亀山郁夫のレビュー一覧
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ドストエフスキーの小説の新訳が有名な亀山先生ですが、わたしは先生の翻訳したドストエフスキーをまだ読んだことがありません。そのかわり、『磔のロシア』などロシアの文化史の研究書を何冊か読み、たいへん強い印象を受けました。
本書は亀山先生のロシア音楽への熱い思いが溢れていて、巻末のロストロポーヴィッチ(チェロ奏者)、ゲルギエフ(指揮者)との対談も含め、たいへん興味深く読むことができました。ただ、音楽を切り口にしたロシア文化論である本書を、入門書的な本のタイトルから内容を想像して読み始めると、戸惑うかもしれません。著者はチャイコフスキーそのものよりも、副題「熱狂とノスタルジーのロシア音楽」の方に力点を置いて熱弁をふるっていますので…。
個人的には、20世紀の音楽に様々な刺激を与えたロシア音楽の系譜を改めて聴きなおしていきたい、という思いを強く持ちました。 -
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ネタバレキリスト教的世界観の抱える問題をどう突き詰めるか。
それを表現するにあたって、
『悪霊』はうってつけの舞台である。
ドストエフスキーは本作において、
記憶するのが容易でない数の人物を登場させ、
かの世界を、政治的文脈を交えた隘路を超克しうるものとして提示する。
ここに脈絡づけられるものとして、
本作に据えられたプーシキンの詩とルカ福音書のエピグラフは
あまりにも象徴的である。
《悪霊》には少なくとも三つの意味を見出すことができる。
西欧から入り込んできた無神論という思想。
無政府主義実現のため、活動組織をオルガナイズすべく暗躍するピョートル。
そして、ニヒリストであり退廃的なスタヴローギン。
さまざまな《悪霊》が、
農奴解放令を迎えた過渡期に生きる人々のエートスを揺がせ、
また彼らを惑溺させる。
中でも注目すべきがスタヴローギンだ。
汎スラヴ主義者のシャートフ、人神思想の持ち主キリーロフ、
無政府主義の五人組、リーザを始めとする女性たち……。
多くの登場人物がこの悪霊に憑依され、
身を滅ぼしてゆく。
そのアンチテーゼとして存在しえたのは、
「信仰」の象徴たるステパン・ヴェルホヴェンスキーくらいであろう。
その空虚さゆえの妖しさと魅力が、
スタヴローギンにはある。
最後に、物語において重要な位置を占める「スタヴローギンの告白」。
チーホン僧正の述べる、
「無神論は完全な信仰へ向かう道である」とは非常に意味深い。
問題をロシア正教の再肯定に収斂させてゆく、
ドストエフスキーの真髄をここに見て取ることができよう。 -
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悪霊は、自分が最も好きな本で、最もよく意味が分かっていない本。その悪霊の謎を、亀山郁夫先生が読み解いてくれる。だが、それでも分かった気にしかならない。
今回分かったことは、悪霊が書かれた当時のロシア、スタヴローギンの告白出版における揉め事がストーリーに大きな影響を及ぼした事。
そして、スタヴローギンという人物が、もう少しクリアになったこと。悪霊の意味の分からなさは、スタヴローギンという人物が悪魔的にも関わらず、物語の中では特に何もしない事だ。だが、物語の中では語られていない、過去に行われていたであろう事、スタヴローギンの心情を想像する事から垣間見得る恐ろしさ、そしてスタヴローギンの分身ともいえる人物達、それらによる物語の重層性。これらが薄ぼんやりと掴めた気がする。
また近いうちに、新たな気づきがあるか、悪霊を読み返してみたい。 -
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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012の会場で手にして、
待ち時間の間に読み終えた…途中で著者本人の
講演も聴いて…それまで、やや退屈にも感じていた本書が
俄然面白くなったんです!
