【感想・ネタバレ】これで古典がよくわかるのレビュー

あらすじ

あまりにも多くの人たちが日本の古典とは遠いところにいると気づかされた著者は、『枕草子』『源氏物語』などの古典の現代語訳をはじめた。「古典とはこんなに面白い」「古典はけっして裏切らない」ことを知ってほしいのだ。どうすれば古典が「わかる」ようになるかを具体例を挙げ、独特な語り口で興味深く教授する最良の入門書。

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凄いものを読んでしまったような気がする。事実が時系列で並べられているだけなので、不思議なことはなにもないはず。なのに、これに類するものは読んだことがなかった。
いにしえの日本語は、文字がなかったので、書き残せなかった。中国から漢字が入ってくることによって、初めてなんとか書き記すことができるようになった。しかし、どう漢字を使うかについては試行錯誤。簡便な表音文字として、各種の万葉がな、次にはカタカナやひらがなが生み出された。公けの文書は漢文や漢字が基本、その読みの補助としてカタカナが用いられた。そしてそれは男だけのもの。一方、ひらがなは女性のもの。和歌はおもに女性が詠み、ひらがな書きした。そして和漢混交文の登場。……そんなふうに考えてゆくと、日本の古典作品のそれぞれのポジショニングがはっきりし出す。
言われてみれば、なるほど。コロンブスの卵みたいだ。書名は受験参考書のようだが、内容はそれをはるかに超えて、本質的。語り口はやや冗長で饒舌だが、読み終えると、古典がクリアに見えてくる。
(p.s. 2017年刊の橋本治『だめだし日本語論』(太田出版)では、本書の内容が歴史的に補強されている。併読もおすすめ。)

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2025年05月07日

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とっても面白かった!
古典は慣れること。書かれた時代、言葉が違うのだから難しいのは当たり前。
まずは冒頭を覚える。暗唱するまで。
余計な知識はいらない。
そして「をかし、あはれ」など、
当時の人たちが感じていた感情を同じように感じてみる。
月を見よう、梅の花を嗅ごう。(P228など)

P181 「古典を書くのも、いま詠むのもみんな同じ人間。だからどこかに接点はある。昔の人たちもみんなその時代に生きていた。現代人だった。」

P219 古典が教えてくれるのは、
「え、昔から人間はそうだったの?」
という人間に関する事実。
とんでもない(元)現代人でいっぱい!

☆P62
紀貫之が古今和歌集の序文で言っていることが刺さった。
「和歌は人の心の中にある感情を核として生まれた言葉によってできている。生きている人間は日々忙しいが故に、さまざまな感情を生む。ほれがあるからこそ人間は見聞きすることで、自らの感情を形にした歌を詠むのだ」と。

日本人にとってその感情を最もよく表現する道具は 日本製の平仮名だった。
→なるほど。だからこそ和歌には人の感情がいっぱいいっぱい込められているのだな。


P47 昔の人はカタカナでカンニングをしていた。
P53 漢字は男のもの。平仮名は女のもの。女が漢字本を読むなんて気持ち悪い! それが平安時代。

P57 紀貫之は 女になりきって、土佐日記を書いた。当時は漢文ばかりの時代。日記に用いるのは漢字。しかし紀貫之は和歌の名人。歌は万葉仮名で詠むもの。つまり、平仮名は女しか使わないもので、それで日記を書くのだから、当然平仮名になる。ひらがなの文章を書くためなら女にでもなる!という紀貫之。
いとをかし!!

P60 様々な人が自由に詠んだ詩を集めた万葉集に対して、
勅撰和歌集は国家事業として作られた本。

P72 作者が歌人で、主役は和歌。という伊勢物語。

P74.5 紫式部は紫式部日記の中で、清少納言はやな女!と書いている。
平安時代は、「女は漢字の外にいるべきだ!」というのが常識だった。
いくら男たちが声に出して漢詩を歌っても、あまり女の子ところには届かない。
ならば届けてみせようじゃないか、と彼らは平仮名で和歌を詠み、贈ったという。
つまり、和歌は団所が恋愛状態になるときや、その後に贈るラブレターのようなものだった。
→P78 平安時代の和歌が、ほとんど言葉や感情を同じだった。

