古沢嘉通のレビュー一覧
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シリーズ第20作。
SFPD(サンフェルナンド市警)の予備刑事(reserve officer)として、自発的に未解決事件捜査にあたっているハリー・ボッシュのもとを、昔のパートナーだったロス市警本部強盗殺人課未解決事件班刑事のルシア・ソトが現在パートナーを組んでいるボブ・タプスコットとロス検事局のアレックス・ケネディ検事補とともに訪れ、ボッシュが三十年ほど前に逮捕し、現在も死刑囚として服役中の連続殺人犯プレストン・ボーダーズに関して、あらたな証拠が出たとして、再審がひらかれる見込みだと聞かされる。残された証拠を調べ直したところ、すでに死亡している別の死刑囚ルーカス・ジョン・オルマー(連続婦女暴行殺人犯)のDNAが被害者の着衣に精液の形で付着していたことが科学的に立証されたという。事件発生当時、DNAは、犯罪捜査の証拠として認められていなかった。証拠保管庫に収められた被害者の着衣の入っている当該事件の証拠保管箱をソトとタプスコットが開封する様子は、ビデオに録画されており、そこに問題はまるで無いように思えた。
ボーダーズの弁護士ランス・クローニンの主張は、被害者の着衣に別人のDNAが付着している以上、ボーダーズ逮捕の決定的な物証(ボーダーズの住居で見つかった被害者のペンダント)は、事件担当の捜査官(ボッシュと彼のパートナー)が仕込んだものだ、というものだった。ロス市警と喧嘩別れしたいきさつから、ロス市警と検事局のボッシュに対する心証はことのほか悪く、証拠を捏造した悪徳警官としてボッシュに責任をかぶせようという気が満々だった。おのれの信用が地に落とされる危機に際し、リンカーン弁護士ミッキー・ハラーにボッシュは相談し、ミッキーの導師であるリーガル・シーゲルの智慧を借りることになる。
一方、サンフェルナンド市警の管轄で、薬局を経営する父親と息子が薬局内で銃殺されるという事件が発生し、小規模共同体の警察としては、手が足りず、ボッシュも捜査に狩りだされる。捜査を進めるなかで、この事件が、薬局を舞台にしたオキシコドン(半合成麻薬)不正請求にまつわるものであることが判明する。すなわち、身内に引き込んだ医師に鎮痛剤でもあるオキシコドンの処方箋を書かせ、患者を装った出し子たちに薬局で大量に入手させ(料金は医療保険Medicareでカバーされる)、それを売りさばいて大金をせしめている犯罪者集団がいた。薬局の父親は、永年その片棒を担がされていたのだが、息子がその不正に気づき、手を引こうとして、犯罪者集団に処刑されたのだった。犯罪者集団のアジトを突き止め、親玉を逮捕する証拠を手に入れるため、ボッシュは、潜入捜査に赴く。
内容紹介のコピーだが、これを読めば、ほぼ上巻は読まずに済んでしまう丁寧さ。
一粒で二度以上の美味しさを堪能しつつ、下巻へ。 -
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散々話題になって、2010年代SFのベスト10にも選ばれて、ようやく読んだケン・リュウの『紙の動物園』
確かに面白いのだけど、それ以上にSFというジャンルに吹いた新しい風というか、雰囲気を感じる短編集だったように思います。
表題作の「紙の動物園」は特に傑作だと評判は高かった気がしますが、本当に評判に違わない傑作!
