1.私たちの社会は、明るく開けた「高原社会」へと軟着陸しつつある
・私たちの社会は、古代以来、人類が長らく夢に見続けた「物質的不足の解消」という宿願をほぼ実現しつつある。長らく続けた上昇の末に緩やかに成長率を低下させている現在の状況をメタファーとして表現すれば、それは「高原への軟着陸」として言い表せる
・緩やかに高度を落としつつ「高原」へとアプローチする現在の状況は、しばしば「低成長」「停滞」「衰退」という言葉で表現されるが、このようなネガティブな表現で現在の状況を形容するのは極めて不適切
・19世紀半ば以降、私たちを苛みつづけた「無限の上昇・拡大・成長」という強迫から解放された社会を、どのようにしてより豊かで瑞々しいものにするかを構想し、活動することが私たちに残された次の使命
2、高原社会での課題は「エコノミーにヒューマニティを回復させる」こと
・さまざまな制度疲労が指摘される資本主義だが、これを全否定して新しいシステムを求めれば「観念の虜」に陥る危険性がある
・むしろ、すでに社会にインストールされている資本主義・市場原理の仕組みを「ハックする」ことでこれを乗っ取ることを考えるべき
・その際、経済性原理=エコノミーの中に人間性原理=ヒューマニティを稼働ロジックとして埋め込むこと、社会という集積回路においてプロセッサの役割を果たす個人の演算にヒューマニティをファクターとして組み込むことが必要
3.実現のカギとなるのが「人間性に根ざした衝動」に基づいた労働と消費
・経済合理性にハックされた思考・行動様式を、「喜怒哀楽に基づく衝動」によって再びハックし返すことで、経済合理性だけに頼っていては解けない問題の解決、あるいは実現できない構想の実現を図る
・その際、「未来のためにいまを犠牲にする」という手段主義的=インストルメンタルな思考・行動様式から、「永遠に循環する“いま”を豊かに瑞々しく生ききる」という自己充足的=コンサマトリーな思考・行動様式への転換が必要
・衝動による経済活動を取り戻すことで、過度の経済合理性の追求ゆえに停滞してしまった社会イノベーションをふたたび活性化する
4.実現のためには教育・福祉・税制等の社会基盤のアップデートが求められる
・衝動に根ざしたコンサマトリーな経済活動を促進するために、誰もが安心して「夢中になれる仕事」を探し、取り組むための補償となるユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)の導入が必須
・物質的算出の量によって経済状況を把握するGDPが無効化しつつあるなか、高原社会の健全性・豊かさを計量するための複数の指標、ソーシャル・バランス・スコアカードを導入する
・物質的不足を解消して文明化を推し進めるための人材を育てるために構築された現在の教育制度を抜本的に見直し、自分の衝動に気づき、行動し、仲間と協働できる人材を育成するための教育制度に刷新する
・上記のUBIや教育施策を実践するための税制度をより高負担・高福祉型に転換し、 富のダイナミックな再分配を図る
社会民主主義の方向へ大きく社会ビジョンをシフトすべき時
かつて社会に存在した数多くの問題を市場原理が「経済合理性」に基づいて解決した結果、 現在の社会には「経済合理性限界曲線」の外側にある問題が残ることになりました。このような問題に対処するためには経済合理性を超えるモチベーションが必要だと指摘しましたが、 これらの問題が「経済合理性限界曲線」の外側にある以上、対処しようとする人や組織は必然的に大きな不確実性とリスクを背負うことになります。このとき「衝動」に基づいてその問題に取り組んだものの、結局はうまくいかずに失敗してしまった、という人が次々と経済的に破綻してしまえば、そのような「衝動」に根ざした活動をする人は誰もいなくなってしまうでしょう。経済合理性限界曲線の外側にある問題の解決を個人個人の「そうせずにはいられない」という「衝動」によって駆動しようとするのであれば、経済的に破綻してしまう心配のない社会的セキュリティネットが必要になります。
このようにつらつらと考えてみれば、一つの結論に到達せざるを得ません。それは、これからやってくる高原社会に残存する「希少かつ重大な問題」を解決していくために、これまで私たちが依拠していた新自由主義・市場万能主義から、より社会民主主義的な方向へと舵を切らざるを得ない、ということです。
先述した通り、社会に多数の物質的問題が残存していた時代にあって、市場原理は極めて効率的に、それらの問題を解消することに貢献しました。しかし現在、私たちの社会に残存する問題の多くは、もはや経済合理性だけに頼っていたのでは解決できないのです。
経済合理性のハードルを軽々と跳躍して飛び越えるような人材が、不当に不利益を被らないような社会基盤の整備がどうしても必要なのだということを考えたとき、私たちは、これまでのアメリカによって象徴的に示されていた新自由主義・市場万能主義の社会ビジョンから、北欧型のそれに近いような社会民主主義の方向へと、大きく社会ビジョンをシフトするべき時にきていると思います。
電通戦略十訓
1.もっと使わせろ
2.捨てさせろ
3.無駄使いさせろ
4.季節を忘れさせろ
5.贈り物をさせろ
6.組み合わせで買わせろ
7.きっかけを投じろ
8.流行遅れにさせろ
9.気安く買わせろ
10. 混乱をつくり出せ
「必要」と「奢侈」のあいだの答え
ここで一旦、整理してみましょう。ポイントは次の三つです。
1.今日の先進国では、安全で快適に生きるための物質的生活基盤の整備という課題をあらかた解決した上、これ以上の人口増大も期待できない「高原への軟着陸」へのフェーズに入りつつあり、必然的に「需要の飽和」が発生している。
2.ビジネスが「問題の発見」と「問題の解決」で成り立っている以上、問題の多くが解決してしまった「需要飽和社会」では経済の停滞、利益率の低下が起き、それが先進国に共通して見られるGDPの低成長率、極端な低金利に表れている。
