないのだろうか?
フィクションの力を借りずとも、現実の世界はその答えを明確に示しているように思える
人々に残されたのは、緩やかな諦めだけなのだろうか
そんなことないと信じたい
完全ではなくとも「翻訳」とは異なった背景を持つ人たちを少しでも理解し、手を取り合い、共に生きる世界を実現するための手段であるはずだ
新たなる「バベルの塔」は分断ではなく、共生の象徴となるのだ -
Posted by ブクログ
ネビュラ賞にローカス賞、SFが読みたい2025年1位、そして星雲賞と国内外のSF小説の勲章を総ナメにしたR.F.クァンの『バベル』
SFファンなら絶対読むべき一冊です
ここでふと思ったんですけど、もうひとつのSFの世界的文学賞ヒューゴー賞は受賞してないのね
こいつも受賞してたらSF三冠だったのにと思ったら、なにやらすごい不祥事が起きていたようなんよね
ヒューゴー賞というのは毎年世界のどこかの都市で開催される世界SF大会ワールドコンにおいて参加者(読者)による投票で決められる賞なんだけど、2023年に中国の成都で開かれたワールドコンに、既にネビュラ賞とローカス賞を受賞していたにもかかわらず『バベル』はノミネートすらされなかったの
そして後々内部告発などで明らかになったのは、「中国、台湾、チベットなど中国当局を刺激する恐れのあるトピックに焦点を当てている作品」を除外していたということなんよ
しかも担当者は作品も読まずに中国のことが書いてあるだけで、批判的な内容を恐れて除外しちゃってるみたいなんよね
しかもしかも皮肉なことに、本作は中国に批判めいた表現はほとんどなし
それどころか上巻では中国(清)カッコよ!大英帝国このクソ野郎!という
ほんともうなー
どうにかならんかね〜
ちなみに本作の『バベル』というタイトルはもちろん「バベルの塔」が由来なんよね
「バベルの塔」はご存知旧約聖書の『創世記』に出てくる物語なんだけど、その内容は昔人々は同じ言葉を話していて、協力して天(神々の住むところ)に届く塔を建設しようとしてたんよ
だけどそれを知った神様が「お前ら調子のってんじゃねー!」って怒って人々の言葉を互いに通じなくさせたという
多言語が生まれた”分断”の物語なんよ
そして図らずも、この騒動そのものが"分断"の象徴みたいになってしまったわけね
実際にはその"分断"をなんとかせな!って物語なのに
そんな作品が"分断"の象徴みたいな騒動に巻き込まれてしまったのよ
なんだかな〜
ほんともう残念だわ〜 -
Posted by ブクログ
上巻の前半部、所謂日常パートのようなものに退屈を感じ、ここまでくるのにかなりの時間を要してしまった。上巻の後半部に差し掛かってからあっという間だった。およそ2週間で下巻まで読みきってしまった。そのくらい物語は急展開を迎え、のめり込んでしまう魅力が詰まっていた。
あとがきの末尾に、バベルは何かを抽象化、あるいは比喩していると述べられている。個人的な想いではあるが、自分にとってそれは「社会」だと考えた。学生時代、自分が働いている姿を全く想像できなかったが、社会に出て働くことは当然だと考えていた。自分が与えられるもの、何らかの支払える対価も持ち合わせていないというのに、どうして社会から必要とされるのか、理解ができなかった。そして今思うに、それは社会が自分のような漠然とした将来像と優れた能力の持ち合わせがない者のために設計されていないということなのだと、改めて感じた。社会に出ることに必死で、時間に気持ちが追い付かない私は闇雲に就活を続け、気付いたら人生の半分以上を自分のためではなく、社会のために費やすという設計された社会に身を投じていた。彼らはバベルに所属しなければ人権などあり得なかった。そして私達も同様、仕事は人権のためであり、そのため勉学へ青春を捧げている。バベルのような結末を望んでいるわけではない。現代の「社会貢献をしなければならない」という常識は実は歴史の産物であり、人が負うべき当然のことではなく、私達が私達のために自由に選択できるものであると広く知れ渡ると良いなと考えている。 -
Posted by ブクログ