アメリカ人の父と中国人の母を持つ息子が主人公。折り紙の動物に命を吹き込むことが出来る母。しかし息子は成長するに従い、中国人の母に反発を覚えるようになり……
国籍や言語の違い、文化の違い、それは親子ですらも遠い距離にしてしまいます。そして母からの手紙で明かされる、語られることのなかった母の人生と息子への想い。
過酷で孤独だった彼女の人生。そして見つけた居場所。一方でどれだけ愛が深くても埋めることのできない、我が子との距離。
どこかメルヘンチックな紙の動物たち。それはおもちゃで自分だけの世界を作っていた子どものころを思い出させるような気がします。
そして母への反発と紙の動物からの卒業。作中では人種や言語、文化の違いからこの反発の端を発していますが、この反発心やおもちゃからの卒業も、子どもだった人の多くが思い当たりそう。
そして、離れて失われてから分かる母の存在と愛情の大きさ。それでも決して時間は戻ることは無く……。
SFであったり、幻想であったり、海外が舞台であったり、異文化がキーワードになったり、歴史的な事件も織り込まれたりするのですが、それ以上に「紙の動物園」という作品は、どこにでもある普通の母子の物語でもあった気がします。
郷愁や思い出、母に対する決まり悪さ、そして母の愛と想い。あらゆる人が共感できそうな感情と過去をゆっくりとなでおこすような、そんな感覚を読み終えた時に思いました。
この切なさであったり、あるいは郷愁であったりは、ジャンルに縛られずあらゆる人に届くのではないか、とも思います。
もう一つ強く印象的だったのは「文字占い師」
台湾に引っ越してきたリリー。しかし父の仕事のため、台湾の米軍学校の同級生から距離を置かれてしまう。そんなリリーがある日出会った一人の少年と、彼を育てるおじいさん。
そのおじいさんは、自分は文字占い師だと話し、リリーが何気なく選んだ単語から、リリーの現在を言い当てて見せると言う。
リリーが選んだのは『秋』という単語。それに対し文字占い師の甘(カン)は、秋の漢字の成り立ちを説明した後、その下に心を書き加え『愁』という字に書き換えます。
そして「愁」には愁いや悲しみの意味があることを語り、リリーの孤独を言い当てます。そうしてリリーは、どんどん二人との距離を詰めていきますが……。
この文字占い師の甘の語りは、本当に魔術のよう。漢字の意味や成り立ちを説明していく中で、徐々に話は甘の人生、そして中国や台湾の歴史や国家の話へ形を変えていきます。
そしてそれは、国家や歴史、政治や思惑に振り回されてきた個人の悲劇と、それでも前を向こうとする人々の強さまでも表現しようとするのです。
しかし、やがて訪れる登場人物たちへの過酷な運命は、国家の矛盾と、国家に繋がれた個人の哀しさを浮き彫りにします。最後に残る切なさや寂しさが、印象に強く残りました。
「結縄」のアイディアは、この短編集でも随一の面白さだったなあ。縄で文字を伝える少数民族。その少数民族の元を訪れる研究者ト・ムの目的が明らかになったときは、アイディアの面白さに脱帽しました。
そしてアイディアの面白さで話を終わらせず、そこから科学や時代の波に飲み込まれる、少数民族の哀切を浮かび上がらせるのもすごい。
アイディアでいうと「選抜宇宙種族の本づくり習性」はまさにセンス・オブ・ワンダーという言葉が当てはまります。
様々な異星人、さらにはロボットのような種族までが、地球人からすると本とは思えない、それでも「本」としか言いようのないものを作っていく様子をただ解説する話。
想像力がかなり必要とされますが、これだけのことを文章に起こせるのがまずすごい。そして、ラスト一行は本好きにはある意味力強く響くかも。
他に印象的だった短編を簡単に。
「もののあはれ」の主人公は宇宙船の乗組員の日本人。
東日本大震災の時に、物資の配給にちゃんと列を作って受け取る日本人の姿が世界から賞賛されましたが、ケン・リュウもそんなふうに日本を良く思ってくれているのか、とも感じる短編。
ひねくれてる自分は、列を作るのは外国の人が思ってるような、崇高なものが理由でもない、と思ってしまうのですが、それでも作品の穏やかな語り口と、深遠なテーマは、日本という国や文化を誇らしく思わせてくれます。
