宇野重規のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
民主主義って本の最後の方にも書かれてたけど言葉からの先入観があって、選挙のことをイメージするし、動詞的ではなく名詞的で、なんとなく主義というものに他人事感があったけど、この本読んでくうちに いやいやこれ自分のことやん、それこそ最近職場で感じたモヤモヤのことやん、、て腑に落ちまくりで内臓突き破られました。
あと、「はじめに」からこんなにハッ!とした書物はないかもしれない。
"自分達の社会問題を、自分達の力で解決していくのが民主主義です。いわゆる「政府」や「役所」も、そのための手段に過ぎません。私たちは今こそ、民主主義を自分たちのものにする必要があります。"
インタビューとか対談形式の本は苦手やったけど、この本はもう読んでてこの対話自体が民主主義のひとつなのでは?と体感したし、宇野さんの解釈や まとめが分かりやすすぎて、スルスル読めた。人の考え聞いて自分の考えがひらめく、その連鎖的な会話をしてる時の、前のめりな感覚に読んでてなった。
SDGsや、(言いたいだけやんと思ってしまう)DXのちょっと難しそうな話を、具体的な課題解決事例が紹介されてるので今まで読んだどの説明よりもわかりやすかった。
あと、住んでる地域のこと、子育てのこと、女性視点のことなど身近な課題についても解決法やその継続の難しさ、工夫点まで紹介されてた。
役所との話し合いの苦労点とか、全員が同じ視点を持って話す工夫とか、今働いてる職場にも落とし込める話がいっぱい。
知識的書物じゃなく、なんかもう体験的書物という感じ、とにかくまず考えることが本当に大切、「人間は考える葦」とパスカルさん言いましたがほんまにそうです考え続けます、変えたいと思ったらまず動きます という決意表明で終わる感想。 -
Posted by ブクログ
トクヴィル―平等と不平等の理論家― 宇野重規
宇野先生によるトクヴィルの解説書。学生時代から、トクヴィルファンを自認しているが、やはりトクヴィルの慧眼には舌を巻く。何より、デモクラシーの批判的分析の深さと、その対応策の検討の2点が、実際に政治家としての実務経験もあるトクヴィルの卓越した知性を物語っている。
本書にまとめ的な文章はP181-182のデモクラシーのリアリティというところに集約されている。
その文章をベースに本書の要約を行うが、トクヴィルのデモクラシー論の最大の特徴は、デモクラシーを単なる政治的な類型ではなく、そこに暮らす人々の思考や感性の在り方を含めた一つの社会類型として再定義したことにある。トクヴィルの時代において、デモクラシーは社会的な趨勢であった。ここでいうデモクラシーとは、社会の平等化を意味する。それまでは所与のものであった不平等が、フランス革命を経て可視化され、そして不平等の是正を多くの人間が望みようになった時代が彼の生きた時代である。そのような平等化の趨勢をトクヴィルはいち早く読み取ると共に、新たに形成されるデモクラシーという社会の在り方の特徴と、そのデモクラシーを適切に運用するためには何が必要かということを『デモクラシー』ではプラグマティックに述べたのである。
では、デモクラシーの特徴とは何かという点であるが、一つには平等化による人々のアイデンティティ・クライシスについて述べている。それまで、人々は身分や社団によって自己のアイデンティティ形成をなしていたが、フランス革命中に施行されたル・シャプリエ法により、結社活動を含む多くの中間共同体は破壊されていった。そこで、人々はより個人として自立することを求められたのであるが、人々は自分の頭で考えようとすればするほど、自分の思考の無根拠性にぶち当たってしまい、不安になる。そして、その一方で、全ての人々が自分と同質の知性を持っているのであれば、その最大多数が賛同する意見に対しては無批判に正しいと思い込むという逆説的な状況がそこに立ち上がってくるのである。そうした多数者の意見が巨大な知的影響力を持ち、人々が容易にその意見に賛同してしまう現象を多数の暴政として批判したのである。平等になった諸個人から成る社会が、平等に自由になるよりは、平等に隷属する方に傾きがちであるという問題点をトクヴィルはデモクラシーの黎明期に指摘したのであった。
