亀山郁夫のレビュー一覧

  • 悪霊 3

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    ドストエフスキーが後年に著した『五大長編』の内、政治的な意味あいが最も強いといわれる『悪霊』その完結編です。全ての物語上の複線が回収され、狂乱と崩壊に向かって疾走する様子が描かれております。

    登場人物の実に3分の1が何らかの形で死を迎えるという陰惨極まりない小説であるドストエフスキーの『悪霊』その完結編です。しかし、改めて思うのはストーリー全体の時間軸が秋から冬にかけての「一季節」であるということに衝撃を受けた、ということです。ようやくこの第3部で全ての複線が回収され、物語は一気に崩壊へと突き進んでいくのです。『革命組織の内ゲバリンチ殺人事件』と美貌。知力。腕力に加え、貴族という特権的な身分と、巨額の資産まで併せ持ったニコライ・スタヴローギンという一人の人間が以下に自壊し、その最期を遂げていくのか…。この二つを主軸として、無政府主義、無神論、ニヒリズム、信仰、社会主義革命などの多種多様なテーマを詰め込みに詰め込んでいる小説であると思われます。

    第3部の最初のクライマックスであるところの第1章及び第2章の『祭り』と『祭りの終わり』では、今まで『権威』とあがめられた存在が貶められ、辱められることになります。ユーリヤ夫人の肝いりで始まった『慈善パーティー』で、まずは『前座』としてしたたかに酩酊したレビャートキン大尉が現れ、どうしようもない詩を披露したあと、強制的に退場させられます。ここからすでに不穏な空気を発し始めるのですが、次に壇上に上った『大作家』であらせられるカルマジーノフやステパン氏の持つ『聖性』や『権威』の『仮面』が次々と剥ぎ取られ、冒涜と否定と笑いと奪還のカオスの中へと引きずり込まれていくのです。カルマジーノフ先生は自身の作家人生の集大成である「Merci(ありがとう)」というエッセイを読み上げるのですが、聴衆からの轟々たる罵声により、内容を途中でショートカットし、結びの部分を強引に読み上げる形で控え室へと戻ってきます。

    ステパン氏の講演も大失敗に終わり『美は全ての事象の上にある』という趣旨の発言をしたときに、ある神学生から、脱獄囚のフェージカは昔あなたがカードで負けたカタに売り飛ばさなければああならずにすんだのでは?と野次を投げつけられ、ステパン氏はそれに答えることができずに壇上を後にするのです。3人目の男は『偏執狂』と呼ばれ、彼がロシアを公然と侮辱し、さらにはヴィルギンスキーの親戚も舞台に上がり、しっちゃかめっちゃかの状態となっていきます。夜の舞踏会に至っては参加者が少なく、その少ない参加者達も胡乱げな連中ばかりという体たらくでございました。

    いっぽう、マヴリーギーという婚約者がありながら、ひそかにスタヴローギンを思い慕うリーザはそんなカオスそのものとなった舞踏会の混乱に紛れ、婚約者であるマヴリーキーを振切って、スクヴォレーシニキに走りスタヴローギンと一夜を共にするのですが、ペテルブルグ時代から続く彼の放蕩三昧の遍歴に『生ける屍』と化した彼の姿に幻滅してしまうのです。

    第3章の『愛(ロマン)の終わり』に彼らの会話の様子が描かれるのですが、リーザは自分の『運命』を予感していたことを言うのです。彼との『関係』を示唆する《》付きのあれほどの幸せ。その一瞬。一時間。一瞬。というフレーズ。スタヴローギンの
    「ぼくを苦しめてくれ、ぼくを罰してくれ、ぼくに憎しみをぶちまけてくれ」
    といった果てに彼らの元に来たピョートルにリーザが出て行った後『彼女を愛していない』とのたまい、さらには
    「いや、ぼくは自分の中の猿を笑っているだけです」
    という。この恐るべき空虚さに戦慄しました。その一方で舞踏会が終ろうとする夜更けに、何者かの手によって対岸の郊外の家々に火が放たれ会場は大混乱となっていくのです。その混乱の中、レンプケー氏はその様子を見て
    「ぜんぶ放火だ!こいつはニヒリズムなんだ!燃えているものがあればそいつはニヒリズムだ!」
    と叫び、発狂するのです。G氏はレンプケー氏の政治生命は終わったと述懐しております。

