宇野重規のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
宇野重規氏は、東大社会科学研究所教授であり、2024年より同研究所の所長を務める政治学者。1967年島根県生まれ。東大法学部卒業後、同大学院法学政治学研究科博士課程を経て、千葉大学助教授、東大准教授を歴任。専門は政治思想史・政治哲学で、民主主義、保守・リベラル思想、宗教と政治の関係などを中心に研究を行う。『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(サントリー学芸賞受賞)、『保守主義とは何か』、『民主主義とは何か』、『政治哲学へ』など多数の著作があり、現代社会における政治の意味や公共性を問い直す言論活動でも注目されている。
本書の大まかな内容は以下の通り。
◆保守主義とは、それ自体として一個の一貫した理論的体系であるというより、フランス革命、社会主義革命、福祉国家による大きな政府など、その時々ごとに対抗すべき相手との関係で、自らの理論を組み立ててきた、いわば相対的な立場である。
◆18世紀のエドマンド・バークは保守主義の源流とされるが、その保守主義は、全てをゼロから合理的に構築しようとする理性の驕りを批判するもので、一人の人間の有する理性の限界を、偏見や宗教、経験や歴史的な蓄積によって支えていこうとするものであった。人間社会は決して単線的に設計されたものではなく、歴史の中でたえず微修正されながら、世代から世代へと受け継がれてきたのであり、また将来世代へ引き継がれるのである。こうした視点から、バークは、過去に回帰すべき範を求めた英国の名誉革命は肯定したが、自らの過去と決別した上で、抽象的な原理に基づいて社会を作り直そうとしたフランス革命は否定した。
◆20世紀には、保守主義のライバルは社会主義となった。その中で、T・S・エリオットらの英国文人たちは伝統・文化・コモンセンス(共通感覚)を強調し、ハイエクは集産主義(≒社会主義)を理想主義と批判し、オークショットは人の経験から学ぼうとしない合理主義者を批判した。
◆20世紀後半からは、欧州の王政・貴族制の伝統が持ち込まれることがなく、それに対抗する社会主義が根を下ろすこともなかった米国が世界の保守主義の流れの中心となった。米国では、ウィーヴァーやカークが唱えたような、キリスト教信仰、所有権の絶対性を説く経済的自由主義、反知性主義などの「伝統主義」に加えて、20世紀後半には、「大きな政府」と個人の自由を求めたリベラルに対抗して、「小さな政府」と個人の自由を求めるリバタリアン(代表は経済的リバタリアニズムのフリードマンと倫理的リバタリアニズムのノージック)が融合し、更に、国際介入主義等の特徴を持つネオコン(新自由主義)が合流することによって、レーガン大統領の誕生という「保守革命」へ行き着いた。こうした米国の保守主義は、米国特有のものともいえるが、「市場化」と「宗教化」は今日の世界を見る上で、最も重要な要因でもある。
◆近代日本では、明治憲法を前提としつつ、そこに内包された自由の論理を漸進的に発展させ、その後の立憲政治や政党政治を準備することになった、伊藤博文から原敬に繋がる路線が保守主義の本流といえるが、それは希薄なものだった。戦後の保守主義の出発点といえる吉田茂は、(やむを得ない事態であったとしても)戦後日本の保守主義が、必ずしも現行の憲法秩序に価値的にコミットしないという負の遺産を残し、その後、反共と経済成長以外に共通の価値観を持たない自由党(吉田茂→池田勇人の宏池会)と日本民主党(鳩山一郎・岸信介→福田赳夫の清和会)による保守合同により、明確な共通の保守思想が希薄なまま、政治勢力としての保守は全盛を極めた。自らの政治体制を価値的なコミットメントなしにとりあえず保守するという「状況主義的保守」か、「押しつけ憲法」として現行秩序の正当性を否認するという「保守ならざる保守」という、不毛な両極に分解した戦後保守の現状を打破するためには、戦後経験に学びつつ、歴史の中に連続性を見出し、保守すべき価値を見出す保守主義の英知が求められている。
◆人々が進歩という名の強い追い風によって前に進んだ時代は終わりを告げた。今後はむしろ、前に進むためにも、自分や自分たちの社会を振り返り、そこから前に進むためのエネルギーと知恵を導き出す必要がある。私たちは過去から得た推進力によって、まだ見えない未来へと進んで行かざるを得ない。
私は、個人の多様な価値観、(行き過ぎた)格差の是正、国際協調等を重視する立場で、現在のオーソドックスな政治スタンスの分類に従えばリベラルである。そして、リベラリズムの限界や終焉を指摘する声が強まる昨今、ある意味危機感を持って、リベラリズムについて書かれた本はいくつか読んできたのだが、対抗する保守主義についての本は今回初めて読んだ。(尤も、右傾化・保守化する米国については、新自由主義、反知性主義、白人ナショナリズム、ポピュリズム等の文脈でいろいろ読んでいるが)
