橋本治のレビュー一覧
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「小林秀雄の恵み」同様、なかなか、難しい課題に、橋本は、良く挑戦したものである。それにしても、良くも、これ程、膨大な三島の著作を、読み返したものである。こちらは、全部が、全部、読破したモノではないから、その論旨が、果たして、どうなのかは、自分が読んだことのある著作に関しては、ある程度、理解出来るが、そうでない部分は、とりわけ、同性愛的な部分に関しては、確固たる意見が持てないのも、事実である。その辺が消化不良を犯すことになるが、「戦後」という時代を考え直す時には、どうしても、この人物の著作と死に様が、余りにショッキングだったので、避けては通ることが出来ないことも、又、事実であろう。
未だ、学生だった頃、その日は、友人達と一緒に、ヘリコプターが、頭上を旋回する騒然とする市ヶ谷の防衛庁の門の前まで、人混みに揉まれるようにして歩いて行ったことを覚えている。
日本の知性の在り方に対して、要石のような存在の仕方をする、死に遅れた知識人、日本人は、ただ、馬鹿になっただけであると公言して憚らない時代の寵児、自分自身を嫌悪し、作家を拒絶した作家であると。代わりに、人間であることを辞めてしまったとも、、、、、、。豊饒の海=空虚とは、何を以てして、承知したのか?禁色から、金閣寺へ、そして、豊饒の海への内容の違い、とは、、、、、、、、。
生きようとする意思をストレートに肯定する小説とは思われなかったが、金閣寺は、作者を死に至らしめるような小説ではないと、作者に、生きようと思わせたし、生きられると思っていたと。しかしながら、生きようと思ったが、それは無理だと、どこかで、何かが、変容した。何かが起こったのであると、禁色は、潜在的な同性愛者の存在を明確に表するものではないと、三島は、主人公の分身なのか?
豊穣の海(春の雪、奔馬、暁の寺、天人五衰)は、他者と関わりたがった小説であると。一人の三島と転生したもう一人の三島=他者という構図なのか?禁色の中の三島は、南である自分に転生を遂げてしまうが、豊饒の海では、生き残った片割れの三島が、敗北してしまい、その転生の結果、別の人物(=他者)がもう一人の三島の前にあらわれるという構図であると、果たして、暁の寺は、桜姫東文章の書き直しであろうが、そんなことよりも、実際に、バンコクでチャオプラヤー河の水上から見た暁の寺(ワット・アルンラーチャワラーラーム)は、早暁の下では、もっと、崇高な景色に、きっと、見えたのではないかと思う。輪廻転生の難解なる議論の展開には、やや、疲れる。
同性を決して知らなかったとは言いがたい三島は、同性愛を語らなかったし、書かなかったと、
それが、時代の流れで、生きていた時代背景であったと、三島は、自らを幻想文学にしないために、自刃したのだろうか?終焉を知らせるリアルな文学の作者として、作品に殉じて、自殺したのか?
仮面の告白に書かれた内容を事実とする為に、作者である自身を「虚」としてしまったと。
裏返しの自殺:フィルムの逆廻しのように、崖下から、崖上へ逆戻りする「生の回帰」であったと。
「死者の自殺」である。死の領域を放擲したが、「生に値する生」ではなく、仮構であるとしか言えない「実体のない生」であったのか?「虚」はここから始まったのか? それとも、時代に忠実に生きた為か?
同性愛は、芸術家のみに、許されると、、、、、。今日のお姉系の露出は、一体、どのように理解したら良いのか?芸術の一かけらすらも、見られないが、、、、、、。三島は、同性愛をもっと、知ろうとする読者に対して、芸術という支柱の「その先」を語らなかったと、実際、この辺になると、もう良く分からない、、、、、。
仮面の告白の「断絶」、「断層」とは、一体何だったのか?