    そんな狂乱の一夜の翌朝に、炎上した川の向こうの一軒屋(借主はスタヴローギン)からスタヴローギンの『正妻』であるマリヤ・レビャートキナとその兄であるレビャートキン大尉。そして女中の惨殺体が発見されるのです。レビャートキン大尉は喉をかき切られ、マリヤは全身をナイフでメッタ刺しにされ、女中は頭を叩き割られるという陰惨なものでした。スタヴローギンから
    「彼らが殺されることは分かっていました。それでも、人殺しどもをとめようとしなかった」
    というまさに『黙過』の告白を聞いたリーザは婚約者のマヴリーギーの静止も聞かず、スクヴォレーシニキの屋敷から火事の現場に駆けつけ、現場にたどり着いた彼女は
    「そいつだぜ、スタヴローギンの女は!」
    (別の方向から)「殺すだけじゃ足りねぇで、見物にまで来やがった」
    という声とともに狂乱した群集によって撲殺されるのです。まさに死に向かって疾走するかのようでした。

    第4章の『最終決断』では「五人組」を脱退しようとするシャートフが密告する恐れがあるということで、彼を殺害し、その罪を「人神思想」のために自殺するキリーロフに負わせるという計画をピョートルが使嗽するのです。ここでもピョートルは旺盛な食欲を発揮し、ステーキを平らげ、キリーロフのところに行って自殺の意思を「念押し」するのです。そこで、脱獄囚のフェージカが登場し、ピョートルは殴り飛ばされるのですが、彼はその後、シュピグリーンの労働者であるフォームカを使い、彼を始末してしまうのです。

    第5章の『旅の女』ではその翌日、シャートフの元妻であるマリヤ・シャートワ(マリイ)が彼の元へと戻ってくるのですが、彼女はスタヴローギンの子供を妊娠しており、シャートフの家で居候しているときに産気づいてしまいます。シャートフはキリーロフや「五人組」のメンバーであるヴィルギンスキー、リャムーシン達のところを駆けずり回り、金や出産にかかわるもろもろのものを確保しようとします。産婆は要らないと言い張るマリイ、それを助けたのはヴィルギンスキーの妻であるアリーナ・ヴィルギンスカヤでした。彼女はシャートフ夫妻の面白さに無償で産婆を引き受け、一人の男の子が生まれます。その際にマリイは
    「ニコライ・スタヴローギンはろくでなしよ!」
    と叫びます。こうして生まれた赤ちゃんにシャートフは彼に「イワン」と名づけ、養子にしようというのです。

    運命の第6章『多難な一夜』ではいよいよシャートフ殺害のために「五人組」のメンバーが集まります。しかし、結構の直前にシガリョーフは異を唱え、現場を去ります。スタヴローギン公園の隅に呼び出されたシャートフは3人掛で地面に押さえつけられ、ピョートルが銃を額に押し当て、射殺されるのです。その遺体は重石をつけたあとで池に投げ込まれます。とても陰惨な場面でした。その数時間後に、ピョートルはキリーロフの家に行き、ピョートルははシャートフ殺害の罪をキリーロフに請負わせ、彼を自殺させてしまうのです。そのときの狂気に満ちたやり取りはここだけでも是非ご覧になっていただけるとありがたいのですが…。二人の「せめぎあい」が本当に鬼気迫るものがあるのです。そして、ピョートルは国外逃亡を果たし、二度と戻ってくることはないのです。

