橋本治のレビュー一覧
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何とも不思議な本だ。読み始めの頃は『経済に明るくないないならこんな本書かなきゃいいのに』と感じたのだが、次第にこの著者は経済について書きたい訳ではないことがわかってきた。経済成長を前提とした社会システムや人々の思考様式では地球も経済活動ももたなくなっていて、ではどういう世の中にしたらいいのかを考えるために本でも読んでみましょうよ、ということらしい。特に共感を覚えたのは、生産量が地球に降り注ぐ太陽エネルギー量に制約される農業こそが経済活動のペースを決める基準となるべき、という点。sustainabilityの本質は農業だったのだ。
ではどうしたらいいのか、という疑問には『本を読んで考えろ』としか -
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どうして古典文学をむずかしいと感じてしまうのか、その理由を解き明かすことで、古典にアプローチする方法を語った本です。
漢字かな交じりの日本語が、鎌倉時代、とくに兼好の『徒然草』あたりになってはじめて生まれたと、著者はいいます。それまでの日本語は、男性のための漢文と、女性のためのひらがなに、はっきりと区別されていました。漢文は「教養」であり、ひらがなは「感情を伝えるもの」であって、このニつは明確に分けられていました。日本人がふつうに「日本語の文章」を書き、それがじゅうぶんに自分の考えを伝えられるという事態は、まだ生まれていなかったのです。『源氏物語』に、玉蔓が物語を読んでいるのを見た源氏がフィ -
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「貧乏は正しい!」シリーズ(全5巻、小学館文庫)の続編とも言えるような内容の本です。
バブル後の不況を「失われた十年」と呼ぶことがあります。しかしこの言葉には、本来あるべきものが「失われた」のであり、どこかに「奪って行った」犯人がいるかのようなニュアンスがあります。著者は、そうした考え方そのものを批判します。
これまで多くの人びとは、「カイシャ」の中で生きていくことを当たり前のように考えていました。彼らは往々にして、同僚や上司という「身内」だけしか見ておらず、「カイシャ」の外にいる「他者」に目を向けようとしません。著者は、グローバル化によって「カイシャ」の外に貧困が広がりつつあるにもかかわ -
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同年代、というか、僕より年下の小説家さんで、津村記久子さんという人がいます。
もう6年くらい前に友人に本を勧められたのがきっかけで、新刊が出るたびに愉しみに読んでいる、大好きな小説家さんです。
その津村記久子さんが、橋本治さんの「人はなぜ「美しい」がわかるのか」について、
「最近読んでとても面白かった」と昨年おっしゃっておられたのがきっかけで、この本、読んでみました。
橋本治さんの、2014年の本。
いわゆる新書本ですね。
表題通り、どうして「美しい」という想いをひとは抱くのだろうか?というのがお話のはじまりです。
なんですが…まあ、65歳も過ぎて、橋本治さん、知とことばの地平線を自由わがま -
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13人の映画女優の魅力を語る映画評。
読み終わったあとは、橋本説にそって取り上げた映画を観たいと思う気持ちがわき上がってくる。
もちろん橋本説は映画評のひとつであり、それだけが正しい見方とはならないんだけど、きっと映画を観ればそれぞれのヒロインの美しさが感じられ、それはこれまでに語ってこられた魅力とは違っていて、「美しい女性」というものの存在がオッサンである自分にも理解出来るんじゃないのかと思えるんだな。
本当のところは知らないけれど、映画というものには、監督にも女優にも自分の背景を込めた思惑があって、だからこの映画を作った、この映画に出演したという「物語」を著者は書く。
だから本書は橋本治が -
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タイトルからすると「読書のススメ」のようにも思えるが、内容としては橋本さんの思想を数年前の経済に当てはめたもの。「不況」を議論の端緒として「読書」をはじめとした教養論へと発展していく。
現状、とくに政治や経済に対するアンチテーゼを産業の発展や歴史を絡めて論じている。よくありがちな「このままいくとヤバイよ」という指摘が主だったものだが、その過程で今の世の中の仕組みを解りやすく説明してくれているので、経済至上主義を肯定するにしても否定するにしても非常に有益な知識を得られる。出版時の2009年の状況よりも、選択肢がある程度変化している2014年現在のほうが実感を持ちやすいように思う。
次々 -
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読書録「「わからないという」方法」4
著者 橋本治
出版 集英社
p99より引用
“そして、初心者にとってなにが一番いやか
と言えば、「基礎を確実にマスターする」の
間のチンタラした時間である。”
目次より抜粋引用
“「わからない」は根性である
「わからない」という方法
なんにも知らないバカはこんなことをする
知性する身体”
小説・評論・演出など多方面で活躍する著者
による、挫折の乗り越え方や物事の上達に対す
る方法を記した一冊。
わからないことを知ることから身体を使って
覚えることについてまで、著者の実地をもとに
書かれています。
上記の引用は、わかることと納得すること -
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著書すべてを読んだわけではないが、本書は橋本さんの思想エッセンスがすべて盛り込まれているのではないかと思えるほどの完成度。集英社新書のシリーズも良かったが、本書の守備範囲のほうがより幅広い。
世の中、あるいは自分に何かしらの「ひっかかり」があるとき、橋本さんの考え方はとりあえずの解決を導く「とっかかり」となる。あくまでも「とっかかり」であって、そこから先は個人の選択肢が残されている。良質な思想とはそういうものなのだろう。
橋本さんの文章は突然自分の中に入ってきて、次の瞬間に考え方のベクトルが大きく動く。それほどの威力がある言葉を持つ思想家はそれほど多くはない。各著書がすべて有益な文章 -
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上司が思いつきでものをいうのは、故郷をなつかしむひとが故郷からやってきた若者の改革プランにケチをつけるのに似ていると、著者は卓抜な比喩で説明します。上司は「現場」から離れてしまっているにもかかわらず、会社が現場を収奪する「上から下へ」の流れはあっても、「下から上へ」の流れがなくなってしまったことが、思いつきでものをいう上司の出現の理由だと述べられます。
本書の最後には、儒教的伝統と民主主義の葛藤のなかに置かれている日本の社会状況について解説がなされていますが、もうすこしていねいに説明してほしいという気もしました。
冒頭に紹介されている、「よく考える」と「ちょっと考える」のちがいについての考 -
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第1章は警句集。第2章以下はエッセイという構成です。
「フェリーニと『サテリコン』」というエッセイでは、フェデリコ・フェリーニの映画『サテリコン』について語られています。この映画でフェリーニが示しているのは「青春あるいは若さというものはおろかな時期だけれども、自分が青春物語の主人公だと思ってしまった青年にはそのことが決して自覚されず、ただただ自分を取り巻くものに翻弄され、そのことをふっ切った途端に青春は終わり、終わった青春の先にはなにもない」ということだと著者は言います。
この残酷な認識をまだ獲得した「大人」は、この映画の豪華絢爛な世界を「自分のいる現実というものがじつはそういうものである