双調平家物語12 治承の巻1

双調平家物語12 治承の巻1

小説・文芸
1,152円 (税込)

5pt

4.7

安元三年、都では、亡き信西の乳母子・西光の息子が白山の寺僧達と加賀・鵜川で起こした騒動に端を発した叡山大衆の強訴、さらに大内炎上と事件が続く。重盛と愛情関係にあった藤原成親は、平氏の専横を憎み、後白河院の近臣達と俊寛の預かる鹿ヶ谷の山荘に集い、「平氏打倒」の謀議を重ねる。しかし、多田蔵人行綱の訴人によって事は露見し、院が背後で関与したことがわかると、清盛は院の罪を問い、幽閉しようとする。

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双調平家物語 の一覧

1~16巻配信中 1巻へ 最新刊へ
1~16件目 / 16件
  • 双調平家物語1 序の巻 飛鳥の巻
    921円 (税込)
    これは、「栄華」という幻想に憑かれた男達の物語である。話は、平清盛から始まらず、その栄華の原型を作った藤原氏、更には、本朝が範とした中国の叛臣伝から始まる。秦の趙高、漢の王莽、粱の朱い、唐の安禄山。彼等は真実、叛臣なのか。そして、万世一系の我が朝に、果たして真実、叛臣はあるのか。
  • 双調平家物語2 飛鳥の巻(承前)
    942円 (税込)
    稲目以来、馬子、蝦夷、入鹿と大臣の地位を伝え、御世に権勢をふるう蘇我の嫡流。大臣入鹿の山背大兄王殺害を機に、蘇我の動きを危ぶむ中臣鎌子は、中大兄皇子との連繋を図る。国を憂え、打倒蘇我で結ばれた藤原氏の祖・鎌足公と若き日の天智天皇の欅の大樹の下の出合い──「川はある。水はある。山はある。緑はある。しかしまだこの国に、たった一つ国はない」。かくして六四五年六月の十二日、蘇我入鹿は、刃に斃れる。
  • 双調平家物語3 近江の巻
    942円 (税込)
    天智の帝亡き後、大海人皇子は大友皇子との皇位継承をめぐる叔父甥の戦い──壬申の大乱──に勝利し、天武の帝となる。一方、鎌足公の嫡子、藤原不比等は、天武の帝の後を継いだ持統の帝の御世において新帝擁立に功を奏し、栄達の道を昇って行く。「皇統という鶯の巣に生みつけられる、藤原という杜鵑(ほととぎす)の卵。鶯の巣に孵って、生まれ出た杜鵑は、鶯の雛に代わって鶯となる。藤原の朝臣は、ただその日が来るのを待てばよい」。
  • 双調平家物語4 奈良の巻
    942円 (税込)
    聖武の帝の御世、長屋王は謀叛の咎によって自害する。だが、政敵を葬った藤原一族に栄えはなくやがて都に蔓延した疫病で藤の四兄弟は揃って世を去る。一方、県犬養橘三千代は、長屋王の変後、娘の立后を策し、藤原の夫人は光明皇后となり、異父兄、橘諸兄が実権を握る。藤原広嗣の乱、繰り返される遷都、橘奈良麻呂のクーデター……。天王貴平知百年──「人は死に、貴い天王の知ろしめす世は、まだ平らかだった」。
  • 双調平家物語5 女帝の巻 院の巻
    942円 (税込)
    御世は下り居の女帝と藤原仲麻呂のものとなった。だが、依然威勢をもちつづける女帝との対立を深めた仲麻呂は、都を逐われ、近江の地でついに命を落とす。再び御世に即かれ、道鏡への御寵を恣にする女帝も、やがて病に倒れ、治世を混乱へと導いた女帝の時代は終わる。「道鏡に狂われた孝謙女帝、怨霊となった井上の廃后、御位への執念を捨てなかった不破内親王。そして、藤原吉子と藤原薬子。女達は繋がれねばならない」
  • 双調平家物語6 院の巻(承前)
    984円 (税込)
    摂関家の長、関白藤原頼通と父帝・後三条帝との不和により十六の齢まで不遇の時を過ごした白河の帝は、摂関家嫡流の地位を取り戻し、家筋の優位を保とうとする頼通の嫡子・師実にかしずかれ、大いなる権勢を恣にする。白河帝を帝王たらしめた師実は、八歳で御位に即いた堀河帝の摂政となるも、幼帝は父の君たる白河上皇の傀儡にすぎず、摂関家の威勢は失墜する。白河帝は、太上天皇として御世を掌握し、院政の時代を開く。
  • 双調平家物語7 保元の巻
    1,047円 (税込)
    白河院崩御の後、御世を掌握した鳥羽院。崇徳帝は御位を逐われ、近衛帝の即位によって「国母」となった鳥羽院の寵姫藤原得子は、皇后の位を贈られる。得子の勢威がさらに強まると確信した摂政忠通は、崇徳院との通いを絶ち、得子に仕えることを選ぶ。一方、鳥羽院のご威光は崇徳院に伝えられると思う内大臣頼長は、崇徳院との好誼を深める。「朕が亡き後は、さぞかし世は乱れるであろう」──そして世は保元の乱へと進む。
  • 双調平家物語8 保元の巻(承前) 平治の巻1
    1,152円 (税込)
