古沢嘉通のレビュー一覧
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ケン・リュウの本を読むのは「紙の動物園」に続いて2冊目。どちらも、SFの短編集で、どちらもSFを読む楽しさを味あわせてくれる短編集だ。
どういう人なのかが気になってWikiで調べてみた。
ケン・リュウは、1976年に中国で生まれたが、8歳のときにアメリカ合衆国に渡り、以降、アメリカで育つ。ハーバードのロースクールを出て、法務博士号を取得したあと、弁護士、コンピュータープログラマー、中国語書籍の翻訳者として働きながら文筆活動を行う。
2012年に上記の「紙の動物園」がSF界の大きな賞3つを史上初めて独占するという快挙を成し遂げ、以降、SF界では不動の地位を維持している。
作品中には中国の故事や言い伝えなどに想を得た作品も多く、かなりの年齢まで中国に住んでいた方なのかなとも思ったが、思いのほか小さい頃に中国を出ている。しかし、キャリアを見ると、天才・秀才の人だ。弁護士をやりコンピュータープログラムを書きながら、こんなに面白い物語を書く。すごい、と感心するしかない。 -
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ほぼ年一冊の割合で翻訳されているマイクル・コナリー作品だが、昨年はリンカーン弁護士のシリーズ、今年はレネイ・バラードのシリーズ。どちらにもハリー・ボッシュは登場するのだが、病魔との闘いを経てますます影が薄くなり、ステージの主役を後任のヒーロー、ヒロインたちに譲っている気配は最早否めない。ボッシュはベトナムでトンネル・ネズミという名の非常に苦しい兵役を経験した末、ロスの刑事になったのだが、作者のマイクル・コナリーは1956年生まれで、実はぼくと同年齢である。
パソコン通信で冒険小説&ハードボイルドフォーラムを主宰していた頃から多くの歳月が去っていったが、今もコナリーは健在で、同年配のぼくはいつも彼と彼の作品に勇気づけられ、今を活きるエネルギーをもらっている気がしてならない。
とは言え、長年の重責を背負ってきたボッシュは主人公を下りている。作者よりも年上の設定であるから致し方ないと思うが、ナイトシフト専門の女性刑事レネイを、ボッシュの娘であり市警の夜勤警官であるマディがパートタイムで手助けするというアクロバティックな構図の中で、さらにボッシュの登場も許すなど、この作家のどのシリーズにも読者サービスは欠かされることなく、いつも好感が持てて有難い限り。
さらに本作は、実際に起こった二つの事件を取り込んでの大舞台として用意されている。一つは連邦議会議事堂襲撃事件に繋がる対テロ、もう一つは何と、稀代のサイコ殺人であるブラック・ダリア殺人事件を軸に置いた物語なので、シリーズの中でも現代アメリカ事件史に迫る重要なエポックを絡ませた警察小説という意味で、シリーズの中でも重要な一作となっており、読書の息はさらに上がる。
ボッシュの登場シーンは少ないが、代わりにレネイとマディの女子コンビのパワーみなぎる力作という意味では、読まずには死ねない重要作品であろう。2025年バリー賞最優秀長編賞受賞というのも頷ける、一気読み必須の快作と言えよう。 -
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ほぼ年一冊の割合で翻訳されているマイクル・コナリー作品だが、昨年はリンカーン弁護士のシリーズ、今年はレネイ・バラードのシリーズ。どちらにもハリー・ボッシュは登場するのだが、病魔との闘いを経てますます影が薄くなり、ステージの主役を後任のヒーロー、ヒロインたちに譲っている気配は最早否めない。ボッシュはベトナムでトンネル・ネズミという名の非常に苦しい兵役を経験した末、ロスの刑事になったのだが、作者のマイクル・コナリーは1956年生まれで、実はぼくと同年齢である。
パソコン通信で冒険小説&ハードボイルドフォーラムを主宰していた頃から多くの歳月が去っていったが、今もコナリーは健在で、同年配のぼくはいつも彼と彼の作品に勇気づけられ、今を活きるエネルギーをもらっている気がしてならない。
とは言え、長年の重責を背負ってきたボッシュは主人公を下りている。作者よりも年上の設定であるから致し方ないと思うが、ナイトシフト専門の女性刑事レネイを、ボッシュの娘であり市警の夜勤警官であるマディがパートタイムで手助けするというアクロバティックな構図の中で、さらにボッシュの登場も許すなど、この作家のどのシリーズにも読者サービスは欠かされることなく、いつも好感が持てて有難い限り。