    第7章の『ステパン・ヴェルホヴェンスキー氏の最後の放浪』で全てを失ったステパン氏は失意のうちに放浪の旅に出るのです。そこでであった福音書売りの女であるソフィアと出会い、彼女と行動を共にするのですが、熱病を患い、死の床に就くのです。聖書の一説を読んでほしいと懇願するステパン氏に対し、ソフィアはエピグラフにあるルカ福音書第8章32-36節ともう一つ。「ヨハネ黙示録」の中にある『ラオディキアの教会にあてた手紙』を読むのです。印象的な内容なので、ここに引用したいと思います。
    『ラオディキアにある教会の天使にこう書き送れ。『アーメンである方、誠実で真実な証人、神に創造された万物の源である方が、次のように言われる。 「わたしはあなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく熱くもない。むしろ、冷たいか熱いか、どちらかであってほしい。熱くも冷たくもなく、なまぬるいので、わたしはあなたを口から吐き出そうとしている。 あなたは、『わたしは金持ちだ。満ち足りている。何一つ必要な物はない』と言っているが、自分が惨めな者、哀れな者、貧しい者、目の見えない者、裸の者であることが分かっていない。』
    という箇所を告げられ、激しいショックを受けるのです。その後彼は自分を追ってきたワルワーラ夫人に愛を告げ、彼女の腕の中で息絶えていくのです。

    全ての終わりである第8章の『結末』ではまずシャートフの死を知ったマリイは無茶をした挙句産褥で死に、イワンもまた病死してしまいます。シャートフとキリーロフの遺体が次々と発見され、『五人組』の仲間たちは次々と逮捕されていきます。『リャムーシンは持ちこたえられなかった』という記述があり、自壊した彼の供述が事件解決の決め手となりました。リプーチンはペテルブルグに滞在2週間後に逮捕され、エルケーリは減刑の見込みはなく、トルカチェンコは逃亡後10日ほどして、どこかの郡部で逮捕されます。リーザの婚約者であったマヴリーギーは行方不明となり、母親であったドロズドワ老婦人は精神崩壊を起こしてしまいます。最大の衝撃は主人公であるニコライ・スタヴローギンの『自死』でありましょう。ダーリャに
    「スイス・ウリー州への市民登録を済ませ、家もあるから一緒に行きませんか?」
    と誘いながらも別荘の屋根裏部屋で縊死を遂げる…。その最後にはただただ絶句するともに、
    『だれも責めてはならない、ぼく、自身だ』
    とだけ記された遺書。事前に選び抜かれたであろう丈夫な絹紐や釘、そして苦痛を和らげるために絹紐にべっとりと塗った石鹸…。彼の死は『神になろうとした男』が最後に敗れて自壊していった末の死であり、彼の『限界』こそが人間の持つ『希望』なのかもしれないと思い、ここで筆を擱きます。この陰惨極まりない話にやっと『出口』が見えたことに安堵の息をもらしつつ…。

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    2013年09月07日
  • ドストエフスキー 父殺しの文学 (下)

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    亀山郁夫教授によるドストエフスキー文学の解説および伝記です。下巻では人生の後半部に表した『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』の解説を中心に波乱に満ちた人生から穏やかな晩年に至るまでを追います。

    ようやく読み終えることができました。亀山郁夫教授によるドストエフスキーの解説書。その下巻です。ここでは人生の後半部に起こった出来事や彼の人生および作品に重大な影響を与えた事件などを取り上げ、詳細な解説を行ったものです。作品では革命組織の内ゲバリンチ殺人とニコライ・スタヴローギンという『善悪の彼岸』に立ち続ける人間を描いた『悪霊』ひとりの『運命の女性』をめぐって父と子が相争う(どこかで聞いたことがある話ですね)『未成年』そして文学上にこめられるほぼ全てのテーマを盛り込んだ『父親殺し』を主軸とする『カラマーゾフの兄弟』の解説が作品世界の中心に。