仮面が書かれた昭和23年は、(奇しくも、私の生まれた年である)、戦後間近で有り、これまでの人生の在り方と対比しながら、新たな自分の人生を生きるということが、要求されていた時代、そういう模索がなければ、戦後という時代は、未来に向かって動き出せなかった筈であると、
そういう先の答を出さなかったのが、三島由紀夫である、言いにくい告白を事実とするために、自分自身を「虚」にしてしまった三島に、それを望むのは、酷かもしれなかったが、やはり、答を出して貰いたかったと、その問いを、戦後という時代は、そのままにして、やがて、一切の虚無と直面して、死を選ぶ。何故、自身を虚にしたのか?という問いと答は、とてつもなく、重大である。
戦後民主主義をまるで、その鏡の裏表のように、或いは、印画紙のように、対比して見せた、或いは、対立とある種の共感を得た安田講堂での「全共闘との討論会」でも、今になって思えば、どこか、消化不良の「隠し球」のあるような、結局、その答は、最終的な「自刃」という形での回答提示しかなかったのか?今にして思えば、戦後の引きずってきたものが、その時に、初めて、裁ち切られたのか?だからこそ、その時に、当時の我々若者は、衝撃を受けたのか?当時提起された「言葉の責任と行動」という重い課題は、今でも、胸に突き刺さったままである。まるで、松下村塾の塾生達が、師の松蔭の生き様に触発されたかのような衝撃、死後に読んだ「天人五衰」も、本当に、それらの回答になっていたのだろうか?今でも、永遠の謎であろう、、、、。今日の日本を、維新ブームを、三島だったら、どのように、一刀両断するだろうか?本当に、戦後は、終わったのであろうか?重い課題を引きずりながら、それでも、残された我々は、生き抜かなければならないし、考え直さなければならない。
今回の書評は、腰折れならぬ、筆俺の状態で、途中で、ギブ・アップというところだろうか?本来の著作を全て、読み込んでおかないと、何とも、コメントのしようがないのも、厳然とした事実であろう。
腰折れてしまった。 -
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著者の「大江戸歌舞伎はこんなもの」は以前読んで、随分感心した。
期待大で、手に取る。
本書の最初は仮名手本忠臣蔵。こんな面白い本って暫く無かったと思う。官能的と云っていいほど脳味噌に刺激を受ける。昔の日本語は、ともかくつながっていれば良い、とか忠臣蔵の主題は仇討ではなく、お軽勘平のように自ら悲劇を呼んでしまう傍系の人々だとか、驚かされる記述満載。こういう文章が書きたいという著者は、天守物語を薩摩琵琶の語りのための台本(?)を書いていたりもする。この人でなきゃ、これほど浄瑠璃を語れないだろう。
しかし、義経千本桜、菅原伝授手習鑑と進んで、当方の頭の回路がショートして、しんどくなった。
たぶん、浄瑠璃を実際見てもこの本を読む以上の感激が無いと確信する。むしろ、話の不自然さやどんでん返しにウンザリしてしまうだろう。
浅野の遺臣達の仇討なんて江戸の小さな事件だし、義経は源氏の一族殺し合い一人の犠牲者に過ぎないのに、我々はまだ浄瑠璃、歌舞伎に捕われてまともな歴史認識が出来てないという。成程と深く納得。
それにしても、婿の為に実の娘を売るとか、主のため自分の子供を殺すとか納得しがたいよなあ。僕などはドラマをややこしくするため道理が必要になるのかと思ってしまうが、浄瑠璃を読むことが江戸の人々の意識を規定して、それが我々の深層心理に生きていると云う。
そう云えば、司馬遼太郎は「菜の花の沖」の高田屋嘉兵衛の人となりを作ったのは諳んじた浄瑠璃で、ロシア人達からもキャプテンとして尊敬されたのは、その道理に基づいた規範ゆえとしていた。
道理について思いを致し、ついつい、息子に懲役忌避させた金子光春、小説「永遠のゼロ」、迫りくる津波の警報を続けながら死んでいった役場の人のことなどを考えてしまった。正直、誰が正しいなんて判らないよ。
冥土の飛脚は他と違って、べリズモ・オペラ風というか、3面記事風というか、実際の事件に則した内容。その分、救われ無さが極まった印象。
浄瑠璃の美は悲劇を受容するマゾヒズム的心情にあるという。確かに美しく滅びたいと云う心情は我々にあるかもしれない。
暫く置いてから再読しようと思う。
追記。
10月14日のFM、小川洋子さんのメロディアスライブラリーで冥土の飛脚を取り上げていた。人形浄瑠璃。やっぱり見るべきかな。 -
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ネタバレ「「わからない」という方法 」から10年。リーマンショック、東日本大震災、原発事故、筆者自身の大病を経た、「未来」への指南書。
橋本治とは、膨大な知識に裏打ちされた歴史認識と、独特の視点および想像力による批評が真骨頂である。まずは、目次を眺める。
第一章 テレビの未来はどうなの?