「太平洋横断海底トンネル小史」
上海からシアトルまでをつなぐ巨大な海底トンネルの建設に、現場で携わった男の話。
国家の巨大事業として派手に進められた建設の裏で、地上で暮らす家族とは疎遠になり、地上に戻れなくなった男。やがて時代が進むに従い、産業の高度化や仕事の危険さ、人件費の高騰で工事の担い手が少なくなり国が取った選択と、男が取った行動は……
繁栄する世界の裏で、忘れられ語られることもなくなってしまった悲劇と罪。そして取り残された者の哀切が印象的。
「どこかまったく別の場所でトナカイの大群が」
安全な空間で暮らすレネイと、宇宙飛行士として飛び立とうとするその母。そしてレネイが初めて外の世界へ飛び出したときのワクワク感。
一方で外の世界を知ってしまった娘に対しての父の思いであったりと、冒険心と親の切なさが感じられる作品。
不老不死がテーマの「円狐」
生と死、様々な人や家族との出会いと別れから導き出される、人生の真理。静かに穏やかにたおやかに閉じられる物語の終わりが、また情緒深い。
妖狐の娘と妖怪退治師の男を描く「良い狩りを」も独特のSF。
文明や科学の発達により居場所を失っていく妖弧と妖怪退治師。本来相対するはずの二人が、そんな時代の波に飲まれつつも、その時代の中を必死に生き抜き、そして流れゆく時代に対し、最後に示す気高い姿と、未来への希望が心に残ります。
最後に収録されていた「良い狩りを」の影響もあるのか、『紙の動物園』に収録されている短編の持つ雰囲気は、ジブリ映画の『平成狸合戦ぽんぽこ』と似たものがあるように思います。
都市開発により、住処である里山を奪われそうになった『ぽんぽこ』の中の狸たち。彼らは妖術を使って開発を中止させようとしますが、それも徐々に限界を見せ始め……
失われたもの、戻らないものへの郷愁。科学や文明の発達に取り残されたり、あるいは翻弄される人々。国家や時代のうねり、科学技術の波に飲まれ、表舞台からひっそりと消えたマイノリティや弱者たち。
『紙の動物園』で描かれた登場人物たちの姿が、人間や文明の発達の前に、故郷を失い姿を消した『ぽんぽこ』の狸たちと、どこか似ているような気がします。
そしてもう一点、『紙の動物園』と『ぽんぽこ』に共通しているように感じたのは、そうした弱者であったり、表に出なかった声を掬い上げようとするどこか優しい視点。
人間たちへの反抗への一方で、狸たちの生活や個性、そして自然を生き生きと描いた『ぽんぽこ』
穏やかな語り口と静かな抒情で、登場人物たちを見つめる『紙の動物園』の短編たち。
時代や歴史の流れ、あるいは技術の発展に伴い失われゆくものや、表にでなかったもの、変わってしまうもの……。そして、そんな中でも最後まで変わらないもの。
そうしたものたちへの愛惜であったり、優しい視点が根底にあるように感じました。
そしてこの視点こそが『紙の動物園』が、ベストSFに名を連ねた理由だと自分は思います。
今まで読んできたSFも、こうした話はあったような気はします。でもその視点はどちらかというとシリアスというか、ブラックというか。
進みすぎた技術や、強大な国家への警鐘、あるいは皮肉が印象に残るものが多かったです。
一方でこの『紙の動物園』はそれ以上に、そうしたテーマに押し流される人たちの声を、静かに、そしてたおやかに掬い上げようとしていることが印象的でした。
そうした視点が、この感想の最初に書いた「SFの新しい風や雰囲気を感じた」理由だとも思います。
こういう視点って人柄もそうですが、著者のケン・リュウの出自もやはり関係しているのかもしれません。
歴史的な事件や政治的な事柄に対し、自国民に自由に語ることを許さない中国。その裏にはたくさんの声なき声が渦巻き、そして聞かれることのないまま、時代の中に消えていった声もたくさんあると思います。
幼少期をその中国で過ごし、その後アメリカに移住したケン・リュウ。海外から見た故国の矛盾と、その一方で子ども時代や、中国文化への郷愁。
そうしたものが合わさってこうした独特ながらも味わい深く、そして世界の壁を越えて愛される短編たちが生まれたのではないか、とも想像してしまいます。
