橋本治のレビュー一覧
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上司が思いつきでものをいうのは、故郷をなつかしむひとが故郷からやってきた若者の改革プランにケチをつけるのに似ていると、著者は卓抜な比喩で説明します。上司は「現場」から離れてしまっているにもかかわらず、会社が現場を収奪する「上から下へ」の流れはあっても、「下から上へ」の流れがなくなってしまったことが、思いつきでものをいう上司の出現の理由だと述べられます。
本書の最後には、儒教的伝統と民主主義の葛藤のなかに置かれている日本の社会状況について解説がなされていますが、もうすこしていねいに説明してほしいという気もしました。
冒頭に紹介されている、「よく考える」と「ちょっと考える」のちがいについての考察も、著者らしい鋭い視点からの分析がおこなわれていて、おもしろいと感じました。 -
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第1章は警句集。第2章以下はエッセイという構成です。
「フェリーニと『サテリコン』」というエッセイでは、フェデリコ・フェリーニの映画『サテリコン』について語られています。この映画でフェリーニが示しているのは「青春あるいは若さというものはおろかな時期だけれども、自分が青春物語の主人公だと思ってしまった青年にはそのことが決して自覚されず、ただただ自分を取り巻くものに翻弄され、そのことをふっ切った途端に青春は終わり、終わった青春の先にはなにもない」ということだと著者は言います。
この残酷な認識をまだ獲得した「大人」は、この映画の豪華絢爛な世界を「自分のいる現実というものがじつはそういうものである」と受け止めることができます。一方、この残酷な認識をいまだ獲得していない若者は、『サテリコン』の唐突な終わり方に「一体どういう話なんだろう? この監督の言いたいことはなんなんだろう?」と考えることになるのですが、そうした理屈好きの若者に対して著者は、「自分探しというせせっこましいことばっかりやってると、実はそういう自分がどんな程度のものなのかという一番重要なことが、どっかに行っちゃう」と述べています。
最近の著者は『「わからない」という方法』(集英社新書)など、かなり啓蒙的なスタンスへとシフトした印象が強いのですが、本書は読者に対してまったく優しくありません。本書の「はじめに」では、わけのわからない話をしたあと、おもむろに「苦労は大切である」と言い出し、「という訳で私は冷たい」と締めくくっています。近年の著作に比べると、よりエッジの利いた文章で「青春つーのはなに?」という問いかけに答えた本になっているように思います。 -
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とっかかりにくく思える日本の古文。それでも結局、古文も時代は違えど同じ日本人が書いたものなんだと思い直せる内容。
漢字だけ、ひらがなだけで書かれた文章から和漢混淆文に至るまでの歴史、感情を基にして詠まれる和歌、それぞれの時代に生きた人のリアルな想いが書かれた文章。教養としての古文が、生身の人間が書いた生き生きとした文章に思える、そしてこう思えることこそが古文への理解の第一歩だと思えてくる。だからこそ、
◼️p172 古典をわかるうえで必要なのは、「教養をつけるために本を読む」じゃなくて、「行き当たりばったりで"へー"と言って感心してる」の方なんです。
昔の人も抱いかようなこんな自然な感情を自らも感じることが大切なのだ。
◼️p209「あはれ」は「ジーンとくる」で、「をかし」は「すてき」、それでいいんです。
なるほど、なんて分かりやすい訳だと思わず膝を打つ。機械的に暗記するのではなく、こういった古文の"感覚"を掴めるように精進したいと、この本を読んでそんな風に思えた。 -
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*日本語の歴史。
文字はないけど言葉はあったところに、漢字がやって来る。漢文の時代。英語にカタカナでルビをふるように、レ点をわきにふって読む。(古事記、日本書紀)
→漢字の読みだけを拝借した万葉仮名。(万葉集)
→漢字を崩して読みだけを拝借したひらがな。(竹取物語)
→ひらがなで、より複雑な内容も書き表すようになる。(源氏物語、枕草子)
→書き下し文方式で漢字+カタカナの和漢混淆文。(方丈記)
→漢字+ひらがなの和漢混淆文。やっと現代文の原型といえる形。(徒然草)
↑こうした変化が大体100~200年周期で起こった。という話。
