山口周のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本のテーマは【はじめに】の山口氏の文章に要約されていると思う。
p7
哲学は私たちが当たり前に受け入れているものに対して批判的な眼差しを向け、「なぜ、そうなのか」「なぜ、他ではないのか」を問いかけさせます。つまり前提を疑い、価値を多元的に吟味する学問です。
歴史学は私たちに「それはどこから来て、どこへ向かうのか」と問いかけることを教えます。人類が過去に何度も同じ失敗を繰り返してきたことを示し、私たちがいま置かれている局面を、長い時間のスケールのなかに位置づけてくれます。
文学は私たちに「人はなぜ、そのように感じ、行動するのか」を描く想像力を与えてく
れます。合理性だけでは説明できない欲望、恐れ、嫉妬、愛、希望。そうした人間の深層に触れさせてくれます。
これらはすべて、世界を理解するための「見取り図」を更新する営みです。
私は、人文科学を「教養」や「嗜み」と呼ぶよりも、むしろOS(オペレーティング・システム)だと考えています。どんなアプリケーション(スキル)を動かすか以前に、どのOSで世界を見ているかが、意思決定の質を決めてしまうからです。
同じデータを見ても、同じ出来事に直面しても、人によって洞察が分かれるのはなぜなのか?その差を生むのは、能力の差ではなく、「世界の切り取り方」の差です。
【以下、抜粋。】
p42
オックスフォード大学の看板学部、代表的な学位コースはPPE(Philosophy, Politics and Economics)といって、哲学・政治学・経済学という三つの分野を並行して学ぶことで人間や社会を深く理解することをめざすプログラムになっている。(略)ハーバード大学にあるのは、実はリベラルアーツ学部のみで、経営・法律・医学などの専門分野は大学院で学びます。専門性を身につけるためには、ベースとして文理融合の多分野にわたる知識が必要で、社会のリーダー候補、いわゆるエリートと呼ばれる人たちは、専門性だけに偏らない、幅広い知識や視野を持たなければならないという思想がある。
p73
特に大手企業の採用基準が、高度経済成長の時代とほとんど変わってないということです。未だに工業化社会において求められる人材像を求めている。代表例は、「与えられた問題に対して実直に正解を出せる能力」です。そういう能力に長けた人材を選ぶうえでのプリ・スクリーニングの機能を果たしたのが大学入試でした。(略)ところが、いままさに技術革新が起きています。AIの費用が安くなり、与えられた問題を解決するコストが下がると、その能力は過剰供給されるので、過去の歴史のパターンから考えると、価値が下がるはずなんです。
過去の歴史から見て、過剰供給されると何が起こるかというと、ボトルネックが隣の工程に移動します。(略)そう考えると、正解を出す能力が上がったいま、ボトルネックとなっているのは、次の2つの能力です。
「おもしろい問いを立てる」能力
「出した解を実行する」能力
p123
「技術革新が、社会のゲームルールを変える」ということについて詳しく話します。
単に新しい道具が増えて便利になる、といったレベルの話ではなくて。技術が変わることで社会の「主要な生産体制」が根底から変わり、その結果、それまで「正解」だと言じられていた行動原理や倫理が、新しい環境では致命的なエラー、つまり「バグ」になってし
まう。そういう構造的な変化が起こります。
歴史を振り返ると分かりやすいのですが、社会の「規範」や「道徳的価値」というのは、絶対普遍のものではなく、実はその時代の「生産体制」に都合が良いように後付けで作られている側面が非常に強いんです。
たとえば、産業革命によって人々が工場で働くようになったとき、規範もまた大きく書き換えられました。生活の場と労働の場が切り離されたことで、「男性は外で仕事、女性は家で家事・育児」という役割規範が新しくできあがりました。それに合わせて母親像も大きく変わったのがこの時代です。産業革命以前、農村や手工業者の家庭では家族全員が生産活動に携わっており、母親もまた家事と並行して農作業や家業を担う存在でした。子育ては家族全体、あるいは地域共同体で分担するものであり、「母親が子供につきっきりで育てる」「子供の教育は母親の仕事」という発想自体がそもそも存在しなかったのです。