以前『折りたたみ北京』という中国SFのアンソロジーの感想でも書いたのですが、中国SFの作中で描かれるキーワードやガジェットは確かに目新しくて面白いです。
でも作品の根底にあるものであったり、人間に対する視点というものは、やはり普遍的なもののような気がします。
一方で、中国という出自やキーワード、ガジェットがあるからこそ、その普遍的なものがより鋭く、あるいは味わい深く描かれているところもあって、だからこそ中国SFが熱い! という熱が生まれたのだとも思います。
でも〈中国〉や〈SF〉はあくまでキーワードであり、設定でしかありません。それを存分に生かした物語と、その根底にある優しい視点。それこそがこの『紙の動物園』の最大の魅力だと思うのです。 -
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楽しみにしていたコナリーのニュー・ヒロイン、レネイ・バラード初登場作品。コナリーのメイン・シリーズを背負う我らがヒーロー、ハリー・ボッシュがかつて在籍したハリウッド署、しかもそのナイトシフトの刑事たち(タイトルの通りレイトショーと呼ばれている)を舞台に展開する独特の警察小説ワールド。
コナリー作品の特色を余さず継続している。バラードの勤務先として描かれる警察署内の凌ぎ合い・暗闘・友情など従来のコナリーの描写にプラスして女性ヒロインならではのセクハラという材料などもじっくりと取り入れている。
さらにヒロインであるバラードを、彼女自身につかず離れずの視点で密着して描いている。新刑事ヒロインの公私の生活。人となり。これまでの人生。関わる人々の個性。素晴らしく濃密に描かれている。
ハワイはマウイ島出身。父をサーフィンの事故で失い、母とは幼児の頃から音信不通。西海岸の祖母に引き取られ、彷徨の末に新聞社に入社。様々な事件に魅せられ、ついに警察官となる。そんな生い立ちのバラード・シリーズに初物ならではの興味を否応なく引き立てられる。そしてコナリー・ブランドならではの素晴らしい。
レイトショー勤務では、殺人事件のみならず、様々な犯罪に立ち会わねばならない。一晩に起こるいくつもの難事件。朝が来るとそれを日勤の担当刑事たちに引き渡さねばならない。夜勤刑事はハリウッド署では二人。交代勤務ではなく、ずっと。
ボッシュ・シリーズ以上に事件の種類が増えるため複数事件が同時多発的に勃発する。それらのすべての事件や謎に決着をつけねばらないので、読者もけっこう忙しい。モジュラー型ミステリーと言ってもよいかもしれない。
しかも事件は昼間の捜査課に持っていかれる。でもバラードは捜査を続けたい、事件を自分のものとして追い続ける。当然ながら警察内での軋轢。疎外。夜勤の相棒は家庭内事情にてあまりやる気はなし。ゆえにソロでの捜査が続く。
女性独自の危険が描かれる。女性ならではの私生活も。パドルボードの趣味。海辺でのテント生活。そこそこの愛人。そして何よりも事件の中でこだわる人間と人間の問題。基本的にはボッシュと同じ世界でありながら、あまりの変数の多さに驚かされるまずまずのシリーズスタート。
コナリーの小説世界には、やはり外れはない。優れた完成度の高さにレネイ・バラードという女刑事のシリーズスタートと、この魅力的なヒロイン像を創り出してくれた大好きなこの作家に改めて喝采を送りたい。 -
Posted by ブクログ
楽しみにしていたコナリーのニュー・ヒロイン、レネイ・バラード初登場作品。コナリーのメイン・シリーズを背負う我らがヒーロー、ハリー・ボッシュがかつて在籍したハリウッド署、しかもそのナイトシフトの刑事たち(タイトルの通りレイトショーと呼ばれている)を舞台に展開する独特の警察小説ワールド。
コナリー作品の特色を余さず継続している。バラードの勤務先として描かれる警察署内の凌ぎ合い・暗闘・友情など従来のコナリーの描写にプラスして女性ヒロインならではのセクハラという材料などもじっくりと取り入れている。
さらにヒロインであるバラードを、彼女自身につかず離れずの視点で密着して描いている。新刑事ヒロインの公私の生活。人となり。これまでの人生。関わる人々の個性。素晴らしく濃密に描かれている。