もともと本人は、あまりチャイコフスキーがお好きではないらしく…
副題の「熱狂とノスタルジーのロシア音楽」に思い入れがあったのです。
新書のタイトルは、版元の意向で、よりキャッチーなものへと
替えられることが多く、多くは内容にそぐわないタイトルになっている…
もしかしたら、本書も、よくあるそんな一冊であるのかもしれません。
ただ、著者本人がロシア音楽が大好きであるのは疑いようもなく、
そんな熱気は、本書からも伝わってきます。音楽が生まれた背景…
それが抱える歴史を概観するには格好の書でもあるでしょう。
講演の中でカミングアウトされていたのですが、
浅田彰氏は、本書について、YouTubeを聴いて書いていることを
正直に綴っているのが良い…などというようなコメントをしたらしく…
本人は、シニカルな評かもしれませんが…とも云っていたけれど…
専門外のボクには、星の数ほどあるYouTubeの情報から
これぞ!と思うものをピックアップできることこそ、
慧眼であるんだろうな…って感じたんです…
なにしろクラシック音楽の解説書は、レア音源を扱うものが多すぎて…
良さそうだから聴いてみよう…なんて思っても、
その機会にめぐりあえずにいることが多く、ジレンマを感じてました。
本書は、お薦めの曲は、比較的お手軽に接することができ…
まさに、入門書として、良心的なつくりになっているんです。
自分へのおみやげに手にしてきた、本書とCDを振り返りながら
GWの熱狂とノスタルジーにひたる…この頃…
ま、これだけ楽しませてもらえば、いいんじゃあないかな…?
★は、ひとつおまけして…ということで… -
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ドフトエフスキーの五大長編の中で、もっとも解釈に苦しむ「悪霊」。この作品につき新訳で知られる亀山氏、ロシアの研究者サラスキナ氏の討論と質疑応答を中心に組み込んだ、文学好きには必読の書。
特に主人公スタヴローギンの「告白」の取り扱い方と解釈。また、彼のエルサレムからヨーロッパを縦断し、アイスランドに至る放浪をどのように位置づけるのか。という二点がヤマ。
ロシア正教とその異端、ここのところが事前の知識として必要である。正直、自分はスタヴローギンのアイスランドへの渡航を、作者はどのようなバックボーンを得て作品に入れたのかを解説した終盤の部分にもっとも興味をそそられた。
「悪霊」そのものを一度しか読んでいないので、とてもではないが、この考察には全てついて行けなかった。 -
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なぜ父は殺されるのか?
それは復活のために。
アリョーシャ実行犯説は聞いたときからピンと来なかった。
モチーフである父殺しの反復といえど、ガリラヤのカナで目覚めたアリョーシャが皇帝を、というかキリストを象徴的にでも殺すということがピンと来なかった。
で、本書。読む前は、イワンが無意識にスメルジャコフをそそのかしてフョードルを殺しミーチャが巻き添えをくらったように、アリョーシャが無意識にコーリャをそそのかして皇帝を殺しイワンが巻き添えをくらうのかな、なんて思ってたけど、ガチョウの下りを読んでたときにはたとひらめく。
コーリャがバカをそそのかしてエサに夢中なガチョウの首をはねたように、アリョーシャがトロイをそそのかしてテロに夢中なコーリャの首をはねるんじゃないだろうか。
だからカルタショフはトロイのエピソードを割り当てられたんだよ(木馬だけに)。な、なんだってー!?
とまあ、この思いつき自体には大した意味はない。このひらめきがもたらした意味は内容じゃなく、第二の小説は父殺しを反復する物語ではなく、父殺しを踏みとどまる物語なんじゃないかという考え。
そう考えるなら散々いわれてる検閲も問題ない。そして最後まで読んでるうちにその考えが、冒頭にでてきた言葉にまで発展した。
なぜ第一の小説で父は殺されなければならなかったのか?
自伝的要素のため?古来から用いられてきたモチーフだから?キリスト教を否定するため?
否。それは復活のため。新たなキリストとしてアリョーシャが、ロシアのキリストとして、神の人アレクセイとして提示されるために。
な、なんだってー!?