*昔の人たちもその時代の現代人。今の私たちと一緒だよ、という話。源実朝は都会に憧れる、田舎の中小企業社長の息子でオタク青年の元祖だとか、兼好法師はパッとしないサラリーマンだったが会社が倒産して、でもそこそこ豊かな家の子だったから再就職せずぶらぶらして、そのまま物書きになったとか。
*古文がわかるようになるには、辞書なんかひかなくていいから古文を浴びるように読んで口ずさみ暗唱し、とにかく慣れることだ、という話。
*「大江戸歌舞伎はこんなもの」という別の本を読んだときも思ったが、橋本治さんのものの言い方はわりと強引で、理屈と例証と裏付けと文章の巧さによってスマートに納得させる、というよりは、俺はこう思う、こう理解してる、そうするとわかるぜ、な!という力業。それも、(どうせ古文も歴史も正解なんてわからないんだし)とっかかりにはこういうのこそ大事なんだ!という確信犯。好みは別れるところで、正直、私は好きですと言い切れるほど好きでもないのだが、確かにとっかかりには良いと思う。 -
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橋本治の性愛論ですが、中高生向けのきちんとした性教育の本です。「セックスは恥ずかしいことではない」というごまかしがないところに好感が持てます。
「男」として、あるいは「女」として、身体が成熟し、性的な関心を持つようになるプロセスを、「恋愛」や「性愛」という形で相手との関係を築いていくプロセスとして解説しています。
ただ、自分が中高生のときにこの本を読んだとして、きちんと理解できただろうかと考えると、首を傾げざるをえませんが。やっぱり、とつぜん自分の身体の中に生じた「性欲」というものを、「自分」の問題としてしか理解しようとしていなかったなあ、と思ってしまいます。 -
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表題作の「恋愛論」のほか、3つのエッセイを収録し、カバー・デザインを手がけ、さらに「解説」まで著者本人が書いています。
「気むずかしい赤胴鈴之助」は、ヒーローに憧れた少年時代の回想、「誰が彼女を殺したか?」は有吉佐和子論、「セーター騒動顛末紀」は『橋本治の手トリ足トリ男の編み物』を出版したことをめぐって、技術を自分の知識の中に上手く位置づけられないインテリに対して、身体を甘く見ているのではないかと批判したもの。
そして表題作の「恋愛論」は、1985年の講演で、著者が自身の初恋(同性愛)を赤裸々に語っています。本書を読むまで、この人ほど人間が見えてしまっている人に、いったい恋愛ができるのだろうか、と疑問に感じていたのですが、まったく不見識だったと気づかされました。
本書を読むときに注意しないといけないのは、「男とは……だ」「女とは……だ」「恋愛とは……だ」といったような、粗雑なまとめ方をしているのはいったい誰なのか、ということ。「「ホントに女なんか嫌だ!」って言いたい時だって、「やっぱり彼女がいるから、あの人の為に“女は嫌いだ”っていうような引っくくり方したくないな……」っていうような、そういう思い方をズーッとしてた男なんだぜ」と大見得を切る著者は、「結局、あなたは女に興味がないんでしょ? そうなのよね、分ったわ」と言う女に対して、「女が嫌いかどうかはともかく、お前という女が嫌いだということだけははっきりしている」と言ってしまう人です。そして、そのような腹のくくり方を氏に教えてくれた母親のエピソードの途中で、著者は感極まって泣いてしまいます。
そのくらい腹をくくって相手に向き合ってきた著者の軌跡が語られているわけですが、やっぱりすごいインパクトです。 -
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民族の思想のルーツは、その国の文字や「話し言葉」に現れるということから、このごろ古典の重要さを感じるようになった。言語学者や民俗学者の本を1冊読むのも骨が折れるのに、この入門書はサクサク読める。
対象がこれから古典を学ぶ中高生向けだと思うので平易に書かれているのだけれど、その中でも『漢字しかない中国で、日常に起きたことをそのまま表現する日記のような文章を書き記すのは大変なことで、どうしても表現が「白髪三千丈」みたいに極端になってしまう』など、言葉の違いが根本的な考え方の違いに繋がるような本質的な筆者の指摘が新鮮だ。
古典で和歌がらみになると途端に点が取れなくなった自分は、和歌の根本的な意義である「人間の感情を言語化すること」が当時できなかったんだろう。「あはれ」と「をかし」の訳し方は難しいんだと言ってくれる。だから、たくさん古典の文章を読んで学ぼう、と。10代の時に悩んだことに対して「難しいんだからわかんなくても仕方がない」と言ってくれることは、なんと安心することか?