翻訳は単なる言葉の置き換えではない。歴史的、文化的背景のもとに、似たような言葉でも別のニュアンスを持っていることがある。その差が具現化する銀工術、一種の魔法のような技術がある世界の話。この魔法を使えるのは複数の言語に習熟した専門家のみ。バイリンガルだとさらに良い。19世紀、三角貿易で栄えていた英国が舞台。ようやく奴隷制度は廃止されたけれど、アジア・アフリカ諸国からの搾取は続いている時代。オクスフォード大学で学ぶことになった留学生たちの物語なのだが、人種差別に苦しむところから始まり、多くの社会的矛盾に直面する。200年近く昔の話なのだが、現代にも通じるものがあるし、もしかすると世界情勢は逆行しているんじゃないかとまで思わせられる内容だった。
-
Posted by ブクログ
ケン・リュウは、中国生まれではあるが、11歳の時にアメリカに移住した中国系アメリカ人の作家。ジャンルとしてはSFとされている短編を多く発表しており、本書が、日本での第一短編集である。
私はケン・リュウという作家は知らなかったが、ある書評でこの短編を知り読んでみた。私がこれまでに読んだ短編集の中でもベストのいくつかに入るほど、自分にとっては面白いものだった。
15編の短編が収められている。印象に残った作品は多いが、やはり表題作であり、順番として最初に掲載されている「紙の動物園」が最も印象に残った。短編なので、筋を書くわけにはいかないが、このような物語があるんだ、という驚きと感動があった。その他にも、気に入ったものが多かった。
多作の作家のようで、日本で短編集も何冊か発表されており、長編も出版されているようである。順番に読んでいこうと思うが、とても楽しみ。 -
Posted by ブクログ
リンカーン弁護士シリーズ第二弾。
メチャクチャ面白い。ミステリー小説には本格推理小説、警察小説、ハードボイルド、倒叙ミステリーなどの種類があるが、僕の好みとしては本格や倒叙よりも断然、ハードボイルドや警察小説が好きだ。
その意味では、マイクル・コナリーの小説は僕の大好きなジャンルで、尚且つ文章のスタイルも読みやすく、グイグイと引き込まれてしまう。
やや、ご都合主義的な部分も有ったが、話の展開が面白いので、そこまで嫌な感じも無く読み進める事が出来る。
こんな面白い小説が有ると、やっぱり続きが読みたくなる。
*本格推理小説: 謎の提示、推理、合理的解決という基本形式を踏んだ作品です。
*倒叙ミステリー: 犯人と犯行が冒頭で明示され、探偵が犯人を推理する形式です。
*ハードボイルド: 非情な行動で事件を捜査し、犯人を追い詰める小説です。
*警察小説: 警察官が主人公で、謎解きよりも捜査活動に重点が置かれます。 -
Posted by ブクログ
マイクル・コナリーのリンカーン弁護士シリーズの第二弾。
最初のリンカーン弁護士を読んだ時にも書いたけど、この刑事ハリー・ボッシュシリーズのスピンオフ作品なので、この世界観を良く知れば知る程、面白くなるのは分かっているので、リンカーン弁護士シリーズだけに限定して読まないと大変になるのだが、この第二弾をにはなんとハリー・ボッシュが物語の中に登場し、リンカーン弁護士との衝撃的な関係が明らかになる。
これじゃあ、もう刑事ボッシュの物語も読まなくてはなりそうだ。
ああっ・・・こまった読まなかければならない本が、すでに100冊以上溜まっているのに、また読むべき本が増えて行く。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ当初思っていた内容とは違っていて、初めはあまり進まなかったのだけど、上巻の中盤くらいからグッとギアが上がって、そこからはもうグイグイと引きずり込まれて、怒涛の展開に翻弄され、読み終わったいまではぐったりと虚脱しながらこの感想を書いています。
広東で幕を上げるこの作品、なにが起こっているのか明らかにならないまま、あれよあれよと物語は進み、舞台はイギリス、ロンドンからオックスフォードへ。
