橋本治のレビュー一覧

  • 虹のヲルゴオル

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    オードリー・ヘップバーン、マリリンモンロー、ブリジット・バルドーなど、13人の映画女優について、著者の考察が展開されている本です。

    著者の議論は、昔の映画スターが美しかった理由から、美しい映画スターとして存在している彼女たちの人生そのものにまでおよんでいきます。「あとがき」で著者は、単行本化されるにあたって大幅な書き足しがあって「重い本」になってしまったといい、「これ以上書き足すと、“映画の本”じゃなくて“人生の本”になっちゃうんだけどな、とかは思うんだけど」と愚痴っていますが、著者が他の著作でぞんぶんに語っているような女性論および男性論が、映画を題材にして縦横に展開されています。

    ジューン・アリスンが出演した『グレン・ミラー物語』では、「芸をするというのは勿論仕事の一種で、この仕事というのが実に、“他人の為にすること”」だと端的に述べられており、芸人ではないふつうのひとは、「一人前の“自我”とかっていうものを持ってから“他人の為”なんてことを身につけようとすると、まず第一に“自分の立場”という邪魔なものを消してかからなくちゃいけない」という指摘がなされています。ここに見られるような「芸」という観点が、近代的な芸術観への疑いをもつことのないありきたりな映画評から、著者の議論を区別するものであるように思います。

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    2022年08月23日
  • 国家を考えてみよう

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    国家についてここまで考えたことはなかった。
    世界的に見ても日本はかなり特殊な国なのだと再確認させられた。天皇の名の下になんでもできた憲法。それを悪用した当時の軍事政権。そして第二次世界大戦でアメリカにボコボコにされて制定された日本国憲法。この日本国憲法において日本の国民国家が華開いた。民主主義に基づく国民国家は衆愚化しやすいし、国家主義になりやすいという脆弱性があるが、今の日本は前者に陥ってると個人的には思う。あまりにも政治に無関心な人が多いのは国というものがどういうものかわかっていないからなのかもしれない。日本においては特異な歴史の中で国民自身が国家とはなんなのかを考えづらかった部分はあり仕方ないのかもしれないが、この本を読んで勉強していただきたいと思う。

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    2022年08月09日
  • 上司は思いつきでものを言う

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    橋本治(1948~2019年)氏は、東大文学部国文科卒、イラストレーターを経て、小説家・評論家・随筆家となる。小林秀雄賞、柴田錬三郎賞、毎日出版文化賞、野間文芸賞等を受賞。
    私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。(本書は2004年出版) 
    本書は何と言っても「上司は思いつきでものを言う」というタイトルが目を引くが、私は常々「上司は、部下の話(提案)に対して何かコメントしないと、存在意義を否定されると考えるので、何でもいいから思いついたことを言う」と考えており(自戒の念も含めて)、著者の論理展開を興味を持って読み進めたが、シンプルにまとめると以下のようなものである。
    ◆問題がある会社・組織において、部下が建設的な提案を行うと、上司(達)はそれまで自分(達)がやって来たことに問題があったと言われたと感じるため、素直に受け入れることができない。そして、上司(達)は(それほどバカではないので)、問題があることは薄々認識しつつも、その責任を問われるような建設的な解決案には賛成せず、(問題の所在・責任を明確にする必要のない)ムチャクチャなアイデアを口にする。
    ◆上司とは、「現場」から乖離した立場なので、そもそも、現場の部下から上がってきた建設的な提案に対して、有効なコメントなどはできなくなっているものなのだが、自分は偉いと思っている上司は、優位性を保つために、部下を困らせるようなテキトーなことを言い、また、部下思いで未だに部下と一緒に仕事をしたいと思っている上司は、(悪気はなくとも)ピントのズレたアドバイスをして部下を困らせることになる。
    ◆上司から思いつきでものを言われたときの対応策は、論争などをすることではなく、ただ「あきれて」何を言い返されても聞き流すことである。「本当にあきれられて、それで己の愚に気づかない人間はいない」と思うべし。
    後段では、そのほか、日本の会社・組織の問題点を、歴史を遡っていろいろと分析している(著者は当初、「サラリーマン(社会)の欠点」というタイトルで書くことつもりだったという)が、本書において肝腎なことは「上司は思いつきでものを言う」ということなのだそうである。
    よく言われるように、著者の文章は独特で、くねくねして、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、少々読み難いのだが、「上司は思いつきでものを言う」というテーマは、こうした思考回路の著者だからこそ面白く書けたとも言えるのかも知れない。(理路整然と書かれても、「ちょっとなぁ」と言ったところか。。。)
    前半だけでも一読して面白い一冊と思う。
    (2022年7月了)