P112 源氏物語が難解なのは、平仮名だらけで、登場人物がやたらと多く、それぞれが複雑な気持ち心理や社会的地位背景を抱えており、主語が平気で抜けているため。


P140 源実朝は、和歌を詠む将軍。「金子恵美塊和歌集」
将軍だが和歌を愛していた珍しい人。
→P158 「はかなくて 今宵あけなば ゆく年の 思ひ出もなき 春にやかはなむ」
大晦日に思う。この1年何の思い出もなかった・・・と孤独に押しつぶされそうになる歌。
はかない。。。

P147 平安時代の貴族たちは
「京都以外には文化がなく、他の地はまともな人間関係の住むところではない」と考えていた。

P168 藤原定家は、源氏物語や新古今和歌集からの本歌取りが多い。楽しむには教養が必要。
だからこそ、源実朝の シンプルさが際だつ。




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2024年03月21日

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よくわかる、というよりは、古典に対する敷居の高さをぐっと低くするための好著。
古典のよみにくさのカギとなるのは、どう書かれていたかだと筆者は説く。漢文・ひらがなのみ・漢字×カタカナの書き下し文から、漢字×ひらがなの和漢混淆文へ至る文体の変遷を追うことで、上代から鎌倉後期までの文学史が辿れるというわけで。

著者の語り口が巧みだ…と思ったのは『徒然草』について語る第6章。有名だが訳しづらいフレーズ「おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざなれば…」を「思っていることを言わないと腹がふくれる=欲求不満になる」と解きほぐす。で、その"思っていること"が何か、つまり引用箇所の直前に何が書かれているかは章の後半で紹介されるのだが、それにくすりとさせられ、兼好法師と私の距離感がぐぐっと縮まる。うわあ古典おもしろ! となるのはある程度もとからこういうのが好きだからかもしれないが、でも人に勧めたくなる本なのは確か。

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2023年12月11日

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 長女が古典好きで新古今和歌集を絶賛していて、かーさんも読め読め、定家はすごいぞと勧めてくれるのだが、古典苦手意識が強すぎて、まずはこれから。
 新古今和歌集のことだけ書いてるわけじゃないけど、橋本治も定家絶賛でした。
 現在の日本語というものが、どういう経緯で出来上がってきたのか。いや、「作られて」きたのか。日本語の成り立ちがわかりやすく書かれている。
 橋本治の文章って一見分かりやすいようでなかなか難しい。とても論理的で、でもその論理は普段の人の生活の中に感じる情緒と繋がっている。月を見て、梅の香りを感じて感じるものこそ、生きることを豊穣にする。
 あー、でもまだ新古今和歌集には手がでない。

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2022年01月24日

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膨大な教養から噛み砕いて古典の魅力を語っている。このように教えられたら、古典嫌いは生まれないだろうな。

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2021年04月29日

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世界価値観調査によると、日本人の世俗性は世界トップクラスです。
世俗性というのは、言い換えると、ミーハー(新しいモノ好き、古いものはダサいと思う)で、
また、物事に対して、損か得かの判断をとても重視するということです。

この特性からいうと、古典を学ぼう、学びなおそうという人は、
確実に少数派になります。
それでもなぜ学ぶのか?

①試験・受験に必要だから
②面白いから
③強制的に学ばされているから

毎年、何万点も書籍は出版されていますが、
その中で10年後、価値あると言われる本は1%もありません。
20年後、30年後になると、0.01%以下になります。
古典と呼ばれるものになると100年の経年数は余裕でありますから、
出版された出版物の中からすると、何千分の一の確率で生き残っているということになります。

つまり奇跡に近いものです。
では、1000年前になると、どうか?

本が生き残る条件は何か?

それは、不特定多数の人が、その本に価値を認めたことになります。
自分が面白いと思っても、他人が面白くないと思ったら、
残らない可能性が高い。

また学術的価値が高いとか、芸術性とか、いろんな判断基準で、価値を測りますが、
古典というのは、「偉い」というのは間違いありません。
ただ、この「偉い」は、権威的にならざるを得ない宿命にあるのか、
わかりませんが、日本人は、特に権威を嫌います。
古典を忌避する理由の一つが、この権威性かもしれません。

また、「わからない」ということが、非常に怖く思ってしまう人が多い。
オトナになると、ますます、わからない、知らない、できないを、
認めたくならないように、なります。

