古沢嘉通のレビュー一覧
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「スタートボタンを押してください(ゲームSF傑作選)」
全作が書籍初収録。
「紙の動物園」のケン・リュウ、「All You Need Is Kill」の桜坂洋、「火星の人」のアンディ・ウィアーら、現代SFを牽引する豪華執筆陣が集結。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞受賞作家たちが、ビデオゲームと小説の新たな可能性に挑む。本邦初訳10編を含む全12編を厳選した、傑作オリジナルSFアンソロジー。
という触れ込み。桜坂洋しか知らなかったのですが、どれも面白い。ゲームSFと言うジャンルすら初耳なんですが、こんな小説の世界観があったとは知らなんだ、、、
まず1発目の「リスボーン」が強烈なインパクトを放つ。未知なジャンルの場合、しかも傑作編、短編集等の纏め版だと、一番最初に読むモノの力が弱いと読者は離れる可能性大かと思いますが、それをさせないパワーがある。ゲーム(RPG等)の“何度でも生き返るという特性”を活かすだけでなく、こんな形で適応させるとは。All You Need Is Youに通ずるものがありますね。とりあえず、読み出して途中でGIVE UPすることは無いと思います。
続いて「救助よろ。」。ゲームばかりして遂には大学を退学してしまう彼氏に愛想をつかしたガールフレンドの下に、彼氏からSOSが届き、毛嫌いしていたゲームにログインする話。現実と仮想世界の違いに触れるワードが頻繁に出てくるが、ポイントなのが「何が現実世界なのか」ということ。読んだらすぐ違和感が出ると思いますが、その時点で既に創造者(彼氏)の企みは成功していたということ。ゲームらしい世界観が良く出ている作品でした。
翻って「1アップ」は、ミステリーに近い。ネットゲーム仲間が死に、彼の葬式で初めて出会う友人達の物語であり、彼は誰かに殺されたのではないか?という疑惑が、彼が残したゲームにより確信に近づいていく。思春期らしい描写が多く、青春モノのような雰囲気を漂わせます。ゲームといえば、シューティングや格闘技といったイメージを思い浮かべる人が多いと思いますが、この短編で使われるのは古くから愛されるロジックのRPG。このゲームをフックに、真相に迫ります。
どれもお勧めで、外れはない印象でした。其々の著者による作品も手に取って見たいものです。 -
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マイクル・コナリーは、デビュー以来追い続けている作家の一人である。まず外れがないということもあるが、読んでいて安心感がある。ハリー・ボッシュ・シリーズもミッキー・ハラー・シリーズも、どれほどの苦難に曝されようと、それを上回る胆力と知力とで相手を打ち負かす。その知略の対決が常に凝りに凝ったプロットで固められたページターナーとしての作品力も素晴らしいが、またその主人公である刑事や弁護士の個性を構築してゆく力も凄い。決してタフで強いの一辺倒ではなく、人間味溢れる優しさ、悲しみ、慈しみ、迷い、そして生活感がいつもそこにある。
そうしたシリーズのバランスを保ちながら安定して傑作を描き続ける作家がコナリーである。そして彼の作品は決して色褪せない。新作が出るたびに驚きに満ちた設定で物語がスタートされるので、一度はまり込んでしまったら、この緊迫感溢れるストーリーから目が離せない。コナリーの作品を読む時間が始まると、さしたる時間をかけずにいつも最終ページに辿り着き、満足の溜息を吐いている。
本作もミッキー・ハラーが引き受けた弁護事件に物語は始まる。ハラーの容疑者は直観的にはシロで間違いないのだが、それ以上に驚かされるのは、被害者がハラーがかつて何度も助けたことのある娼婦グロリア・デイトンだったのだ。足を洗ったはずのグロリアが名を変えて娼婦に舞い戻り、そして容疑者に、自分の身に何かがあったらハラーに助けを求めるよう助言を残していたという。
いわくありげなスタートと、もう一つの裁判に関わるノワール要素の強いキャラクターが絡んでくる。獄中にいる老弁護士とその継承者である法律経験に未熟な息子、また同じ刑務所に終身刑で収監されている大物麻薬密売人の影。そしてちらつくのが麻薬取締局の捜査官の不敵な影。