第二章 ドラマの未来はどうなの?
第三章 出版の未来はどうなの?
第四章 シャッター商店街と結婚の未来はどうなの?
第五章 男の未来と女の未来はどうなの?
第六章 歴史の未来はどうなの?
第七章 TPP後の未来はどうなの?
第八章 経済の未来はどうなの?
第九章 民主主義の未来はどうなの?
さすが、思索は多岐にわたる。
第二章
橋本は、まず「ドラマ」を、
「指針のない世の中で、人が生きて行くための指針となった物語」と定義する。
昨今、「大きな物語」は崩壊し、内向きな私小説でないと芥川賞をとれない、などと言われるが、話は江戸時代にさかのぼる。
江戸時代には、「なにしてやがるんだ、テメエ」的な指針に満ちていた。明治維新により「近代的自由」を獲得した人々は、「自由=指針のない状態」を生きるようになる。この時代に、どこまでも前向きな世界観を与えたのが講談であり、その講談から派生した小説が吉川英治の「宮本武蔵」を代表とする「大衆小説」である。一方で川端康成らを代表とする「純文学」は世の中の「苦い認識」を前提とする挫折に満ちたものである。
小林秀雄が吉川英治に文化勲章を受章するように勧めた話は面白い。
ここまで自由が多様化し、一般化している現代においては、もはや「前向きな大衆小説」のようなドラマも「売れるパターン」を失っていると言わざるを得ない。指針を示すものも、マンガ、アイドル、スポーツまで多岐にわたってしまっている。それでも、オリンピックにこれだけ人が熱狂できるのは、オリンピック選手にある種の「講談や大衆小説的な前向きさ」が元来宿っているからだろう。サクセスストーリーは、それ自身、自由な庶民の指針となりうるのである。「パワーをもらう」という形で。
自由に慣れた人間は、「押しつけの指針」に対して、「うるせー、関係ねー」と拒絶する。人生の指針は拒絶される。ドラマは、わかりやすいナレーションにより理解されるものでは、断じてない。「面白いドラマ」を自ら求めている人は、「自らの指針を求めている」のである。他人や社会とつながっていない自由に、どれほどの意味があるのだろう?
