齋藤孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
学生時代、読書感想文が嫌で仕方なかった。苦痛以外の何物でもなかった。あまりの出来に、書き直しを命じられて再提出したけれど、評価は最低ランク。
もう、読書感想文を多分、一生書く必要がないとは思うけれど、自分の感想文の何がいけなかったのだろう…というのと、子どもたちに同じ轍を踏ませないために、読んでみた。
①感想文用にセレクトした本が悪かった。
②自分なら‥‥の視点が入っていなかった。
③主人公だけに目を向けてきたが、ちょっとひねって脇役の視点で物語を見るという、広い視野が欠けていた。
④読む前の本の印象と、読み終わった後の印象の違い
⑤1回しか読まずに書いた。
⑥文章の構成を練らずにいきなり作文用紙に書き込んだ……
等々、出るわ出るわ、自分の至らなかった点が、山のように見つかった。
要するに、コツ、が必要なわけです。
学生時代に、この本に出合えば、もう少しまともな感想文が書けたかも知れない。
2018/09/12 -
Posted by ブクログ
文章力向上の一環として、本書を読んでみた(文章力関連3冊目)
他の本同様、書くことの大切さ、書くことで得られることが並べられている。
考えるために書く、わかったつもりで書いてはいけない、かっこいい文書ではなく伝わる文章を目指しなさいという点は他の本と共通する部分であった。
この本独自の内容としては、まず「発信することの快感は、発信することの恐怖をはるかに凌駕する」という一文が印象に残った。まだ発信することに抵抗感を感じる私には刺さる一言であった。
また、オリジナリティのある文章=新しい題材ではないということ。どうしても面白い文章を書こうと思うと、新しい題材を考えてしまいがちだが、1つのネタも「切り口」を変えれば全く違う断面を見せるという言葉には非常に考えさせられた。
最後、一番印象に残り今後の自身の生活でも活かしていきたいと思ったことは、「日常の生活にあふれる?を大切にする」という点である。
確かに生きていると?と感じる点は多い。?にはまだまだ面白いことが眠っている。
この?をクリアにすることが、文章を書く力、読ませる力につながると思うし、それだけではなく自分の人生を豊かにするものではないかと感じた。 -
Posted by ブクログ
著者自身、若かりし頃に不機嫌を撒き散らしたため非常に損をした経験の持ち主。不機嫌を罪とまで言い切っているのは[不機嫌]=[自分のみならず周囲の生産性を下げる行為] と言えるからだ。特に現代の日本においては社会全体のマナーが向上してきたことにより不機嫌が際立つようになり、その影響も大きくなっていると分析されている。それゆえ不機嫌は罪であるどころか職業として、職責としての上機嫌が求められるというのである。
本書では以下のステップに従って上機嫌を身に付ける方法が解説されている。
ステップ①:自分の「不機嫌の芽」を知る
ステップ②:からだを上機嫌モードにする
ステップ③:こころを取り戻すわざを身につける
個人的には上機嫌モードにするために体の状態を整えることを実践していきたい。簡単なところではデスクワークでは定期的に伸びや深呼吸するなど。無意識ではやっていたかもしれないが、意識的に生活や仕事の中に取り入れていきたいポイントであると感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ感想文を書く際は個人的な問いを立てて、それに対する答えを本から導き出すようにしている。(厳密には読んだときの個人的に気になったポイントや印象に残った文章などのとっかかりから自分の中にあった問いがなんだったのかを改めて捻出しているので、プロセス上は逆。)
ただ、この書き方だと、自分のアイデアは問いを立てるところにしかないし、答えつまり、本から得たモノに対して首肯する形となるため、次の課題やより深い論点を追究するといった探求プロセスを創造しにくくなる。そのため、筆者繋がりで選んだ本や誰かが勧めていた本、別のメディア(雑誌、TV,ラジオなど)で紹介されていた本を読むことが多く、ふと振り返ったときに結局自分の関心とか興味がどこにあるのか分からなくなる。読書体験としては全くそれでも問題ないのだが、せっかくならより深く知識を身につける分野があってもいいのではと思うし、むしろ身につけたい。
そんなことを思ってこの本を手に取った。
この本でいくつか文章の書き方が提示されている。
体験に対する学び、名文に対する自分のエピソードなど、つまりある出来事を踏まえて自分の想像力や体験を使うということ。そこにその人ならではのポイントがあって、それこそが価値になると。
いわばSoWhat?の部分に時間をかけて吟味すべきではないかと。
読書感想文の場合、これをすると筆者に対して批判的になりがちになってしまうように思う。読者のアイデアの部分、読者自身の創造の範囲は重箱の隅をつつくことや、筆者の主張に批判することに広がっているように思うから。まあそれが、悪いことではないし、批判を経ていくことが哲学のプロセスではあると思う。が、主義主張を表明する場を持たない自分が簡単に批判をする人間になりたくない、批判人間こそ悪いおっちゃん像な気がする。。
批判だけおじさんにならないように意識しながら、SoWhat?の部分の想像を膨らますことで、より豊かな読書体験にしていきたいと思う。