しかし、核家族化が進む中で、「母親が愛情を持って子供と向き合い、献身的に育てることこそが正しい」という新しい規範が社会にインストールされていきました。「母性愛は本能である」という考え方も、ヨーロッパにおいてはこの時代以降意図的に作られたと言われています。日本においては、明治期の近代化と核家族化の進展の中で「良妻賢母」という規範が国家主導で形成されていったとされており、戦後さらに核家族化が加速する中で「母親が子育ての中心を担う」という規範が強化されていったと考えられています。
つまり、私たちが「当たり前」だと思っている規範の多くは、ある特定の時代・特定の生産体制のもとで「都合よく」形成されたものにすぎないのです。(略)いままで歴史で技術革新があったのに規範が変化しなかった例はないのです。だから今回も変わることはほぼ疑いがない。
p200
ヨハネの福音書の冒頭に「初めに言葉があった」、「すべては言葉によってなった」と書かれています。あの「言葉」というのは、もともとのギリシャ語だと「logos (ロゴス)」で、英語の「logic(ロジック)」の語源になった言葉だから、「logos」には「言葉」以外にも「論理」とか「理性」といった意味がある。日本語に訳すときになかなか苦労したと思うんですけど、日本人からすると「言葉」と「理性」というものがくっついてるってこと自体が、かなり違和感があるわけです。
でも、初めにlogosがあって、logosによってすべてがなったのであれば、logosによって万物は秩序づけられているわけで、それは神の似姿として作られた人間の理性で解明することができるはず、という思考が彼らのベースにはあるんです。
p230
「未来は予測できない」ということ。スタートアップは事業計画書を書いて売上目標や成長性を示す必要がありますが、数年後に急成長するという前提からバックキャストでつくる(未来のある時点から逆算して計画を立てる)のが基本です。
僕は、こうした資金調達のやり方は、欧米のような「理性に対する信仰」が暴走している状態だと思っていて。そもそも未来を予測することなんて、歴史を振り返っても、いまの社会状況を見ても、できていないのは明らかですよね。自然現象とは異なり、人間社会や歴史には厳密な法則性が存在しないので、未来を計算によって正確に予測することは本質的に不可能なんです。(略)
僕たちが直面している問題の根幹は、「企業のパフォーマンスはすべて数字で示せるはずだ」という強い思い込みにあります。いまのビジネス界を支配しているのは、デカルトやカントの時代から地続きの、いわば「300年前の古い哲学」なんですよね。それは、「世界は客観的に計測可能である」という前提に立ち、株価や離職率、果てはソーシャルインパクトまでも数字で説明しようとする「定量化至上主義」です。しかし、この古い思考基盤には、決定的な「ブラインドスポット(死角)」が存在します。(略)「人間の仕事」とは、不確実な未来を予測することではありません。計算や論理では導き出せない理想の「関係性」を自ら決定し、それを立ち上げるための「意志」を持つことです。「情勢が悪化しそうだから撤退する(予測)」のではなく、「悪化しそうだが、われわれは友好的な友人でありたい(意志)」と決めること。この矛盾を引き受け、決着させることこそが、AIにはできない経営者の責任だと僕は思っています。
p233
僕が歴史の勉強から導き出した仮説の一つに、「ホモ・サピエンスは、基本的に儀式をしないと集団での合意形成ができない」というものがあります。人類がもっともコストをかけてきたのは、儀式、コンセンサスをとる手続きだと思っています。
たとえば、古代中国では「龍の甲羅を焼いて、ヒビの入り方で方針を決める」という儀式を行っていました。これはたとえですけど「右にヒビが入ったら、戦争する」と決めておいて、戦争したかったら右にヒビが入るまで何度もやり直していたんですよ。(略)
現代人からすると、そんなのバカらしいと感じるじゃないですか。だけど、スタートアップが資金調達のために事業計画書を出して合意形成する「儀式」もまったく同じだと思っています。儀式でコンセンサスが取れても、未来が予測できているわけではない。
p238
数字というのは非常に具体的なものだと思われていますが、実は最も抽象的な表現方法なんです。学問の中で数学が最も抽象的であるように、数字の本質はその抽象性にこそあります。近代以降、民主主義と資本主義の登場によって、人間は数百人単位ではなく、数百万、数千万人単位で合意形成をしなければならない時代に突入した。そのときに数字の抽象性は非常に役に立った。社会階層や文化圏を超えて、抽象的な領域で合意形成をすることを可能にしたんですよね。しかし、いま僕たちが直面している問題の多くは、その抽象的な合意形成では乗り越えられないものばかりです。(略)数字に表れないものこそが本質的な価値を持っている。それなのにまた数字で合意形成しようとする慣習にのっとってしまうと、解決できないままになってしまう。
