齋藤孝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【読書は「体験」であり、体験は「人格形成」ひいては「人間性」に繋がる】
読書は好きで日々本を読んでいるが、なぜネット記事やSNSではなく読書を薦めるのか、漠然とした疑問を持っていた。
ゆえに、本を読む際も、「時間をかけた割に身になってない」とか「もう読書は時代遅れなのか」といったネガティブな感情を抱くことがあった。
本著を読み、自信を持って読書ライフを送れそうだ。
読書にあってネットやSNSにはないこと、それは「向き合い方」にあるというのがしっくりきた。
読書はまるで4畳半の部屋に作者と向き合い、話を聞くようなものである、と。時にはつまらない時間やわけのわからない時間もあるが、全体を通して物事を見る訓練になるし、認識力が高まる。
世のダイパ、コスパにはない読書の醍醐味である。読書は永遠に不滅なり。と感じた。 -
Posted by ブクログ
1ページが厚いので結構サク読みできた。
本を読むことの良い面を、主に思考力、認識力の観点から書かれている。
すでに本を読む人はモチベーションが上がったり、読書の幅を広げることができると思うし、読書する人になりたい、、と言う人は夢を見れる、そんな内容だった。
個人的には手を出したことのなかった古い作品が、著者のおすすめ理由とあらすじを添えてたくさん出てきて、早速いくつかメモとっといた。
楽しむための読書と仕事のための読書、今までは主にその2つだったけど、この本をきっかけに教養のための読書もいいなあと。
特に共感したのが以下の文
「この世を過ごす上で、深くてすごいものに出合うだけでも、もう時間がないと気づきます。薄っぺらい、浅いものに付き合っていられないわけです。」
「本を一冊読むのにはある程度時間がかかります。その時間をかけて、自分の頭の中に著者が語り続けるわけです。本のワールドに没入しているときは、自分と著者とが区別できないような状態になります。言葉を使っているというのもポイントで、著者の思考をなぞることができてしまう。それだけ深いレベルで影響を受けやすいのです。」 -
Posted by ブクログ
印象に残ったのは、「やる気」は気持ちの問題ではなく、ある程度は技術としてつくることができる、という考え方である。
私はこれまで、「やる気があるから行動できる」と考えることが多かった。しかし本書では、むしろ逆の考え方が示されている。脳のメカニズムとしては、やる気があるからできるのではなく、まず刺激を与え、行動を始めることで、やる気のスイッチが入るという。最初は面倒だったことでも、手をつけているうちに作業興奮の状態に入り、次第にスラスラ進むようになる。そう考えると、やる気が出るのを待つ必要はない。まず始めてみること自体が、やる気を生み出す方法になる。
単に「とにかく動け」と言っているわけではない。自分の意思でやるという能動性も重視されている。他人から強制されて動くだけでは、長くは続かない。自分が何をしたいのか、何のためにやるのかという感覚があってこそ、行動は持続するのだと思う。
第2章で紹介されていたフローの条件も興味深かった。自分の技量に合った挑戦的な課題であること、目標が明確であること、どこまで進んでいるのかが分かること、そして没入できる環境があること。この4つがそろうことで、人は集中しやすくなるという。
これは、単に本人の根性や集中力に期待するのではなく、集中しやすい状況を整えることが大切だという話でもある。特に、「目標にどれだけ近づいているかが分かる」という条件は印象に残った。ゴールだけを示されるのではなく、今どこまで来ているのか、前に進んでいるのかが分かることが、やる気を支えるのだろう。
「修行」という言葉も繰り返し登場する。若いうちにある程度の負荷を経験しておくことや、一見すると遠回りに見える経験にも意味を見いだすことが、その後の強さにつながるという考え方である。
ただし、私は「苦労はすればするほどよい」という意味には受け取らなかった。大切なのは、苦労そのものではなく、その経験を自分がどう捉えるかだと思う。「これも修行だ」と考えることで、嫌な経験や思いどおりにならない状況を、自分の成長の材料として使うことができる。
「自分はこれをやりたい」という強い衝動が、愉快ではない現実に耐える力になる、という考え方である。我慢する力は、単なる忍耐力ではなく、その先に自分がやりたいことがあるから生まれる。目的があるから踏ん張れるのである。
また、上司や先輩について、「その人がいい人かどうかではなく、その人が持っている技術から学べばよい」という考え方も印象に残った。人間的に好きか嫌いかと、学ぶ価値があるかどうかは別問題である。相手そのものではなく、相手の持っている技術を見る。この割り切りは、仕事を続けるうえでも役に立つ考え方だと思う。
一方で、他者との違いを受け入れることも成長につながると書かれていた。自分の世界に閉じ、意固地になったり、いじけたりしても何も生まれない。違う考え方を持つ人がいることを受け入れられる人ほど、視野が広がる。
これは、単に相手に合わせるということではないと思う。自分の考えを持ちながらも、「そういう見方もある」と受け止める。その幅が人間の成長なのだろう。
第5章で紹介されていた武田鉄矢さんと坂本竜馬の話も考えさせられた。武田鉄矢さんが心酔したのは、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』の中で描いた坂本竜馬ではないか、と私は思った。