    近衛帝崩御で、関白忠通は守仁王の擁立を策するが、少納言入道・信西の進言により雅仁親王が践祚する。忠通は、藤原氏の長者の座を父忠実と異母弟頼長の手から奪い取らんがため、保元の乱を惹き起こすことになる「新院御謀叛」を策謀する。かくして鳥羽院崩御からわずか九日後、崇徳院と後白河帝、忠通と頼長は兵を交え争うが、その結果、進んで戦いの指揮を取り、勝者となった信西が、御世の政局を動かしうる者となった。
  • 双調平家物語9 平治の巻1(承前)
    1,100円 (税込)
    保元の乱は終結した。左府頼長は敗れ、関白忠通も力を失った。新院の配流、源為義をはじめ新院方武者達の斬首、禅閤忠実の幽閉──摂関家は財の安穏と引き換えに朝廷の中枢から退き、一切は信西の掌(て)の内に……。だが、信西の前に、後白河院の寵を受けて異例の昇進をする中関白家の裔(すえ)、藤原信頼が「敵」として現れる。信西が調じ、院に献上した『安禄山絵巻』によって二人の対立は顕在化し、清盛の熊野詣を機に急展開する。
  • 双調平家物語10 平治の巻2 平家の巻
    1,152円 (税込)
    三条東殿を脱出した信西は、土中入定するも追手に見つかり獄門に懸けられる。一方、熊野路から都へ戻った清盛は合戦を決意する。大内に幽閉されていた二条帝は寝返った公卿の手引きで六波羅の清盛邸へ遷り、後白河院も救出され弟宮のいる仁和寺へ。藤原信頼に従う源義朝に、対するは平清盛。賊臣となった信頼は捕えられ死罪、落武者義朝は鎌田の兵衛と共に尾張で謀殺される。都に残された義朝の愛妾常盤と遺児達は……。
  • 双調平家物語11 平家の巻(承前)
    1,152円 (税込)
    都へ戻った義朝の嫡男・悪源太義平は首を打たれ、東国への下向途中捕えられた三男・頼朝は伊豆へ流される。一方、大和に身を隠していた妾常盤は幼な子達と共に六波羅の清盛のもとに赴く。御世には、近衛帝の皇后であった太皇太后藤原多子の再度の入内を巡って後白河院と二条帝の新たなる角逐が生まれ、その狭間で摂関家は復活を果たす……。乱後の政局は動き、欲を知らぬ清盛は己れの意志と関係なく栄華の道を駆け上る。
  • 双調平家物語12 治承の巻1
    1,152円 (税込)
    安元三年、都では、亡き信西の乳母子・西光の息子が白山の寺僧達と加賀・鵜川で起こした騒動に端を発した叡山大衆の強訴、さらに大内炎上と事件が続く。重盛と愛情関係にあった藤原成親は、平氏の専横を憎み、後白河院の近臣達と俊寛の預かる鹿ヶ谷の山荘に集い、「平氏打倒」の謀議を重ねる。しかし、多田蔵人行綱の訴人によって事は露見し、院が背後で関与したことがわかると、清盛は院の罪を問い、幽閉しようとする。
  • 双調平家物語13 治承の巻2
    1,152円 (税込)
    中宮徳子の懐妊──待望の男子(後の安徳天皇)誕生に、平氏一門は湧き返る。だが、摂関家の北政所である白河殿盛子、さらに、病を得ていた重盛が世を去ると、後白河院と摂関家は再び反平氏を明確にした。これに対し、重盛という歯止めを失った清盛は、関白基房を逐い、院を鳥羽の離宮へ幽閉する。父院を救うため、高倉帝は中宮の皇子に御位を譲り、この暴挙に対して、異母兄である以仁王は源頼政に平氏追討を要請する。
  • 双調平家物語14 治承の巻2(承前) 源氏の巻
    1,152円 (税込)
    源三位入道頼政、さらに三井寺の大衆をも巻き込んだ「以仁王のご謀叛」は、頼政自害、以仁王も首を打たれ、平定された。しかし清盛は、得体の知れぬ不安に駆られ、「福原への遷都」を決断する。その三月後、伊豆の配所にある頼朝は、荒聖文覚のもたらした偽の院宣により、まず伊豆へ着任した平氏の目代の住む山木館襲撃を決行する。この戦に勝利を収めた頼朝は、舅の北条時政等東国武士を従え、遂に平家追討の兵を挙げた。
  • 双調平家物語15 源氏の巻(承前) 落日の巻
    1,152円 (税込)
    石橋山の合戦に敗れた頼朝ら一行は、安房で三浦一族と合流し、上総へ進軍する。さらに下総、武蔵等の兵を従え鎌倉へ入った頼朝は、二十万騎を擁する源家棟梁となっていた。一方、重盛の嫡男・平維盛を大将軍とする頼朝追討の軍勢は、富士川で水鳥の羽音に驚き、戦わずして福原へ逃げ戻る。これに怒った清盛は、「還都」を決断し、反撃を開始した。しかし、還都から三月後、清盛は病に倒れ、激しい熱さの中で息を引き取る。
  • 双調平家物語16 落日の巻(承前) 灌頂の巻
    1,152円 (税込)
    信濃から北陸にまでその勢力を広げ、進攻する平氏軍を打ち破った源義仲は、敗軍を追って都へ攻め上る。義仲軍に都を包囲され、これを恐れた平氏一門は都を捨て西国へと落ちて行くが、義仲もまた都に受け入れられず無残な死を遂げる。後白河法皇は再び御世最大の権力者となり、源頼朝は鎌倉に覇権を確立し、動かなかった。そして、屋島にあった平氏一門は、源義経率いる源氏軍によって、ついに長門の国壇ノ浦で海に沈む。