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    2022年07月11日
  • いま私たちが考えるべきこと(新潮文庫)

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    いつも以上にまわりくどい書き方で、早々にお手上げ状態になり、読まなくても良いよなと思って積読していたが、少しずつ気持ちを入れ替えて読み進めたが、やはりまわりくどくてわかりにくい書き方だ。それだけ単純ではない事柄だという事だ。
    読書評などを見ると、「私」と「社会」との関係性云々と話が広がっていくものが多いのだが、個人的にはもっと根本的な「どうしてそう考えるのか」という方向へ興味が移ってしまう。
    今日は2022参院選の投開票日なんだけど、事前予測通り与党の勝利となる投票心理なんかがこの本で扱われている内容とマッチするものとなっている(個人見解)。
    世の中の本では「ポストモダン(近代以降)」を考えるのが当然となっているのだが、本書で扱うのはそれ以前の近代以前と近代での考え方の違いから始まっている。
    ぼんやりしたとらえ方としては、明治開国まで(つまり西洋の考え方が入ってくる前まで)が近代以前で、西欧化とともに広まった考え方の時代が近代と区別できるんじゃないのか。
    その違いというのが、近代以前には一般の民衆は物事を考える必要がなく、上の者に従っていれば良い、上へ上へと行った結果は昔ながらの慣習に従うというのが正しい事だというものに対して、近代とは何が正しいかは自分で考えなければいけない時代の事なのだという。さらに今ではその先の近代以降の考え方を論じている時代が来ているらしいが。
    で、そんな考え方の移り変わりの説明を読んでいて、実際の今を見渡すと「え〜?変わってへんやんか〜」と思ってしまうのであった。
    いろいろ綺麗事を並べている”保守”の考え方だって、よくよく聞けば上に従えとか慣習を大事にしろとか自分の意見を言うなとか近代以前の考え方そのものだし、そもそもなぜ近代の考え方が登場したのかわからないような言説が当然のようにSNSなど現代のメディアにも登場し、いや〜日本は近代ではなくて、まだ近代以前との端境期ぐらいにしか意識が変わっていないんじゃないの?と思う。

    今回の選挙でも、多くの人が薄々はなんかよろしくない世の中だなと思ってはいるのだが、投票結果としては、そのよろしくない世の中を切り盛りしている現政権にこぞって投票している。
    保守層と言われる人たちがどうしてこうも何も考えないのだろうかとこれまでも不思議に思っていたが、実は保守ではなく前近代の人達だったからだと橋本治の本を読んでわかった。
    前近代の人達は何も考えないで上に預ける事で前近代であったわけだから。
    一方で、近代の統治者が前近代の考えを持ってくる理由は、前近代の人達は何も考えずに、難しいことは”上”の人に任せるという考えであり(だってだからそれを前近代って呼ぶんだから)統治しやすいからそう思わせるように仕向けているんだと思うよ。自分らは近代社会がめんどくさい人たちばかりで統治しにくいことを実感しているから。
    でも結局のところ、なぜ近代に移行したのかというところを考えれば、自分でああだこうだと考えていく以外に世の中が袋小路に突き当たってしまうからなのは、先に”近代化”した西欧が示しているし、現状の独裁国家が力で押さえつけていないと崩壊してしまうことからもわかりきったことなんだけどね。
    でも端境期だから

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    2022年07月10日
  • 福沢諭吉の『学問のすゝめ』

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    読んで字の如し、学問をしろと勧めている学問のすすめの解説。
    啓蒙の考えが勉強になった。
    日本は基本的に無宗教国家なので馴染みがないが、今まで絶対的な宗教及びその集団が市民の考えを支配していたが、一人ひとりが啓蒙することで、経験を伴い自分で考えるようになる。
    いわば啓蒙は敵と戦う手段のような側面があったということですね。日本には敵がいなかったので、勉強しろ、と言ってるだけってことになりますが。

    他人が作ったガイドラインに沿って生きるのではなく、自分で考えて自分で決める。それこそ生きてるってことだと思うし、精神的な革命とも言えるかも。

    古代ローマのアテネから民主主義が始まる。
    民衆がバカ、衆愚政治。
    民衆が勉強すれば変わる?