「感情を学ぶこと、教えること」は、今の教育における最大の欠如だと思う。道徳教育でできるとも思えない。
この本に10代で出会うことは自分の当時の生活を想像すれば不可能だと思う。でも、10代の時に知っていれば、もっと違った古典に対しての接し方があったのではないかと思ったりもする。自分が国語の教師だったら、生徒に読んでもらいたいと思う。
橋本治が学術的な文庫や新書で繰り返し言っているのは、『「わかる」ということは「わからない」を経ないと経験できない。だから、「わからない」ことに出会ったら、怖がらずに向き合おう』ということで、こういうことがわかるのは、「わからない」状態で置き去りにしたことを後年になって振り返って初めて味わえるものなのだと思う。「後悔先に立たず」。だからこそ、同時代的な偶然な出会いの一回性に意味が生まれるのではないか? -
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相変わらず目からウロコな洞察。
「自分とは余りであり、自由とは2つの義務とセットとして存在する。友人の重要さは義務の中にある許しであり、自由の容認である。」というのを、愛のために2つか3つの丸を書いてみようとか肩の力を抜きながらもズバッと言ってのける。
すごく共感したのは、「自己主張」についての言及。自己主張とは、他人の存在する日常の中で、相手に侵略されたり自分を埋没させないために行われる、「地道な」ものだということ。日本人は普段から自己主張することに慣れていないので、自己主張の「度合い」もわからない。ちょうどいい自己主張には「美意識」が必要で、その美意識を育てるには自己主張がノーマルに存在する社会に生きていないといけない。
適合に価値をおく社会では、流行を追うことが目立たない自己主張となり、そういう社会は反転して「不適合」に対する不寛容を生む。いじめや日本のネット言論の本質のように思えた。 -
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こないだ読んだ『わかりあえないことから』に引き続き、
「わからない」がどう方法になりえるのか、
興味を持って読んだが、それはわからなかったのだ。
しかし、新書を読みながらこんなにくすくす笑ったのは初めてだった。
途中からの内容は、正直よくわからないことが多かったが、
出だしから著者の脱力した文体に引きこまれて、最後まで一気に読んだ。
「わからなくて、これでいいのだ」
的な脱力感には、老子に通じる居心地の良さを感じた。
あとがきにあるように、著者はからだを使って思考する人である。
現代は多分に脳化しすぎていて、「俺には全てわかっている」という前提で話す人が多すぎる。
そしてそういう人の話は得てして退屈なのである。
ひさしぶりに楽しい話を読めた。
内容は今のところわからないが、それでいいのである。 -
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ネタバレこれで古典が分かったか?と言われれば「?」ではあるが、
古典の成り立ち、日本語の成り立ちなど、
文学史の要素が大きい本であった。
奈良時代には中国から伝来した『漢字』のみで文章、つまり漢文を書かなければならなくて、
古事記や日本書紀は漢字のみ、万葉集も万葉がなが使われていたが、漢字のみ。
どうしても堅苦しい感じが否めないし、読みづらい。
そこから、万葉がなが変化していく中でひらがなが生まれ、
分かりづらい漢文を読みやすくしようと、当時の学生が漢字の一部分を切り取ったことでカタカナが生まれ、
それを補助的に用いた漢文書き下し文が生まれた。
平安時代には漢文だけの文章とひらがなだけの文章が対立して、
公式文書は漢文じゃないとダメ!とか、漢文は男だけが使っていいものだ、女はひらがなで書いてろ、とか、今思えば不毛、しかし当時の人々にとっては確固たる常識だった概念があった。