この、平等に自由になるよりは、平等に隷属する方に傾きがちであるという一節は、その後のナチス政権の誕生を分析したエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を思い出させる。ジャン・ポール・サルトルもまた、人々が自由の刑に処せられている不安から、積極的な社会参加「アンガージュマン」によるアイデンティティ形成を提唱したのであるが、フロムやサルトルに近い提言を、デモクラシーの黎明期に予見したトクヴィルの先駆的知性については驚嘆すべきである。
話がそれたが、トクヴィルはこのようにデモクラシーの問題点を指摘すると共に、デモクラシーをみんなで育てていかねばならないというデモクラシーに対する懐かしさのようなものを感じていたのかもしれない。それゆえに、トクヴィルはこのように欠点もあるデモクラシーを正常に機能させるためにその脆弱性を補完するものについて模索し続けたのであった。
それは、二つの方向性から模索されるが、まず一つが、デモクラシーとは異質な原理をデモクラシーの内部に組み込んでいくというものであった。デモクラシーが異質性を否定する方に傾きがちであるのに対して、むしろ異質性を培養する装置としての結社の役割を重視したり、過去や未来への展望を見失い、現在のみにしか関心が向かわないデモクラシー社会の人々に対した過去からの時間の持続性を担保するための習俗や、あるいは未来への感覚を生み出すための宗教への期待をしたのである。これらをトクヴィルは「知性の健全な枠」と呼び、全てを疑うデカルト的な姿勢に対しての一種のアジールとして、全てを疑うという自分自身の気持ちと休戦するための仕掛けとして提示した。これは私の個人的な理解であるが、この知性の健全な枠というものは一種の必要悪のようなものであると思う。ワクチンを接種することがウイルスに効果的であるのは生ワクチンがウイルスを弱毒化した状態で体内に入れることで体内に免疫を作ることを目的としているからである。つまり、ウイルスのよる強毒を避けるためにあらかじめウイルスに感染させるという、毒をもって毒を制すという仕組みなのである。デモクラシーでいう強毒とは、多数派の意見への迎合であり、弱毒が宗教や習俗等の知性の枠なのである。トクヴィルは多数派の意見への迎合が招く大衆社会の到来を阻止する為に、宗教や習俗という必要悪の必要性を説いたのである。非常にプラグマティックで面白い考え方である。
デモクラシーの脆弱性を補完するもう一つの可能性は、デモクラシー自身の持つ潜在力を全面的に開花させるというものである。これは、トクヴィルのアメリカでの経験に基づくものであり、デモクラシーを運用する人々の基本的な素養ともいえる。アメリカでは、タウンシップによる自治の精神を人々が持ち、各個人の自己利益と結び付くような形で公共の利益に対する感覚を身に付けている。これらは、政治に対して垂直的な強制力ではなく、水平的な自己矯正力をもたらしている。このように、このように人々の一人一人が政治に関心を持ち、一定の歴史的な射程を持ったうえで、政治家を審査し、運用していくデモクラシーを動かす人々のダイナミズムをトクヴィルは高く評価したのである。ここで印象的であるのは、トクヴィルが当時の大統領であるジャクソンを知性の足りない平凡な人物であると評したことにある。この話の肝心なところは、トクヴィルがジャクソンを批判したわけではなく、平凡で知性に欠ける人物が仮にトップに立ったとしても、正常に政治が機能しているというそのシステムの優秀さを強調した点である。トクヴィル自身が貴族の出自であり、それまでの旧来のアリストクラシー的な考え方では、少数の優秀な人物が為政者となることで国家は正常に統治されるという感覚が一般的であった。しかしながら、アメリカでは、極めて平凡な人物がトップに立ったとしても、デモクラシーを運用する市井の人々の水平的な評価システムによる統治によって、政治システムがうまく回っていたのである。ここにトクヴィルのパラダイムシフトがあり、トクヴィルは自分自身の出自を越えて、新たな時代の統治方法に賭けたのである。
このように、トクヴィルの提言は、現代的にも非常に示唆に富む内容である。
今後も民主主義について考える上で、読み返すべき本であるだろう。 -
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ネタバレ面白いー!!!