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    2022年06月16日
  • 九十八歳になった私

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    九十八歳まで生きたいとは思わないけど、うまく死ねなかったら嫌だなという思いはある。
    100歳に近い人の外見は想像できるけど、頭の中は想像したことがなかった。

    作者も想像で書いたんだろうけど、こんな感じなんだろうと思えた。

    脳の中を駆け巡る思いに反して、回らない口、動かない体

    逆にその口と体だけで、他人が判断する自分

    お年寄りを見たら、気をつけよ。

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    2022年06月10日
  • 宗教なんかこわくない!

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    輪廻転生は「何度も生まれ変わる(変われる)」ではなく「何度も生まれ変わらねばならない」との旨がかかれていたが、なるほど、と納得。勉強になりました。

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    2022年05月08日
  • 橋本治のかけこみ人生相談

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    自分は何が好きなんだろうと考えることは、自分の
    幸福を探り求めることと同義。
    問題解決の肝は事実とそれ以外を分けること。

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    2022年05月03日
  • 国家を考えてみよう

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    国家の意味、仕組み、成り立ち、種類について勉強になった。恥ずかしいけどちゃんと考えたことがなかった。
    くだけた書き方や分かりやすい例によって理解しやすかった。
    本当にちゃんと大切なことを考えていきたい。

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    2022年02月02日
  • これで古典がよくわかる

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    光源氏は「中年になればセクハラおやじ」だし、源実朝は「おたく青年」
    解説の中では「○○じゃありませんか」「○○でしょう?」と、グイグイ押してくる。
    ひらがな、カタカナがある理由から古典に近づくコツまで、橋本流の手引き書といった感じ。
    ごく日常的な話し言葉へ変換された訳は、ご本人いわく「間違ってはいないけど、いたって個性的――そんな解釈を聞いたことがない」というもの。
    歴史がそのものが苦手で、古典も授業以外触れたことのない私ながら、この橋本さんの現代語版古典、何かちょっと読んでみたくなってきた。まんまと?(笑)

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    2021年11月23日
  • リア家の人々(新潮文庫)

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    文部省の官僚だった砺波文三は、終戦後に公職追放の憂き目に遭います。妻のくが子と環、織江、静の三人の娘を抱えて職をうしなった彼は酒に溺れた日々をすごします。やがて新たな職を得て、一家にふたたび平穏が訪れたかと思ったものの、くが子が病に倒れ、この世を去ります。病床にある妻を気遣いながらも、同僚の未亡人である窪園千鶴子の経営する小料理屋を訪れた彼は、彼女と関係を結びます。

    妻が亡くなり、文三は千鶴子との再婚を考えますが、妻の一周忌でその話をもちだしたところ娘の環は猛然と反対し、文三は娘たちとともに妻のいない家で戦後という時代を生きていくことになります。やがて環や織江は結婚し、砺波家には文三の甥で東大受験をめざす高校生の秀和がやってきていっしょに暮らすようになります。文三は、娘たちや若い秀和の熱中する戦後の文化の隆盛に戸惑いながら、家のなかにも起こりつつある変化を横目でながめつつ老いていきます。

    シェイクスピアのリア王の孤独に、戦後という時代を生きた文三のすがたをかさねあわせた作品です。この時代の世相にくわしく立ち入り、登場人物のそのときどきの心理が形成されていくロジックについて分析的なことばを書きつらねていく著者のスタイルは本作でも健在です。その一方で、孤独のなかへと沈んでいく文三と、恋人の石原と別れて家を出ていく静の将来に、著者がなにほどかの希望を託しているようにも思えて、興味深く読みました。

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    2021年11月17日
  • 巡礼(新潮文庫)

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    ゴミ屋敷と化した家に独りで暮らす下山忠市の生涯、それに悩まされる向かいの家の吉田家や、ワイド・ショーの取材にこたえる矢嶋富子、そして町やそこに暮らす人びとの変化を見てきた田村喜久江などの登場人物たちの心理をたどった小説です。