著者の論の進め方は、非常に丁寧です。
古典を怖がらないでくださいと言っています。
古典=わからないもの、難しいものであることを認めた上で、
現在の私たちが、わかるもの(箇所)もたくさんあるとして、
多くの例を挙げてます。多くが、古典で出だしの部分です。

著者は、枕草子から、源氏物語、平家物語の逐語訳の名手です。
氏ほど、日本の古典から現代的な意味での知恵を引き出した人はいません。
それは、古代人も、現代人も、共通するものは、たくさんあるし、
また、新鮮味があるとしています。

日本人は、どこまでもいっても世俗的ですが、
新しいモノを、すぐに取り入れることに長けています。
ただ、今はその新しいモノが欠乏しています。
もう取り入れるモノがない、飽和状態になっています。
その時に、過去から学ぶことは、誰でも思いつくことですが、
できる人は、ほとんどいません。
しかし、やろうとしている人は、豊かな人生を手に入れたものと、
同義と言えるかもしれません。

著者は、既に故人となりました。
非常に残念ですが、膨大な量の書籍を私たちに残してくれました。
おそらく一生かかっても、著者の見識には到達できません、
現在の混迷な時代を生き抜く上で、著者の作品は、自分たちに、
多大なるヒントを与えてくれるのは、間違いないと思います。

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2019年12月02日

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高校生の頃出合っていたかったなぁ。
なんで古典が読みにくいかが分かる。
橋本治さんは、噛み砕くように説明してくれるし、例えも面白い。いつかどこかで出会う、過去の私みたいな誰かに勧めたい本。

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2019年11月16日

Posted by ブクログ

橋本治節ッはこうでなくちゃヾ(≧∀≦*)ノ〃

壮大な知識人をまた一人見送らなくてはならない悔しさというか、無念さ…

溢れ出んばかりの想いと知識及び独特な見解がこの一冊に詰まっている。
とっても贅沢な作品。
橋本先生を感じることができる作品。
だから紙の本は止められない(笑)

古典好きにはたまらない一冊(*≧ω≦)

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2019年04月22日

Posted by ブクログ

万葉がな、ひらがな、カタカナ…それぞれの成り立ちは聞いたことがあったけど、こんな風に変遷してきたとは知らなかったし、意識したこともなかった。いまの日本語の文章が読みやすいのは、昔から試行錯誤を続けてきた結果なんだな。

『方丈記』は漢字+ひらがなの文章で読むと無常観を感じる。しかし原文は漢字+カタカナで、それを読んでみると科学的な観察に読めてしまう…というのが一番面白くて、印象的だった。

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2017年05月20日

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日本語だと思ってかかると痛い目にあい、外国語だと思ってもとっつきにくい古典の複雑さがの原因がよくわかりました。
ひとくくりに古典といっても、漢文に万葉仮名、ひらがな、漢文の書き下し文等いろいろあって、現代に近い和漢混淆文が出てくるのは鎌倉時代から。
読めても、当時の常識分かっていないとネタが分からず頭を捻ることになる。
そんな古典の分かりにくいところをひも解き、かつ解りやすく入門するための方法が、堅苦しくない文章でかいてあり面白かったです。

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2015年09月09日

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「ものごとを分かりやすく説明する事の天才」と内田樹氏が絶賛する橋本治氏による古典の読みかた。「窯変源氏物語」など、古典の超現代語訳に取り組んだ筆者ならではの、独特な視点からの古典文学の腑分けが実に面白い。
歳を取ってから、なんども古典を読み直そうと試みている。何十年ぶりかで古語辞典を買い、「徒然草」や「方丈記」などをぽつぽつと読んでいたのだが、今ひとつ深く入り込めない。どこかよそよそしく、学校の授業での読解のように感じられて、文学として身に入ってこない。

しかし本書を読んで古典へのアプローチが間違っていたことがわかった。

まず基本にあるのは「昔の人も、我々と同じ人間である」という認識。何に喜び、悲しみ、嫉妬し、愛したのかは、意外に変わっていない。

そこに知識としてその時代背景からくる特異性を加えて解釈する。恋愛はどういう形で行われたのか。歌(和歌)が果たした役割とは。身分制度はどうだったか。など。

また各作品の書かれた年代をしっかり把握しておくことも非常に重要である。例えば和歌の世界では「本歌取り」という技法があるが、「万葉集」から「古今和歌集」、「新古今和歌集」と続く勅撰和歌集の間に何年の開きがあって、その選者や詠み手の置かれた身分や立場、社会情勢を知ることで、どういった背景でその歌が詠まれたのかが分かり、はじめてその本当の意味を探ることが出来る。もちろんそれは解釈のひとつなので、どれが正解なのかは永遠に分からないのだが、受験勉強ではなく教養のための読書であるから寧ろ「こうした背景から作者はこう書いたのだろう」という自分なりの解釈を見つけることが重要で、かつ楽しいことなのだと知らされた。そうした意味で、目から鱗が落ちるような、今までの蒙を拓かれたような、新鮮な驚きがあったのが有り難い。