    ドストエフスキーの人生は賭博や恋愛。さらには莫大な借金に苦しめられながら追いたれられるようにアンナ夫人の口述筆記で作品を書き飛ばしていた時代。政治事件でシベリア送りになって以来、常に皇帝。秘密警察の『目』にさらされ。テロリストによる国家転覆を目の当たりにし『終末』観が色濃く反映された『四大長編』は『予言の書』として幾度となく読み継がれていく理由が本当によく分かりました。

    ここでよく俎上に上げられているのは『教唆』(もしくは使嗾)のモチーフです。『悪霊』のニコライ・スタヴローギンや、『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフを『唆した』イワン・カラマーゾフ。彼らを初めとする登場人物の『行動原理』を丁寧な解説で読み解いているところに、本書の価値があると思います。

    『黙過』と『使嗾(もしくは教唆)』という言葉に出会うことができた。そのことだけでも本当に価値があるものでございました。

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    2013年09月04日
  • 悪霊 1

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    『ネチャーエフ事件』に発想をえて綴られたドストエフスキーによる政治小説です。『内ゲバリンチ殺人』という陰惨なテーマとスタヴローギンという悪魔的な主人公に『人間とは何か』ということを突きつけられます。

    ロシアの誇る文豪、ドストエフスキーが後年に発表した『五大長編』のうち、内容的にはもっとも『危険』とされる小説である『悪霊』それが亀山郁夫氏の新訳によって現代の社会に甦りました。

    この小説の構想を得たものは1869年に発生した『ネチャーエフ事件』と呼ばれる内ゲバリンチ殺人事件で、架空の世界的革命組織のロシア支部代表を名乗って秘密結社を組織したネチャーエフが、内ゲバの過程で一人の学生イワン・イワノフ(物語中ではイワン・シャートフ)をスパイ容疑により大学の構内で彼を殺害し、池の中に遺棄したというなんとも陰惨な事件でございました。ちなみに、このネチャーエフをモデルとしてピョートル・ヴェルホヴェンスキーという人物が造形されております。

    しかし、ドストエフスキーの関心はある一人の登場人物に移っていくのです。創作ノートに
    『いっさいはスタヴローギンにあり、スタヴローギンがすべて』
    『小説のパトスは公爵(引用者注:スタヴローギンの創作ノート中の呼称)』
    『残り全てのものは、彼のまわりを万華鏡のようにめぐる』
    と書き記すほどになっていくのです。そんな悪魔的な人物であるニコライ・スタヴローギンを中心に『地獄編』ともいえるような物語が綴られていく、ここではその長い長いプロローグ的な一冊でございました。正直な話、僕はこの亀山郁夫教授による新訳でなければ、最後まで読み通すことができたかどうか、これを書いている現在でも疑問に思っております。

    全体の構成はレポート・ナビゲート役を務めるアントン・G氏の『クロニクル』という形をとられており、彼の『視点』を通してこの壮大な救いようのない物語が幕を開けるのことになるのです。年代及び舞台は、1869年の秋から冬にかけてロシアのとある地方都市と、その郊外にあるスクヴォレーシニキと呼ばれる別荘地です。

    プロローグである第1部第1章ではこの領地を統括するスタヴローギン家の女主人であるワルワーラ・スタヴローギナ(以下ワルワーラ夫人)とかつてはロシアの思想界をリードすると目されていながら、現在はワルワーラ夫人の庇護を受け、年下の人間相手に酒とカード賭博に明け暮れるというステパン・ヴェルホヴェンスキー氏との20年にもわたる『友情』物語の経緯が綴られております。僕はここを読んでいて読み飛ばしてしまおうかと思いましたが、後の展開に繋がる重要な『複線』があるそうなので、我慢して読みました。