    著者の作品はおおむね、小説であれエッセイであれ、「近代」もしくは「戦後」という時間を生きてきた人間の精神の軌跡をえがくという手法がとられており、本書もその基本的な手法を共有しています。ゴミ屋敷をめぐる問題については、一人で暮らす老人の孤独といった、現代という時間だけをとりあげるかたちで語られるのをしばしば目にしますが、そうした表層的な見かたを越えて、大きな変化を遂げた戦後という時代に目を向けたところに、著者のねらいがあったように思います。

    他方、忠市の弟である修次が、実家の惨状をテレビで知ってそこへ駆けつけてからの展開は、やや性急に感じられます。これも著者の小説にありがちなことではあるのですが、「時代」とそれを生きる「人間」をえがいたことで目的は達せられており、小説としての「締めくくり」を仕上げるのに、それほど関心がなかったのではないかと感じてしまいます。もっとも、忠市の生きてきた戦後という時間と空間は現代にもつづいており、われわれ自身もおなじ時間と空間を現に生きているのだと考えるならば、「締めくくり」などないのかもしれません。

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    2021年11月17日
  • 思いつきで世界は進む ──「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと

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    "勝ち組" "負け組" 同様嫌いな言葉が "オール◯◯"。みんなひとつになって頑張ろう、というスローガンはとても胡散臭い。どうしてわざわざ足並みを揃えて同じ方向へ向かわなければならないのだろう。"連れション" や "行列ができる店" も見送る私は、違う思想や言動があってこそ素晴らしき世界じゃないか、多種多様…そうだ "多様化" を推進してるの飾言かいな、とツッコミ入れたくなる。
    言葉だけでその場をやり過ごす・誤魔化す、にも関わらず、そこで自己陶酔する輩がいかに多いことか、恥を知ろうとしない裸の王様は忠言を聞く耳持たず今日も闊歩する。それでも私たちは心折れずに声をあげるよ、とどのつまりマイノリティーの性分。

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    2021年11月06日
  • 結婚

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    28歳で旅行会社に勤務する古屋倫子は、「卵子が老化する」という話を知り、にわかに結婚までのカウント・ダウンがスタートしたような気持ちに襲われます。しかしその後、還暦を迎えた父を囲んで旅行に出かけることになった彼女は、世間のどこにでもありそうな兄夫婦の家庭を目にして、あこがれをいだくことのできるような結婚のイメージが自分のなかにも世間にも存在していないことをたしかめます。

    倫子の同僚である大橋花蓮は鴨志田という交際中の男からプロポーズを受けたことを倫子に相談します。しかし倫子は、現実に結婚生活へと入ろうとしている花蓮が背中を押してもらいたがっていることを理解できず、倫子にとっては現実感のない結婚という事態を前にとまどっているのだと考え、二人の気持ちはすれちがいます。

    かつて交際していた白戸紀一は、エリートの女性と結婚するもののたちまち破綻をきたします。そんな彼の性格をよく知っている倫子は、彼との結婚生活をシミュレーションするものの、現実に彼と結婚したいという気持ちがあるわけでもなく、結婚は彼女にとってどこまでも観念的なものでしかないということを知ります。

    かつては社会が「適齢期」というものを設定しており、それが女性たちを追いつめる一方で、それに対して反発をいだくことができた時代でもありました。現在では、結婚はしてもしなくてもどちらでもよいものになったことで、結婚についての具体的なイメージを思いえがくことのできない世代が登場します。本作は、こうした世代の心のうちを腑分けした作品ということができるでしょう。「卵子が老化する」という医学的なイメージによってようやく結婚への道のりの具体的な実感が得られたものの、本気で焦りをおぼえるわけでもなく、結婚を自分の身に起こる出来事だと感じられない倫子の、どこかちぐはぐな思考と行動がリアルに感じられました。

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    2021年11月02日
  • 蝶のゆくえ

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    短編6作品を収録しています。

    「自作解説」には、本書に収められた作品のテーマは「女にとって、母とはいかなるものか。家とはいかなるものか」という問いであることが明かされていますが、いずれも女性たちの心のうちを冷徹に腑分けした小説になっています。とくに冒頭に置かれている「ふらんだーすの犬」は、児童虐待にいたった美加の心が鋭くえぐりだされていて、強い印象を受けました。