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双調平家物語12 治承の巻1 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    人名のややこしさMAX!でもとってもおもしろいです。清盛と重盛の間が徐々にズレて行く様がじっくりと描写してあります。しかし成親は黒いですね!平治の乱絡みの貴族って、処世術しか取り柄のない人が多いような…だからこそ貴族の力が弱体化してきたのでしょうか。後白河法皇が不気味な存在感を発揮しています。最近源氏物語関連の本ばかり読んでいたので、武張った男の世界が新鮮でした。

    0
    2012年07月03日

    Posted by ブクログ

    「朝廷中枢での官を上せる以前、受領の性に従う平氏の一族は、地方の任国を一つずつ増やしていったのだ。清盛の以前に、このように権勢を目指して勤勉なる男は、一人もいなかった。」


    「清盛は争わなかった。彼が争う以前に、彼の行く道を塞ぐ男達が、争って斃れた。清盛はその後を行った。清盛が栄華を望まなかったわけではない。しかし、清盛が動くその以前に、勤勉を嫌い、権勢を望んだ男達の我執が、清盛のために道を開いてくれていた。清盛は、彼のために開かれた無人の野を行くだけでよかったのだ。」


    「栄華を得たその後になって、清盛は、『人の嫉み』という敵と初めて出合わされることとなる。しかし、『嫉み』を敵として、これをかわす術を持つだけの成熟が、清盛とその一門には持ち合わされていなかった。」


    「参議として朝廷にあるのは、いまだ年若い三男の宗盛と、成親に心を通わせる異母弟の教盛ばかりなのだ。」
    (権大納言重盛は病で辞職、時忠は山門の問題で謹慎中)


    「重盛に実を授け、宗盛に名を授けようと、清盛は思っていた。…清盛は、重盛に自身の分身を見ていた。それは、『力ある男』である。一方、宗盛には、『望みようのなかった夢』を見ていた。『女院の猶子』で『女院の婿』…自身の血を分けた息子が、輝ける女院の栄華を受け継ぐことを、恍惚と夢見ていた。…宗盛と重盛と、二人の息子は、清盛にとって優劣のつけがたい『二つの分身』であったのだから。」