そんな緊張感の中で描かれてゆくのが、活き活きとした法廷シーン。まさにリーガルサスペンスの真骨頂と言うべき判事や検察官との駆け引き。また陪審員たちは本書のタイトル<罪責の神々>としてハラーの中で重要視される。彼を助ける弁護士事務所の個性的なスタッフとの文句ないチームプレーも読みどころであり、彼らとの少し絡み合った人間関係も物語世界に立体構造を与えてくれている。
そしてハラーの今後を占う女性とのラブロマンスももちろん仕込まれているという大盤振る舞いのこの作品、訳者によれば、この後のハラー作品は書かれていないので、これが大団円となる最後の作品となる可能性があるとのことである。ボッシュと並んでのWシリーズの翻訳をずっと引き受けて見事な仕事をしている古沢嘉通さんは、昔、ぼくがパソコン通信のNifty冒険小説フォーラムのSYSOPをしていた時代の知人の一人である。一度は彼の活躍する大阪で酒杯も交わした人なので、今さらながらに嬉しく、その活躍は現在も頼もしい限りである。 -
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マイクル・コナリーは、デビュー以来追い続けている作家の一人である。まず外れがないということもあるが、読んでいて安心感がある。ハリー・ボッシュ・シリーズもミッキー・ハラー・シリーズも、どれほどの苦難に曝されようと、それを上回る胆力と知力とで相手を打ち負かす。その知略の対決が常に凝りに凝ったプロットで固められたページターナーとしての作品力も素晴らしいが、またその主人公である刑事や弁護士の個性を構築してゆく力も凄い。決してタフで強いの一辺倒ではなく、人間味溢れる優しさ、悲しみ、慈しみ、迷い、そして生活感がいつもそこにある。
そうしたシリーズのバランスを保ちながら安定して傑作を描き続ける作家がコナリーである。そして彼の作品は決して色褪せない。新作が出るたびに驚きに満ちた設定で物語がスタートされるので、一度はまり込んでしまったら、この緊迫感溢れるストーリーから目が離せない。コナリーの作品を読む時間が始まると、さしたる時間をかけずにいつも最終ページに辿り着き、満足の溜息を吐いている。
本作もミッキー・ハラーが引き受けた弁護事件に物語は始まる。ハラーの容疑者は直観的にはシロで間違いないのだが、それ以上に驚かされるのは、被害者がハラーがかつて何度も助けたことのある娼婦グロリア・デイトンだったのだ。足を洗ったはずのグロリアが名を変えて娼婦に舞い戻り、そして容疑者に、自分の身に何かがあったらハラーに助けを求めるよう助言を残していたという。
いわくありげなスタートと、もう一つの裁判に関わるノワール要素の強いキャラクターが絡んでくる。獄中にいる老弁護士とその継承者である法律経験に未熟な息子、また同じ刑務所に終身刑で収監されている大物麻薬密売人の影。そしてちらつくのが麻薬取締局の捜査官の不敵な影。
そんな緊張感の中で描かれてゆくのが、活き活きとした法廷シーン。まさにリーガルサスペンスの真骨頂と言うべき判事や検察官との駆け引き。また陪審員たちは本書のタイトル<罪責の神々>としてハラーの中で重要視される。彼を助ける弁護士事務所の個性的なスタッフとの文句ないチームプレーも読みどころであり、彼らとの少し絡み合った人間関係も物語世界に立体構造を与えてくれている。
そしてハラーの今後を占う女性とのラブロマンスももちろん仕込まれているという大盤振る舞いのこの作品、訳者によれば、この後のハラー作品は書かれていないので、これが大団円となる最後の作品となる可能性があるとのことである。ボッシュと並んでのWシリーズの翻訳をずっと引き受けて見事な仕事をしている古沢嘉通さんは、昔、ぼくがパソコン通信のNifty冒険小説フォーラムのSYSOPをしていた時代の知人の一人である。一度は彼の活躍する大阪で酒杯も交わした人なので、今さらながらに嬉しく、その活躍は現在も頼もしい限りである。 -
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ネタバレケン・リュウ第2短編集。
ショートショートのようなワンアイデアで切れ味勝負のような作品から、中編と読んでもいいようなちょい長手作品まで、飽きることなく捨て作品なしの良質なSF宝箱である。上下2段組み500Pのボリュームはさすがにズシンときたが、これも掲載作の密度が濃いからで、決して水増しじゃないということの証明。