役人の文章が分けわからないのは、古くからのことだったんだな・・・と思う。
(公式文書が漢文じゃないといけないというのは、おそらく外交のこともあっただろうが)
そんな中で、男なのに女として『ひらがな』を用いて土佐日記を書いた紀貫之や、
女なのに漢文の教養があるなんて変人だ、と思われても気にしないあけっぴろげな清少納言は、
度胸があるなぁ・・・感心する。
その後、鎌倉時代になって平家物語や方丈記、徒然草などが代表的な和漢混淆文が生まれ、
現代に通じる日本語の基礎ができた。
私がこうやって当たり前のように漢字とひらがなを使って文章を書くことができているのは、
そういった経緯があったからこそ成り立っているんだな、と思う。
漢字のみだったら分かりづらいのは当然であるが、かといって、
ひらがなのみでぶんしょうをかけばわかりやすいといえばそうでもない
なぜならくとうてんももとはかんぶんをよむためのほじょとしてつかわれていたからひらがなにくとうてんのがいねんはないのだ
過去の人々の工夫があってこそ、いまの日本語が成立して、
漢字とひらがな、そしてカタカナを、程よいバランスで用いながら文章を書くことができている。
ありがたいことだ。
古典を学ぶ・読むことは、日本語のルーツを知ること。
そして、今の日本語が出来るまで、人々はどのように世界を表現してきたのかを感じることだ。
私がもっと早い段階に読書に興味を持ち、
この本を読んでいたら、古典をワクワクしながら楽しんでいたことだろう。
まぁ、今からでも遅いということはないし、もっと読もうと思うのだが。
平安時代が目と目を合わせただけでセックスをしたのと同じ、ととらえられていたのは驚きだ。
だから、文章が果たす役割は大きくなり、和歌という文化が発達して、凄まじい表現力を誰もが持っていたのだろう。
当時の「人を好きになる」と、現代の「人を好きになる」を比較して考えたときに、
相手に思いを伝える努力は、平安時代のほうが大きかったのかもしれない。
源実朝、青年ウラベ・カネヨシ君の話はぷぷっと笑ってしまった。
あまり今の若者と変わらないんだなと思ったと同時に、
しかしそれでも、周りに屈することなく突き進む精神は、私に今の日本に必要であろう。
これから生きていく上で、
そこらじゅうに存在する綺麗なものに目を向けて、同時に古典を読んで、
この世界を楽しんでいきたい。 -
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なんだかよくわからなかったけど面白かった。
後書きを読むと、まさに「よくわからないけど魅力的」でありたいと著者も思っていたようなので、これでいいのか。
*語り口はあまり整然としていない。
*豆知識的に、素直に「へ~」と思えることもたくさんあった。
*江戸時代と今とでは、根本的にものの考え方とか、そりゃあ違うよなあ、と再認識。そして、今の歌舞伎(観賞)の常識とされていることが、明治以降の常識でしかなかったりすることも、まあそりゃそうかあと認識。
*例えば、江戸時代には自我という意識がないから客観という視点もなくて、江戸の町人たちは、歴史というものを英雄たちのエピソード群として把握している、とか。
*例えば、江戸時代の「創作」とは全く新しいものを創造することではなく、パロディ万歳、エピゴーネン(真似)であることを全く恐れないものであった、とか。太平記の時代に置き換えた「忠臣蔵」を、曽我兄弟の鎌倉時代初期の世界にさらに置き換えちゃって、それで上手くハマるかどうかが腕の見せどころ、という職人的な仕事なのである、とか。
歌舞伎に関して、「江戸の昔からこうでした!」みたいなことをうっかり語っちゃいけないな、と思いました。歌舞伎でなくても、「古式ゆかしき伝統だと思っていたけど意外と歴史は浅い」ものってある。
そしてその「意外と浅い歴史」の出発点で何が起こったのか、どのような経緯の結果を自分は「伝統」だと思い込んでいるのか、も知っておきたい。