    「邦綱は、単純明快な男である。単純明快であることを通すのが難しい人の世で、邦綱はこれを通すための複雑怪奇を駆使した。」


    「なにも変わらない。重盛はただ、頑固なのだ。父に対して、余分な表情を見せない。源氏の敵軍を逐った、あの平治の乱のその時から。重盛が何を考えているのかは分からない。乱の平定された後、決然たる面つきで、朝敵となった成親の命乞いをした――その時のことを思い出そうとして、清盛は何も思い出せなかった。」


    「その嫡男の頑固さが憎く、また頼もしくもあった。しかし、その頑固者の息子は、父の意向も聞かず、独断で成親を救ったのである。清盛には、それが許せなかった。」


    「五十を越えた入道と、五十を間近にする権中納言との間には、まだまだ取り組んでしかるべき問題が、山積していたのである。」
    (入道:清盛、権中納言:邦綱)


    「清盛はなんというお人好しだろう。自身の踏み込んだところが、いかなる状況へ通じるものかを、一向に理解していなかった。」
    (基実が死亡し、盛子が財産を継いで基通の養母となったことから)


    「平治の乱の功によって重盛が左馬頭となったのは、二十三歳の年だった。敗死した清和源氏の嫡宗義朝の得ていた官を、年若い伊勢平氏の嫡男が得る――重盛の左馬頭任官は、それだけの意義があった。…やがて左馬頭は、時子腹の弟宗盛へと譲られた。その時、宗盛は十六歳だった。十六歳の左馬頭は若い。しかし、…重盛は、『一門の要となる官を年若い弟に贈り、その自覚を促す』と解釈した。それから…左馬頭の官は、十歳の弟重衡へ、宗盛から贈られた。正三位の権中納言にまで上りつめていた重盛は、複雑なものを感じた。平治の乱の記憶は、重盛の中にまだ生きていた。戦いを勝ち抜いて敵将の官を得た重盛である。それが、わずか十歳の弟の身を飾るだけの官となった。同じ日、六歳の我が子は、越前守となっていた。国守の官は重いものであるはずである。左馬頭の官もまた――。六歳の我が子の国司就任を慶び迎えながら、それが『十歳の左馬頭』と同等の意味しか持たぬ人事であることを知って、一抹の不安を感じた。『これでよいのか』と。」


    「重盛は、生真面目な男だった。栄華の階梯を登る清盛が臆病なまでに慎重であったその気質は、重盛にも受け継がれていた。」


    「いつの頃からか、重盛は変わった。院にお仕えするのはよい。院のご寵を受けるのはよい。しかし重盛は、伊勢平氏の嫡男なのだ。…なにゆえ多氏のためび汲々としなければならないのか。無用の言辞を弄し、父の命令をかわそうとするのか。武に長けた一門の棟梁でありながら、一門を率いるその以前に、多氏のためを論じ立てる。」


    「『義平の軍勢を追い払った重盛はどこへ行った?あの、誇り高い武門の嫡男はどこへ行った!』と、清盛は思った。」


    (殿下乗合を経て、重盛による報復ののち)
    「院の御所で、延期になった高倉帝御元服のお定めが催されたのは、その三日後の十月二十五日だった。その席に、重盛は出仕しなかった。『大事のお定めを延引させた咎である』と、人は囁いた。その通りだった。重盛は、『大事の咎』を身に引き受けるため、参内の基房を襲撃させたのである。それこそが、重盛の『報復』だった。摂関家へ対してではなく、我意を通そうとする福原の父入道へ対しての――。」


    「重盛の『咎』を負った辞任によって、高倉帝のご元服と時を隔てずに行われることになっていた徳子の入内は、延引された。それが、『御自身のなされようをよくお考え遊ばされませ』と言う、父清盛に対する重盛の『報復』だった。父の威勢と院のご寵によって正二位の権大納言にまで上った平重盛は、摂関家を頂とする王朝社会の秩序の保持を、『一門の栄え』のその上に置く男だった。」


    「重盛は、『多氏との調和』を第一に考えた。『平氏の専横』を、決して口にさせまいとした。そのために、慎重に事を構えて、最小限の勢力拡大を図った。…自身の勢力拡大のための敵となる最大のものは、世を退いた父の、その場限りの横車なのである。」