そして、読み終えて一つの発見だったのはバークの考え方である。というのは、私はリベラルの思想のベースである「人間の理性は世界・社会をもっと良いものにできる」という考えを基本的に支持しているが、近年のAIや生命工学の歯止めなき開発・進歩には、強い危機感を抱いており、バークの「人間の理性の驕りを戒め、人間社会の歴史に学びながら、前に進むべき」という考えには、むしろ共感を覚えるからである。と考えると、リベラルと保守というのは、確かに対立すべきもの(そもそも、リベラルに対抗するスタンスが保守と定義されるのだから、当然である)ではあるが、それは両極的な対立というよりも、連続的な対立であって、連続する線上のどこかに折り合える場所はあるはずなのだ。
著者も次のように書いている。「重要なのは、多様な志向の共存を可能にすることである。その意味で、もっとも深刻な危機となるのは、リベラルと保守のいずれもが原理主義的になり、相互を全否定することである。」
個人的な政治信条(保守orリベラル)を問わず、読んでおく意味のある一冊と思う。
(2025年10月了) -
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言わずと知れたCOTEN RADIO
「民主主義」編のタネ本のひとつ。
本屋さんでは社会学、橋爪大三郎先生の本と迷って結局こっちにした。
それ以前にも概念としては近いものがあったものの、民主主義の源流を古代ギリシアに遡り2500年間の歴史を振り返る。民主主義についての考え方というか、つきあい方というか、何度も聴いたCOTEN RADIOのおさらいにはなるものの、やはり書籍で辿っていくのとでは感じ方が変わる。
2年前にはじめてCOTEN RADIOで民主主義編を聴いた時、民主主義の印象が世界的に変化していることに驚いた。
あの頃はようやくコロナが落ち着いてきたような時代背景で、イギリスのブレグジットの話や1期目のトランプ大統領当選のケースから語られるポピュリズムの懸念について、
「なるほどなー」
「こういうのが衆愚的って言うのかー」
と、わかった気になった覚えがある。
そのあとも何度か聴いて、今回満を持してこの本にたどり着いたわけだが、
読み終えてすぐの感想としては、
「民主主義とか考えるのムリじゃない?」
ということだった。
ポピュリズムについても、ここ最近で自分の考え方が少し変わってきたことに気づく。
それは、プラトンが批判したソクラテスの処刑について、その背景をもう少し詳しく知る機会を得たというのもあるからで、(@ゆる哲学ラジオ)そうなってくると、どの角度やどの立場から切り取るかで変わる付随する事柄や概念そのものをひとまとめで良し悪しのジャッジなんかできないな、と思った。
ルソーの一般意志みたいな話だわ。
実はもう随分長いこと、自分にとっての善悪と言うものが揺らいでしまっている感覚がある。
誰かの正義は誰かの悪で、と言葉にすると途端に陳腐になるんだけど、
正直なところ貫きたい正義や善が以前ほど明確に見えなくなってしまっているのだ。
人文知に触れる経験の中で歴史を知る機会が増えて、認知の枠が拡がりすぎたのにカバーできる想像力が足りてない。
要は自分の人間的欠陥のせいなんだが、モヤモヤするだけで自分の中にスッキリした回答を得られないのは悔しい。
とか言いながら、反面では面白くもあったりする。
おさらいの歴史的な部分も、未知だった歴史的偉人の考え方も、とても興味深く味わいながら、わたしにとっては内省したくなる気持ちを突いてくるような本だった。
ちょっとズレるけど、民主主義を考えたら自分の想像力の拙さに気づいたよっていう…、そういう感想。
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Posted by ブクログ
難しかったけど、民主主義の歴史や経緯がコンパクトにまとまっていて素晴らしい一冊だと思いました!また再読します!読んでて「あれ?この人のこの思想って反民主主義なんだっけ?それとも民主主義の亜種なんだっけ?」と混乱しちゃったので次は気を付けて読みます(苦笑)。
民主主義ってずっと西側諸国で支持されてる思想だと思っていたのですが、そうでもなかったというのが意外でした。ずっと共和主義(…と呼ぶのかな?)との対比の中で欠陥のある思想として語られていたとは。余談ですが、今のアメリカの民主党と共和党って、共和党の方が民主主義っほくて、民主党は共和主義っぽいイメージありますよね。
社会主義との比較とか、アジアやイスラム圏との思想の比較とか、そういう話にも興味が湧きました…が、こんなにわかりやすく書いてくれてる本、あるかなぁ…(汗) -
Posted by ブクログ
民主主義って?