ハワイはマウイ島出身。父をサーフィンの事故で失い、母とは幼児の頃から音信不通。西海岸の祖母に引き取られ、彷徨の末に新聞社に入社。様々な事件に魅せられ、ついに警察官となる。そんな生い立ちのバラード・シリーズに初物ならではの興味を否応なく引き立てられる。そしてコナリー・ブランドならではの素晴らしい。
レイトショー勤務では、殺人事件のみならず、様々な犯罪に立ち会わねばならない。一晩に起こるいくつもの難事件。朝が来るとそれを日勤の担当刑事たちに引き渡さねばならない。夜勤刑事はハリウッド署では二人。交代勤務ではなく、ずっと。
ボッシュ・シリーズ以上に事件の種類が増えるため複数事件が同時多発的に勃発する。それらのすべての事件や謎に決着をつけねばらないので、読者もけっこう忙しい。モジュラー型ミステリーと言ってもよいかもしれない。
しかも事件は昼間の捜査課に持っていかれる。でもバラードは捜査を続けたい、事件を自分のものとして追い続ける。当然ながら警察内での軋轢。疎外。夜勤の相棒は家庭内事情にてあまりやる気はなし。ゆえにソロでの捜査が続く。
女性独自の危険が描かれる。女性ならではの私生活も。パドルボードの趣味。海辺でのテント生活。そこそこの愛人。そして何よりも事件の中でこだわる人間と人間の問題。基本的にはボッシュと同じ世界でありながら、あまりの変数の多さに驚かされるまずまずのシリーズスタート。
コナリーの小説世界には、やはり外れはない。優れた完成度の高さにレネイ・バラードという女刑事のシリーズスタートと、この魅力的なヒロイン像を創り出してくれた大好きなこの作家に改めて喝采を送りたい。 -
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ネタバレ(上下巻)
無実の依頼人には妥協するな、ひとつの評決あるのみ。スコアボードにNGをつけねばならない。無罪 ノットギルティ以外の評決はない。
リンカーン弁護士 上下
リンカーン・コンチネンタルの後部座席を事務所にして仕事をする、弁護士のマイクル(ミッキー)・ハラー。
儲からない貧乏仕事ばかりで、別れた妻の元にいる子どもへの養育費も含めて経費の支払いに汲々としている。計算高いが、人間味もある、勝つためには裏技も使う、知的戦力に優れ、法廷の弁論合戦も計算された演技力を駆使する。
面白く読み応えがあった。
いくつかの小さな担当事件が挿入されているが、これがメインの事件につながるところもあり、こういったわずかな報酬の仕事で作り上げた人脈が、後に幸いするのも、人柄だろう。
売春婦の殴打暴行事件の犯人ルイス・ルーレイは、犯行直後に、隣人二人に捕まえられた。拘留中のルイスから弁護を依頼されたマイクには、この富豪の息子の弁護は、やっと運が向いてきた萌しだと思えた。彼はルーレイを一目見て、内向的で無垢な笑顔に、冤罪を感じた。
だが、状況は全てに不利だった。直感に従えば、無罪の犯人を弁護する難しさを実感する。
(父は)弁護士が担当する依頼人のなかでもっともまれなのは、無実の依頼人である。と語っていた。もし弁護士がへまをして、無実の依頼人が刑務所にいくようなことがあればそのことが生涯、弁護士を悩ませるだろうと。
「親父さんは文字通りそんなことを言っているのか?」
「そういう趣旨の発言をしている無実の依頼人には(略)妥協するな、ひとつの評決あるのみ。スコアボードにNGをつけねばならない。無罪ノットギルティ以外の評決はない」
一方、使っている調査員ラウルの報告は次第に、ルーレイの素顔に迫っていく。
事件の真相は、警察の捜査が進むにつれて、ミッキー・ハラーの中でも被告人の罪状に対する印象が二転三転し、そのたびに無邪気に見えたルーレイの顔つきも変化していく。
頼りにし親しくしていた、捜査員のラウル・レヴンが殺された。使われた銃は、ハラーが父から遺贈されたものだった。しまいこんでいたクローゼットの箱の中身が消えていた。ラウルは手がかりをつかんだと最後の電話で伝えてきていた。
ハラーは犯人の弁護と、身の潔白を明かさなければならないという羽目になる。
ラウルのつかんだ証拠が犯人に不利になるのを知っていた、だれが銃を持ち出したかもほぼ見当がついた。