どの作品もそうだが、オリエントっぽいテイストが漂うのがよい。チャイニーズアメリカンである作者ならではの作風が強みになっている。時には郷愁が漂い、時には生命力を感じる。
どの国にもどの民族にも歴史や物語があり、誰にだって人生がある。あの国はダメだとか、あの民族は劣っているとか、あいつらはワルいとか、安易に国家や民族や集団にネガティブなレッテルを貼るのは怖いことである。差別につながることは勿論のこと、硬直した非寛容な思考は自らの成長すら阻害する要因になる。勿論「犯罪者集団」とか「危険な思想団体」はあるし線引きは必要なんだけど。
所謂中国や韓国を無意味に差別するだけの「レイシスト」であったら、この本の魅力は伝わらないだろうし、分かろうとしないんだろうな。自省を込めて思うんだが、ストレッチで稼働域を広げることはフィジカルだけでなくメンタルにも必要なことなんだろうな。
この本は、メンタルをほぐしてくれる効果も抜群にあります。 -
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ボッシュ・シリーズ15作目、後半。
水準が高く、息の長いシリーズです。
他のシリーズ・キャラクターとの共演作もあるため、どう数えたらいいのか、何度やっても間違えちゃうんだけど(笑)
ロス市警の未解決犯罪班で現場の仕事を続けているハリー・ボッシュ。
勘の鋭い根っからの刑事だが、定年延長がかなったという年齢です。
2つの事件を抱え、どちらも当初とは様相を変えてくる?
未解決事件なので、昔のことのようですが、今に続くような大事件を掘り当ててしまうこともある‥
相棒がデイヴィッド・チューという中国系の刑事なのも今の時代らしい。
経験の差がありすぎて、一匹狼の癖が出そうなボッシュだけどね。
今回は、15歳になる娘のマディと同居、という新しい要素も加わっています。
その存在を途中から知った娘なので、前はやや違和感がありましたが、意外と?上手くやっている様子。
突然ロスという大都会に引っ越してきた少女のことは、もっと気をつけてやれよとちょっと心配でもありますが(笑)
前作「ナイン・ドラゴンズ」はつまり、香港の九龍地区に潜入する話で、派手なアクション物。
シリーズとしては、やや例外的なタイプでした。
今回はいろいろな要素が書き込まれていて、満足のいく読み応えでした☆ -
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マイクル・コナリー『ブラックボックス(下)』講談社文庫。
2012年に刊行されたハリー・ボッシュ・シリーズの邦訳。マイクル・コナリーのデビュー、そしてハリー・ボッシュ誕生から早くも20年。我らがハリーは未だに健在であり、期待を裏切らない。今回も現代最高峰のハードボイルド小説を十二分に堪能した。
20周年記念作品と銘打つだけにハリーの原点や過去にも触れながら、現代を舞台にした孤高の刑事、ハリーの活躍が描かれる。意外な方向に進む事件の真相、まさかの急展開、そしてハリーを見舞う最大の危機。
1992年のロス暴動時発生し、未解決事件となったデンマーク国籍のジャーナリスト殺人事件。果たしてハリー・ボッシュは20年前の殺人事件のブラックボックスを開けることが出来るのか…ハリーは20年前の未解決事件で使用されたシリアルナンバーの削り取られた銃から少しずつ事件の核心に迫る。
米国ではハリー・ボッシュ・シリーズは順調に続いているようだ。次回作はミッキー・ハラーとハラー・ボッシュのコラボ作品とのこと。これも楽しみである。 -
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マイクル・コナリー『ブラックボックス(上)』講談社文庫。
デビュー20周年記念作品。ハリー・ボッシュ・シリーズはデビュー作の『ナイトホークス』以来、全作を読み続けてきた作家だけに非常に感慨深いものがある。
本作では20年前の未解決事件にハリー・ボッシュが挑む。物語はいつも通りスローな立ち上がりなのだが、徐々にハリーの事件捜査に賭ける一途な姿勢に物語の世界に引きずり込まれていく。