大学受験を控えた娘が読んでくれたのが嬉しい。

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2014年11月26日

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ネタバレ

軽いタイトルと軽い表現の裏に濃厚な味がする本でした。
古典の内容よりも、漢字・漢文という外国語が日本に到来して、それをいかに日本人が悪戦苦闘の末、克服して現在に至ったかを、古典を通じて、橋本流の面白い比喩を駆使した解かり易く丁寧な説明で、楽しく読むことが出来ます。

漢文だけで書かれた『古事記』や『日本書紀』、漢字を使った万葉仮名の『万葉集』、そして「ひらがな」だけで書かれた『源氏物語』『枕草子』などを経由して、鎌倉時代にはいり『方丈記』をへて『徒然草』の和漢混淆文の完成にいたり、現代使用されている日本語に近づいたとの道筋をチョコチョコと寄り道をしながら楽しく読ませてくれます。

カタカナは漢字のカンニング用に考え出されたという話、句読点や濁点がなく、ただだらだらと連続した「ひらがな」だけで書かれた源氏物語というのも想像すると壮絶ですし、男女の関係がイスラム原理主義のような時代に、唯一男女を取り結んだ「和歌」の話も楽しく、またその和歌が近代になり「生活必需品」から「教養」へと「転落する」という表現もなるほどと思わせる。

この本を読み終えて、以前に読んだ「おどろきの中国」の中で橋爪大三郎が中華文明としての基準を『中国>韓国>日本』と評価していたのを思い出しました。
わが国の先人の苦労を知るにつけ、漢字の発祥の中国やその模範生である韓国から見れば、漢文や漢詩の下手くそな東の海の向こうの野蛮な国が、如何に自分たちの独自性を崩さずに独立自尊の精神で苦労してきたかを誇りにすら思えます。

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2013年10月01日

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もっと気楽に、肩の力を抜きながら古典を楽しみたいと思わせてくれる一冊。
「をかし」を日常の中でたくさん見つけて、「あはれ」を感じることのできる感性を磨き上げたい。

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2025年09月18日

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 古典というのは、なぜこんなに複雑で分かりづらいのか。
著者は、そもそも『「日本人がそのはじめに自分で文字というものを作らなかった」ということにあるんだ』という。
 外国から借りた文字である漢字で、無理やり表した。
 「カタカナ」「ひらがな」はどちらも漢字をもとにしたかな文字だが、それぞれ役割が異なった。
 鎌倉時代の記述については、以前『鎌倉殿の十三人』を見ていたこともあり、イメージが補強されてより面白かった。

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2024年01月04日

Posted by ブクログ

光源氏は「中年になればセクハラおやじ」だし、源実朝は「おたく青年」
解説の中では「○○じゃありませんか」「○○でしょう?」と、グイグイ押してくる。
ひらがな、カタカナがある理由から古典に近づくコツまで、橋本流の手引き書といった感じ。
ごく日常的な話し言葉へ変換された訳は、ご本人いわく「間違ってはいないけど、いたって個性的――そんな解釈を聞いたことがない」というもの。
歴史がそのものが苦手で、古典も授業以外触れたことのない私ながら、この橋本さんの現代語版古典、何かちょっと読んでみたくなってきた。まんまと?(笑)

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2021年11月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

・そう思って、安心してください。この私のモットーは「”わからない”を認めない限り、”わかる”は訪れない」です。この章で、皆さんは「日本の古典はそもそもわからないものである」ということを認めました。「だったらわかるようになるかもしれない」というところで、次ですー。

・「無常感」の「無常」というのは、仏教の思想からきたもので、「常ということは無い」です。「いつまでも同じということはない」ーこれが「無常感」です。べつにどうってことのない話で、あたりまえです。でも、この「あたりまえ」に、ほんのちょっとなにかがくっつくと、ドキッとします。「いつまでも同じということはない。すべてのものには、いつか終わりがくる」と。ドキッとするでしょう?