さらに本作は、実際に起こった二つの事件を取り込んでの大舞台として用意されている。一つは連邦議会議事堂襲撃事件に繋がる対テロ、もう一つは何と、稀代のサイコ殺人であるブラック・ダリア殺人事件を軸に置いた物語なので、シリーズの中でも現代アメリカ事件史に迫る重要なエポックを絡ませた警察小説という意味で、シリーズの中でも重要な一作となっており、読書の息はさらに上がる。
ボッシュの登場シーンは少ないが、代わりにレネイとマディの女子コンビのパワーみなぎる力作という意味では、読まずには死ねない重要作品であろう。2025年バリー賞最優秀長編賞受賞というのも頷ける、一気読み必須の快作と言えよう。 -
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「言語とは民族の象徴である」と言ったのは、十六世紀の機織り職人ヒマーワリ・メーロンですが、あるいは「民族を隔てる」ものとも言える
傲慢なバベルの塔の計画は神の怒りに触れ、その裁きによって人々は分断を余儀なくされた
「翻訳」とは分断された人々を再び繋げるための営みなのか
しかし悲しいかな「翻訳」に”完全”はない、異なった言語では全ての単語に全く同じ意味を持つ対の言葉は存在しないからだ
どんなに近しい言葉でも、住む場所が違えば全く同じニュアンスで使われることはない
それでは人々は「完全に分かり合う」ことはできないのだろうか?
フィクションの力を借りずとも、現実の世界はその答えを明確に示しているように思える
人々に残されたのは、緩やかな諦めだけなのだろうか
そんなことないと信じたい
完全ではなくとも「翻訳」とは異なった背景を持つ人たちを少しでも理解し、手を取り合い、共に生きる世界を実現するための手段であるはずだ
新たなる「バベルの塔」は分断ではなく、共生の象徴となるのだ -
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ネビュラ賞にローカス賞、SFが読みたい2025年1位、そして星雲賞と国内外のSF小説の勲章を総ナメにしたR.F.クァンの『バベル』
SFファンなら絶対読むべき一冊です
ここでふと思ったんですけど、もうひとつのSFの世界的文学賞ヒューゴー賞は受賞してないのね
こいつも受賞してたらSF三冠だったのにと思ったら、なにやらすごい不祥事が起きていたようなんよね
ヒューゴー賞というのは毎年世界のどこかの都市で開催される世界SF大会ワールドコンにおいて参加者(読者)による投票で決められる賞なんだけど、2023年に中国の成都で開かれたワールドコンに、既にネビュラ賞とローカス賞を受賞していたにもかかわらず『バベル』はノミネートすらされなかったの
そして後々内部告発などで明らかになったのは、「中国、台湾、チベットなど中国当局を刺激する恐れのあるトピックに焦点を当てている作品」を除外していたということなんよ
しかも担当者は作品も読まずに中国のことが書いてあるだけで、批判的な内容を恐れて除外しちゃってるみたいなんよね
しかもしかも皮肉なことに、本作は中国に批判めいた表現はほとんどなし
それどころか上巻では中国(清)カッコよ!大英帝国このクソ野郎!という
ほんともうなー
どうにかならんかね〜
ちなみに本作の『バベル』というタイトルはもちろん「バベルの塔」が由来なんよね
「バベルの塔」はご存知旧約聖書の『創世記』に出てくる物語なんだけど、その内容は昔人々は同じ言葉を話していて、協力して天(神々の住むところ)に届く塔を建設しようとしてたんよ
だけどそれを知った神様が「お前ら調子のってんじゃねー!」って怒って人々の言葉を互いに通じなくさせたという
多言語が生まれた”分断”の物語なんよ
そして図らずも、この騒動そのものが"分断"の象徴みたいになってしまったわけね
実際にはその"分断"をなんとかせな!って物語なのに
そんな作品が"分断"の象徴みたいな騒動に巻き込まれてしまったのよ
なんだかな〜
ほんともう残念だわ〜 -
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上巻の前半部、所謂日常パートのようなものに退屈を感じ、ここまでくるのにかなりの時間を要してしまった。上巻の後半部に差し掛かってからあっという間だった。およそ2週間で下巻まで読みきってしまった。そのくらい物語は急展開を迎え、のめり込んでしまう魅力が詰まっていた。