    「配所の風さらされた師長に、栄達への野心などはなかった。…悲運の貴公子の胸には、世俗の欲とは違うものが芽生えていた。楽の音に対する、細やかで磨ぎ澄まされた感性である。人の世の賑わいから遠く離れたところで生きざるをえなかった師長は、己が心を楽の調べに溶け込ませて、長い孤独の歳月を過ごした。師長には、楽の音以外に心を傾けたいと思うものがなかった。」


    「重盛は、大臣になりたかったのである。大臣になって、父清盛の干渉を撥ねつけたいと思ったのである。既に世を捨てた入道の身でありながら、清盛はさまざまの口出しをする。…清盛の後に太政大臣となってその官を退いた藤原忠雅は、在俗の身でありながらも、朝政からは正しく距離を置いている。それこそが、『前の太政大臣』にふさわしいあり方であろうと、重盛は思う。父の要らざる口出しは、『平氏の専横』として、都にあって一門を率いる重盛の上に降りかかって来る。」


    「兼実は、重盛を悪まない。憎悪よりも深い心で、重盛を見ていた。すなわちそれは、『嫌悪』である。成り上がりの伊勢平氏を嫌悪する兼実は、嫌悪を表立てぬよう、重盛を見ていた。まるで、人ではない『獣』を見るような心で。…重盛は、『清盛の傀儡』から脱しようとしている。…武者の一族と争って、摂関家の兼実に勝ち目はない。しかし、人事という醜悪の泥沼の仲に引き込めば、新参の平氏に勝ち目はない。人事の世界で『摂関家』という家筋は、最大の武器となるものだからである。…王朝人事の世界は、魔性の森にも等しい。兼実は、『そこへ来い』と重盛を誘った。『物知らずの相国入道ならばいざ知らず、謹厳な重盛はそこで野垂れ死ね』…時の右大臣は、そのように平氏の嫡男をもてなしたのである。」


    「思えば、保元の乱は、六条流をはじめとする新興勢力の前に、摂関家がその力を衰えさせていく落日の時の始まりだったのだ。」


    「成親の存在は、父清盛との間で、諍いの種となっていた。それは、『伊勢平氏の父のありように従うか、王朝人士のありように従うか』の、二筋道だった。」


    「院は、清盛をお悪みにはならない、しかし院は、御自身のご優越に障る者をもまた、決してお宥しにはなられない。院のご庇護の下、新たなる権勢を得た清盛は、この禁忌に触れたのである。」


    「周到な重盛は、ただ一つのことを除いて、すべてを手に入れていた。重盛がただ一つ手に入れられなかったもの――それは、父清盛からの自立だった。」


    (神輿振りで山門入洛)
    「神に従い仕える者達を傷めればどのようなことになるのか――それを重盛は知っていた。…『やめい!』の声を上げさせながら、内大臣重盛の中で、事態の収拾を図らんとする公家の血と、戦いに燃え上がろうとする武家の血が、一瞬交差した。」


    「大将とは、既に儀礼の官である。いかなる事態にあっても、近衛の大将が陣頭直々に立って指揮をするなどという事態は、絶えてなかった。御世の大臣たるものが、左大将の官を兼帯するだけの理由で内裏警衛に立ち働こうなどという事態もまた、なかった。しかし、重盛はそれをする。それをする内大臣重盛は、王朝に繋がれた走狗であることから脱することが出来ない、哀れな武家――伊勢平氏の嫡男でしかないのである。」

    0
    2011年03月08日

    Posted by ブクログ

    重盛は、「清盛の傀儡」から脱しようとしている。「それならば、望みをかなえてやろう」と、右大臣兼実は思った。武者の一族と争って、摂関家の兼実に勝ち目はない。人事の世界で「摂関家」という家筋は、最大の武器となるものだからである。幾つもの家柄が入り組んだ序列の争いを最大の目的とする王朝人事の世界は、魔性の森にも等しい。「物知らずの相国入道ならばいざ知らず、謹厳な重盛はそこで野垂れ死ぬ」ー御世の有職と崇められる時の右大臣は、そのように平氏の嫡男をもてなした。王朝貴族の胸に巣食う「排他の心」で…

    0
    2025年06月12日

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