・「漢字」と「ひらがな」をドッキングさせる作業は、「教養ある大人の男が平気でマンガを読む」というようなもんです。「教養ある人はなかなかマンガなんか読まないし、教養のある人を納得させる質の高いマンガというのもなかなか生まれない」というようなもんなんですが、「漢字とひらがながドッキングした」ということは、「その教養ある大人の男がついにマンガを読んでしまった」ということです。そうでしょう?鴨長明の『方丈記』から兼好法師の『徒然草』までの百年は、どうやら「大の男がマンガを読むのを当然とするのに要する時間」だったのです。

・京都で、王朝文化は健在でした。あるいは、京都ではますます王朝の文化が健在でなければなりませんでした。その理由は、政治の実権が鎌倉に移ってしまったからです。
 平安時代の貴族は、なんにもしませんでした。皮肉ではなくて、ほんとになんにもしなかったのです。公式使節を中国へ送る「遣唐使」だって、平安貴族はめんどくさがってやめてしまいます。それで中国からの影響がなくなって、十二単をはじめとする平安時代の「国風文化」が生まれたのです。ウソじゃありません、ホントのことです。
 それまでの日本政府は、「歴史」というものを作っていました。『古事記』『日本書紀』以来、日本の政府はずーっと時代ごとに「歴史」という公式記録を作り続けていましたが、それも平安貴族はやめてしまいました。平安時代の貴族というのは官僚で、「国家公務員」なんですが、この人たちは「国家の公式記録を系統立てて作る」ということをしませんでした。そういうことをめんどくさがってやらなかったので、平安時代のことは、『人事異動の記録』以外、ほとんどなんにも残っていません。平安時代のことを知りたかったら、当時の貴族たちが書いた「日記」という政界メモを調べるしかないんです。「男もすなる日記を女もする」のはいいんですが、「日記を書く前に公式記録ぐらい残していてくれ」と言いたいようなもんです。

・「和漢混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、最も合理的でわかりやすい文章の形です。これは、「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、「どうすればちゃんとした日本語の文章ができるんだろう」と考えて、長い間の試行錯誤をくりかえして作り上げた文体です。「自分たちは、公式文書を漢文で書く。でも、自分たちがひらがなで書いた方がいいような日本語をしゃべる」という矛盾があったから、「漢文」はどんどん「漢字+ひらがな」の「今の日本語」に近づいたんです。漢文という、「外国語」でしかない書き言葉を「日本語」に変えたのは、「話し言葉」なんです。つまり、日本人は、「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたということです。

・古典を今の時代によみがえらせる方法は、たった一つです。「古典なんだから」と思って、遠慮なんかしちゃいけないんです。「ちゃんとわかろうとすればちゃんとわかる」と思って、真っ正面からぶつかることです。そうすれば、古典はいろんなことを教えてくれるんです。「もう人間じゃない」なんて思いかけていたジーサンやバーサンだって、昔は「なういヤング」や「ださいヤング」だったんです。それを忘れちゃいけません。
 古典が教えてくれることで一番重要なことは、「え、昔っから人間てそうだったの?」という「人間に関する事実」です。「なーんだ、悩んでるのは自分一人じゃなかったのか」ということは、とっても人間を楽にしてくれます。古典は、そういう「とんでもない現代人」でいっぱいなんです。この本の中で紹介したのは、その中の「ほんの一端」なんです。どうか古典を読んでください。

・古典を暗唱して口の中に残しておくということは、そういう「標準語の中から消えてしまった言葉」と再会した時、「これはかつて生きて使われていた言葉だ」ということがピンとくるメリットがあります。「古典をわかる」ということは、本の活字の中に眠っているだけの言葉が、実は「生きて使われている言葉でもあった」ということを知ることなんです。古典をわかりたかったら、それを暗唱して「自分の口に移す」ということは、とっても有効です。「言葉に慣れる」というのは、そういうところなんですから。

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2021年10月01日

Posted by ブクログ

受験生を対象に書いているせいか、ふだんの橋本治の本に比べるとかなり読みやすい。兼好法師が徒然草を書きはじめた当初は若者だったにちがいない、という意見はおもしろかった。""