あとがきの末尾に、バベルは何かを抽象化、あるいは比喩していると述べられている。個人的な想いではあるが、自分にとってそれは「社会」だと考えた。学生時代、自分が働いている姿を全く想像できなかったが、社会に出て働くことは当然だと考えていた。自分が与えられるもの、何らかの支払える対価も持ち合わせていないというのに、どうして社会から必要とされるのか、理解ができなかった。そして今思うに、それは社会が自分のような漠然とした将来像と優れた能力の持ち合わせがない者のために設計されていないということなのだと、改めて感じた。社会に出ることに必死で、時間に気持ちが追い付かない私は闇雲に就活を続け、気付いたら人生の半分以上を自分のためではなく、社会のために費やすという設計された社会に身を投じていた。彼らはバベルに所属しなければ人権などあり得なかった。そして私達も同様、仕事は人権のためであり、そのため勉学へ青春を捧げている。バベルのような結末を望んでいるわけではない。現代の「社会貢献をしなければならない」という常識は実は歴史の産物であり、人が負うべき当然のことではなく、私達が私達のために自由に選択できるものであると広く知れ渡ると良いなと考えている。 -
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翻訳は単なる言葉の置き換えではない。歴史的、文化的背景のもとに、似たような言葉でも別のニュアンスを持っていることがある。その差が具現化する銀工術、一種の魔法のような技術がある世界の話。この魔法を使えるのは複数の言語に習熟した専門家のみ。バイリンガルだとさらに良い。19世紀、三角貿易で栄えていた英国が舞台。ようやく奴隷制度は廃止されたけれど、アジア・アフリカ諸国からの搾取は続いている時代。オクスフォード大学で学ぶことになった留学生たちの物語なのだが、人種差別に苦しむところから始まり、多くの社会的矛盾に直面する。200年近く昔の話なのだが、現代にも通じるものがあるし、もしかすると世界情勢は逆行しているんじゃないかとまで思わせられる内容だった。
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ケン・リュウは、中国生まれではあるが、11歳の時にアメリカに移住した中国系アメリカ人の作家。ジャンルとしてはSFとされている短編を多く発表しており、本書が、日本での第一短編集である。
私はケン・リュウという作家は知らなかったが、ある書評でこの短編を知り読んでみた。私がこれまでに読んだ短編集の中でもベストのいくつかに入るほど、自分にとっては面白いものだった。
15編の短編が収められている。印象に残った作品は多いが、やはり表題作であり、順番として最初に掲載されている「紙の動物園」が最も印象に残った。短編なので、筋を書くわけにはいかないが、このような物語があるんだ、という驚きと感動があった。その他にも、気に入ったものが多かった。
多作の作家のようで、日本で短編集も何冊か発表されており、長編も出版されているようである。順番に読んでいこうと思うが、とても楽しみ。 -
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リンカーン弁護士シリーズ第二弾。
メチャクチャ面白い。ミステリー小説には本格推理小説、警察小説、ハードボイルド、倒叙ミステリーなどの種類があるが、僕の好みとしては本格や倒叙よりも断然、ハードボイルドや警察小説が好きだ。
その意味では、マイクル・コナリーの小説は僕の大好きなジャンルで、尚且つ文章のスタイルも読みやすく、グイグイと引き込まれてしまう。
やや、ご都合主義的な部分も有ったが、話の展開が面白いので、そこまで嫌な感じも無く読み進める事が出来る。
こんな面白い小説が有ると、やっぱり続きが読みたくなる。
*本格推理小説: 謎の提示、推理、合理的解決という基本形式を踏んだ作品です。
*倒叙ミステリー: 犯人と犯行が冒頭で明示され、探偵が犯人を推理する形式です。
*ハードボイルド: 非情な行動で事件を捜査し、犯人を追い詰める小説です。
*警察小説: 警察官が主人公で、謎解きよりも捜査活動に重点が置かれます。 -
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マイクル・コナリーのリンカーン弁護士シリーズの第二弾。
最初のリンカーン弁護士を読んだ時にも書いたけど、この刑事ハリー・ボッシュシリーズのスピンオフ作品なので、この世界観を良く知れば知る程、面白くなるのは分かっているので、リンカーン弁護士シリーズだけに限定して読まないと大変になるのだが、この第二弾をにはなんとハリー・ボッシュが物語の中に登場し、リンカーン弁護士との衝撃的な関係が明らかになる。