ほぼ史実通りのなか、たった一つのフィクションが紛れ込まされ、主人公はそのフィクションにまつわる大きな事件へと巻き込まれていきます。それは、「銀」を媒体とした「翻訳の魔法」。異なる言語で、同じ言葉を刻み込んだ銀は、言語間を翻訳した際に発生する「揺らぎ」が、様々な効力を発揮する、という設定になっています。
とはいえ、そのフィクションは、本作にとってはエッセンスにすぎず、主題は異なるところにあります。白人主義全盛の19世紀前半のイギリスを舞台に、その傲慢な植民地主義や、それを支える異文化の「奴隷」たちを通して、現代まで続いている人種差別や文化の搾取といった問題を鋭く抉り出し、また、若者たちの壮絶な青春絵巻を描き切っています。
「銀」に刻み込まれる言葉は、翻訳のときに失われるニュアンスが大きければ大きいほど効力が増すとされているため、ヨーロッパ圏の言語間のように、ニュアンスの差異が少ないものではなく、例えば広東語、例えばサンスクリット語のように、ヨーロッパ圏とはかけ離れた文化圏の言語と対にすることで、その効力が増していく、とされています。
また、「銀」は刻むだけでは効力を発することが出来ず、刻まれた2つの言葉を口に出すことで初めて効果を発揮します。しかし、口に出して効果が出るのは、刻まれた2つの言語を、言語として意識しないレベル、つまり母語として使いこなせるレベルでないといけない、という縛りがあります。
そのため、「銀」による覇権を謳歌している英国における「銀」研究の中枢であるオックスフォードでは、植民地や、それに準ずる国の子供に、母語を使わせながら、英語の英才教育を施し、マルチリンガルの話者へと教育したうえで、「銀」を使いこなせる「翻訳者」として囲い込み、「資源」として活用するということが行われているわけです。
オックスフォードを、そして英国そのものを運営する白人たちは、こうして集めた子供たちをただの道具としてしか見ておらず、有色人種の子供たちは、学校から一歩外に出れば、いえ、「塔」から外に出るだけで、オックスフォードの他の学部の白人たちから偏見にさらされ、女性に至っては更に過酷な状況を受け入れなければなりません。
さらに、集めてきた子供たちの母国に至っては、白人からすれば「蛮人の住む未開地」であり、「劣った人種」と完全に見下している有り様です。
この歪な状況に巻き込まれた主人公たちは、こうした白人主義、植民地主義への抵抗を行う集団と出会い、歴史のうねりに巻き込まれていきます。
これは、今でも根強く世界中にはびこっている白人中心主義や、様々な差別への異議申し立てであり、いわゆる先進国が行っている文化の搾取というもののグロテスクさを描いた作品なのだなあ、と。
そして、世界という大きな視野でなくとも、近現代における日本における、地方の優秀な学生を東京へと吸い上げ、囲い込む施策と同じであり、同様に労働力を確保している手段と同じじゃないかと思ったりしました。地方から労働力を充分に吸い上げられなくなった近年では、その食指を海外へと向けていますね。
コンパクトシティという一見正しそうな理屈には、それぞれの地方にはそれぞれに根ざした文化があって、そこには生活している人達がいる、という側面を完全に無視し、都会から見た「効率化」だけを一方的に押し付けるものだと自分は思っています。それぞれの地域が、それぞれの文化を持ち続けることが、一つの国家の中に多様性をもたらし、国力そのものを底上げしていくものだと思うのですが、中央官僚の視野の狭さでは、そういう視点は持てないのでしょう。
レティという登場人物の、残酷なまでの描かれ方は、この人物こそが影の主人公なのではないかと思ってしまうほどのものでした。物語の中では裏切り者であり悪役ですが、自分をその立場に投影した時、果たして違う行動が取れるだろうか?というのは、非常に大きく重い問いになる、と思います。
本書が世界中で絶賛され、ネビュラ&ローカスのダブルクラウンを初めとした様々な賞を受賞しているということは、まだまだこの世界は捨てたもんじゃない、という気持ちにさせてくれますね。「バベル」が崩壊せず、その奇蹟を世界中で共有できるような、そんな世界がいつか実現されて欲しいものです。