橋本治のレビュー一覧
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清純な中学生になる筈だった私が、この本で一気に今のキャラクターに目覚めました。父親がこっそり隠して読んでいたこの本を目ざとく見つけてあっという間にハマりました。タイトルは凄いですけど、中身は普通の青春小説です!物凄くカッコいいゲイの源ちゃんと、高校に入学する直前の春休みに女子高生の不良のオネーサン3人組に童貞喪失された眼鏡の美少年に囲まれて青春を謳歌するお酒も飲める、煙草も吸っちゃうイケイケギャルの主人公、レナちゃんの物語です・・・ってどこが普通なんだ!!
その他にも一癖も二癖もある愛すべきシュールな登場人物が沢山出てきます。これに出逢わなかったら今の私の人格はありえなかっただろう・・・と思う -
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上巻に続けて読む。
藤村の「破戒」は、中学生の頃に読んだ。破戒の意味も判っていなかった。橋本さんは、主人公は新平民として差別に対し、いたって鈍感な人物と説く。新平民として活動する猪子蓮太郎の思慕。「言えない」を主題としたとする。僕は、全然読めていなかったんだな。
国木田独歩は辻原昇さんが書評の本で取り上げていたので読み返した。さらっとマイペースに自然主義を達成した人。「武蔵野」読み返そうかな。
本署の論考は、再び藤村に戻る。嵐山光三郎さんが藤村を批判した文を読んだことがある。現在の世評でも酷評されていると思う。姪と関係し、責任取らずに逃げる。そしてそれを暴露する。肝心な部分をぼやかしなが -
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第一部 言文一致体の誕生
導入は古典。
兼好法師の徒然草は和漢混淆文の完成とする。しかし、「センテンスが短く、論理展開がが判りやすい」文章は、時代から距離を置かざるを得なくなった法師の無駄なことを言うまいとする孤高によるもので、時代に影響は無い。
和漢混淆文で書かれた大僧正の慈円の愚管抄。判りづらい慈円の日本語論を橋本さんが分析解明していく。つまり、愚管抄は後の時代の歴史小説とする。しかし、橋本さんは慈円とは無関係に歴史小説なるものが存在してしまって、そのあり方から逆算すると愚管抄は歴史小説に近い、ということになるだけであると、あえてくぎを刺すことを忘れない。
明治時代の言文一致についての論 -
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▼2巻は「物語 大化の改新(乙巳の変 )」。
あるいは、「物語 蘇我四代」、、、でした。
▼橋本治さんの平家物語。腰が抜けるほど型破り。第1巻はほぼ全部、秦~唐の時代の中国王朝の、盛者必衰の物語だった。続く2巻はほぼ、「飛鳥の章」。
▼日本古代史、天皇家の歴史をなぞりなぞる。興味深い。蘇我稲目~馬子~蝦夷~入鹿の成り行きを見せる。もともと謎めいてるので興味深い。中臣鎌足、中大兄皇子を主人公とする本格小説?に移行する。そして、蘇我入鹿暗殺という一大サスペンス、クライムストーリー、カタルシス。
相変わらず、ちょっとくどいけれど実に分かりやすく面白い。
▼女性天皇誕生の背景。継体天皇 -
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▼亡くなられましたけれど、橋本治さんは「すごい作家だ」という認知をしています。しかしそれにしても、これは・・・・・すごかったです。
▼「橋本治さんが、平家物語を書いたんだー 読んでもいいなあ」
と思ったら、文庫で全16巻なんです。それがまずすごい。それから「双調」という言葉がワカラナイ。調べたら、
名詞
①
雅楽の音階である「十二律(じふにりつ)」の第六音。
②
雅楽の「六調子(ろくてうし)」の一つ。①を主音とする調子。
だそうです。
だけど、それが分かってもさっぱり分らない(笑)。
まあそれでも読んでみよう、とあまり調べずに読み始めたら・・・・
第1巻は、ま -
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美しいの正体に近付けた気がする
「過去の自分が知っていながら、現在欠落している幸福」という表現が一番腑に落ちた
それの良さを理解し、自分にそれがないことに気づいているから、外の世界へ関心を向けることができる
人間を落ち着かせるのは人間関係
人間が擬人法を使えるように、人間は人間以外とも人間関係を作ることができる
その前提をもとに、
美しいと感じるものの一つに夕日が一番始めに思い出されるがその理由を考えた
人は夕日と今日の終わりを結びつけていて、きれいな夕日や充実していた今日にもう一生会えなくなる寂しさや、太陽や時間という大きすぎるどうしようもないものへの憧れ、なのかなと思った
孤独と敗北 -
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後白河院はお聴しにならない。御世の帝を擁し給い、お主上の朝廷をもまた御掌の内になし遊ばされる院にとって、武者とはただ「人に仕える下司」なのである。乱世に下司は力を得るーであればこその「乱世」である。ならば、その世のありように従って、下司はいくらでも官を上せればよい。成り上がった下司を、人は嗤う。陰で嗤い、表で持ち上げ、それが腐り落ちる時を、黙って待つ。平氏はそれで、腐って落ちた。ならば、東の源氏だとてー
「武者が武者に仕える、武者が武者の上に立つ」などというあり方を院には表立ってお認めになることばかりは、お出来にならない。それは、武者というものの朝廷からの離脱であり、王朝の時を支える基盤の崩壊 -
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新興の一族の周りには、目に見えぬ標が結い渡されている。己が分際を忘れ、その境から一歩でも踏み出しさえすれば、ひそやかな嘲りがたちまちに襲いかかる。栄華の大海に乗り入れた一族には、この攻撃に対処する術がなかった。新興の一族を呑み込もうとして盛りあがる大波をかわし、進むべき航路を指し示す者はなかった。この哀れな一族を導きうるお立場にあられたのは、御世の頂の更にその上の高みにましまされる、法皇ただお一方ばかりだった。法皇がどのようなお力をお持ちであられるのかを、哀れな浄海入道は、わきまえずにいた。であればこそ入道は、摂関家に抗することも恐れず、法皇に対し奉っても抗そうとした。その父の哀れな振舞が、ご
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東国の武者は、我が身を利するため、我が身を活かすために戦うが、都の武者は、「戦え」と命ずる声に従って戦う。東国の武者が、「我が身の益」を思って戦うのなら、都の武者は、「我が身の益」を思って戦わない。「戦え」と命ずる上からの声は、武者として生きる都の男達の利害とは一致しないのである。彼等を動かす官は、武者の利害を前提として出来上がっていない。朝廷とは、朝政に列する者達の利害によって出来上がっているからである。保元の乱で戦った義朝は報われず、戦わなかった清盛は、報われた。その理由はただ一つ、義朝が朝廷の序列から遠く、清盛が近かったからである。