橋本治のレビュー一覧
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ネタバレ読む人を選ぶ本である。五十歳代の男性なら、共感できるところが多いだろう。対談集だが、どちらかと言えば、橋本治が主で、内田樹が控えに回っているところが面白い。内田樹といえば、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、次々と本を出しまくっている超売れっ子である。
一方、橋本治はといえば、「背中の銀杏が泣いている。止めてくれるなおっかさん。」のポスターで売り出したことを知っている人が今どれだけいるだろうか。それよりも、『桃尻娘』や、その桃尻語で訳した『枕草子』に始まる日本の古典の現代語訳シリーズのほうが今では有名かも知れない。美術、歌舞伎にも造詣が深いマルチ・タレントとして異彩を放つ。
ではあるが、橋本の本はま -
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橋本治の言うことに納得させられてしまうことが多いのだが、これもそうだった。
個々の事柄はすでに知っていることでも(実際この本でも、日本書紀と続日本紀という基本中の基本文献に拠って論を展開している)、ちょっと違う視点から照射してみせることで、目から鱗の思いを抱かせる。
女帝は中継ぎなんかじゃない論は結構あるが、天皇の役割を果たせるからこそ中継ぎとして登用されたんだ、と言われて、確かに…(本命が若年で役割を果たせないからすぐに即位させられなかったんだもんね)。
蘇我氏の力が最大の時になぜ蘇我氏と血縁のない舒明の即位を認めたかとか、なぜ天智がなかなか天皇にならなかったかとか、通説などではモヤモヤして -
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あとがきを読んで驚いた。
橋本さん、面倒な病気で長く患っているらしい。
地に足のついた並じゃない知性とまっとうさをもった、
日本の知的財産と言ってもイイ人が
「気力が続かなくて物が書けない」というのは尋常じゃない。
その中でぽつぽつと書きすすめたこの本は、分量としては少ないが、
橋本治らしく、たくさんの示唆と、物を考え直すきっかけに溢れている。
「美人は権利になった」
「日本は結論ありきでスタートし、どうするの?ではなくどうなるの?で考える」
「民主主義という究極の政治形態が行き渡り、
何事も簡単に決まらないのは当然の流れ。
力でねじ伏せるこれまでの長い歴史の前提は崩れ、
強いリーダー不在→待 -
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橋本治は実ははじめて読んだのだけれど、すっごく読みやすくて、おもしろかった。
敗戦後から60年代まで、三人の娘と父親、ごく一般的な家族が、昭和の歴史とともに描かれていて、読みごたえがあった。「公職追放」とかはじめて知った。そういう知らなかった歴史や、あと、大学紛争とかなんとなく知ってる歴史についてもすごく興味深く読んだ。
年代的には、娘たちがわたしの親世代くらいなんだろうけど、ここで描かれている昭和の家族の感じがなんだかすごくよくわかって。父親との距離とか、親戚との関係とか。今とは家族ってものが全然違うような気もするのだけれど。今の若い人が読んだらどう思うのかなあ。
戦後の家族とはいっても、三 -
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「自分の頭でじぶんなりに考えるということが結構難しい、何故なら人間が他人に育てられるからである。」
自分で考えないことは孤独でない、自分の事をかんがえろといわれて”自分のことを考える人”は孤独である。自分を考える為には全体から孤独になる(切り離す)覚悟が必要。
「人の理解というものは、あるとき一挙に理解へと至る。」
「個性とは一般性の先で破綻するという形でしか訪れない」
「破綻はいきなりやってくるものではなく、じわじわと湧き出るものでもある」
「一般的な達成を得てしまった人間は、いっぺんその達成をぶち壊さなければ個性への道を辿れない。」
「私と他人、私と私たちの問題では、メビウスの -
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「小林秀雄の恵み」同様、なかなか、難しい課題に、橋本は、良く挑戦したものである。それにしても、良くも、これ程、膨大な三島の著作を、読み返したものである。こちらは、全部が、全部、読破したモノではないから、その論旨が、果たして、どうなのかは、自分が読んだことのある著作に関しては、ある程度、理解出来るが、そうでない部分は、とりわけ、同性愛的な部分に関しては、確固たる意見が持てないのも、事実である。その辺が消化不良を犯すことになるが、「戦後」という時代を考え直す時には、どうしても、この人物の著作と死に様が、余りにショッキングだったので、避けては通ることが出来ないことも、又、事実であろう。
未だ、学生だ -
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著者の「大江戸歌舞伎はこんなもの」は以前読んで、随分感心した。
期待大で、手に取る。
本書の最初は仮名手本忠臣蔵。こんな面白い本って暫く無かったと思う。官能的と云っていいほど脳味噌に刺激を受ける。昔の日本語は、ともかくつながっていれば良い、とか忠臣蔵の主題は仇討ではなく、お軽勘平のように自ら悲劇を呼んでしまう傍系の人々だとか、驚かされる記述満載。こういう文章が書きたいという著者は、天守物語を薩摩琵琶の語りのための台本(?)を書いていたりもする。この人でなきゃ、これほど浄瑠璃を語れないだろう。
しかし、義経千本桜、菅原伝授手習鑑と進んで、当方の頭の回路がショートして、しんどくなった。
たぶん、