ユヴァル・ノア・ハラリのレビュー一覧
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ちょっと具体例というか個々のトピックに文章さき過ぎではあったので、知ってる、あるいはここは丁寧に説明されなくてもまぁわかるって所はサクサク読むくらいのつもりで。現実見てると書いてる事薄っすら当たってきてるように見える一方で、ある程度、(いい面でも悪い面でも)スムーズに技術面の進化と現実への運用が進んだシナリオではあるんじゃないかとは思う。ここ数年の人類の悪戦苦闘から見るに賢い人らが予想もしてないような事で色々つまずきながら現実は進んでくようで、なんというか事あるごとに停滞しながらの歩みになってるのでこの通りになるにしても進捗は思ったより時間かかるんじゃなかろうか?
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Posted by ブクログ
ネタバレ読書メモ
人類のこの先の課題
人類は飢饉、疫病、戦争の問題を解決してきた。
死を克服し、神になるのがその先の課題である。
また幸福の追求も課題。
幸福の度合を測るのは難しい。古代人が得る幸福と現代人が得る幸福は脳内物質程度の点では同じ。
人新世
地質年代における完新世の中の最近7万年。サピエンス登場。地質的、生物的影響が地球レベルである。世界の動物の質量分布は人類とその家畜で90%におよぶ。
アミニズム→他の動物たちの中の人間
一神教→動物と話すことをやめ神と人が支配する世
人が特別である理由
やはり宗教でしか説明つなかい。
意識は他の動物にもある。科学の進歩が人類の偽りの輝きを剥ぎ取る。
古代の王や神はブランド
ファラオは現代のアップル
客観的という場合2つの種類ある
科学的追証可能な観測的事実
共同的主観もまた客観的と扱われることがある。
互いに語り合う物語の意味のネットワークがおりあがって共同的主観が形成される。時代とともに意味のネットワークがかわり何百年後にはまったく共感できない行動基盤になることもある。
結果、人間は3種類の世界で生きている。
自身の内面世界である主観世界
自分以外の他者や自然の観察から得られる客観世界
人類どうしの意味のネットワークに存在する共同主観世界
時に3つ目が最重視され、個人や世界が歪められる。物語がなによりも重要。
宗教なしには人は集団的にまとまりえない。
個人は自身が属する組織が信じる虚構を信じるしかない。それが最上のものである保証や比較は難しい。
科学と宗教は奇妙な夫婦。完全に互いを否定するものでもない。
宗教は秩序、科学は力をもとめる。
真理を求める点に話が及ぶと衝突する。
人類至上主義という宗教と科学はこの500年非常にうまく共存してきた。現代はその流れの先端である。
人類至上主義の到達点が神への到達であり、古代の人が信じた神を現実につくれる科学が目の前にきている。。
人類至上主義のがその座を譲るつぎの宗教があるのか?下巻に続く。 -
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中巻にあたる歴史の覇者編から読んだので、人類の誕生編で、ホモサピエンスの独自性、つまり実体のない仕組みを実在のものとして、共有できるというな突出した能力があるというところが、それ以前の人間の祖先との区別される点となっているところが印象的だった。
というのも、歴史を動かしているものが、宗教や、主義や、経済のようなものであるとしたら、それがないものは歴史をもてない。
本では想像したもの、それを共有して、多数人を動かしているものような言い回しになっているが、金、信念、とか宗教が、多くの場合、原因で戦争ができるのが、ホモサピエンスだ、ともいわれているようで、少しガッカリもする。
洞察力を使ってたくさんの人を動員できるのに
もう、ちょっとよいことに利用できそうなものだ。
現在進行形で起きている関税問題も、多分にその気配はあって、実体が変わらなければ、評価を変えても、という感じがしている。
人間に時間を遡る能力がない限りラストベルト地帯は二十世紀初頭の自動車産業にもどっても、救えない。かといって、生活の苦境に人が甘んじるというのも、どうか。
とりかかりが関税だとしても、戻ってくるのは新しい価値観でなければならず、プラスアルファの世界でなければ、実体は変わらない。
なにしろそういうことなのだろう。
だとすれば、アメリカにも中国にも関税を使って話したいことがあったのだ。
そんなことを本を読みながら考える。
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Posted by ブクログ
ハラリが21のトピックについて自分の考えを書いたもの。ほとんどが納得できるものである。特にイスラエル人だからか宗教についての考察が多いが、ユダヤ教をはじめとする一神教への批判が鋭い。宗教的にも国家的にも軽くなっている日本人には受け入れられやすいように思う。
しかし、気候温暖化、AIについての切迫感の強さは戦争よりも強いように思えた。
早く行動すべきというのが紙面から窺える。
個人的には人生には意味がないと繰り返し言っていることと瞑想を一つの解決方法としていることが面白かった。
人生に意味はないが、自分を観察して適切に動くためには、自分を知ることが必要ということ。
自分を知ることと世界へ行動を起こすことの繋がりはわかりにくい。
仏教的諦観からは地球が温暖化し、人間が絶滅しても何の問題もないような気がするが、人類として生き残る努力をするべきということか。
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歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリによる
21 Lessons(21世紀の人類のための21の思考)
テクノロジーの難題、政治的難題をどう乗り越えるのか?21の考察は単純な答えで終わりはしない。その目的はさらなる思考を促し、現代の主要な議論のいくつかに読者が参加するのを助けることにある。
第一次トランプ政権誕生、イギリスのEU離脱があったのちに書かれた本書を第二次トランプ政権誕生のタイミングで読み進める。
一つ一つのトピックに深く考えさせられた。AIとバイオテクノロジー革命が社会はもとより私個人に難題を突きつけるそのときに、自由主義は信用を失いつつある。雇用は?自由は?平等は?
