亀山郁夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
二分冊目は、物語の進行に加えて、作者の信条やキリスト教の話が盛り込まれており、より奥行きを感じる内容だった。
また巻末の亀山郁夫さんの解説は、時代背景の詳しい説明や、オリジナリティあふれる解釈で、読みごたえがあった。
自分の読書メモとして、下記3点を取り上げたい。
1.ナポレオン主義について
一分冊目から引き続き、当時のロシアにおけるナポレオン戦争とその後の反動の影響がうかがえる。
物語中でラスコーリニコフが展開する主張では、歴史的な英雄は、従来の社会や伝統を破壊したという意味で犯罪者だ、という。
この主張について、同時代の同じくロシアの文豪トルストイが、ロシアの対ナポレオン戦争を描いた著書『戦争と平和』で繰り広げた歴史観が思い出された。
トルストイの主張は、「一人の英雄が歴史を作るのではなく、歴史の流れが英雄を必要とする」というもので、英雄自身に焦点を当てたラスコーリニコフの主張とは視点が異なる。
以前、「ドストエフスキーを好む人はトルストイを好まず、逆もまた然り」と聞いたことがある。
まだ読んでいる途中で何とも言えないが、この視点の違いが、読者の好みを分かつ理由なのかもしれない。
2.娼婦は自分を殺したか
物語前半から、娼婦の悲惨な身の上について語られていたが、第4部のラスコーリニコフとソーニャのやり取りでは、「じぶんを殺しうらぎった」と表現される。
『地下室の記録』でも似たような見解であった。
この悲劇のヒロインのような描き方に、日本で娼婦を多く題材にした永井荷風を対比させたくなった。
彼は、娼婦をそれほど悲劇の職業とは描いていない。
例えば以下、『ひかげの花』という作品からの引用である。
「正しい職業について、或いは貧苦に陥り、或いは成功して虚栄の念に齷齪(あくせく)するよりも、≪中略≫無智放埓な生活を送っている方が、却って其の人には幸福であるのかも知れない。道徳的干渉をなすよりも、≪中略≫折々の災難を救ってやるのが最もよく其人を理解した方法である」
この荷風の冷静な人生の観察は、ドストエフスキーの描く悲劇性とは似つかない。
宗教上あるいは社会環境の違いもあるかもしれないが、恐らく荷風・ドストエフスキーが各々の信条に基づいて解釈したものであると感じる。
対照的な見解の違いが興味深かった。
個人的には、荷風の方が娼婦を一人の人間として尊重しているように感じる。
3.ユロージヴァヤ(女性)/ユロージヴイ(男性)
巻末の亀山郁夫さんの解説で学んだが、非常に興味深い。
「キリストのために愚者をよそおう」が語源で、この物語では、前出のソーニャと殺害されたリザヴェータがその役割ということだ。
『戦争と平和』でも、アンドレイの妹マリヤが貧しい巡礼と交流する姿がたびたび描かれる。
「愚者をよそおう」というのは、ロシア思想でしばしば登場する「自己犠牲の精神」を体現し、計算ずくではなく神あるいは人のために行動できるという意味ではないか。
思想家のアイザイア・バーリンはその著書『反啓蒙思想』で、「啓蒙されない自己犠牲の精神」と呼び、タルコフスキー監督の映画では、自己を犠牲にして世界を救おうとする人の姿が描かれてきた。
ロシア思想の中で、この「自己犠牲」の部分はより深く学んでいきたいと思う。
次巻も楽しみに読みたい。 -
Posted by ブクログ
ドストエフスキーは『地下室の記録』から二作目。
再び亀山郁夫さん訳。
いつか読もうと思っていたところに、本の交換会で頂いたので、早速。
一分冊目の感想としては、前出の『地下室の記録』と似たモチーフで、これがドストエフスキーの作風なのかと改めて感じた。
思弁癖が強く、プライドと自己嫌悪にさいなまれる主人公。
物語で重要な役割を果たす娼婦という職業と存在。
ナポレオン戦争勝利後になお、「ロシア」と「ヨーロッパ」の間で揺れる19世紀ロシアの知的世界という背景。
『地下室の記録』を読んだ際にも感じたが、この自己嫌悪の主人公はドストエフスキー自身だろう。
そこに天才作家の人間らしいところも見えるのだが、あまり健康的でない作風は、自分の好みとは少し違うところもある。
第二分冊以降楽しみに。 -
Posted by ブクログ
解説を読むことで、なぜここまで狂気と混乱の最中にいる人間の心理描写ができるのか腹落ちできました。ドストエフスキー自身が当時のロシアの社会背景も相まって、人生の中で借金や夫婦関係などにおける窮地に追い込まれていなかったら、ラスコーリニコフの目に映る景色をここまで鮮やかかつ仔細に描き切ることはできなかったのだろうと思います。
なまじ賢い若き青年の選民思想と罪悪感から逃れきれず溢れ出る傲慢で神経質な言動のなんという生々しさ…!彼を取り巻く母や妹や友、ソーニャの抱く得体の知れない恐怖心とポルフィーリーとの探り合いの緊迫感が、ますます昂るラスコーリニコフの混乱を際立たせ、物語の進行を盛り上げます。
いよいよ、ソーニャが朗読したラザロの復活で暗示された伏線を回収しに、いよいよ最終巻•第5部へと進みます…!
