亀山郁夫のレビュー一覧
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ネタバレ一巻では何が起きようとしているのか分からなかったが、二巻でようやく把握できてきた。気づいたときにはもう遅いという事態になりそうだ。
二巻なのに登場人物がどんどん増える!でもその分人物像に深みが増すので、なくてはならない人々なのだ。
主要人物は誰も彼もが拗れた事情を抱えていて、敵か味方かと簡単に振り分けられないリアルな複雑さがたまらない。社交界のしがらみや利害関係、親子の不和など、人間関係に読み応えがあると感じた。
チーホン神父とニコライの会話が特に面白かった。自ら破滅に向かおうとするニコライと、別の道をすすめる神父。罪というものの捉え方と、自分を許し他人に許してもらうことが人生にどういう意味をもたらすのかを考えてしまう。 -
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ネタバレ登場人物が多いであろうことは覚悟していたが、何人かが頭の中で同一人物になってしまって、修正するのが大変だった。でもそれだけたくさんの人が登場するだけに、人間関係に厚みがあって面白い。
見た目だけの人物描写ではなく、その人物のかもしだす空気まで伝わってくるようで印象的だった。信念は顔に表れるし、それぞれに生々しい感情があり生きていると感じられる。激情的なのにも関わらず非常に繊細な面も描かれており、言葉の意味をひとつひとつ拾いながらそれぞれの事情を読み解いていく。
ハッキリとものを言わない人々の見せた断片を集めて、徐々にこの町で起きた問題の姿が明らかになってくる点が絶妙だった。下手なことを言わないように口を閉ざして、登場人物の一人として動向を見守っているよう。
2巻、3巻でどのような話になっていくのか楽しみだ。 -
Posted by ブクログ
ドスト!エフー!スキー!とぉーッ!(なんの変身ポーズやねん)
1年ぶりのドストエフスキーです
『白痴』全四巻スタートです
「白痴」とは重度の知的障害の呼び方。差別用語とされることがある。(ウィキペディアより)
とのことなんですが、なんとなくドストエフスキーが意図したものと日本語としての「白痴」はちょっとかけ離れた感じもするんです
まぁ『白痴』があまりにも定着しているがために、文中も「白痴」を使わざるを得ず、亀山郁夫さんのすんばらしい新訳がちょっと窮屈な感じになっているのがちょっと残念でした
んでも、なんて言うか去年『罪と罰』を読んだ時にも感じたドストエフスキーに対する凝り固まったイメージを完全破壊してくれる恐ろしいまでの読み易さは健在です
ありがたい
はい、はい、第一部ね
『白痴』第一部よ
まぁ簡単に言うととてつもなく長い登場人物紹介です
これ、めちゃくちゃ的を得た表現なんですが、こう聞くと面白くなさそうじゃないですか?退屈な感じがするでしょ
でも面白いのよ
もう面白いの
さすがのドストエフスキーよ
そしてこの『白痴』は恋愛小説なんですね
主人公のムイスキン公爵はなんかもう好き
ヒロインのナスターシャはなんかもう良くわからん
恋敵のロゴージンはなんかもうアホ
そして出てくる人みんなちょっと色々考えすぎておかしくなってね?っていう人ばっかりで、ドストエフスキーだわーって感じ
そしてなんかあれハッピーエンドで話終わっちゃいそうだけど…からの急展開で、どうなっちゃうの?の第二部へ! -
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まずは約2週間かけて読破できた自分を褒めたい。非常に充足した気分。
振り返ると、第一部は非常に苦しかった。正直面白くなかった。全く知らない登場人物の詳細がないまま会話ベースに話が進んでいく。誰が、どんな気持ちで話しているか読み取るのが非常に困難だった。
第二部の大審問官は実は読み飛ばしてしまった。が、これから頑張って読み直そうと思う。
第三部からは打って変わって手が止まらなくなった。少しずつ各キャラの性格や、物語の向かう先がわかってきたのと、ドストエフスキーの文章(と、訳者の亀山さんの文章)に慣れてきたのもあり、一気に読みやすくなった。
第四部は終着点。正直最後は、えっ、これで終わり?と思ってしまった。
そしていよいよエピローグ。最後、子供達とアリョーシャのやり取りを読んでいて、ふっと気持ちが軽くなった。少し、未来に希望が持てそうな気持ちだった。
そのうえで、亀山さんの解説を読むと、いろいろ納得できるところも多く、もう一度読みたいと思ってしまうのが不思議なところ。また落ち着いたらカラマーゾフの兄弟の世界に足を踏み入れてみようか。
もっと面白い本は世の中にたくさんあると思うが、それでも傑作と名高いカラマーゾフの兄弟を「読破」した側の人間になれたことが嬉しい。
万人におすすめはできないが、読書好きな人にはぜひ、読んで欲しい作品です。 -
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翻訳者でドストエフスキー研究者の亀山郁夫さんのエッセイ。
文学者を志すようになった幼少期〜学生時代の体験、幾度にも渡るドストエフスキーの足跡を追ったロシアへの旅、日本と世界で起こった事件や災害についての体験など、内容が濃いが、魅力的な文章に引き込まれ、一気に読めてしまう。
