亀山郁夫のレビュー一覧
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「大審問官」はさすがに圧倒的。テーマが多岐に渡り、内容の深さも難解さも段違い。
本編の感想ではないが、「大審問官」の理解のために、木下和郎氏のブログ「連絡船」が非常に参考になった。
同ブログは基本的に、この光文社の亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』について亀山氏の理解の間違いを指摘する内容のものだ。その部分は、読んでも別に面白くはない。
ただ、「些細なことながら、このようなニュアンスの違いの積み重ねによって読者は、少しずつ、しかし確実に原典から遠ざけられて行く。」その六、と題されたページ(彼の亀山訳批判のタイトルの通し番号らしい)の「大審問官」評は秀逸。
途中に亀山氏の解釈への批判が挟まりは -
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脱走の葛藤やカテリーナの激しい愛憎劇を経て、物語は幼いイリューシャの葬儀と「石のそばの挨拶」へ収斂する。イワンが突きつけた神への不信や理性の問いに論理で勝つのではなく、アリョーシャは「良い記憶がいつか人を救う」と語りかけ、死ぬまで泥臭く生き抜く人間の責務を少年たちと誓い合う。傲慢さや狂気、情念に引き裂かれながらも、人は互いに小さな「一本の葱」を差し出し合える。「カラマーゾフ万歳」の叫びは、矛盾に満ちた生を肯定し、他者とともに歩み出す人間への賛歌とも言えるだろう。
書かれることのなかったこの小説の第二部で何が起こるのか、気になってしょうがないが知ることはできない。
亀山郁夫さんの充実した解説もあ -
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ネタバレ解説が充実していて、そこを読むのも大変楽しかった。
スメルジャコフが死んだとき「壁の釘にぶら下がってた」とあるのが気になる。釘といえばスメルジャコフの父親説が出ているもうひとりの人物「ねじ釘カルプ」。釘に始まり釘に終わるというのも興味深いから父親はカルプだったりしてと思ったけど……さすがに偶然かな。他の訳と見比べたい。
解題で指摘されたミーチャの散財癖と、それに反するような金に対する無執着さが気になる。この性格から私が思いだすのはファム・ファタール(≒男を狂わせる女)。金をせびるが、そのわりに手元に残すことなく使いきる様子がよく似ている。カテリーナさんがもしミーチャにぞっこんだったら、ミー -
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ネタバレこんな感情を抱くことになるとは、思いませんでした。
愛とはなにか、その答えのない問いを自分なりに言葉にするためのヒントを与えてくれた気がします。
自分の中に他者が息づいていること、そして他者の中にも自分が息づいていること。そして、その他者と共にいることをこれからも選び続けること。
ラスコーリニコフは、大それたことを成し遂げようとするそのエネルギーも素晴らしいものではあったが(ポルフィーリーが彼に感じていたように)、最終的に、ソーニャとの出会いと時間を通して愛の尊さを、頭ではなく、心で理解したというところが、私の心に深く大きな感情をもたらした理由だと思う。 -
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ついに最終章。
長く読み続けてきた甲斐のある、素晴らしい作品だった。
話はルージンの視点から。間借りしているレベジャートニコフとの場面から始まる。
そして次第にラスコーリニコフに戻り、ドゥーニャの元家庭教師先のスヴィドリガイロフへ。その後またラスコーリニコフに戻る。
カテリーナの乱心は目を覆いたくなるリアルさ。子どもたちの気持ちになってしまい、心乱された。
ポルフィーリーとの舌戦は相変わらず素晴らしい。
終盤のスヴィドリガイロフのシーンが美しすぎて、思わず読み返した。
6部のラストにかけてのラスコーリニコフも良いし、エピローグも良かった。
巻末の読書ガイドを読むとさらに理解が深まり