民主主義国である日本に生まれ育ってもなかなか答えられない。自由主義と民主主義は相容れないこともあるって?
議会制度が必ずしも民主主義ではない?
民主主義は長い間、肯定的に語られてこなかった?
身近にあるはずなのに、全然理解できていない事柄がたくさん。
アテナイの直接民主主義から歴史を追って説明し、最後に日本とこれからの民主主義に話が及ぶ。
個人的にはトクヴィルさんとミルさんの話は関心が深い。一人の偉人より、一人でも多くの当事者意識を持った集団の方がよりよく統治ができる。そんな議論もあり、民主主義が再度主流になってきたとしたら、なぜ経営は未だ独裁か少数経営なのか。それがティール組織やホラクラシー、DAOの話に繋がってくるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
政治学者の宇野重規と豊島岡女子学園中高の生徒による、2017年に行われた5回の講義、対談集。アメリカのトランプ第一次政権のことにも触れられている。社会における対立を解決する手段としての政治や民主主義の考え方を取り扱う。働き方や、修学旅行の行き先を決める教室内の力関係などの身近なテーマを通して、社会の構造的な差別や、不均衡な力関係による不公平が社会に存在することなどを例示し、その中で社会に参加し、社会を変えるための方法として、政治の考え方を紹介している。その中では、ルソー、ヒューム、ヘーゲル、カント、アーレント、ウィリアムジェイムス、トクヴィル、そしてロールズに至る、西洋の政治哲学や、ピケティの経済学などを引き、異なる人と共に、頭をかち割ることなく生きる「民主主義」をどのように成り立たせるか考えていく。平易な文体であるものの、前述の思想の流れや、そのほかの最近の民主主義に関わる有益な著作が紹介されており、率直にいい入門書といえる。とくに中高生が読むのにちょうどいいかもしれない。
個人的に面白かったのは、宇野が学生と話している中で、自分が若い頃は素直に民主主義が広がり平和な世界になっていくだろうと信じていたが、今の学生はもっと社会が多様であり対立もするものだと受け入れている、ということに気づき感心する一節。バブルやソ連崩壊などを青〜壮年期に経験してきた著者の世界への向き合い方と、まさに10代を移民問題や内紛が勃発し先進国でも経済の停滞する2010年代に生きている学生の世界への向き合い方は異なる部分がある、ということに気付かされた。
なお、宇野は「悲観主義は気分、楽観主義は意志」と、アランの幸福論を引用して、学生たちにそれでも未来を明るく変えていくよう誘っているのだが、大人が読むには全体的に楽観的なトーンすぎやしないかと思った。
とくに2025年、トランプ第二期に入り移民が強制送還されたり世界経済が関税で混乱したり、ロシアは戦争を止めず、イスラエルはパレスチナへの攻撃を続け、中国の台湾への圧力も強まり、日本社会でも陰謀論を掲げる政党が存在感を強めていたり、生成AIの技術発展が続いたり、世界は激変している。この中でこの本を読むと、楽観的すぎ(というか、危機感がなさすぎ)だと思う。
今後必要なのは社会への信頼や、社会への参加意識であり、そのためにはこういう現実の問題に触れて考えることが大切だと考える。中高生がまず身の回りから考えるのは賛成だが、大人はそれもそうだし、社会の現実問題に向き合う必要もあるなと思った。 -
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ネタバレ選挙の結果が自分の想像力を超える事象が続いた2024年。選挙戦もSNSをうまく利用した人が勝つような、何を信じて良いかわからない時代に、民主主義とどう向き合っていけばよいのかについて、ここはやはり信頼できる宇野重規先生。トクヴィルについては今まであまりよく知らなかったけど、平等化の中で「想像力の変容」について考えていくことの意味は極めて現代的なテーマに思えた。
第3章の行政府への着目の中で、編集者も官僚もジェネラリストであり、様々なネットワークを持っているという点。行政の本来の役割として、市民生活をファシリテートするということ。これは我々の業界でも同じ流れではないかな。民主主義について言えば、「承認の民主主義」から「行使の民主主義」へ。