    本書に登場する主人公たちは、もっとも若い「ふらんだーすの犬」の美加が23歳で、もっとも年上の「白菜」の孝子が57歳という設定になっています。「家」というテーマは近代日本文学の中心でしたが、著者はこのことを踏まえたうえで、本書では現代におけるそれぞれの世代の女性たちにとって「家」についての意識がどのような変遷をたどってきたのかということを、順番にえがいたのではないかという考えがふと心に浮かんできました。それがあたっているのかどうかはわかりませんが、主人公たちの意識のありかたをていねいに分析していく本書のスタイルは、著者のエッセイ作品のそれに近く、小説としてはやや生硬に感じられます。とりわけ「金魚」は、フランス文学の教授である父と、広告業界に身を置く息子、そしてこの二人の男性の妻の関係を、あらかじめそれぞれの人物が生きた時代のなかでの意識の形成過程を想定したうえで、著者が技巧的に配置しているような印象もあって、こうした話をしたいのだったら評論やエッセイでぞんぶんに展開してほしかったと、個人的には考えてしまいました。

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    2021年10月27日
  • 九十八歳になった私

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    「あとがき」には、雑誌『群像』から「三十年後の近未来」についての小説を執筆してほしいという依頼を受けて、1948年生まれの著者が98歳になったときのことを書くことにしたという本書誕生の経緯が語られています。

    98歳になった橋本治は、

    50歳の「ゆとり」世代の君塚をはじめとする周囲の人びとに対して、心のなかでぼやきながらも、繰り言めいてくる自分の愚痴にしだいにどうでもよくなっていく経緯などが追いかけられていて、とりあえずおもしろく読めました。

    ところで本書には、著者の文庫本にはめずらしく、巻末に「解説」が付されています。執筆しているのは内田樹で、「「脱力」を推進力にしてグルーヴ感のある文章を駆動させる」ところに、本書の魅力があると述べています。この評の着眼点には納得させられたのですが、そうした試みでは小島信夫の先蹤があるのではないかと思ってしまいます。

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    2021年10月27日
  • 草薙の剣(新潮文庫)

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    6人の登場人物やその親を含めて、意外なことに著者と同じ団塊の世代が描かれていない。常夫の親が団塊の世代に当たるのだが、実に存在感が希薄なのだ。陰画のように団塊の存在を浮かび上がらせる仕掛けかと思わせるほど。
    逆に存在感が濃厚なのが夢夫の世代。実に色々な事件の当事者となっている。
    とにかくこの本はインテリではなく、大衆目線、庶民目線の戦後史だ。なので衝動はあるが理屈はない。何故か都市に引き寄せられ、何故か女と暮らし、また別れる。とにかく人並にあらねばならぬと思い込み、手に入れた人並みは泡沫の中で消えて、あの豊かさとは何だったのかと振り返る。今と地続きの人々の感情の重なり、様々な世代のそれぞれの思いが、現在の日本の世間を形づくっていると教えてくれる。

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    2021年10月23日
  • これで古典がよくわかる

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    ネタバレ

    ・そう思って、安心してください。この私のモットーは「”わからない”を認めない限り、”わかる”は訪れない」です。この章で、皆さんは「日本の古典はそもそもわからないものである」ということを認めました。「だったらわかるようになるかもしれない」というところで、次ですー。

    ・「無常感」の「無常」というのは、仏教の思想からきたもので、「常ということは無い」です。「いつまでも同じということはない」ーこれが「無常感」です。べつにどうってことのない話で、あたりまえです。でも、この「あたりまえ」に、ほんのちょっとなにかがくっつくと、ドキッとします。「いつまでも同じということはない。すべてのものには、いつか終わりがくる」と。ドキッとするでしょう?