    それにしても…。ステパン氏の会話の部分。日常会話であるロシア語の間に当時のインテリ、もしくは貴族階級の必須教養であったフランス語を交えるという話し方は読みながらなんとも言いようのないものを感じ、日本語と英語がちゃんぽんになってしゃべる人間…。たとえて言うならジャニー喜多川氏を連想してしまいました。第1部を読む限りではステパン氏は『いい人』です。ただ、この『いい人』ぶりが全体から見るとものすごく浮いているのですが…。しかし、この20年間の間に二人の関係は『行き詰まり』を迎えつつあるという暗示的な予感がところどころに挟み込まれております。

    われらが主人公『ロシア負のファウスト』ことニコライ・スタヴローギンがようやく出てくるのは第1部2章の『ハリー王子。縁談』からになります。ニコライ・スタヴローギンはステパン氏から養育を受け、学習院へと進学し、軍務に就くというエリートコースの人生を歩みます。しかし、その頃からにわかに放蕩にふけりだし、さらには二度の決闘事件を起こし、ワルワーラ夫人を心配させるのです。ステパン氏はそんなニコライ・スタヴローギンの行動をシェイクスピアの戯曲である『ヘンリー四世』の登場人物である「ハリー王子(ヘンリー五世の青春時代のあだ名)」を引き合いに出し、「一時的なことだ」
    となだめるのですが、ワルワーラ夫人の胸の中には言いようのない不安が渦巻いているのでした。

    さらに地元にいるときのニコライ・スタヴローギンの起こした『事件』があり、それは
    『公衆の面前でガガーノフという男の鼻をつまんで引きずり回す』
    『リプオーチンの妻の唇に心行くまでキスをする』
    『県知事であるイワン・オーシポヴィチの耳を噛む』
    などのもので、どう考えても常軌を逸したものです。ニコライ・スタヴローギンは一連の事件が元で、故郷の町を追われることになります。それが物語の始まる4年前ので出来事でございました。

    一方、ワルワーラ夫人はヴェルホヴェンスキー氏との『関係』を解決するために自らの養女であるダーシャと彼とを結婚させようと、あれこれと画策するのです。

    物語の『転』である第1部第3章では何かにひきつけられるかのように、『悪霊』の登場人物たちが次々とこの町に帰還します。

    さらに第1部第4章では足の悪い『神がかり』の女であるマリア・レビャートキナが登場し、大きな転換点を迎えることになります。

    そして第1部のフィナーレである5章において物語はいよいよカオス的な方向へと導かれていくのです。マリアの兄であるレビャートキン大尉がニコライ・スタヴローギンからマリアに贈られた300ルーブルを横取りし、さらにその上、領地を貰い受けたと主張し、ヴェルホヴェンスキーと長年離れて暮らしていた息子であるピョートル・ヴェルホヴェンスキー。彼と父親であるステパン氏との『断絶』した関係を示すやり取りは、本当に読んでいてつらいものがありました。これらによって全体が引き裂かれていく中で現れたニコライ・スタヴローギンがマリア・レビャートキナと結婚していたのかという問いに、その『真実』をやんわりと否定したスタヴローギンがその事実を知るイワン・シャートフに殴られ、スタヴローギンはてを後で十字に組み、されるがままになっていたのです。それにはある恐ろしい『意味』が…。ひそかにスタヴローギンに思いを寄せるシャートフの妹であるリーザが絶叫して気を失うというところで終わります。


    第1部でこのすさまじさ。残りを読むのが楽しみでもあり、また恐怖でもありますが、この『悪霊』がとてつもなく『危険』だといわれるゆえんだけは、なんとなく分かったような気がしてなりません。

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    2013年08月30日
  • 謎とき『悪霊』

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    ドストエフスキーの小説の中でも『政治小説』という意味あいでは最大の問題作といえる『悪霊』。長年この小説に魅了され続け、『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』の新訳を手がけた亀山郁夫氏による解説の決定版です。