第四章
下町の商店街における「職住近接的自営業」と、郊外に一戸建てを買う山の手型「職住分離的勤め人」の対比。庭付き一戸建ては、生活感を隠すための城のミニチュアであるという話。経済成長期において、「生活感」は「生活臭」であり、「貧しさの象徴である」という考察。金持ちになるということは、貧乏時代の下積みを「(見)なかったことにする」ということなのかもしれない。
自営業のおかみさんに求められる、寅さんのさくら的な「炊事・洗濯・掃除に加えて、商品の仕込み、客の応対、店の経営」までわたるマルチな仕事。
結婚までの期間が長く、お互いに仕事を持つ「男女共同参画社会」における問題とは、独身生活が長いことによる、「もはやお互いの生活価値観ができあがってしまっている」ことによる結婚後の軋轢に起因するものもあるということ。
生活感のある街は、時代とともに医療をうけるのと同じように再開発をうけるべきであり、生活感のある街を取り戻すことを我々は考えなければならない。
第八・九章
「経済」「民主主義」を語る上で、筆者は一つの私見を述べる。
それは、経済成長という世界的な幻想が、リーマンショック以後の世界経済の破綻によって揺らいでいる現在、日本は、世界経済戦争を過激化してしまった先例として、「成功したゆえに失墜した限界」を認め、敗北を認めるべきであると言う。
エネルギーは好き放題に使えない。産業の発展は公害を生む。それでも産業が発展し、ゴールを見失い加速する経済競走の暴走を止められるのは、いち早く経済の成功と破綻を経験してしまった「先進国」である日本だけだ。
印象に残ることば------------進むだけではない、Uターンの道もあると教えられる立場にあるのは、日本だけだ。
さらに、九章では、民主主義という制度が、「ものは決められないが、独裁者の抑止力としてはたらく」ものであること、こと日本では、天皇制という、「独裁者」を生みにくい
状況であり、そのような状況では、全員が自分の権利を主張できて、主張してしまうから、これを黙らせることができないし、権利を主張する側が黙ろうとしない。
政治がものを決められない中で、「成熟した民主主義は、民主主義であることを守ろうとする。」
そして、この閉塞感を打ち破る方法として、次のように述べる。
「王様」になってしまった国民は、自分以外の「国民のこと」を考えなければ行けないのです。しなければいけない議論の方向を、「自分の有利になる方向」に設定しないことです。「自分の言うことは、みんなのためなることなんだろうか?」と、まず考えることです。
「無私の精神」 吉田兼好が繰り返し述べたことであり、小林秀雄の著作にもある。
私は、あとがきにもあるように、筆者が大病をし、自らの体(気力、体力)に不安を感じた今だからこそ、以前にも増してこのような素晴らしい文章を、ストレートに著作に著したのではないかと考えている。医師という職業の持つ「非日常的な場面」や、病気を中心とした家族や患者さんの有り様を間近で見ていて、そこから何かを悟る人は、自分の身の丈を知る=自分の万能感を捨てる、自分のための権利より、「みんなの幸せ」をごく自然に考えられるようになるのだと思う。
なんだか、とても勇気づけられる一冊であった。 -
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橋本 治、「小林秀雄の恵み」を読みながら、考える。
毎年、桜を、色々な場所で、微妙な開花する時間の違いにより、愉しむのを習慣にしているが、今年は、色々なことが、気に懸かった。というのも、一方で、大道寺将嗣の全句集、「棺一基」を、読みながら、他方で、この分厚い本を併読していたからだろうか、なかなか、時間が掛かかり、捗らない。俳句の中で、謳われている様々な情景は、記憶が、ますます、先鋭に、甦りながら、忘却ではなくて、逆に、どろどろとしたものが、クリアに結晶化してゆくところの果てのものなのであろうか?それとも、「美しい”花“がある。”花“の美しさというようなものはない。」、「美しい美がある、美の美しさをあれこれ言うことに意味は無い。」、、、、、、。という小林秀雄の言葉が、ふと、突然、こみ上げてきては、心に棘のようにささり、思い悩むからなのだろうか。同時併読する中で、色々なものが、少しづつ、見えてきたような気がする。纏めてみることにしよう。飽くまでも、それは、「桜」を主題として、読み解いてみた自分の勝手な解釈であるが、、、、、、。すると、桜を観ながら、或いは、散る桜の花弁を観ながら、「美しいと想うことと感じること」は、全く、別のことなのであろうか?「もののあはれ」が、心の感ずる様であれば、、、、、どうも、まとまりが付かない。「道」とは何か、茶の道、茶道、或いは、生け花の華の道、華道とは、何なのか?そもそも、道とは何か? 今度は、世阿弥の言う”花“とは、何か?と次々に、果てしなく、考え始めてしまう、、、、、、、。本居宣長の歌、西行の歌、兼好法師の歌、芭蕉の俳句、そんな文脈の中で、時代が必要とした小林秀雄なるものを、橋本治の解説と手助けを受けて、追ってみることにしよう。