ソーシャルインパクト(ビジネスや公益活動を通じて社会に与える影響)がその典型です。
抽象性で解決できなかったことを具体的にして解決していこうという動きのはずなのに、インパクト投資の計測という形で数字化することで、また抽象性の世界に押し戻してしまっている。これは愚かだと思っています。そしてなぜこうなってしまうかというと、僕たちが合意形成の「儀式」をアップデートできないからなんですよね。 -
Posted by ブクログ
コテンラジオで深井さんが初期の頃に説明していて感激した、「歴史を学ぶ意義」を改めて文字化してくれていて、リベラルアーツ大学で歴史学を専攻した自分のやってきたことの意味を確認でき、有難かった。メタ認知、実際大学時代からできるようになった実感がとてもあった。最後の方では、深井さんと山口周さんが考える日本のこれからの話が興味深かった。政治の世界でも、もっとこうした人文知を柱の一つに置き、形だけ導入して失敗してきた欧米化に対するカウンターとしての「日本独自の」政策や動きをしていくイニシアチブが必要なのではないかと思った。(左翼は反日といった、誤ったプロパガンダを広めて金稼ぎするインフルエンサーがネット上に存在する以上やらざるを得ないと感じる)
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Posted by ブクログ
読み始めたきっかけ
コテンラジオ、資本主義から離れたい、
元々歴史も哲学も好き
→山口さんと深井さんのコラボは見逃すわけには行かん。
AIの台頭で正解を出す能力はコモディティ化。
面白い問いを立てること
建てた仮説を実行していくこと
がこれから重要になる
となってきた時に歴史がなん度も繰り返してるからそれを知りにいく。
そうすることで自分の外側にある誰かのかいを鵜呑みにすることなく、自分で考えて判断して決断するようになれる
タイミングの話
アーリーアダプター、イノベーターの話面白い
統計で優位になるまで待ってたらアーリーアダプターにはなれない
おせっかい企業が残る。好きが優って、とりあえずやってみたら共感を得られる世界になってたという話
歴史哲学自分家を学ぶ、小説を読む人たちは先を見通す力が備わる。
社会構造が変わるから、規範も変わって勝利条件が変わる
→一生懸命生きているのに生きづらいと言っている人はそのルールチェンジが起きている状況についづいで来てないなら
→そういう世の中なら、私は今波に乗れている気がする
→AIができたおかげで正解がコモディティ化して
わたしはマジで生きやすくなった。
→問いを立てるちから、好奇心をもって実行しきる力、想像力、AIじゃなくてあなたと言わしめるソフト力で勝負できる
分けることでわかる。わかることで変わる。変わるっていうのは、物事の見え方とか自分の視座が変わること
日本人の強みのところ良さそうなもの。半分入れて混ぜながら使っていけるところ和設置。神物神社とかお寺ハロウィン和館関西関西日本人のそういうところがとても私は好きだなぁ。うまく折衷案を取り入れる才能がある。 -
Posted by ブクログ
歴史上の事例や思想などを現在のビジネスや生活形態に結びつけて対話式で説明してくれているのがとてもわかりやすく、内容も興味深いものや名前のみ既知の歴史上の事例を詳しく結びつけていて学びが多かった。
本書で出てきた、「歴史上では技術や政治的な変革と共に変化、成長をしてきた中昭和はある意味長年平和でその中で長年かけて定着した様式や方法を現在でもいまだに使い続けているから勝利条件が変わっていることに気づけず、一生懸命やっているのにうまくいかない状況が発生する。」という説明が現代の日本の世界の中で見て経済成長など色々と遅れていることへの回答としてとても腑に落ちて面白かった。 -
Posted by ブクログ
実際に示すことが出来る能力(スキル)と、そうではない能力(センス)という切り口を中心に仕事が出来るとはどういうことかを楠木氏と山口氏が対話している本。お二人と一緒に会話しているような気分になれる良い本
タイトルの仕事が出来るというのはどういうことかというと、「人に頼りにされる」ことなんじゃないかと書かれています。そして、当然ながら職位によってもどういう人が頼りにされるかというのは変わってくるということ。