現在の「当たり前」は、意外と新しい。少し前の常識を私達はすぐに忘れる。
例)
多数決=民主主義ではない。
男性稼ぎ手&専業主婦モデルは至って最近の分業モデル。(ずっと昔からの日本伝統モデルと思いがち)
日本はどんな国になるべきか、民主主義に何を求めるか自分の頭で考える。そんな大きなことじゃなくても、自分の生活環境に対する不満とか何か変えたいことがあるなら、自分の頭で考え続けて行動に移したい。
■メモ:
・現在の「当たり前」は意外と新しい。私達は少し前の常識をすぐ忘れる。
・どれだけ平等化した社会でも対立は絶対になくならない。
・政治とは、互いに異なる人たちがともに暮らしていくために発展したもの。
・ルソー
他人と一緒にいたいが、自分の自由は失いたくない
・イマヌエル=カント
自分の頭で考え、自分の責任で決める。自分自身のボスでありたい。
・ヘーゲル
矛盾だらけの社会の中で自分自身であり続ける、それが真の自由。人は挫折を経験し、学び、賢くなる。この経験を通じて人は成長し、自分なりの「自由」を学んでいく。
・多数決は、皆の意見を集約するための一つのルールに過ぎない。しかもあまり出来がよくない。(二者択一の場合ある程度の合理性があるが、選択肢が3つ以上ある場合は恣意的な結果になりがち。)
→人類は惰性で多数決を使い続けている。
・偶然による決定を排し、より多くの人が納得できる決定方法を考える必要がある。
・悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志に呼ぶものである
・人はなかなか既存の制度を改めない。
・プラグマティズム思考
一人ひとりの人間の思考を変える、そうすれば自分の運命だけでなく社会そのものを変えていける。
・ジョン=デューイ
民主主義とは一人ひとりが実験していける社会のこと。各個人がそれぞれの人生をかけて、自分の思いを試してみる。その結果として、社会も変わっていく。
・ハンナ=アーレント
-凡庸な人が思考を放棄したとき巨大な悪が生まれる。
-世界に住むのは一人ではなく、複数の人間である。
-人々が自由であるのは、人々が活動している限りである。
-人間が生まれてきたのは始めるためである。
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Posted by ブクログ
日本学術会議で菅首相が任命拒否した6人の中にお名前を拝見し、初めて知りました。中学生や高校生を相手にされた講義を元に編まれた本ということで、読みやすいかなと思って読み始めました。
政治を「人と一緒にいること」という視点で話し、とても親しみやすかった。
また、ルソー、カント、ヘーゲルといった哲学者を「ザ・政治経済の教科書」ではなく、血の通った人間として語り、なぜそういう思想に至ったのかまで丁寧になぞってくれて、理解が深まりました。
民主主義イコール多数決でもないし、民主主義も多数決も、絶対のものでもない。思考停止して受け入れるのではなく、考えるところから始めよう。
また最後にプラグマティズムの話も良かった。
習慣が変われば人格が変わり、人格が変われば運命が変わる、というやつですが、その先があって、自分一人が変わることから、うまくいけばみんなが変わる。みんなを変えれば社会が変わる、と「小さなことでも何かやってみようよ」というメッセージとして受けとりました。 -
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ここ最近読んだ政治の本でいちばんの当たりでした。お笑い芸人のたかまつななちゃんの「政治の絵本」は政治の仕組みに特化した良本でしたが、こちらの本は、もっと根本的な、感覚的な疑問や問いから「民主主義とは何だろうね?」「政治って何だろうか?」と女子中高生の実感覚を大切にしながら理解を進めていっています。
ここの大きなテーマでもあり、根源的な出発点でもある「人と一緒にいること」から、それぞれの分野で社会を良くしていくという志や希望、方法、考え方、視点の基礎を教えてくれます。