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2018年11月06日

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源実朝のくだりが面白かった。
古典というとどうしても私達とは遠い存在に思うけれど、当時の人々も同じように悩んだり喜んだりしながら書いていたのか、という当たり前だが見落としがちなことを再発見できた。
とても読みやすい。
入門に最適。

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2017年02月04日

Posted by ブクログ

平安時代の古典が現代日本人にわからないのは当たり前。かな漢字混じりの文章表現は長い年月をかけて男女の役割の垣根を超えて作り上げられてきたもので、ようやく鎌倉時代に徒然草で形になってきたもの。その途上で和歌はものすごく退廃的なまでの美を表現してみたり(新古今集)それを自己否定して万葉ぶってみたりする。

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2017年01月01日

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どうして古典文学をむずかしいと感じてしまうのか、その理由を解き明かすことで、古典にアプローチする方法を語った本です。

漢字かな交じりの日本語が、鎌倉時代、とくに兼好の『徒然草』あたりになってはじめて生まれたと、著者はいいます。それまでの日本語は、男性のための漢文と、女性のためのひらがなに、はっきりと区別されていました。漢文は「教養」であり、ひらがなは「感情を伝えるもの」であって、このニつは明確に分けられていました。日本人がふつうに「日本語の文章」を書き、それがじゅうぶんに自分の考えを伝えられるという事態は、まだ生まれていなかったのです。『源氏物語』に、玉蔓が物語を読んでいるのを見た源氏がフィクションをバカにする発言をする場面がありますが、このことは、教養人である源氏が、ひらがなで書かれた「物語」を認めていなかったということを表わしています。

だから、漢字かな交じりの日本語の出現は、「教養ある大人の男が平気でマンガを読む」ようになったのとおなじような事件だと、著者はいいます。漢字で書かれた文章は「書き言葉」の元祖だとすれば、ひらがなで書かれた文章は「話し言葉」の元祖です。だから、漢字かな交じりの文章の出現は、「硬直化した書き言葉の中に、生きている話し言葉をぶちこむ」ことだったのです。

著者は、現在の日本語も話しことばをないがしろにしてきた結果、硬直化してしまっており、それを再活性化するために、現在の日本語の骨格をなす古典に立ちもどる必要があると論じています。

「受験生用の分かりやすい文学史」を書きたい、ということからこの本の執筆が始まったと著者は述べていますが、語り口こそやさしいものの、内容はけっこう読みごたえがあります。また、こういう視点から現在のことばのありかたを見なおすこともできるのか、と教えられることも多かったと感じています。

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2021年12月25日

Posted by ブクログ

とっかかりにくく思える日本の古文。それでも結局、古文も時代は違えど同じ日本人が書いたものなんだと思い直せる内容。
漢字だけ、ひらがなだけで書かれた文章から和漢混淆文に至るまでの歴史、感情を基にして詠まれる和歌、それぞれの時代に生きた人のリアルな想いが書かれた文章。教養としての古文が、生身の人間が書いた生き生きとした文章に思える、そしてこう思えることこそが古文への理解の第一歩だと思えてくる。だからこそ、

◼️p172 古典をわかるうえで必要なのは、「教養をつけるために本を読む」じゃなくて、「行き当たりばったりで"へー"と言って感心してる」の方なんです。

昔の人も抱いかようなこんな自然な感情を自らも感じることが大切なのだ。

◼️p209「あはれ」は「ジーンとくる」で、「をかし」は「すてき」、それでいいんです。

なるほど、なんて分かりやすい訳だと思わず膝を打つ。機械的に暗記するのではなく、こういった古文の"感覚"を掴めるように精進したいと、この本を読んでそんな風に思えた。