個人的には、センスはスキルを運用する能力と言い換えられそうかなとおもったりした、結局スキルがないと情報の取得などはできないので、どちらも大事だけど職位が上がるにつれて比重が入れ替わっていくという話なのかなと思ったりした。
また、男のマウンティングは本能で家柄、経歴は変えられないので明示できるスキル開発にマウンティングのためにも勤しみがちというのは面白かった。
銀行の社友の話もなかなか味が有って良かった。色々と思うところがあったのでそれぞれnoteなどで取り上げてみたいところ。 -
Posted by ブクログ
タイトルが強烈すぎて手に取ったけど、
読んでみると「オッサン批判」の本では
全然なかった。
むしろ刺さったのは、
年齢ではなく、思考停止した瞬間から人は
“オッサン化”する。
ということ。
過去の成功体験にしがみつく。
新しい価値観を否定する。
立場や肩書きを守ることが目的になる。
自分より若い人や異質な意見を受け入れられない。
これ、50代の人だけの話じゃない。
30代でも20代でも普通にあり得る。
僕自身、新しいビジネスや若い人たちと 関わることが多いけど、
「それ、普通はやらないよ」
「そんなのうまくいかないよ」
と言う側には、なるべくなりたくない。
むしろ、
「何それ?面白そうじゃん!」
と言える人でいたい。
経験を積むほど賢くなる一方で、
経験が「常識」という名の邪魔をすることもある。
だからこそ、
知らない人に会う。
知らない業界を見る。
新しいことをやってみる。
いくつになっても、
自分の常識をアップデートし続ける。
僕も立派なオッサンですが…
年齢はオッサンでも、思考までオッサンには
ならない。
改めてそう思わせてくれる一冊でした -
Posted by ブクログ
「役に立つ」という市場
山口 日本の場合、水野さんが言うところの「文明タイプ」というか、もともとある組織能力として、BtoBの仕事が得意な企業は多いと思います。なぜなら、かつては世の中にもたくさん問題があったので、BtoB的な「役に立つ」という能力がBtoCの市場でも生かせたからです。パナソニックのようなメーカーが、わかりやすい例でしょうね。身近な不便を解決してあげる、「役に立つ製品」をつくることが価値の提供だった。
でも今は、「不便だ」とか「使い勝手が悪い」といった世の中の身近な問題がほぼ解決されて、文明的に行くところまで行ってしまいました。そこで水野さんがおっしゃる「文化の出番」になるわけです。
水野 そうか、「文明=役に立つ」で、「文化=意味がある」と言い換えることができますね。 そして企業は、「役に立つ」と「意味がある」の分かれ道に立っている、と。
山口 あえて二極化させたら、組織の能力は「役に立つ」と「意味がある」の2種類しかありません。その上で、「自分たちはあくまで、『役に立つ』の道に進むんだ」と決めた会社もある。そういう会社はインフラを整えるとかダムを造るといった、BtoBの仕事に集中していきます。
なぜかと言えば、BtoBなら「役に立つ」という市場で戦えるからですよ。その業界ごとの役に立つ物差し、つまり「正解」がありますからね。たとえば「このダムの発電効率は」 みたいな物差しが業界ごとにあるわけじゃないですか。
水野 まさにおっしゃるとおりですね。僕は以前、とあるメーカーの携帯電話の仕事をしていて、彼らがBtoCの携帯事業から撤退する瞬間に立ち会ったことがあります。関わっていたプロジェクトがバーッとなくなっていって、「あ、この人たちはBtoBに行くんだな」 と肌で感じました。
山口 産業史の貴重な1ページを現場の当事者として目撃したわけですね(笑)。
山口 僕は広告の仕事をやっていたので、「この広告のメッセージのコアは何だ」と考えるわけです。電通時代に杉山恒太郎さんや佐藤雅彦さんに教えてもらったのは、「広告の究極の目的は、その人にとっての商品の意味合いを変える」ということ。自分にとって全然関係ないと思っていた商品やサービスが、広告によって自分と関係あるものに変わる。つまり意味づけが変わるということで、「広告は究極的に意味をつくっていくこと」だと感じました。
水野 「セブン‐イレブンいい気分」の杉山さんと、「バザールでござーる」や「ピタゴラスイッチ」の佐藤さん。電通のクリエイティブディレクターの大スターですね。
山口 お二人とも意味をつくれるクリエイターですが、そういう人は実は電通の中で1% もいない。残る9%の人は何をやっていたかというと「役に立つ」を15秒で伝えること。
世界観をつくるには?
