宇野重規のレビュー一覧
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デモクラシーって言葉の響きからはなんか古臭い響きを感じるけど、現代的な不安や孤独や憤りは実はデモクラシーの機能不全から発しているのだ、とのこと。
孤独や不安や拝金主義や刹那主義は、生きる意味の不足から生まれる。
人生に意味と方向性を感じることができなければ、目の前の快不快だけに注目して生きるか、幻想の中に生きるしかない。
しかしあらゆる物事の価値基準を社会や伝統でなく、自分の中にだけ求めていれば、「生まれて死んでいくことに意味はない」という事実によって絶望とニヒリズムに追い込まれてしまうのは必至。個人には、役割と位置を与えて価値の源泉となる社会が必要。
今足りないのはきっと生きる意味という -
Posted by ブクログ
著者の宇野重規は、東京大学教授として政治思想史・民主主義論を専門とし、ルソー研究や熟議民主主義論などで知られてきた研究者で、「リベラルな理論的訓練」を徹底的に積んできた人物。赤旗にも複数会登場。日本学術会議の新会員として推薦されたが、時の政府に任命を拒否されている。
そのリベラルの視点から保守主義を対象化している点に、本書の誠実さと面白さがある。保守を称揚するためでも、断罪するためでもなく、「理解可能な思想」として描こうとする。
…と調べながらマジメに書き始めるが、読みながら時々、スラムダンクの「死守だ!シシュー!」を思い出し、保守ー!との違いに笑ってしまい、自分の疲れを感じてしまう。
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Posted by ブクログ
そのタイトルのとおり、日本の「保守」と「リベラル」について、その言葉遣いから捉えなおした本。
何となく、章と章の繋がりがとっかかりにくかったのと、福沢諭吉や丸山眞男、福田恆存等の思想家の考えが、結論にどう寄与しているのかが読み取りきれなかった。
そもそも、彼ら思想家についての前提知識が不足している自分にとっては、ものすごく読みにくかった。私が悪いのだが。
ただ、この本自体、途中の章などは書下ろしではなく、他の論考を再編集しているので、それもあって読みにくかったんじゃないかと思っている。章と章の変わり目に、突然話題がぶつ切れになったり、筆者の中で完結しているであろう議論が解説しきらないまま -
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宇野重樹さんとCOG(チャレンジオープンガバナンス)の参加者の対談集。
タイトルで惹かれて購入。
ついキャリアとしての目線で見てしまいがちだが、そういうのは一切忘れて考えを巡らすと、社会や地域に対する貢献欲が生まれたり、ここに、出ている皆さんの取り組みを素直にすごいと感じたり、自分でもできるのかなやりたいかなと考えられたり、できる。
----引用----------------------------------
「民主主義」という言葉には手垢がついてしまっていますからね。何かよい言葉はないものでしょうか。自分たちでこの町をよくしていくんだ、そのために自分もなにがしかの貢献をするんだ。そ -
Posted by ブクログ
『実験の民主主義』とは、自由の国として建国されたアメリカ合衆国を、19世紀のフランス思想家トクヴィルが指した言葉である。王政からの革命によって混乱期にあったヨーロッパから見て、理想的な分散型主権国家を築きつつあった合衆国は眩しく見えたに違いない。
この19世紀の理想的な民主主義国家が、21世紀には強烈なポピュリズムと分断に見舞われていることを私たちは知っている。メディアの発展やデジタル化は、情報の非対称性を解消するとともに社会階層の平等化に寄与したと考えられてきた。ところが実際は偏った情報によるイデオロギー極化や、小さな価値観や立場の差異による分断差別が起こっている。
この古くて新しい課題 -
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6.7 アメリカの影響、ヨーロッパの状況
10 保守主義とリベラリズムの定義
26 保守主義は伝統主義や復古主義とは異なる
37鳥尾小弥太
44重臣リベラリズム(西園寺公望、牧野伸顕)→戦後保守主義(吉田茂)
49 結成された自民党は自由主義的なハト派から国家主義的なタカ派まで幅広い政治的立場
50 国家主導の統制経済や計画経済の日本民主党
61 スペインから生まれたリベラリズム(フランスのナポレオンによる侵攻に対する抵抗)
62 日本独自のコンテクスト
68 コンスタンのルソー批判
76 石橋の経済的リベラリズム
95 憲法をめぐる立場
102 福沢諭吉の訳語
124 国家のエゴイズ -
Posted by ブクログ
学術会議問題について、学術会議側からの意見。率直な当時の感想としては、政府の発表が中身がなさすぎるのと、また他方批判側の論点もあまりに日本的リベラルすぎて、薄い内容が引き延ばされただけの情報が続き、何が何やらというのが正直な印象でした。
ふとこの本を手に取る機会があり読んでみたのですが、全く状況は変わりませんでした。
中で繰り返し主張されていたように違法なら、行政訴訟をすればいいのではないかという素朴な疑問もありましたが、政府が説明しなすぎるのは肯定されないとも確かに思いました(それっぽい理由ぐらい考えればいいのに、と)。個人的にはメディア露出する活動的な人文系のアカデミアは政治活動に傾倒し -
Posted by ブクログ
江戸・明治の身分社会や家制度がなくなり、令和の現在、ネットが普及し「個」が尊重されるようになった。その中で社会とその社会をつくる「個」とのかかわりについて考察する本。
福祉の充実を求めながら、税負担は許容できない、という調査結果について、著者は行政・政治不信と分析しているが、私は「個」は認めてほしいが、その「個」が「社会」をつくる負担を負いたくないという無責任さの表れと感じる。
自身の「個」は「社会に」不平等に扱われるべきではない尊重してほしい、が、自分が所属する「社会」が曖昧になったことで、「社会」に対して自分が担っている意識が少なくなり、かわりに「社会=自分より上の誰か、政治家や行政や上級