この本の中では中高生が出てきます。やはり話のレベルは高校生の方が高いです。発達段階や知識経験の量からくる違いの差が大きいですが、裏を返せば早い段階で高い教育を受ければ、発達とともにさらに高度な力を育てることができます。きっとこの時、中学生だった子は同じ高校生になった時、当時の高校生よりも数段高い視座から物事を捉えているはずです。
教育という大きなベース(基礎)は、多くの分野の出発点のような気がしています。それを持って、それぞれの得意な分野、好きな分野でそれを伸ばしていき、それぞれ分野で「もっとよい社会を創り出そう」という目的があれば、勝手に世の中は良くなっていく。ということがたぶんこの本の言いたいことだと思います。
この講義を受けた子どもたちが、いつか各分野のトップになると想像した時、出版分野のトップ・政治分野のトップ・金融分野のトップまで・環境分野のトップなどから大きなうねりを生み出すはずです。そういった意味で「教育は百年の計」といわれているゆえんだと感じます。どんな教育を実現していくかは永遠のテーマですが、教育に携わる人(親も含まれます)はそれをよく自覚して、常に心の奥底に置いておく必要がありますね。 -
Posted by ブクログ
社会人になった今学校に通いたい。勉強したい。
そう思わされる本です。
現在の日本社会の仕組み、政治のこと、世界の動き…
社会人になってからニュースがものすごく気になるようになりました。
学生時代はあくまで座学にすぎなかった。勉強してることと生活を重ね合わせることなく、勉強は勉強。受験のためのもの。
大人になってから、ふとしたときに枕草子の一節を思い出したり、お吸い物の塩分濃度が気になったり。
こういうことかぁ。生きていくために学校に行っていたんだな、って、やっと分かった。
私は今の生活、日本の社会保障の仕組み、税金の使い方、政治に納得してない。もっと良いやり方があるはずだって思う。でもどんなやり方がいいか分からないから、こうやって本を読む。
色んな人の意見を聞く。人の意見を聞くと自分の意見も生まれる。賛成か反対か、なぜそう思うか。
文句はあるけど自分では何もできない。できないけど、もっと良くしたいって、考えることはやめたくない。自分と大切な人の幸せのために。 -
Posted by ブクログ
本書の元になったのは、東京都豊島区にある豊島岡女子学園中・高において行われた全5回の講義。
豊島岡女子学園といえば、近年桜蔭に次ぐ東大進学者数を誇り、超進学私立女子校として名を馳せている。
賢いお嬢様方に向けての講義は、賢くないけれどそれなりの年月を生きてきたオバさんにも分かりやすく、政治というモノの見方を変えてくれた。
遠い昔、社会科の授業で歴史や地理の分野は好きだったが、公民だけはピンとこず、サンケンブンリツ…権力が分けられていることすらイメージできなかった。
それは、歴史や地理は自分と地続きであるが、選挙権もない保護下に置かれた子どもには、公民が自分とつながっているモノであるという認識がなかった故だろうか。
このような考え方があれば、小中学生にも公民に興味を持ってもらえるのではないだろうか。
この講義の中で、「政治とは人といることだ」と宇野さんは伝えている。それぞれ意見も個性も違う人々が、どのようにしたら共に幸せに暮らすことができるのか…を考えることで、いわゆる政治家だけに委ねられてられているものではない、と述べている。
そして、時代の急速な流れと共に、多数決民主主義の限界がきていることも宇野さんは伝えている。
多数決に変わる制度にはどんな形があるか、という話はとても興味深かった。
最後に5回の講義を振り返るまとめの章もあり、巻末には生徒の代表(中3〜高2)との座談会も収録されている。
豊島岡女子の生徒さん達は流石!な鋭い洞察力と表現力をもっている。どうか、社会に出てもこの鋭敏さが奪われることのないように願う。が、それは杞憂に過ぎず、これからの世代はガラスの天井を打ち砕いていくのかもしれない。
以下は内容盛り沢山なので、忘れないための読書メモ。
●ルソー、カント、ヘーゲル三人の政治哲学者の思想の違い。
●伊藤穰一…アメリカで活躍するオピニオンリーダー
「9プリンシプルズー加速する未来で勝ち残るために」
ジェフ・ハウと共著/早川書房