とまあ、本文とは全然ちがう読み方をして楽しんでいた。ミステリーで謎解きが楽しいよね、って感覚がいまいちわからなかったけど、これは確かに楽しいもんがある。
本文の推理は非常にスマート。さまざまな伏線、構造、自伝的要素までをも巧みに回収して、第二の小説のプロットを提示する。
確かにコーリャはガチョウの断頭台よりは、ミーチャの誤審を反復する方が強いわなー。さらにシベリアなんて裏ドラつき。そしてカラマーゾフシチナや無言のキスまで回収する鮮やかさ。
しかし、まあ、冒頭の考えは捨ててない。
新たなキリストというよりは、神の人アレクセイのように、その死後有名になるパターンだから序文じゃ無名だったんじゃないかなって具合に、いまだにあーだこーだと空想してる。
そういった意味でこの偉大すぎる小説が、より偉大な第二の小説の前振りでしかなかったという事実は、そしてその第二の小説が書かれなかったという事実は、人類の莫大な損失ではあるけれど、測りきれない恩恵でもあるよねっつー。
ま、恩恵たるには今後数百年かかるだろうけど、そのおこぼれとして、こういった楽しみ方ができるんだから、それはそれでありあり。フェルマーの最終定理的な、もしかしたら素人でも人類を悩ませてきた偉大な謎を解くことができるかもしれない、っていう20年くらい前の空気にも近い。
本書はそんな謎解きの世界に読者を誘ってくれる。豊潤で汲み尽くせない謎がそこには待っている。偉大な、偉大な小説家が残した謎が。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
未完に終わった大長編の新訳から浮かび上がった驚くべき「続編」の可能性。
ドストエフスキー最晩年の思想がいま、蘇る。
[ 目次 ]
第1章 作者の死、残された小説(残された手がかり 空想のための九つの条件 友人、妻……同時代人の証言)
第2章 皇帝を殺すのは誰か(序文にすべての秘密がある 「始まる物語」の主人公たち 思想の未来)
第3章 託される自伝層(年代設定とタイトル アリョーシャはどんな人間か テロルと『カラマーゾフの兄弟』と検閲)
第4章 「第二の小説」における性と信仰(リーザと異端派 「第二の小説」のプロットを空想する 影の主役、真の主役)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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[ 内容 ]
崩壊への道をひた走る帝政ロシア。
貧困、凶悪犯罪、性の退廃、革命の夢と挫折。
世界の変革を夢見る若いドストエフスキーに死刑判決が下る。
八年のシベリア徒刑、賭博、恋愛の修羅場から『罪と罰』『白痴』が生まれた。
青春時代の内面に刻まれた四つの事件=トラウマの深層に迫り、自己犠牲と欲望に引き裂かれた主人公たちの悲劇的な運命を通して、隠された「父殺し」の謎を焙り出す。
[ 目次 ]
第1部 若き魂の刻印(楽園追放;引き裂かれた夢想家;回心、神をはらめる民;地下室の誕生)
第2部 聖なる徴のもとに(観念という狂気;聖なるものの運命)
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
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☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
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☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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作者の予告が有りながら、死去により未刊となった「カラマーゾフの兄弟」の「第二の小説」。そのストーリーを新訳文庫の訳者が組み立てる試み。
新訳本出版社の企画ながら、奇を衒わずに公表されている資料に忠実に、解明・組み立てを行っている。
最大の注目は、ドストエフスキーの死後一ヶ月余りで、予想されたストーリーである「皇帝暗殺」が実際に「行われて」しまった事だ。ここをどう片付けるかに注目だ。
作者の予告は「一つの伝記に、二つの小説」。よって、アリョーシャが主人公、エピローグ前に出てくる「少年たち」が物語の中心になることは言うまでもない。
「空想」は資料・史実に照らして、蓋然性有りと読めた。おそらく多数が納得できるはずだ。 -
Posted by ブクログ
エピローグは60ページくらいで、あとはドストエフスキーの生涯、解題、そして訳者後書き。
やはり、2つめの小説ありきになってるから、エピローグ自体は物足りない。
続編があると、これが見事な伏線になってるんだろうな、きっと。
エピローグは分冊になっているせいで妙に期待してしまったけど、4部の後に続いていたほうが良かったように思えた。でもドストエフスキーにとっては第5部的な位置付けだからこれが作者の意図どおりの構成。
解題は長いけど読む価値あった。
大審問官やゾシマの説教、イワンとスメルジャコフのやりとりの意義。ミーチャが主人公の割に存在感が薄い理由。スメルジャコフの発言の真意など、曖昧だったことがクリアになった。
時間をおいてもう一度初めから読み通したい作品ですね。