水野 僕はこれまで、「ブランディングって何ですか」という話をするとき、「見え方のコントロールだ」って言ってきたんです。ここまでお話ししてきて、「世界観をつくること」だと説明してあげたほうが、ロマンチックでわかりやすく、みんなが受け入れやすいなと感じました。これからは説明のしかたを変えようと思います。
山口 まさにクリエイティブ・ガバナンスが必要になりますね。
水野 デザイナーって個性的な人が多いし、「人のことはどうでもいいから一人で絵を描いていたい」という人も多い。業界的にはちょっと情けない話ですけど、ビジネスとデザインが協力していくうえで、そこは案外大きな課題なんですよね。
山口でも、水野さんはその両方ができるから、橋渡しも可能になる。クリエイティブディレクターと呼ばれる人たちは、美やアートの世界とビジネスの世界の垣根を越えられるし、繋げられる人たちじゃないでしゃないでしょうか。
水野 おっしゃるとおりですね
クリエイティブな組織をつくる第一歩は、まず経営者が、クリエイティブの重要性、「意味をつくる」ことの必要性を理解することです。自分にクリエイティブの良し悪しを判断できるスキルがなければ、外部からクリエイティブディレクターを招く。僕は、自分は経営者の右脳だと説明しています。経営者とクリエイティブディレクターが、二人で一つのチームになればいいんです。
次に、組織構造を変える。
経済産業省と特許庁が2018年5月に「『デザイン経営』の先行事例」をまとめた資料を発表しています。デザイン部を社長直轄の組織にしているソニー、マツダ、キヤノン、TO TOなどの実例が載っていて、最近は、ニコンもこの動きに追随しています。でもほんとうは、 この時期に「先行」事例とされていることがかなしいんですよね。ダイソンやサムスンなどはずっと前からやっていることですから。ソニーには1960年代から社長直轄のデザイン室(現・クリエイティブセンター)がありますが、そういう日本企業は少ない。
デザインやクリエイティブの部門は、今後は社長直轄にしないとだめだと思います。昔ながらの硬直化した日本型組織で、下から上げた案に中間からNGが出て差し戻しを繰り返し、さらに社内で順番に稟議を通して・・・・・・とやっていたら、「意味をつくる」戦いでは勝負になりません。
山口 インプットの方法を含めて、水野さんが教える学び方というのはどんなものですか? デザインは人に教わってできるようになるものでしょうか。
水野 慶應で講義していたのですが、端的に言うと「知識×やり方」です。知識が少ないのにやり方だけ知っていてもダメだし、知識が多くてもやり方を知らないとダメ。まずはたくさんのものを見ることがスタートですよね。
その上で、「簡単な上達法は?」と聞かれることはよくあります。僕が手掛けているだけでも、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、内装デザイン・・・・・・と分野がさまざまなので、グラフィックだけに絞ると、大きく三つあります。
一番目は、「らしさ」を見極められるようになること。「シズル」っていう言い方をするときもあるのですが、そのものらしさをしっかりと見極めて、そのものが持つ魅力が伝わる表現をすることが何より大切です。世の中にあふれるデザインには、出発点からずれちゃっているものが結構多いんです。上質な商品として見せたかったはずなのになぜこんなポップな色を使ってしまったんだろう、とか。世界観をちゃんとつくれていないし、捉えられていない、ということですよね。
二番目は、書体や色といった、デザインにまつわる超基本的な知識を身につけること。色に関していえば、色相環を理解しているだけでもまるで違いますよね。山口さんには常識中の常識だと思いますが、講演で話すと、色相環を理解していない人って案外いるんです。
三番目は、やっちゃいけないことを知っておくこと。当然ながら差別的表現や、性の多様性への配慮がない表現は一切ダメですよね。それとは別に、デザインの中にも、実はタブーはたくさんあります。先ほども言いましたが「この書体を使うと、欧米の人はこう感じる」といった知識。あと、家に入ってくるチラシでよくあるのが、書体を7、8種類も使っていたり、色を何色も使いすぎていたり、文字の大きさもまちまちで、情報が頭に入ってこないもの。あえて狙ってそういうデザインをしている場合は別として、情報伝達を目的にした場合には、書体、色、文字サイズの種類があまりにも多いと、目的を果たさなくなることが大半です。