1992年のロス暴動時発生し、未解決事件となったデンマーク国籍のジャーナリスト殺人事件。事件発生時に初動捜査に関わったハリー・ボッシュが20年の歳月を経て未解決事件を再捜査するが…そして、ハリーに訪れた最大の危機。
リアリティを感じるシリーズ。主人公のハリーもシリーズを重ねる毎に確実に歳を重ねる。本作中で、ロス市警の未解決事件班の刑事を勤めるハリー・ボッシュも62歳の誕生日を迎える。 -
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邦題は『双生児』、原題はSeparation『別離』。これだけでもう意味深だ。1人と見せて2人、2人と見せて1人、そんな詐術を仕掛けてきそうだ、プリーストなら。
もっとも双生児と思わせてソーセージだったなんて仕掛けはない。ソーセージの本場ドイツが主要舞台のひとつではあるが。
第二次大戦のノンフィクション・ライターであるグラットンは良心的徴兵忌避者にして英空軍爆撃機操縦士であるソウヤー大尉にチャーチルが言及したメモを発見し、この人物を調べようとする。読者としては良心的徴兵忌避者にして英空軍爆撃機操縦士とは双子を混同しているということだろうとすぐにわかるわけだが。
グラットンは1941年5月10日生まれ。この日は英独戦争の歴史において戦況のかわる転機であった。この日、副総統だったルドルフ・ヘスがイギリスとの単独講和をめざしてイギリスに飛んだ日でもある。
グラットンはソウヤー氏の手記を手に入れる。
第2部は「わたし」の手記である。1936年、わたし、ジャック(ジェイコブ)・L・ソウヤーは双子のきょうだいのジョー(ジョーゼフ)・L・ソウヤーと車でベルリンに向かう。2人漕ぎのボート競技でオリンピックに参加するためである。2人ともJ・L・ソウヤーであり、わたしはJLと呼ばれ、きょうだいはジョーと呼ばれている。ただ競技に集中したいわたしに対して、思慮深いジョーはナチス・ドイツに向かうことに気乗りしない様子である。双子の母親はドイツ人で彼らはドイツ語も堪能であり、ベルリンで彼らは母の友人宅に逗留する。彼らは銅メダルを取り、副総統ヘスからメダルを授与されたあと、ジョーはそそくさと帰ろうと主張し様子がおかしい。
そして1941年5月10日、爆撃機の操縦士としてハンブルク空爆に向かったわたしは撃墜され、なんとか海上まで機を飛ばして不時着し、救出されるが怪我を負って療養所にいる。ジョーは前年のロンドン大空襲で命を落としている。
5年を隔てた話がカットバックの手法で平行して進む。
愛のテーマはプリーストにとってとても重要だ、1936年、逗留先の母の友人宅には美しい娘ビルギットがいる。ジョーはユダヤ人である彼女をこっそりと国外に逃がす密命を帯びていたのだ。わたしはビルギットに惹かれるが、イギリスに脱出したあと、ビルギットはジョーと結婚。わたしは飛行機操縦に傾斜して空軍にはいり、ジョーは良心的徴兵忌避者として赤十字で働く。2人は仲違いして別離する。
1941年、杖をつかずになんとか歩けるようになったわたしに、政府の接触がある。ロンドン各地で民衆を鼓舞するチャーチルの演説に付き添う副官の仕事をしつつ、重要な任務を任される。飛行機で不時着しいまや捕虜となっているヘスの調査である。
5年を隔てた「わたし」の話がつながる。ふたたび戦線に戻ったわたしはまたもや撃墜されてドイツの捕虜収容所で終戦を迎える。そして手記は一気にJLの晩年にまで進んでしまう。
いったいここにプリーストはどんな罠を仕掛けたのか。第3部は1999年のグラットンに戻る。グラットンはソウヤーの戦友だったと思われるサミュエル・D・レヴィ退役大佐に照会の手紙を出していたが、別の取材から帰宅してみると、レヴィ大佐からの返事が届いていた。第4部はレヴィの手記である。
第2部のJLの手記には特に謎はないようにみえる。これは第二次大戦に否応なく翻弄された人の手記であり、それはそれで面白い。ところがである。レヴィ大佐が「JLの戦時中の奇妙なふるまい」という謎を提示するのだ。そして予想通り、JLの手記とレヴィの述懐は食い違っているわけだ、それも微妙に。そうやってプリーストはわれわれを翻弄し、下巻に謎を託す。 -
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待望の夢幻諸島(ドリーム・アーキペラゴ)のガイドブックであり、アーキペラゴのいくつかの魅力的な、あるいは特徴的な島が紹介されている。『限りなき夏』で訪れたことのある旅行者も、これから夢幻諸島を旅行しようと考えている人にも歓迎される一書であろう。