3.これを避けるために「不必要な消費」を誘起すると、それは容易に「奢侈」に接続されてしまうが、そのような消費のあり方は「自然・環境・資源」の問題がより重要性を増している現在、倫理的に許されるものではなく、物理的にもサステナブルでない。
大きく整理すれば、その活動は、第二章の冒頭で示した次の二点になります。
1.社会的課題の解決(ソーシャルイノベーションの実現):経済合理性限界曲線の外側にある未解決の問題を解く
2.文化的価値の創出(カルチュラルクリエーションの実践):高原社会を「生きるに値する社会」にするモノ・コトを生み出す
筆者は2013年に上梓した著書「世界でもっともイノベーティブな組織の作り方」を執筆する際、スティーブ・ウォズニアックをはじめとして、世界中でイノベーターとして高く評価されている人物、およそ70人にインタビューを行いました。その際、判明したのは「イノベーションを起こそうとしてイノベーションを起こした人はいない」という、半ば喜劇的な事実でした。彼らは「イノベーションを起こそう」というモチベーションによって仕事に取り組んだのではなく「この人たちをなんとか助けたい!」「これが実現できたらスゴい!」 という衝動に駆られて、その仕事に取り組んだのです。
ここでポイントとなるのは、彼らイノベーターたちが「こうすれば儲かる」という経済合理的な目論見だけによってではなく、「これを放ってはおけない」「これをやらずには生きられない」という強い衝動・・・・、それはしばしばアーティストにも共通して見られるものですが…………によって、それらのイノベーションを実現させているということです。
過去のイノベーションを調べてみれば、核となるアイデアの発芽したポイントに、経済合理性を超えた「衝動」が必ずといってよいほどに観察されることが確認できます。
一方、今日のビジネスの世界を顧みてみれば、新規事業の検討に際し、徹底して「数学的期待値」や「数量化された利得に数量化された確率をかけた加重平均」が意思決定の根拠として求められていることが思い出されます。しかも、一般にエリートと言われる、高い教育水準を受けている人ほど、この手のプロトコルに強く縛られてしまう傾向があります。これは社会資源の活用という観点から考えると恐ろしい機会費用です。
誤解のないようにしておきたいのですが、私はなにもこのようなスキルを否定しているわけではありません。真に問題なのは、本来は「主」であるはずの「人間性に根ざした衝動」が本来は 「従」であるはずの「合理性を検証するスキル」にハックされ、主従関係が逆転してしまっている、ということです。「衝動という主人」が「スキルという家来」を使いこなすことで人類は進化させてきたわけですが、この関係が逆転して「スキルが主人になって衝動を圧殺する」状態になってしまっている、というのがいまの経済システムの問題です。 この主従関係を再度、逆転して「衝動にシステムをリ・ハックさせる」ことが求められます。
すでに需要・空間・人口という三つの有限性を抱えている世界において、大きな経済的値を創出しようとすれば、それは「文化的価値」という方向をおいて他にないというのが私の考え方です。文明化がすでに終了した世界にあって、これ以上の過剰な文明化が富を生み出すことはありません。
一方で「文化的価値の創出」についてはその限りではありません。意味的価値には有限性がありませんから、無限の価値を生み出すことがこれからも可能です。そしてその価値は資源や環境といった有限性の問題から切り離されているのです。 文明化の終了した世界にあって、人々が人生に求めるのはコンサマトリーな喜びであり文化的豊かさであると考えれば、これからの価値創出は「文明的な豊かさ」から「文化的な豊かさ」へとシフトせざるを得なくなります。
キャリア形成のきっかけとなるもの
結果的に成功した人は一体どのようにキャリア戦略を考え、どのようにそれを実行しているのか? この論点について初めて本格的な研究を行ったスタンフォード大学の教育学・心理学の教授であるジョン・クランボルツは、アメリカのビジネスマン数百人を対象に調査を行い、結果的に成功した人たちのキャリア形成のきっかけは、80%が「偶然」であるということを明らかにしました。彼らの80%がキャリアプランをもっていなかった、というわけではありません。ただ、当初のキャリアプラン通りにはいかないさまざまな偶然が重なり、結果的には世間から「成功者」とみなされる位置にたどり着いたということです。
クランボルツは、この調査結果をもとに、キャリアは偶発的に生成される以上、中長期的なゴールを設定して頑張るのはむしろ危険であり、努力はむしろ「いい偶然」を招き寄せるための計画と習慣にこそ向けられるべきだと主張し、それらの論考を「計画された偶発性理解=プランド・ハップスタンス・セオリー」という理論にまとめました。
クランボルツによれば、我々のキャリアは用意周到に計画できるものではなく、予期でき ない偶発的な出来事によって決定されます。それでは、キャリア形成につながるような「良い偶然」を引き起こすためには、どのような要件が求められるのでしょうか? まずハップスタンス・セオリーの提唱者であるクランボルツ自身が指摘したポイントを挙げてみましょう。
・好奇心=自分の専門分野だけでなく、いろいろな分野に視野を広げ、関心をもつことでキャリアの機会が増える
・粘り強さ=最初はうまくいかなくても粘り強く続けることで、偶然の出来事、出会いが起こり、新たな展開の可能性が増える
・柔軟性=状況は常に変化する。一度決めたことでも状況に応じて柔軟に対応することでチャンスをつかむことができる
・楽観性=意に沿わない異動や逆境なども、自分が成長する機会になるかもしれないとポジティブに捉えることでキャリアを広げられる
・リスクテーク=未知なことへのチャレンジには、失敗やうまくいかないことが起きるのは当たり前。積極的にリスクをとることでチャンスを得られる