ラウルの最後の言葉は不明ながら、真実に近いものだと分かっていた、しかし彼は弁護を続ける。
検察に追い詰められれば証拠について反証されることも承知の上だ。
が、彼は次第に犯人の意図が見えてくる。無罪を勝ち取るためにジレンマを抑え弁護を展開する。
ルーレイは仮釈放から追尾アンクレットをつけていた、彼の動きはパソコンに記録され、大きなアリバイになっていた。
また、ハラーの持つ数々の証拠から、検察側の証拠を粉砕する論拠は確実になった、相手の新人検察官は追い詰められ、ついに有利な答弁取引を提案した。しかし、これを聞き入れれば、ルーレイの罪を認め、彼は短いながらも拘留され、犯罪歴が残る。実績を残すには、彼は無罪でなくてはならない。
ハラーは監察官の取引をはねつける、そのとき自分の勝ちを実感した。
だが。
日常のハラーは、抜け目のないところが小粒な収入であっても彼の仕事を続かせている。
街の薬物中毒者は、麻薬密売の現行犯からハマーの弁護で厚生施設送りに減刑されてもまた罪をくりかえす、いいお客さん(リピート客)だが、そのつどハラーは全力で弁護してきた。
カード詐欺、売春、麻薬取引、下町の犯罪を弁護する話は、読んで楽しく興味深い。
第一部の「刑事調停」はハラーの家族や彼の世界と、法律のあり方や犯人との絡みが面白く、
第二部の「真実のない世界」というのは、その後のハラーの生き方のさまざまな象徴とも言える。 -
Posted by ブクログ
ゲームをテーマにしたSF短篇アンソロジー。
ゲームを扱った作品と言っても様々なパターンがあり、ゲームをやることがストーリーの基軸となるもの、ゲームの中の世界が書かれたもの、ゲームのような展開があるもの、などなど。それぞれゲームに対するアプローチが違っており、こんな風に扱うこともできるのかと驚かされるアンソロジーでした。
死んだ時に近くの人間に乗り移ってしまう男、友が残したゲームには友の死の真相が隠されている、脳の障害による病気の治療に効果があるというシミュレーションゲーム、命を懸けたパズルゲームの行方、FPSゲームの私ならではのプレイ法、MMORPG内のミッションでリアルマネーが手に入る理由とは。
どれもゲームの魅力と小説の魅力が融合し、思いもがけない展開に目を見張ります。
ゲームは元々大好きでずっとやっていたのですが、ここ15年くらいはご無沙汰しているんです。その間に様々な新しいゲームが現れ、新しい世界が広がり、新しい遊び方が増えてきました。
このアンソロジーに出てくるゲームにも驚かされることしきり。そうか今はこんな楽しみ方もあるのかと、ゲーム熱も再熱させられそうでした。
実に贅沢で満足度の高いアンソロジーです。 -
Posted by ブクログ
『ナイトホークス』で始まったハリー・ボッシュ・シリーズも、主人公が60代後半に差し掛かった今、終盤を迎えつつある感がある。LA警察を退職し、サンフェルナンド市警の非常勤職員として細々と警官業を続ける一方、私立探偵の免許を再取得し、警察の事件と探偵の事件の二つを抱え込む。警察の事件は連続レイプ事件、探偵の事件は遺産相続のための古い血縁者の捜査依頼。
探偵の一件では、長らく追想されることのなかったヴェトナムでのトンネルネズミ時代が、事件とのかかわりによってボッシュの心に帰ってくる。ヴェトナムで心身共に傷を負ったボッシュは、初期作品では戦場の暗い影をひきずった刑事でもあった。そのことが書かれなくなって久しいにも関わらず、まさにシリーズ終盤を思わせる今になって、老齢に達したボッシュの前にヴェトナム時代が蘇る。
今になってボッシュという人間像の一部を象ることになったヴェトナムを、改めて当人に振り返させることになるこの事件。主人公とそのシリーズをより深部まで理解させるために重要なポイントとなり得る一冊。蘇るヘンドリックス、クリーム、ストーンズ、ムーディ・ブルース。『青春の光と影』。まさにぼく自身も、日々ギターと長髪とベルボトムで送って過ごした1970年の日々。