    『一切はスタヴローギンの性格にあり、スタヴローギンがすべて』

    『私は彼を自分の魂から取り出してきました』

    世界文学史上にその名をとどめる屈指の問題作。ドストエフスキーの『悪霊』。『ネチェーエフ事件』という当時起こった内ゲバリンチ殺人事件に材を採り、ロシアに蠢いていた革命家たちを徹底的にパロディ化することを目的に描かれた小説は、現代の世の中にとっても決して色あせることなく、その禍々しいまでの魅力を放ち続けております。本書は『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』の新訳を手がけ、その生涯の中に『悪霊』の存在があったといわれる亀山郁夫氏による『謎解き』です。

    『悪霊』そのものも膨大な量でございますが、いやはや。本書もまた重量級で、いかにあの作品の持つ『重さ』がわかったような気がいたしました。創作ノートを丹念に読み解くことによって原型である『偉大な罪びとの生涯』からいかにわれわれが現在読むことのできる『悪霊』に物語および登場人物が『変遷』していったのか?当時の革命家たちにとって『スイス』が彼等にとっての『思想』の『射撃場』であったという衝撃的な事実。ギリシャ語で「十字架」の意味を持つスタヴローギンとは一体何者であるのか?そのモデルの考察も面白いものがありました。

    スタヴローギンの『教育係』であり彼の母親であるワルワーラ夫人と長年の『友情』を育んできたステパン・ヴェルホヴェンスキー氏の人生や、彼の息子であるピョートル・ヴェルホヴェンスキー氏および彼の『仲間たち』が帰郷し、スタヴローギンが海外で結婚したというマリアとの事実関係をめぐったシャートフによる殴打の裏で何を感じていたのか?ここに彼の悪魔的超人の片鱗が見え隠れしてくるのです。さらにスタヴローギンは自分のうちにあるまったく相反する思想「ロシア・メシヤ主義」と「無神論に端を発する人神哲学」をキリーロフとシャートフに吹き込むのです。これがあとで恐ろしい運命を彼等にもたらすのですが…。

    スタヴローギンは脱獄囚のフェージカに遭い、カネをばら撒きながら
    「これからは殺しもやれ、盗みもやれ」
    と自分の妻とその兄を殺すように「そそのかす」のです。結果、その目的は達せられ、現場に言ったリーザは集団発狂した群集に撲殺されるという悲劇的な最期を迎えます。さらに、革命を起こそうというピョートルは「血の結束」を図るためにシャートフは殺され、キリーロフはその罪を一身に背負って自殺していくのです。

    ここまで書いていてあまりの重さに筆が鈍るのですが、やはり、この本における最大の考察箇所は
    「14歳の少女を陵辱した上に彼女を自殺にまで追いやる」
    というムチャクチャな内容のせいで、半世紀以上も日の目を浴びなかった『チーホンのもとで』の中にある「スタヴローギンより」と銘打たれた彼の告白でありましょう。この告白がルソーの影響を受けていることや、『福音書』をもじっているという神を冒涜するような内容に恐れおののきながら解説を読み進めていると、マトリョーシャが母親に折檻されるときにそれを『黙過』しながらマゾヒズムという倒錯的な快楽に浸っていたという衝撃の事実。死に向かっていくマトリョーシャを窓から『眺め』きっちりと時間を計って彼女が縊死を遂げた現場に行き、一切のものを「のぞき見る」という行為の浅ましさ!これは19世紀の事情を考えても公開するのは難しかったでしょう。

    そして、罪深きスタヴローギンの最期もこれまたマトリョーシャと同じく縊死というおぞましい死に方で、なおかつその場所が屋根裏部屋という設定はまさにロシアという大地をとことん嫌い、死したとしても大地に横たわることを拒否したかのような、という記述になんとも言いようのないものを感じずにはいられませんでした。こういう解説ものを見てから『悪霊』本編を読むか。それとも、すべて本編を読み終えた上でこういった『解説物』を読んでいくか。どちらが正しいかはわかりませんが、とりあえず僕は前者の方法で、このすさまじく重い小説を読み進めて行こうと思います。

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    2013年08月20日
  • 『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する