これじゃあ、もう刑事ボッシュの物語も読まなくてはなりそうだ。
ああっ・・・こまった読まなかければならない本が、すでに100冊以上溜まっているのに、また読むべき本が増えて行く。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ当初思っていた内容とは違っていて、初めはあまり進まなかったのだけど、上巻の中盤くらいからグッとギアが上がって、そこからはもうグイグイと引きずり込まれて、怒涛の展開に翻弄され、読み終わったいまではぐったりと虚脱しながらこの感想を書いています。
広東で幕を上げるこの作品、なにが起こっているのか明らかにならないまま、あれよあれよと物語は進み、舞台はイギリス、ロンドンからオックスフォードへ。
ほぼ史実通りのなか、たった一つのフィクションが紛れ込まされ、主人公はそのフィクションにまつわる大きな事件へと巻き込まれていきます。それは、「銀」を媒体とした「翻訳の魔法」。異なる言語で、同じ言葉を刻み込んだ銀は、言語間を翻訳した際に発生する「揺らぎ」が、様々な効力を発揮する、という設定になっています。
とはいえ、そのフィクションは、本作にとってはエッセンスにすぎず、主題は異なるところにあります。白人主義全盛の19世紀前半のイギリスを舞台に、その傲慢な植民地主義や、それを支える異文化の「奴隷」たちを通して、現代まで続いている人種差別や文化の搾取といった問題を鋭く抉り出し、また、若者たちの壮絶な青春絵巻を描き切っています。
「銀」に刻み込まれる言葉は、翻訳のときに失われるニュアンスが大きければ大きいほど効力が増すとされているため、ヨーロッパ圏の言語間のように、ニュアンスの差異が少ないものではなく、例えば広東語、例えばサンスクリット語のように、ヨーロッパ圏とはかけ離れた文化圏の言語と対にすることで、その効力が増していく、とされています。
また、「銀」は刻むだけでは効力を発することが出来ず、刻まれた2つの言葉を口に出すことで初めて効果を発揮します。しかし、口に出して効果が出るのは、刻まれた2つの言語を、言語として意識しないレベル、つまり母語として使いこなせるレベルでないといけない、という縛りがあります。
そのため、「銀」による覇権を謳歌している英国における「銀」研究の中枢であるオックスフォードでは、植民地や、それに準ずる国の子供に、母語を使わせながら、英語の英才教育を施し、マルチリンガルの話者へと教育したうえで、「銀」を使いこなせる「翻訳者」として囲い込み、「資源」として活用するということが行われているわけです。
オックスフォードを、そして英国そのものを運営する白人たちは、こうして集めた子供たちをただの道具としてしか見ておらず、有色人種の子供たちは、学校から一歩外に出れば、いえ、「塔」から外に出るだけで、オックスフォードの他の学部の白人たちから偏見にさらされ、女性に至っては更に過酷な状況を受け入れなければなりません。
さらに、集めてきた子供たちの母国に至っては、白人からすれば「蛮人の住む未開地」であり、「劣った人種」と完全に見下している有り様です。
この歪な状況に巻き込まれた主人公たちは、こうした白人主義、植民地主義への抵抗を行う集団と出会い、歴史のうねりに巻き込まれていきます。
これは、今でも根強く世界中にはびこっている白人中心主義や、様々な差別への異議申し立てであり、いわゆる先進国が行っている文化の搾取というもののグロテスクさを描いた作品なのだなあ、と。
そして、世界という大きな視野でなくとも、近現代における日本における、地方の優秀な学生を東京へと吸い上げ、囲い込む施策と同じであり、同様に労働力を確保している手段と同じじゃないかと思ったりしました。地方から労働力を充分に吸い上げられなくなった近年では、その食指を海外へと向けていますね。
コンパクトシティという一見正しそうな理屈には、それぞれの地方にはそれぞれに根ざした文化があって、そこには生活している人達がいる、という側面を完全に無視し、都会から見た「効率化」だけを一方的に押し付けるものだと自分は思っています。それぞれの地域が、それぞれの文化を持ち続けることが、一つの国家の中に多様性をもたらし、国力そのものを底上げしていくものだと思うのですが、中央官僚の視野の狭さでは、そういう視点は持てないのでしょう。