これまでに、どうしても、気に懸かっていた「桜」にまつわる二つの和歌であるが、、、、、何故、「散華」や、「道」なるものに、又、「日本浪漫派の系譜」の中に、昇華したり、収斂されてしまったのか、そして、「今日的な不安」や、漠然とした「行く末への不確定さ」、更には、来たるべきEUの信用不安に端を発する可能性のある「世界恐慌への懸念」が、再び、「過去と同じ道」に辿りつかないようにするとしたら、どう解釈したら良いのだろうか? そして、大道寺の「棺一基」俳句に見られる数多くの対象は、これらの文脈の中で、どのように、解釈、読み直したら良いのだろうか?、、、、、、、等…と、
「しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくらかな」
「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ」
「美しい”花“がある。”花“の美しさというようなものはない。」、「美しい美がある、美の美しさをあれこれ言うことに意味は無い。」、、、、、、。すると、今度は、世阿弥の言う”花“とは、何か?と、、、、、、、。
世阿弥が到達した“美の達成基準“としての花、彼の到達した、或いは、目標とした美の達成基準、
「物数を極めて、工夫を尽くして後、花の失せぬところをば知るべし、」と、経験を十分以上に積んで工夫を怠ることなければ、「花」は、消えない。自分の演じたことに、花は宿っていたか? 世阿弥という詩魂は、問いかける。
小林秀雄は、当麻(たいま)という能にみる美しい「花」という美、美の圧倒とその襲撃に、初めて、驚愕とする、学問というものは、現世から孤立するような形で存在していたと、
近世と言う時代が、根本のところで、学問の必要を理解していなかったからであると。必要としないから弾圧もしない、そういう調和状態の中で、近世の学問は、現実の社会体制とは関わらない、個の内面のものになった。、、、、、、、、、、だから、近世の学問は、近代の思想を生み出さない。、、、、、国学は、倒幕思想にはなったが、近代の思想には、進まなかったと。吉田松陰の思想は、何故、当時の若者の若者を突き動かしたのか?何故、弾圧されなければならない思想の危険性が、底にあったのか?
無視される思想や孤立する思想が、生まれるし、思想の弾圧が起こる。近代は、思想の自由とともに、やってくるはずであると。この辺になると、どうしても、団塊の世代、全共闘世代には、戦後民主主義と、直接行動との狭間に、葛藤した経験から、未だに、考えさせられてしまうものがある。
学問というものは、現世から孤立するような形で存在していたと。本居宣長の「関わらない」ということは、大きな意味を持つ、小林秀雄も、日本浪漫派同様に、あの時局に同じように関わらなかったのか?、昭和17年の立ち位置との関係で、橋本は、読み解こうとする。
宣長は、賀茂真淵の言を受け容れたのではなくて、「聞き流した」のであると。肝心なことに関しては、論争をしない、沈黙を守る。孤立を、その初めから、当然のこととしていると、
小林の「無常ということ」は、戦後、1946年に出版された、6篇(当麻、無常ということ、平家物語、徒然草、西行、実朝)からなるものであるが、実は、1942-43年に、発表されたものである。当時、日本の古典に、傾注する作家が多くいたという事実は、何を意味するのであろうか、小林の講話も、情況に従おうとする微妙さ、好戦・反戦・厭戦が、微妙に入り混じっている。のらりくらりしていると、戦争情況に対して、他人事・知らん顔・のらりくらりを演じている時期、怒りを鎮めるのは、諦念であるのか、醒めた冷静さでもある。誰からも理解されないまま「安全であるという不幸」であると、敗戦後の日本人の虚脱感という心性とよく重なる。歴史=古典に学べという明確な方向性ではないが、答の欲しい日本人には、解がたやすく求められるのであったのか、戦後の日本人に向けてという発想は、ここにはないと。「歴史は、びくともしない、歴史は、いよいよ、美しく感じられた」と、収斂してしまう。ここの部分だけでも、本が出来上がってしまうかも知れないが、先を急ごう!