水野 そんな調子だから、商品開発のあらゆる場面で「他社でこれが売れているからうちでもこれをつくろうと思います」「提携工場から、これなら安くつくれると言われたのでこれでいきます」となる。「このブランドのコンセプトは○○なんだから、もっとこういう考え方の商品をつくりませんか?」と提案しても、「それだとうちのお客様は買わないと思います」。そのうち他社から先にそのアイデアの商品が出てヒットしてしまったりして (笑)。
ブランディングって長期戦で、最初の3年くらいはなかなか数字に反映されないんです。 3年過ぎたあたりから動きが出て、5年経ったあたりでぐっと売上に反映されていくことが多いんですよね。その会社でも、ある程度の数字的成果を上げることはできましたが、 仕事として長続きしなかったですね。
山口 既存顧客のこと、競合他社のことだけ見ているから、売上がどんどん落ちてきたわけで。自分たちのビジョンを定めて、そこにむかって未来をつくっていかなければならなかったんですが、過去だけを見ている会社に「意味をつくる」ことは難しいと思います。
日本の場合、起業から5年以内に倒産する会社が85%と言われています。仕事を通じてさまざまな企業とお付き合いをする中で、伸びていく会社と消えていく会社をいくつも見てきました。
そこで気がついたのが、資金が潤沢で勢いもあったのに失速してしまう会社の多くは、 「急成長してたくさんの利益を得たい」という欲求がエンジンになっていたということです。
利益は、経済活動において必ずクリアすべき最重要課題の一つです。僕自身、自分の役割の一つとして、ブランディングに携わった企業の利益を上げることにこだわってきました。 ですが、「数字だけ」だと未来は描けないのもまた事実です。ましてや「意味がある」を大切にすべきこれからの僕たちを動かす原動力になってはくれません。
「世の中をこうしたい」「未来をこう変えたい」という熱意と希望と強い意志。それがまさに大義です。大義がなければ、自分たちの未来のビジョンを明確に描くことはできない。ビジョンがなければ、世界観も自ずとブレていきます。
なにより、組織において世界観をつくる作業は、自分一人でできることではありません。
多くの人が同じ想いを共有し、同じイメージを描いて、「意味」をつくり続けなければならない。それには、大義を旗印に、かかわる人全員に情熱を行き渡らせる必要があります。
成果を生み出すプロジェクトにおいて、AIによって時間をどれだけ短縮できても、人間の関与が必要な時間はゼロにはなりません。その「ゼロでない時間」の内訳を考えてみると、 物理的な作業時間と「方向性の決定および実現のための調整」の部分に大きく分かれます。
後者はつまり「何をするか、どんなものをつくるかを一から考えること」「進行過程で、 進んでいる方向が適切か確認すること」「必要に応じて軌道修正すること」などです。デザイン検証やマーケティングの実装といった作業もAIに任せられるようになった今、この部分で最も重要になるのは「意思」です。
AIによって「作業」の時間が短縮されることの真の価値は、浮いた時間を使ってこうした本質的な思考――「意思」の生成や世界観の構築――に、これまでより多くのエネルギーを注げることにあります。
「どんな世界を描きたいのか」という強い意思と情熱は、5年経った今、一層その必要性を増しています。AIが生み出す数多の可能性を前に、最終的な方向を決めるのは人間自身です。「意味」を生み出し「世界観」を築けるかどうかが、個人、企業、そして社会全体の未来を形づくっていきます。
文庫化にあたり、この本がその問いを考える一助となれば、これほど嬉しいことはありません。 -
Posted by ブクログ
リーダーシップを「行動」ではなく「意味づけ=コンテキスト」という視点から考える本。変化の波を読み取り、意味を与え、人を動かすという考え方が印象に残った。
これからの時代は、与えられた問題に正解を出す能力よりも、「そもそも何が解くべき問題なのか」を設定する力や、人を巻き込み実行する力の価値が高まる。また、強みも絶対的なものではなく、コンテキストによって変わるという考え方も興味深かった。
一方で、変化に気づいたとしても、実際にそのチャレンジに乗ることができる人がどれだけいるのか、という疑問も残った。多くの人は変化に気づいていても、なかなか行動には移さない。だからこそ、変化を捉えるだけでなく、人を動かすリーダーシップが必要なのだと思う。
AIによって「正解を出す力」の価値が下がる中で、自分で問いをつくり、人の心を動かすナラティブを描ける人になることの重要性を考えさせられた。