亀山さんの情熱と優しさに包まれるような読書体験だった。
ずっと読んできて、終盤に、
「文学を愛するとは」
「芸術への限りない愛」
と言うワードに目が止まった。
最近タルコフスキー監督の映画を見たときにも、同じことが自分に突きつけられた(ので、これは著者のメッセージや本の感想というより現在の自分の個人的な心の在りようだが、ここは日記として)。
自分は果たして、本当に文学や芸術を愛しているのだろうか。
これほど本を読み、芸術作品に触れ、その背景を知りたいと歴史的事実から思想、哲学、言語まで学びながら、今思うのは何も掴んではいないということだ。
本著最終章のヨハネの黙示録の引用、
「あなたは、冷たくも熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。」
は、自分に向けられた言葉だと感じた。
時代のせいにしたいと願いながら、自分の責任は自分だけにあることも知っている。 -
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亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」を長い間積ん読してきたが、遂に全5巻一気に読み終わった。
詳細を読み込むと到底一回読むだけでは理解できない膨大で難解な小説。とは言え、大まかなあらすじを追った読み方でも十分に楽しめる。完璧に読み込むととても骨が折れると思う。各巻の巻末に「読書ガイド」が付いていてあらすじをさらってくれるのと、最終巻5巻の、「ドストエフスキーの生涯」「解題」を読むと、より深く内容を理解できる。特に「解題」は良い。
各巻のしおりに主要登場人事物名が書かれているので便利である。登場人物の名前がよく置き換わるので、このしおりで確認しながら読むと読みやすい。
世界十大小説の一つとも世界最高の小説とも言われている。作家・村上春樹は「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことのない人だ」と言い、評論家・小林秀雄は「およそ続編というものが全く考えられぬほど完璧な作品」と言う。また「論理哲学論考」の著者ヴィトゲンシュタインはカラマーゾフの兄弟を50回読んだと言われている。
大まかなあらすじを述べる時、題名のカラマーゾフの三兄弟と父親が主要登場人物として挙げられる。まず初めに、三男アレクセイとゾシマ僧長のキリスト教的聖性とは何かということを感じながら、二人がいる修道院を舞台の中心にして話が進む。次に大審問官の場面。最後に三兄弟の父フョードル・カラマーゾフの殺害を巡るミステリー部分。大まかに言って山場はこの三つ。
ストーリーを肉付けしている哲学的・思想的な部分はわかりづらい部分が多く、難解である。知識不足や読解力不足だけではなく、わかりようもないからわからないという感じで先へ先へと読み進めるしかないという部分も多い。多分カラマーゾフの兄弟を途中で挫折してしまうのは、このわかりようもない記述をわかろうとしてしまうことによって止まってしまうことによって起こると思う。わからないところをどんどん読み進めると、後になってわかることもあるということに加えて、残念ながらわからないままのところもある、といった諦めをもって読み進めたいところである。そしてより深く読み解きたい場合は、読み込むしかないだろう。
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読書として長い旅だった。数十年前は分からなかったことが少しはうなづけるようになり、ドストエフスキーの生涯と解題を読んでさらに理解が進んだ。
キリスト教と社会主義、農奴解放後の混乱という19世紀のロシア特有の空気と、著者が実生活で持つ背景が作品に及ぼす強い影響。ミーチャ、イワン、アリョーシャという3兄弟と父親、スメルジャコフやコーリャ、女性たちとの会話など、どんなに分かりやすい翻訳でも、おそらく原語が理解できないとその面白さは半分以下なのだろうと、訳者の解説を読みながら実感。それでも他作品を間に挟みつつ3か月で読み通せたのは、活力ある言葉での翻訳に徹した訳者のおかげだ。
著者が予定していた第二小説が永遠に読めないのは残念だが、ここまで5冊でも十分に体力の要る読書だったし、読み方によっては十分に完結している物語でもあった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ古典作品と呼ばれるものがどうして読み継がれているのか、この歳にしてようやくわかった気がした。
ラスコーリニコフの苦悩、その時代に流行った思想を先鋭化しているという意味では、ロシアの帝政末期の人間しか持ち得ない苦悩なのかもしれない。けれど、普遍的な、簡単に言ってしまえば、自分という存在の価値を信じきれない人間の苦悩、がその根底にあると思った。キリスト教の思想を言語化できるほど理解をしていないので、ラスコーリニコフと宗教の関係性について深く考えられないことがとても悔しいが、ラスコーリニコフがソフィアに対して抱いていたある種の畏怖と乞いたい赦しは共感できる気がしており、罪を打ち明ける場面、自首をしにいく途中で跪く場面、エピローグでソフィアの膝に頭を預ける場面、泣けてしまった。
ロシア史とキリスト教史を学んでからもう一度読んで深く潜りたい。