さらに、病院船にヘリで慰問に訪れたボブ・ホープとコニー・スティーヴンスの挿話。強風で一旦は着艦を諦めながらも、引き返して強引に船に着け、五か月前に月面を歩いたアームストロングとともに彼らが降り立った昔日のエピソード。その後、コニーとLAのシアターで再会した時の追想を共有する一瞬。心にずんと来る情感に満ちたこれらのシーンは、本書における追憶の名シーンである。
以上のことだけでも本書はシリーズにとってとても重要な意味を成すことのように思う。ましてや大学に通う娘マディとの時間の中ですら、ヴェトナムの時間が登場するようになるのである。そしてリンカーン弁護士ミッキー・ハラーとの重要な共同作業に取り組んでゆく点も含め、最新のオールスターキャストで臨む本書で、ボッシュは非常に困難な二つの事件に取り組んでゆく。
さて本作は、タイトルも重要だ。チャンドリアンである作者は、この作品に『ロング・グッドバイ』へのオマージュとも取れる名をつけた。"Tre Wrong Side of Goodbye"。矢作俊彦の二村刑事シリーズ『ロング・グッドバイ Wrong Goodbye』を想起する人もハードボイルド・ファンであれば、少なくないに違いない。
LA市警を追われたからのボッシュの今後が気になる。一作毎に急変を遂げつつ、それらのバリエーションのなかで、一歩も譲ることなくハイレベルのストーリーを編み続けるコナリーの手腕に市警の仲間たちとともに、高らかなスタンディング・オベーションを送りたい。 -
Posted by ブクログ
『ナイトホークス』で始まったハリー・ボッシュ・シリーズも、主人公が60代後半に差し掛かった今、終盤を迎えつつある感がある。LA警察を退職し、サンフェルナンド市警の非常勤職員として細々と警官業を続ける一方、私立探偵の免許を再取得し、警察の事件と探偵の事件の二つを抱え込む。警察の事件は連続レイプ事件、探偵の事件は遺産相続のための古い血縁者の捜査依頼。
探偵の一件では、長らく追想されることのなかったヴェトナムでのトンネルネズミ時代が、事件とのかかわりによってボッシュの心に帰ってくる。ヴェトナムで心身共に傷を負ったボッシュは、初期作品では戦場の暗い影をひきずった刑事でもあった。そのことが書かれなくなって久しいにも関わらず、まさにシリーズ終盤を思わせる今になって、老齢に達したボッシュの前にヴェトナム時代が蘇る。
今になってボッシュという人間像の一部を象ることになったヴェトナムを、改めて当人に振り返させることになるこの事件。主人公とそのシリーズをより深部まで理解させるために重要なポイントとなり得る一冊。蘇るヘンドリックス、クリーム、ストーンズ、ムーディ・ブルース。『青春の光と影』。まさにぼく自身も、日々ギターと長髪とベルボトムで送って過ごした1970年の日々。
さらに、病院船にヘリで慰問に訪れたボブ・ホープとコニー・スティーヴンスの挿話。強風で一旦は着艦を諦めながらも、引き返して強引に船に着け、五か月前に月面を歩いたアームストロングとともに彼らが降り立った昔日のエピソード。その後、コニーとLAのシアターで再会した時の追想を共有する一瞬。心にずんと来る情感に満ちたこれらのシーンは、本書における追憶の名シーンである。
以上のことだけでも本書はシリーズにとってとても重要な意味を成すことのように思う。ましてや大学に通う娘マディとの時間の中ですら、ヴェトナムの時間が登場するようになるのである。そしてリンカーン弁護士ミッキー・ハラーとの重要な共同作業に取り組んでゆく点も含め、最新のオールスターキャストで臨む本書で、ボッシュは非常に困難な二つの事件に取り組んでゆく。
さて本作は、タイトルも重要だ。チャンドリアンである作者は、この作品に『ロング・グッドバイ』へのオマージュとも取れる名をつけた。"Tre Wrong Side of Goodbye"。矢作俊彦の二村刑事シリーズ『ロング・グッドバイ Wrong Goodbye』を想起する人もハードボイルド・ファンであれば、少なくないに違いない。
LA市警を追われたからのボッシュの今後が気になる。一作毎に急変を遂げつつ、それらのバリエーションのなかで、一歩も譲ることなくハイレベルのストーリーを編み続けるコナリーの手腕に市警の仲間たちとともに、高らかなスタンディング・オベーションを送りたい。