人は現実の人物だけでなく、小説の中に描かれた人物や物語からも大きな影響を受ける。「こんなふうに生きたい」と思わせる物語が、その後の人生の方向を決めることさえある。そう考えると、本を読むという行為も、単なる知識の獲得ではない。自分がどのように生きたいかを考える材料を得ることでもある。
『論語』の「知る者は好む者に如かず、好む者は楽しむ者に如かず」という言葉も、本書のテーマをよく表していると思う。何事も、知っているだけでは、好きな人にはかなわない。そして好きな人も、楽しんでいる人にはかなわない。
「特訓」というと、苦しく、歯を食いしばって努力する姿を想像しがちである。しかし、本当に長く続けるには、遊び心や楽しさが必要なのだろう。苦しいことに耐えられることと、楽しめることは矛盾しない。両方を持つことが、やる気を切らさないためには必要なのだと思う。
宮本武蔵の『五輪書』から紹介されていた「鼠頭午首」という考え方も印象に残った。細かいことを見る視点と、大きな流れを見る視点を自在に切り替えることが大切だという。
仕事でも、細かい部分だけを見ていると全体を見失う。一方で、大局ばかり語っていても、具体的な問題は解決しない。細部を見て、全体を見る。そしてまた細部に戻る。この往復ができることが、本当の意味での大局観なのだと思う。
終章では、特訓を「ワザ化」することが語られていた。不愉快なことがあった時にも、いつもの反復運動を淡々と行うことで心を整える。つまり、気持ちを変えようとするのではなく、行動によって気持ちを戻すのである。
これは本書の最初の「行動することでやる気が出る」という話とつながっている。最初は意識して行っていたことが、繰り返すうちに型になり、やがて自然にできるようになる。そうなれば、「やる気があるかどうか」をいちいち気にしなくても動ける。
スティーブ・ジョブズの「年を取ると、どう質問すればよいのかが分かるようになる」という趣旨の言葉も印象に残った。経験を積むとは、単に答えをたくさん知ることではないのだろう。何を考えるべきなのか、誰に何を任せるべきなのか、どこに力を使うべきなのか。そうした「問いの立て方」が分かるようになることが、経験なのだと思う。
また、本書の最後には、人はそれぞれ「自分の身をくぐらせてきたもの」が違うから、それぞれ違う色を持つという話があった。同じ経験をしても、同じ人間にはならない。経験は、その人なりの色として残る。
そう考えると、「特訓」や「修行」の目的は、皆を同じ型にはめることではないのだと思う。むしろ、基本的な型を身につけ、さまざまな経験をくぐり抜ける中で、自分なりのやり方や、自分なりの色を持つようになることに意味がある。
この本を読み終えて、私の中で「やる気」という言葉の意味が少し変わった。
やる気とは、ある日突然湧いてくる特別な感情ではない。まず動くこと、目標を持つこと、前進していることを感じること、適度な負荷を受け入れること、嫌な経験にも意味を見いだすこと、楽しむこと、そして自分なりの型をつくること。そうしたものの積み重ねの中から生まれてくるものなのだと思う。
そして、最終的には、「やる気を出さなければ」と考えなくても動けるようになることが、「やる気の技術」を身につけるということなのかもしれない。
やる気を待つのではなく、動ける自分をつくる。 -
Posted by ブクログ
「こんなことを言うと、相手にどう受け取られる
だろうか」「こんな質問をしたら、
引かれるかも」というためらいが、会話の盛り上
がりに水を差すことがあります。
「どうせ自分は話すのが苦手だから」と引っ込み
思案になったり、「あの時ああ言えばよかった」と
悔やむこともあるかと思います。
しかしそれらは全て「思い込み」なのです。
「何を話そう」と考えるばかりに意識がいって
しまい、後手後手に回ってしまう。
大切なのは「この場をどうしようか」と言う意識
なのです。その意識を持つだけで、
出てくる言葉は変わってきます。
つまり「中身」よりも「その場の流れをキープする」
のです。例えば相手の話を聞きながら「ここだ」と
思う箇所に頭の中でマーカーを引いておきます。
そして話が終わった時にそのマーカー箇所に対して
「やっぱり〇〇っていいですよね」と同意を示しま
す。
そこに「私も関心があります」と言う態度を取る
ことで、相手との間に共感が生まれ
「場」が温まります。
そんな「場」によるリアクションを学べる一冊です。 -
Posted by ブクログ
2016年に書かれた本で、2020年から導入されようとしていた「アクティブ・ラーニング」に対する懸念を交えながら、次世代の教育がどうあるべきかを説く。
古今東西の教育者、哲学者、歴史上の出来事、それに自らの教育プログラムなど幅広く事例を挙げて、安易に外国の教育方法を取り入れることに警鐘を鳴らしている。また、日本がこれまで行なってきた「暗記重視の教育」を全否定することにも異を唱えている。
繰り返し語られるのが「型を学ぶ大切さ」「基礎がまずあっての、新しい発想」ということだ。過去のやり方が全て正しいとは言えないまでも、まず基礎となる力が身についていない状態での発想は「ただの思いつき」であり、自主性を重んじるという目的において生徒たちを完全に放置して議論をさせれば「ただのおしゃべりの時間」になってしまう。
限られた時間の中で優先順位を決め、基礎を一斉に学ばせながらも自主性を育み、そこから現れる多様な才能を開花させる。実務面も考え抜かれた上での教育方針がいかに大切かを教えてくれた。