悲しいことに対して、勿体をつけて悲しいと言う、そんなことに何の意味があるのか、かなしいことは、ただ、悲しいのであると、「平家物語」から、「徒然草」へと、向かうことになる。
「徒然草」は、途中に、時の進展による断絶を考えれば、同一人物ではないと矛盾することはないと、徒然なるままに、日暮し、硯に向かひて、、、、で、文章を始めた人が、怪しふこそ、物狂おしけれになってしまうという矛盾。「徒然わぶる人は、如何なる心あらむ」、「紛るる方なく、唯独り在るのみにこそよけれ」、と言ってしまう「矛盾」を確かに、説明知れないかも知れない。
「物が見え過ぎる眼を如何にして御したらいいか、」の結果としての兼行の文体、「鈍刀」を柄って彫られた名作と称する小林の言うところに対して、徒然草の作者は、最初は、「もっと、鋭い刀」を欲しがっていたが、その後、もう、鋭い刀を求めていない。鈍刀かも知れないが、「それで良し」としていると。
小林が、求めた物は、思想ではなくて、その「人の在り方」、とりわけ、自分と関わりを持ちうる自分に近い人の在り方である。徒然草という作品ではなくて、それを書いた兼行という作家こそが、より大事であると、
そして、「西行」へ、「芭蕉」へ、と続く。
「もののあはれは人の情(ココロ)の、ことに触れて感(ウゴ)くこと、」であり、小林の如く、「知ること」と「感ずること」を、一度、分化された結果、「全的な認識」という統合概念を求めるという発達ではないと、「情とは、感ずることなのか、それとも、知ることなのか?」というものではない。そこから、普通は、情という集合要素であるが、欲⊂情であるとするが、宣長は、逆に、情⊂欲とする。 「情(ココロ)は、欲の上位概念」であり、あればこそ、もののあはれを知るという道もあると、この道は、上位概念に続く登り階段であると。
「近世」という時代は、神という非合理などとは言わないと、「非合理かも知れない神を一方に存在させて、そののこりを合理性で仕切るという時代である」。神という非合理の支配下にあれば、中世だが、近世という時代は、神をそのままの位置に安置し、距離を置いて隔離する、だから、支配されないのであると、調和的なのであると。
ありかたとしては、根本のところで神という非合理とは相容れない合理性の魂であったとしても、近世の人は、神と調和的であり、合理的だったのであると。「神と調和的になっている合理性」なのである。近世という時代とは、そういう時代であると、
「仏教」は、佐藤義清という北面の武士が、西行となってその後の人生を歩き出すための「門口」なのである。仏教というものは、そもそも、己を見詰める者の前に立ちはだからないものであり、それをしたい者に、それをするための「立ち位置付けを用意する」のが、仏教の本来でもある。思索をする者にとって、「同伴者」とはなっても、決して、導いたりはしない、至って寛大なのであると、
「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ」
西行のこの歌に詠まれた「ゴール」は、何を表すのか?