だが、この手の本にはお定まりの地図というものが本書にはまったく欠けている。周知の通り、時間歪曲のため、夢幻諸島ではたとえ航空写真を撮っても、正確な地図を描くことができないのだ。この点については、リーヴァー島の項を参照されたい。ディデラー・エイレットの調査の概要が説明されているからである。1日2回、ふたつの時間歪曲の渦が世界を回っているのである。それゆえ夢幻諸島はまったく全体像を描けず、人が住む島だけでもいったいどれだけあるのかさえわからない。もっとも、ある島からある島へ行く手がかりは明らかである。細部はまったく明晰なのに全体像を描出できない。人間存在そのもののようではないか、この島々は。
そのようなありさまなので各島の情報も調査員が赴いて取材したものの他に、当該の島に生まれ育った人物、あるいはそこに滞在した人物の手記で代用されているものがいくつもあり、特にこの諸島を旅行しようというつもりのない読者にとっても、物珍しい読み物として読むことができる。かくいう評者も特に旅行の予定はないのだが、あたかも凝った長編小説を読むかのように楽しんだ。
まずは、オーブラック群島の、猛毒を持つとともにヒトに寄生し感染する恐ろしい昆虫スライムの記述に読者は震え上がるだろうが、そんな恐ろしいものがいても日常生活が営まれていく人間の性に妙に納得するだろう。また、ファイアンドランドとグロウンドの戦争に関して、アーキペラゴは中立地帯ではあるが、戦争の影響が随所にみられることにも思いを新たにするであろう。
編者は芸術に関心が高いらしく、夢幻諸島の高名な芸術家たちへの言及は随所にある。高名な画家ドリッド・バーサーストの奇矯な行状があちこちの島の紹介の中に登場し、その作品がどこで見られるかが紹介されている。この画家の熱心なファンにはありがたいことである。また土木インスタレーション・アーティストのジョーデン・ヨーのインスタレーション、要するにトンネルだが、それがどの島で見られるかも、旅行者の参考となるだろう。高名な作家チェスター・カムストンへと送られた無名時代の作家モイリータ・ケインの書簡が、彼女の出身地フェレディ環礁の紹介となっているのも両者のファンにとって興味深かろう。
特に舞台芸術に関心のない読者でも、パントマイム・アーティスト、コミスが辺境の島オムフーヴで殺害され、ケリス・シントンなる犯人が死刑となった事件について多少なりともお聞き及びだろう。それが冤罪だとして社会改革主義者カウラーによって厳しく糾弾されたこともご存じかも知れない。本書ではいくつかの島の紹介の中で、関係者の証言が引用されているが、それによってこの事件の詳細がいくつもの視点から照らし出され、真相と思われる全体像を照射していることに、読者は驚かれることだろう。さらにこれらの手記からカムストンとカウラーの秘められた関係やカウラーの死の真相など、様々な結びつきが示されることとなり、図らずも、個々の「島」がつながって、アーキペラゴの全体像をぼんやりと映し出すというアナロジーが生じているところが、評者が上に、あたかも凝った長編小説のようだと述べた要点である。というわけで旅行には興味はないが、ちょっとかわったものを読んでみたいという読者にも大いにお勧めである。
本書は「エズラに」捧げられているが、エズラ・カウラーでなければ、どのエズラに、なのであろうか。最後はヨー(Yo)ともうひとりのインスタレーション・アーティスト、オイ(Oy)の破壊的で情熱的な共同作業の逸話で閉じられるのも心憎い。 -
Posted by ブクログ
読んでみるといい歴史改変ものと紹介されたが、
たしかに面白い物語だった。
双子が歩む二つの歴史というだけではなく、
その二つでさえ、絶えず変化を繰り返して、
解説にあるような、ヒントもちりばめられており
(見落としたヒントはあとがきで回収)
何が起こっているのかと、思いながら
一気に読み進んで、鮮やかに、かつ幻想的に
物語は終わる。
国戦時中の人々の生活の一端、兄弟家族の複雑な感情、
と戦争と平和に対する考証も加えて、
技巧的エンターテインメント小説。
第2部の時代の行き来や変化と、第5部の変化には
何らか構成上に関係があるのではないかと、
思ってしまうが、どうだろう?