これからは「強さ」ではなく「しなやかさ」の時代。国は軍事力や経済力を強化し、個人も能力や資格を身につ強くならねばならないと言われてきたが、いくら力をつけても人間は必ず失敗する生き物。
これからは強さよりも、失敗から立ち直り、学び、成長していくレジリエンス(回復力)が重要。
また、「押す」のではなく、「引く」時代。全てもち抱える者から指示を押し付ける時代は過去の物となり、外の「弱いつながり」のネットワークから必要に応じて引き出してくる。
●多数決民主主義に限界がきている…そもそも民主主義と多数決には矛盾がある。
かのウィンストン・チャーチルは、「民主主義は最悪の政治だ、ただしこれまで存在した民主主義以外のすべての政治体制を除けば」と述べ、民主主義をけっして完璧であると思っていなかった。
また「頭をかち割る代わりに、頭数を数える制度」とも言い、「人の頭数を数えて」多数派の意見を採用するのがいいとは限らないけれど、殺し合いになって「人の頭をかち割る」のよりはマシだろうと民主主義を評価した。
●ボルダ・ルールという決め方
「多数決を疑うー社会的選択理論とは何か」岩波新書
坂井豊貴/著
多数決はたくさんある「決め方」の一つに過ぎず、それも最善のものではない。その理由は多数決という仕組みが、候補が三人以上いるときに変な結果を導いてしまう点にある。
アメリカ大統領選の例。
三人の候補がいる場合、一位に3点、二位に2点、三位に1点という点数をつけるのが、ボルダ・ルール。数学者ジャン=シャルル・ド・ボルダの名前にちなんでつけられた。
候補者X、Y、Zの例題。
2020.1.25
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Posted by ブクログ
政治思想史、政治哲学研究者による、現代社会における諸問題を概括した新書。本当にこれはすごい。
多様な社会学的文献を引用し、今日本で起こっていること(政治の混迷、プリナショナリズム、自分探し、主体性の賛美等々)がどのような文脈の中で起こってきたことなのか、具体例に寄り添いながら丁寧に書かれている。
信仰が失われ、家族制度が崩れ、不平等が明確には意識されない、〈私〉という個人に重きが置かれるこのポストモダンの世の中でニヒリズムに陥るのか、それとも未来に希望を持って生きて行くのか。
目指して行くべき明確な方向性がない中、どのように模索するのか、そもそも模索を放棄するのか、個人的にずっとモヤモヤしていただけに、解決策が得られたわけではないが、モヤモヤの社会的文脈を改めて見直すことができた。
はじめに、の文章がいいので一部引用したい。
消費者の「自分らしさ」意識を満足させるための商品が、次から次へと生み出されています。とはいえ、それらは綿密な市場調査によって割り出された、類型化された「自分らしさ」に他なりません。「あなたらしさを演出する、定番アイテム!」などという吊り広告を見ると、なんともいえない気分になります。 -
Posted by ブクログ
最近受験生の我が息子は、少し遠くの塾に
日曜日の夜間に通っています。(そんなに必死に
受験勉強しているわけではないのですが)
そこで、夫婦も揃って息子を送り届けて
塾が終わるまで二人でスタバに行って2時間
くらい待っています。私はじっくり本を読める時間
なので割と気に入っています。そこで読み終わった
今回のこの本。
川崎の桐光学園高校に様々な
論客(日本のトップクラス)が特別の授業をする
らしいのですがその授業の内容が本になっている内容。
こんな高校生はとても幸せだと思いますが
多分自分が高校生だったときはあまり興味を
覚えなかっただろうなあと思います。
でも、それでもそういうことを言っていた人が
いたなあとかすかに覚えていたり、そのうちの誰かの
話す内容に衝撃を受けたりすることが少ない確立でも
あったら、それって素晴らしいことなのではないかと
思います。
内容的には、とても知的な好奇心や問題提起がなされて
いてとても面白い内容です。おっさんがよんでも
とても勉強になり、感動し、納得し、面白いと
思える本です。
ぜひともいろいろな人に読んでほしいと思います。
やっぱりとりわけ若い人に読んでほしいと思います。
高校生でなくても、大学生や社会人でも。