彼の「孤独」は、いたって近代的である。ほとんど、導き手である神を失ってしまった個の孤独で、西洋近代的な人の孤独であると、西行には、「神=空白」と言う形で、個である人と対応する存在としての神というものが存在しない中世の日本で、存在しうるのであると、こうした西洋的な神が、空白として何故、日本に存在し得たのか?既に、西行には、近代が、心の裡で、独り耐えていたものがあったのであるという形で、実現されてしまっていた。小林の言うように、西行の旅は、一筋という道ではなくて、「道のないところを彷徨うような旅」だったのではないかと、
「仏という同伴者」の下、ゴールに導く神の手ではなく、真の恋人という概念が存在しない世界で、昔の人は、どのように生きてきたかという、その救済を暗示するのが、そのゴールとした西行の桜の歌なのであると、
又、宣長の謳うところの
「しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくらかな」
この歌も私的な墓の方に、山桜の樹を植えて、命日には、肖像画の掛け軸を掛けろという、
「あなたの根本を成り立たせているものは何ですかと、人に問われたら、私は、朝日に輝く山桜と言う」という歌である。「学問の根本に存在する信条」を表すものであると。「自分の中核に位置するもの」と「恋の対象になる彼」との「ふたつの性格」が、桜には、あると、
全てのものは、「桜=我」によそえられるものではない。重要なのは、よそえられるものを発見し、そこに、我なり、彼を、「重ね合わせること」であると、西行は、12世紀の段階で、我を詠むことに生涯を費やし、宣長のように、憑かれたように、桜への恋を読み続けたことであると、そのようなことを可能にする主題である対象の代表格が、「日本人にとっての桜」であり、桜を使って、「自分であること」を表していたと。
「日本人にとっての桜」は、西洋人の神に近似しているが、神ではない。重要なのは、そこに代人がおこりうる「空白」を、昔の日本人が持っていたということを、「発見してしまった」ということ。
あるとき、ひとりの日本人が「自分に応えてくれるものは何もないということ」を「発見してしまった」ことである。それが、西行であると、
近代的に言えば、西行は、自分の中に、「我=自意識」を発見してしまったということになるかも知れないが、「実は、逆ではないか」と、西行は、「自分の外に、自分に応えてくれるものが何もないこと」を発見してしまった。自己より先に、空白を発見し、それを埋めなければならず、自分とか、自己とか言われるものを成長させて行かねばならなかったと、導き手がないところで、自分を成長させる苦しさ、孤独、こうした「見つめる自己」と「見つめられる自己」の両方を誕生させたと。
神なるものに何とかしてもらうことは、怠惰なことであり、自助努力の日本人は、自分の前に、空白があるなどという考え方をしないし、自分の在り方に置き換えて、自分は、まだまだ、未熟で、至らないと考える。その不安を、そういうものだと是認するのが、至らなさを表現して切なさを出現させてしまった西行であると、続く。
日本人は、空白を埋めるのではなく、空白を作り出すことを当然のこととすると。「自分の居場所のなさ」という空白、生活の為の居場所の無さでは無くて、どう生きて行けば良いのか、どう生きていきたいのかが分からないという「精神的な居場所の無さ」である。「居場所がない=孤独」を感じ続けて、自意識が彼の最大の煩悩といわれるようにもなる。だから、ゴールとなるのは、もう居場所を探さなくてもよいという「安らぎ」になり、「桜」の歌になるのであると、
ここから、西行と芭蕉との思想軸の相違点、へと続く、
芭蕉の「風雅」という強い思想は、己を空しくしてが、前提になっているが、西行は違い、自然の姿が、友ではなく、自分になって現れてくる。西行は、己を空しくしてではなくて、己を空しくされて、その結果、佐藤義清は、西行となったのではないかと、これに対して、芭蕉は、いきなり、「己を空しくして、自然を見る」。それも客観主義ではなくて、主観主義に近いもので、強い思想で、「自分を全く、問題にしないでいられる」ということ、弱い態度でも、消極的な態度でもなく、己を空しくして自然を見る。
「古池や 蛙飛び込む 水の音」
蛙の水に飛び込む音で、私が、驚いたのでもないし、水の音を聞いてはいるのであるが、ただ、「水の音があること」、ただ、それだけであると、水の音が聞こえるのではない、人の耳に聞こえようと聞こえまいと、人が聞こうと聞くまいと、そんなことは無関係に、「その水の音はある」のであると解釈する。この水の音を神に置き換えれば、己を空しくして自然を余程観察すると、「水の音は、神になる」のであると、「最上川」も、「夢の跡」として存在する「夏草」も、「神」なのであると
「秋深し 隣は何を する人ぞ」、も、何をする人ぞと思っているかどうかは、関係なく、「それを思う人の「心」こそが、神」であり、この句に透徹していると、まるで、小津安二郎の映画のようであると、そんな「芭蕉の強さ」は、日本人には、「至って当たり前のもの」としか、映らないものなのである。
宣長は、「あはれということを心の中の一つにしていふは、とりわけていふ末のことなり。その本をいへば、すべて情(ココロ)の、こころにふれて感(うご)くは、みなあはれなり」。宣長には、末は、どうでもよい、「末を捨てて、本を目指す」。そうして、「漢(から)意(こころ)」を、外来思想と排除すべく、古事記へと向かう。そして、時代の趨勢は、反漢意から、尊皇攘夷へ、忠君愛国へ、いつの間にか、廃仏毀釈から、神道信仰へと、進す。
「道」という概念論に入る。神の道とは、古道とは何か、古代以外には、道という概念はない。路であって、通路であるのではないか。それが、神道、武士道、華道、茶道、等に、どうして、使われてしまうのか、そのままの状態を示す道が、文化的、政治的に、変質していったのか?それとも、今でも、それは、何らかの形で、生き延びているのか?