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2016年02月28日

Posted by ブクログ

*日本語の歴史。
文字はないけど言葉はあったところに、漢字がやって来る。漢文の時代。英語にカタカナでルビをふるように、レ点をわきにふって読む。(古事記、日本書紀)
→漢字の読みだけを拝借した万葉仮名。(万葉集)
→漢字を崩して読みだけを拝借したひらがな。(竹取物語)
→ひらがなで、より複雑な内容も書き表すようになる。(源氏物語、枕草子)
→書き下し文方式で漢字+カタカナの和漢混淆文。(方丈記)
→漢字+ひらがなの和漢混淆文。やっと現代文の原型といえる形。(徒然草)
↑こうした変化が大体100~200年周期で起こった。という話。
*昔の人たちもその時代の現代人。今の私たちと一緒だよ、という話。源実朝は都会に憧れる、田舎の中小企業社長の息子でオタク青年の元祖だとか、兼好法師はパッとしないサラリーマンだったが会社が倒産して、でもそこそこ豊かな家の子だったから再就職せずぶらぶらして、そのまま物書きになったとか。
*古文がわかるようになるには、辞書なんかひかなくていいから古文を浴びるように読んで口ずさみ暗唱し、とにかく慣れることだ、という話。
*「大江戸歌舞伎はこんなもの」という別の本を読んだときも思ったが、橋本治さんのものの言い方はわりと強引で、理屈と例証と裏付けと文章の巧さによってスマートに納得させる、というよりは、俺はこう思う、こう理解してる、そうするとわかるぜ、な!という力業。それも、(どうせ古文も歴史も正解なんてわからないんだし)とっかかりにはこういうのこそ大事なんだ!という確信犯。好みは別れるところで、正直、私は好きですと言い切れるほど好きでもないのだが、確かにとっかかりには良いと思う。

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2014年02月14日

Posted by ブクログ

民族の思想のルーツは、その国の文字や「話し言葉」に現れるということから、このごろ古典の重要さを感じるようになった。言語学者や民俗学者の本を1冊読むのも骨が折れるのに、この入門書はサクサク読める。
 対象がこれから古典を学ぶ中高生向けだと思うので平易に書かれているのだけれど、その中でも『漢字しかない中国で、日常に起きたことをそのまま表現する日記のような文章を書き記すのは大変なことで、どうしても表現が「白髪三千丈」みたいに極端になってしまう』など、言葉の違いが根本的な考え方の違いに繋がるような本質的な筆者の指摘が新鮮だ。
 古典で和歌がらみになると途端に点が取れなくなった自分は、和歌の根本的な意義である「人間の感情を言語化すること」が当時できなかったんだろう。「あはれ」と「をかし」の訳し方は難しいんだと言ってくれる。だから、たくさん古典の文章を読んで学ぼう、と。10代の時に悩んだことに対して「難しいんだからわかんなくても仕方がない」と言ってくれることは、なんと安心することか?
「感情を学ぶこと、教えること」は、今の教育における最大の欠如だと思う。道徳教育でできるとも思えない。

 この本に10代で出会うことは自分の当時の生活を想像すれば不可能だと思う。でも、10代の時に知っていれば、もっと違った古典に対しての接し方があったのではないかと思ったりもする。自分が国語の教師だったら、生徒に読んでもらいたいと思う。
 橋本治が学術的な文庫や新書で繰り返し言っているのは、『「わかる」ということは「わからない」を経ないと経験できない。だから、「わからない」ことに出会ったら、怖がらずに向き合おう』ということで、こういうことがわかるのは、「わからない」状態で置き去りにしたことを後年になって振り返って初めて味わえるものなのだと思う。「後悔先に立たず」。だからこそ、同時代的な偶然な出会いの一回性に意味が生まれるのではないか?

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2013年12月31日

Posted by ブクログ

日本語の成り立ちについて言及してあり、なるほどと思った。
物事を大づかみにとらえ、その骨格を浮き彫りにするのが上手い人。
ほとんどの内容について納得したが、『源氏物語』の「いとやむごとなき際にはあらぬが」の「が」を同格でなく逆説でとらえているのが気になった。

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2013年11月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

これで古典が分かったか?と言われれば「?」ではあるが、
古典の成り立ち、日本語の成り立ちなど、
文学史の要素が大きい本であった。

奈良時代には中国から伝来した『漢字』のみで文章、つまり漢文を書かなければならなくて、
古事記や日本書紀は漢字のみ、万葉集も万葉がなが使われていたが、漢字のみ。
どうしても堅苦しい感じが否めないし、読みづらい。

そこから、万葉がなが変化していく中でひらがなが生まれ、
分かりづらい漢文を読みやすくしようと、当時の学生が漢字の一部分を切り取ったことでカタカナが生まれ、
それを補助的に用いた漢文書き下し文が生まれた。