レティという登場人物の、残酷なまでの描かれ方は、この人物こそが影の主人公なのではないかと思ってしまうほどのものでした。物語の中では裏切り者であり悪役ですが、自分をその立場に投影した時、果たして違う行動が取れるだろうか?というのは、非常に大きく重い問いになる、と思います。
本書が世界中で絶賛され、ネビュラ&ローカスのダブルクラウンを初めとした様々な賞を受賞しているということは、まだまだこの世界は捨てたもんじゃない、という気持ちにさせてくれますね。「バベル」が崩壊せず、その奇蹟を世界中で共有できるような、そんな世界がいつか実現されて欲しいものです。 -
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マイクル・コナリー『迷宮 下』講談社文庫。
マイクル・コナリーの39冊目の長編。レネイ・バラード刑事シリーズの第6弾。
一難去ってまた一難。二転三転のうねるような展開とレネイ・バラードが画策した見事な結末。
バラードが対決する相手は未解決事件の真犯人たちだけではなく、新たにロス市警未解決事件班に加わったマディをクビにしろと言い出すロス市警のトップやブラック・ダリア事件の真犯人を示す新たな証拠の受け取りを拒む地区検事長と一筋縄ではいかない。
一般企業でも必死に品質改善に取り組む社員が居る一方で品質問題を隠蔽したり、売上だけを重視して品質を無視するようなトップが居るのだから、似たような構図である。
ハワイ出身でサーフィンを日課とするロス市警未解決事件班のバラードは、こうした組織の軋轢と犯罪者捜査、自ら陥ってしまった窮地を全てを決着させてしまうのだから、本当に胸がすく。
バラードとボッシュがFBIと連携し、テロ組織による無差別銃撃計画を未然に防ぎ、無事にバラードのバッチを取り戻したのだが、マスコミにボッシュが情報提供者であることがリークされる。
一方、未解決事件のまくらカバー強姦犯を追うバラードらロス市警未解決事件班のメンバーは地道な捜査により少しずつ真犯人へと近付いていく。
さらには、マディが掴んだ1947年に起きた有名な未解決殺人事件であるブラック・ダリア事件解明する鍵により、多くのことが明らかになり、犯人を特定するための証拠固めが行われる。
そんな中、まくらカバー強姦犯に近付いていたロス市警未解決事件班のメンバーの1人が何者かに銃殺される。組織の混乱に乗じたバラードの上司は、マディをクビにしろと言い出し、バラードはマディを未解決事件班に残ずための方策に頭を抱える。
果たして、バラードたちは全ての事件は解決出来るのか……
そして、マディの運命や如何に。
本体価格1,050円
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マイクル・コナリー『迷宮 上』講談社文庫。
マイクル・コナリーの39冊目の長編。レネイ・バラード刑事シリーズの第6弾。ハリー・ボッシュとハリーの娘でロス市警の巡査マディも登場する。
安定安心の面白さ。同時に3つの事件が動き出すという何とも盛り沢山で、面白いストーリー。1つは未解決事件のまくらカバー強姦事件、2つ目はバラードが波乗り中に車の中からバッチと銃を盗まれた事件、3つ目は何と未解決事件の中でも特に有名なブラック・ダリア事件である。
冒頭でレネイ・バラードが波乗りをするシーンには驚いた。波待ちからパドルに移行し、波のトップからテイクオフしてから波の壁を滑り落ちる描写は実際に波乗りを経験していないと、これ程リアルには描けないだろう。
出勤前に波乗りを楽しんだロス市警未解決事件班刑事のレネイ・バラードが最後の波を捕らえ、海から上がると車の鍵が開けられ、グローブボックスから銃とバッチ、財布と携帯電話が盗まれていることに気付く。
銃とバッチを盗まれたことを隠し、何食わぬ顔で通常通り勤務を続けるバラードだったが、その数日後にボッシュの娘でロス市警で巡査を務めるマディがバラードの元を訪ねて来た。マディは自らの意思でたロス市警未解決事件班のボランティアに志願して来たのだった。
バラードは通常の業務と並行し、独自にサーフポイントでの車上荒しの手口から少しずつ窃盗犯に迫り、ついには犯人から銃を取り返す。さらに盗品を買い取った人物からバッチを取り戻すために、ボッシュの協力を得る。盗品を買い取ったという一味を見張るうちに彼らが4日後に大規模テロを計画していることを知る。
バラードとボッシュはロス市警とは秘密裏にFBIと連携し、テロを計画している一味との接触を試みる。
一方、マディはロス市警未解決事件班に合流早々、バラードにブラック・ダリア事件を解決したような気がすると言い出す。
本体価格1,050円
★★★★★