    ・「漢字」と「ひらがな」をドッキングさせる作業は、「教養ある大人の男が平気でマンガを読む」というようなもんです。「教養ある人はなかなかマンガなんか読まないし、教養のある人を納得させる質の高いマンガというのもなかなか生まれない」というようなもんなんですが、「漢字とひらがながドッキングした」ということは、「その教養ある大人の男がついにマンガを読んでしまった」ということです。そうでしょう?鴨長明の『方丈記』から兼好法師の『徒然草』までの百年は、どうやら「大の男がマンガを読むのを当然とするのに要する時間」だったのです。

    ・京都で、王朝文化は健在でした。あるいは、京都ではますます王朝の文化が健在でなければなりませんでした。その理由は、政治の実権が鎌倉に移ってしまったからです。
     平安時代の貴族は、なんにもしませんでした。皮肉ではなくて、ほんとになんにもしなかったのです。公式使節を中国へ送る「遣唐使」だって、平安貴族はめんどくさがってやめてしまいます。それで中国からの影響がなくなって、十二単をはじめとする平安時代の「国風文化」が生まれたのです。ウソじゃありません、ホントのことです。
     それまでの日本政府は、「歴史」というものを作っていました。『古事記』『日本書紀』以来、日本の政府はずーっと時代ごとに「歴史」という公式記録を作り続けていましたが、それも平安貴族はやめてしまいました。平安時代の貴族というのは官僚で、「国家公務員」なんですが、この人たちは「国家の公式記録を系統立てて作る」ということをしませんでした。そういうことをめんどくさがってやらなかったので、平安時代のことは、『人事異動の記録』以外、ほとんどなんにも残っていません。平安時代のことを知りたかったら、当時の貴族たちが書いた「日記」という政界メモを調べるしかないんです。「男もすなる日記を女もする」のはいいんですが、「日記を書く前に公式記録ぐらい残していてくれ」と言いたいようなもんです。

    ・「和漢混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、最も合理的でわかりやすい文章の形です。これは、「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、「どうすればちゃんとした日本語の文章ができるんだろう」と考えて、長い間の試行錯誤をくりかえして作り上げた文体です。「自分たちは、公式文書を漢文で書く。でも、自分たちがひらがなで書いた方がいいような日本語をしゃべる」という矛盾があったから、「漢文」はどんどん「漢字+ひらがな」の「今の日本語」に近づいたんです。漢文という、「外国語」でしかない書き言葉を「日本語」に変えたのは、「話し言葉」なんです。つまり、日本人は、「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたということです。

    ・古典を今の時代によみがえらせる方法は、たった一つです。「古典なんだから」と思って、遠慮なんかしちゃいけないんです。「ちゃんとわかろうとすればちゃんとわかる」と思って、真っ正面からぶつかることです。そうすれば、古典はいろんなことを教えてくれるんです。「もう人間じゃない」なんて思いかけていたジーサンやバーサンだって、昔は「なういヤング」や「ださいヤング」だったんです。それを忘れちゃいけません。
     古典が教えてくれることで一番重要なことは、「え、昔っから人間てそうだったの?」という「人間に関する事実」です。「なーんだ、悩んでるのは自分一人じゃなかったのか」ということは、とっても人間を楽にしてくれます。古典は、そういう「とんでもない現代人」でいっぱいなんです。この本の中で紹介したのは、その中の「ほんの一端」なんです。どうか古典を読んでください。

    ・古典を暗唱して口の中に残しておくということは、そういう「標準語の中から消えてしまった言葉」と再会した時、「これはかつて生きて使われていた言葉だ」ということがピンとくるメリットがあります。「古典をわかる」ということは、本の活字の中に眠っているだけの言葉が、実は「生きて使われている言葉でもあった」ということを知ることなんです。古典をわかりたかったら、それを暗唱して「自分の口に移す」ということは、とっても有効です。「言葉に慣れる」というのは、そういうところなんですから。

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    2021年10月01日
  • 草薙の剣(新潮文庫)

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    戦後年表を見ているようだ。登場人物の名前の意味に気づくのが遅かった。ああ、両親とその兄弟姉妹などがそんなこと言っていたな、そんな事件ももあったなと、自分の平凡な人生をなぞるようでこそばゆい感覚。

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    2021年07月31日
  • 草薙の剣(新潮文庫)

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    その時代背景がよくわかる本
    いろんな人が出てきて非常に混乱するので
    その時代背景や考え方だけに絞って読んだ。
    自分もこの本の中の歴史を歩いているんだって感じた。
    戦後ってこんなに身近でこんな日本は貧しかったのか
    そしてその後の流れも
    なんだかあっという間に色々なことが変わったんfsなと思える本だった

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    2021年04月09日