ファンダム、コンピテンシー、プラグマティズム、経験や習慣を基盤とした公共の形成。贈与、投資、消費など様々なものを含むプラットフォームで、参加者がルールを更新していくようなコミュニティ。ファンダム文化はともするとポピュリズムと親和してしまう可能性があるが、そこにケアの倫理を持ち込む。岡野八代やローティに連なっていく。
300ページ程度の新書だが、噛み砕きなら読んでいたらすごく時間がかかった。自分の関心領域があちこちにあって、何度か読み返すことだろう。 -
Posted by ブクログ
・タイトル通り、働く大人が社会の問題点を考えるときの土台を教えてくれる本でした。
多分学生時代に社会で習ったことも多くあると思いますが、ピンときていないから覚えていないんですよね。
同じことを学んでも社会に出て経験を重ねることによって「あれは、こういうことだったんだな」と理解出来ることが多くあると思います。
そういうことが学べる本です。
・「労働の義務」ではなく憲法27条「勤労の義務」(まじめに労働にいそしむ)
を定めているのは日本だけ。
勤労の義務は25条「すべての国民は文化的で最低限度の生活を営む権利を有する(生存権)」と結びついている。
勤労の義務を果たしていなければ、生存権は保障されない(働かざる者食うべからず)
・経済成長していれば勤労国家・日本はうまくまわるが、停滞すれば不安定になる。自己責任論、生きづらさ。
・多数決は万能ではない。
選挙などの多数決をうまく使うためには、「私たち」にとって望ましい選択をするということを有権者の目的として共有することが必要。「私」にとってではダメ。
しかし、現在の日本では問題が個別化し、私たちが不在になってしまっている。
・多数決が万能ではないため、ずれが生じる。
それを埋めるために運動はなくてはならない。
・日本はアメリカと比べて、他人を信頼しない。
日本は歴史的に「安心社会」だったのが原因。
安心社会は、個人が特定の集団に長期にわたって関与し、集団のメンバーとして認知される社会。終身雇用など。
メンバー内は信頼するが、メンバー外は信頼しない。
アメリカは自分の目で信頼できるか判断していく「信頼社会」
ある程度信頼しないと新たな行動できないので、信頼しやすい社会。
日本の安心社会はなくなりつつあるが、信頼社会にはうまく適応できずにいる。
個人主義的な生き方をしたいと思っているが、まわりが依然として集団に対する同調志向を維持しているため、自分だけが突出するわけにもいかないと思っている人が多い。
・他の国との比較、なぜそうなったかが歴史からひもとかれていてがおもしろかった。
・高度成長期をへて、ある程度豊かになり停滞している現代日本。
日本人共通の目標がなくなってきているので、「私たち」の共通のニーズがなくなり、「私」が個別化し、民主主義がうまくいかなくなってきているというのがよく分かりました。 -
Posted by ブクログ
民主主義って何なのさ 世界を見渡せばポピュリズムの台頭、独裁に近い指導者達の蛮行、政治家達の腐敗。民主主義って本当に理想的な制度なのか疑いたくなるような今日この頃です。
多数決と少数派の尊重の関係をどう捉えるか、民主主義とは選挙に尽きるのか、民主主義は制度か理念か、の3つの問いかけから始まる本書は、民主主義の思想と制度の歴史を振り返りながら、今日的な課題の中から、民主主義とは何なのかを丁寧に考察した良書です。
ポピュリズムの問題は代議制民主主義への不信と
グローバルな格差拡大を背景としたもので、両者の解決なしには乗り越えられないこと、独裁と民主主義については、民主主義の本質を再認識し真の民主主義の実現のためのアイデアを競い合いことが必要と著者は考えます。
著者も言うように、本書は現実を批判し理想的な民主主義の形を提案したものではなく、歴史を振り返ることが主となっていますが、逆にそれ故に民主主義の本質は何かを読者に考えさせることになっているように思います。
多くの学者や政治家の思想が端的に語られているのもわかり易くて興味深いものです。
カール・シュミットの「独裁」論はナチスの例を見るまでも無くこれに汲みするものではないが、民主主義の本質を「同質性」、自由主義の本質を「討論」として、両者の間にある対立と緊張を提起したことには注目させられます。
いずれにせよ、私たち一人一人が「政治への参画と責任」を自分ごとと捉え、民主主義の可能性を模索していくこと、このことが重要だと考えさせられる内容でした。