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Posted by ブクログ
ドストエフスキーの翻訳で知られるロシア文学研究者の著者が、少年時代から青年時代を経て、老いに向きあいつつある現在にいたるまでのみずからの来歴を振り返りつつ、教養の意義について語ったエッセイです。
「教養」の失効が問題視されるようになった時代はとうの昔のことで、むしろ比較的近年になって、阿部次郎の『三太郎の日記』に代表される、いわゆる「大正教養主義」について、竹内洋や高田里惠子らの歴史的・批判的な立場からの検証がなされたことで、かえって「教養」ということばを目にする機会が増えたように感じます。そうした現代において、「教養」というテーマを正面に押し出して、その意義についての考察が展開されている、ある意味ではめずらしい本です。
著者は「教養」を「共通知」と規定し、他者と「分かち合う」ことの重要性を説くことで、現代における「教養」の意義をあらたに示そうとしています。一方で、グローバル化が進行する現代において、このような意味での「教養」が押し流されてしまいかねないという現実を、著者はけっして無視しているわけではありません。むしろみずからの考えが「古臭いよ、君は」といわれかねないことを知りつつ、そうした情勢におもねるのではなく、肩の力を抜いて著者自身の学問形成の来歴を、ユーモアをまじえつつ語ります。
こうした著者のスタンスは、「教養」などという「古臭い」「時代錯誤的」なものを押し流す現代の情勢に「打ち勝つ」ことはできないけれども、そうした情勢に「負けない」ためのスタンスといえるでしょう。本書で用いられていることばを借りるならば、「レジリエンス」に通じる力を身につけることが、著者の考える「教養」なのではないかと考えます。 -
Posted by ブクログ
お前が白痴じゃ!ドストエフスキー!(# ゚Д゚)
はい、言ってやりましたよ
世界的大文豪にきっぱりと言ってやりましたよ
だいぶすれすれですけどね
良い子は人様に向かって白痴とか言っちゃダメですからね
とにかく言ってやりました
まぁ、言い返してくることもないでしょうからね
遠の昔にお亡くなりになってますから
うんまぁ、そもそも「どうとでもとれる」ってところを目指してもいるんでしょうけどね
どうとでもとれ具合が半端ないのよ、ドスちゃん
もうちょっとヒント頂戴よっていうね
結末もすごいし
この結末にする意味がちーともわからんよ
結局
ナスターシャはムイシキンが好きー
アグラーヤもムイシキンが好きー
で、どっちか選びなさいよ!
ムイシキンはどっちも好きー
話せばわかってもらえるはずー
いやわかるかー!
ロゴージンむきーって
話だったような
ただそれだけだったような
そこにとんでもない量のおまけがついてただけなような
よし!かの世界的名作『白痴』を一番低俗に紐解いたレビューとして歴史に名を残しちゃうなこれ -
Posted by ブクログ
いやもうムズ過ぎるわ!
〜聖なる愚者ムイシキン公爵と友人ロゴージン、 美女ナスターシャ、 美少女アグラーヤ。はたして誰が誰を本当に愛しているのか? 謎に満ちた複雑な恋愛模様は形を変えはじめ、やがてアグラーヤからの1通の手紙が公爵の心を揺り動か
す。 「イッポリートの告白」 を含む物語の中核部分、登場。〜(裏表紙より)
Σ(゚Д゚)
いや、いつの間にアグラーヤ加わっとんねん!っていうね
はい、もう議論やら告白やら宗教談義やらリベラリストがどうとか、カニバリズムがどうとか、延々と続きます
しかも結局『黙示録』が分かってないと理解するのが困難っていうね
出ました「聖書の壁」
そして、今巻もナスターシャほとんど出てこないのよ
で、どうやら延々と続く関係ない話の裏側で四者の恋愛模様は進んでいたっぽい
いや、表で進めろやドストエフスキー!(# ゚Д゚)
恋愛小説違うかったんかい!
って別にドストエフスキー本人が「これ恋愛小説です」って言ったわけじゃないけどさ
うーん、でも面白くなってきましたよ!感だけは明確にある
感なのに明確って相当な矛盾
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Posted by ブクログ
読んだ本 カラマーゾフの兄弟5 ドストエフスキー 20240602
最終巻は、本文60ページで残りは「ドストエフスキーの生涯」と「解題」。なんか感想が変わっちゃうんで解説とかは読まない方なんでありゃって感じ。
エピローグっていうだけあって後日談って感じ。
しかし、読み終わって思うのは、これだけ神の在不在なんかを描きながら、奇跡らしいことが全く起こらない。死ぬ人は死んで、誰も救われない。聖人も死ねば腐臭を出すし、父殺しの裁判でも客観的事実のままに裁かれ、読者の知る事実は無にされる。ある意味身も蓋もないお話なんだよな。
神はいない。だけど必要だから人間が作った。ってのがイワンだったっけな。宗教法人はともかく、神は必要ですよね。それがどんなもんだとしても。信じたものが誰かの利益のためとか、利用されてたとかって突きつけられる残酷さって考えさせられるもんがあるんですよね。ちょっと本とは関係ないんだけど。