終盤の3トピック教育、意味、瞑想でレジリエンス(困難をしなやかに乗り越え回復する力)を示してくれている。
世の中の虚構の物語と現実を見分ける方法について、「もしこの世界や人生の意味や自分自身のアイデンティティについての真実を知りたければ、まずは苦しみに注意を向け、それが何かを調べるにかぎる。その答えは物語ではない。」
まさに、あなたが逃げている部分に目を向けなさい。そうしないと自分なんてわからないから。と言われている気がした。良書。
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Posted by ブクログ
原作本?!はもっとぎっちり難しい言葉が並んでいそう。地球上には、たくさんの出自の違う人びとがいて、遠い昔にはそれぞれ別れてごく少ない仲間や身内のような関係のある人びとが様々な地域に別れて住んでいた。そこにあったのはささやかな暮らしだ。けれど、時が流れるにしたがって人びとは集まって住まうようになり、文明や国々、民族や、地域的結びつきが生まれた。争いをやめて世界が一つになることもあるかもしれない。そうなれば、全世界的な問題である地球温暖化などの環境問題ももっと客観的に捉えられるようになり(希望的な観測だけれども、これは全くその通りかも)問題解決の道も生まれるかもしれない。そういう問題意識がたぶん根底にある。しかし、そのように人びとが集まったり引き寄せられたのは、なぜなのか。そこにはいかなるちからが働いたのか。帝国主義、資本主義の金の流れ、宗教なのか。この巻では、サイエンスの存在をほのめかして、終わるけれども、おそらく、どの力にもプラスとマイナスの面があることを明らかにすることがそれらに触れる理由だろう。ひとりひとりの人間性が傷つけられないように誤りや、希望しないことを避けるためによっぽど慎重に考える必要があるからだ。ひとりひとりの人間性がだいじなのはそれが自然の創造物で、たぶん、こういうロジックが使われる場面でいわれることは自然は無駄なものは作らない、ということかもしれない。人権という言葉はこの場合、あまりにも利己的だ。
だが、1つ疑問は残る。というのも、世界が耐えられないほどに人が密集したために生まれた問題がすなわち環境問題だろうから。
つまるところ、人が文明を維持したまま、集団で暮らしている限り環境問題は内在し続ける。
しかも、人ひとりにとって人の作り出した人工物に取り囲まれて過ごすことは必ずしも幸せといえるのか。
この本がインターネットの効用を簡単に持ち出さないのは良心的かもしれない。なぜなら、よっぽど気をつけて使わないと、マイナスにだって働きそうないきおいだから。
まだいろいろ考えることもある。この本に目が止まったのは殆ど偶然。三冊のうちの一冊らしいので、探して読んでみよう。
もとになった本もまだ読んでいない。
宗教(スカイマン)のところで、仏教で、神と切り離されて心の平安を得る方法をブッダが産み出したというのは成る程と思った。手法と考えたほうが確かにあっている感じがする。
人類、集まってひとつでかいこと出来ればいいね!悪いほうじゃなくてね。 -
Posted by ブクログ
ポストコロナで加速されたかな。
データ至上主義に突入している昨今、競うようにシェアされる個人情報、個人の感想がスマホから溢れている。
cookieを拒否したところで自ら発信しているのだから世話ない。
承認欲求は甘いクッキー。個人を個人たらしめるはずの発信が継続することで個性は溶け、データの一部になってしまうとは皮肉だ。
彼の主張は悲観的な予言ではなく、現実に根差した論理的な予測で納得感がある。
じゃあもうブログ書かない、SNS見ない、と決めたところで、この潮流は変わらないしアルゴリズムの恩恵を受けられないのはもはや不便な世の中になりつつある。
より良い体験をしたいし、良い物が欲しいじゃないか。
欲求がなくならない限り私たちは個人情報を垂れ流し続ける。
科学が人間を追い越すとき。
SFがサイエンスノンフィクションになろうとしているこの瞬間に立ち会えることは、貴重な経験と言えるかもしれない。
追い越されたら最後、その前髪を見ることは二度とないだろうから。
彼の以前言っていた仏教的悟りの世界に突入したら、未来は変わるかもしれない。ホモ・デウスの世の中は人口を減らすかもしれないが、際限ない欲望はそれでも地球を破壊するだろうか?
蚊帳の中で考えるが、人智を超えた未来は想像するに難い。