それにつけても、現代とか、近代とか、近世とか、我々は、いかにも、思想的に、発展・進化を遂げてきたように、時系列的に、誤解しがちであるが、芸術の世界でも、絵画や音楽でも、その昔に、現代でも、驚愕するような技術が、突然変異のように、現れていた事実が、幾つもある。タイム・スリップでもして、逆に、現代の我々をどう思うかを尋ねてみたいものである。我々は、中世や近世をかように、理解しようとしているが、果たして、当人は、どんな所見をお持ちかと、、、、、。少々長くなってしまったので、「棺一基」の方は、又の機会に再考察してみたいと思う。学生時代に読んだ、橋川文三の「日本浪漫派批判序説」をも、もう一度、読み返してみるか?橋本は、終章で、小林が設定したトンネルが、何処に抜けるのかは分からないが、その「何処に抜けるか」は、トンネルを抜ける読者に委ねられ、「読み手の在り方を問題にする」本であるとし、それが、日本に於ける思想の在り方なのであると、結んでいる。そして、それは、是非、読者に、古典を前にして、次の時代を受け継ぐ人達は、「それを体験」して貰い、次の時代に向けて、新しいトンネルを掘り続けることでもあると、希望していると、、、、、、、、、、。 -
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美しいとは、判断基準が自己にあるもの。他者との関係において発生するもの。幸福を知って孤独を感じるから、気付くもの。夕焼けのキラキラを、月を美しいと思う時、私のそれはそれは幸せの思い出と繋がっている。相変わらず、橋本治の本は難しくて、何度戻っては読み直し、やっと自分の中に言葉は入ってくる。時間がかかるが面白い。時をおいて再読したい本。
夕焼けはなぜ美しいか?清少納言にわかって兼好法師にわからない理由。夕焼けは近代社会のもの。キラキラ輝くものが美しい理由。愛情とは介入しないこと。美しいとはある種の学習の結果。孤独(家制度からの逸脱)は、罪破綻を意味していたから、前近代に孤独はなかった。
途中、橋本治の男性との恋愛話は若干寒かったが。 -
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もっと早くに読んでいればよかったと後悔した本。
流石は橋本治、現代の経済社会を解りやすく解説。特に室町幕府末期の状況と現代を重ねるあたりが、非常に納得。
また冒頭で、勝ち組・負け組の流行における、プロセスを紹介。勝ち組・負け組とは、単なる意識の変化にとどまらず、表現の平等性を揺るがす危険な社会の側面をあらわすという意見は慧眼!
2005年に書かれたものとは思えないくらい、小泉改革に対する冷静な分析も非常に鋭いところを突いている。
今後の中国経済におけるバブルとバブル崩壊の予想も、あたりそうで怖い。
もしかして・・・。
経済学初心者には、かなりオススメです。