平安時代には漢文だけの文章とひらがなだけの文章が対立して、
公式文書は漢文じゃないとダメ!とか、漢文は男だけが使っていいものだ、女はひらがなで書いてろ、とか、今思えば不毛、しかし当時の人々にとっては確固たる常識だった概念があった。
役人の文章が分けわからないのは、古くからのことだったんだな・・・と思う。
(公式文書が漢文じゃないといけないというのは、おそらく外交のこともあっただろうが)

そんな中で、男なのに女として『ひらがな』を用いて土佐日記を書いた紀貫之や、
女なのに漢文の教養があるなんて変人だ、と思われても気にしないあけっぴろげな清少納言は、
度胸があるなぁ・・・感心する。

その後、鎌倉時代になって平家物語や方丈記、徒然草などが代表的な和漢混淆文が生まれ、
現代に通じる日本語の基礎ができた。

私がこうやって当たり前のように漢字とひらがなを使って文章を書くことができているのは、
そういった経緯があったからこそ成り立っているんだな、と思う。

漢字のみだったら分かりづらいのは当然であるが、かといって、

ひらがなのみでぶんしょうをかけばわかりやすいといえばそうでもない
なぜならくとうてんももとはかんぶんをよむためのほじょとしてつかわれていたからひらがなにくとうてんのがいねんはないのだ

過去の人々の工夫があってこそ、いまの日本語が成立して、
漢字とひらがな、そしてカタカナを、程よいバランスで用いながら文章を書くことができている。
ありがたいことだ。


古典を学ぶ・読むことは、日本語のルーツを知ること。
そして、今の日本語が出来るまで、人々はどのように世界を表現してきたのかを感じることだ。

私がもっと早い段階に読書に興味を持ち、
この本を読んでいたら、古典をワクワクしながら楽しんでいたことだろう。
まぁ、今からでも遅いということはないし、もっと読もうと思うのだが。


平安時代が目と目を合わせただけでセックスをしたのと同じ、ととらえられていたのは驚きだ。
だから、文章が果たす役割は大きくなり、和歌という文化が発達して、凄まじい表現力を誰もが持っていたのだろう。
当時の「人を好きになる」と、現代の「人を好きになる」を比較して考えたときに、
相手に思いを伝える努力は、平安時代のほうが大きかったのかもしれない。


源実朝、青年ウラベ・カネヨシ君の話はぷぷっと笑ってしまった。
あまり今の若者と変わらないんだなと思ったと同時に、
しかしそれでも、周りに屈することなく突き進む精神は、私に今の日本に必要であろう。


これから生きていく上で、
そこらじゅうに存在する綺麗なものに目を向けて、同時に古典を読んで、
この世界を楽しんでいきたい。

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2013年11月13日

Posted by ブクログ

これで古典がよくわかったかは???だけど、「和漢混淆文とはなんで、それはどのようにしてうまれたか」ということは何となく理解できた。「古典をわかるうえで必要なのは教養をつけるためではなく、行き当たりばったりで"へ〜"と言って感心していることだ」というのは共感できた。月を見てせつないな、花を見て綺麗だな、と自分の中に眠っている『感情の豊かさ』をしっかりみつめていけたらいいな。

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2022年10月22日

Posted by ブクログ

今年の1月に亡くなった橋本治を偲んで。
平安時代の文章から、鎌倉時代の文章へと、日本語がどのように変遷していったのか、その経緯がたいへんによくわかる。すなわち、それが「古典がよくわかる」ことの「肝」だったのだ。

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2019年03月12日

Posted by ブクログ

古典における、平安偏重傾向は、明治の王政復古のせい。事大主義、と。

平安貴族には、文化のみある。政治はほぼない。関心事は恋と人事異動とお祭り。現代の政治家は、女と金と選挙、とか。月並みな比較をしてみた。
言語の成り立ちと発展から、それぞれの有名古典の成り立ちを見ていくという試み

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2019年03月17日

Posted by ブクログ

古典を読む/勉強する取っ掛かりには良いかも。

古典に興味のないむきにも、分かりやすく説明するとはどういうことなのか知ることが出来て良い。

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2013年06月05日

Posted by ブクログ

古典を読んでみようと思い立ったので、手にとってみた本。

古典作品とその成立の過程が平易に語られる。
どの作品も面白そう。
源実朝の和歌が紹介されていた。
共感できるもので、興味が湧いた。

古典をまず、土佐日記から読んでみたくなった。

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2013年04月24日

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