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    ネタバレ

    ベストセラーのカラマーゾフの5冊が読み終わりましたが、まだまだ楽しみが残っていました。訳者だった亀山氏がその続編を空想するという何とも素晴らしいファンタスティックな本を用意してくれたのです。カラマーゾフの中に隠された謎の数々、そして妻アンナ他に語った言葉、他作品の中のヒント、そしてドストエフスキー自身の生涯、ロシアを騒がせた事件・思想家たち。それらを組み合わせ、大胆な推理になりますが、実に説得力に富む粗筋が展開しています。あまり解き明かすのも野暮ではありますが、アリョーシャとコーリャそしてリーザの3人が中心に展開し、皇帝暗殺事件へつながっていくのです、その中でアリョーシャは一体どのような役割を果たすのか? むしろコーリャが中心的な位置を占めることは確実な模様です。

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    2013年08月18日
  • チャイコフスキーがなぜか好き 熱狂とノスタルジーのロシア音楽

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    Network audioの音のすばらしさから最近音楽づいています。音楽づいているといっても、ただ訳もわからず聞いて興奮しているだけですが・・・

    今回は訳もわからず聞いている中でもなぜか惹かれる傾向があると気づいたロシア音楽をテーマにした入門書。まぁタイトルは実に軽くふられていますが、内容は素人にはゴッツイです。音楽という芸術も歴史と宗教の影響を強く受けていて、その背景を把握することがより深く感動することにつながっているという主張です。その仮説と主張が正しいかどうかは僕にはわかりませんが、その熱い思いや、何を言っているかわからないけど、こういうのめりこんでいる感じが刺激的で楽しい(「超半音階技法」とか「微分音音楽探求者」ってどんなSFって感じ)。まさに未知の世界。

    ドストエフスキーとチャイコフスキーが交流があったというのも驚き。

    読みながらCDを聞いてみると楽しさ倍増。知らない作曲家が多いのですが、あらたな発見があって楽しい!

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    2012年10月07日
  • 悪霊 3

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    新潮文庫で以前読んでから10年ぶりくらいの再読。

    観念にとりつかれた人々の織りなす陰惨な悲劇。愛さえも、より大きな悲劇を引き起こすだけなんだけど、それでも観念と同時に愛にも取り付かれていた人たちの悲劇にはまだ救われる気持ちがする。
    愛と縁がない登場人物たちの殺伐さたるや!

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    2012年06月02日
  • 罪と罰 3

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    ネタバレ

    辛いときには幸せな物語を読むより、同じように辛い物語を読む方が救われたりするので一気に読んでみました
    ラスコーリニコフの考えは完全に理解するのは難しいけど、似たように苦しんでる立場だったりするとポルフィーリーに追い詰められる辛さや、大切なのに疎ましく思ってしまう家族や友達への感情は痛いほど理解できた

    それにしても彼はあれで救われるのでしょうか?
    でもどんな状況になっても少しは希望は見えるものなんだなぁと思った


    最後の一行は私も気に入ってます

    (2023/10/25:再読)

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    2023年10月25日
  • 悪霊 3

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    難解だったが、2巻の途中から引き込まれてあっという間に読めた。先に読んだマンガも面白かったが、全体の描写はされていなく、原作は非常に深い。歴史的背景などを勉強すればもっと面白いだろう。

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    2012年01月29日
  • 悪霊 3

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    待望の3巻を読む。1→2→3と進むにつれて深みが増す。堰が切れたように、死んでいく人々の描写が圧巻で、一気に読めた。ロシアの当時の世情に疎く、何が起こっているのか詳細はわからないのに、圧倒的に押し込まれる気持になった。

    今年読んだ中でベストの本。解説などは、これから読むけれど素直にそう思う。

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    2011年12月19日
  • 悪霊 2

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    少し前に1巻の文句を言ったのを反省したくなるぐらい面白い。

    心理的な怖さが持続しつつ加速、一気に読んでしまった。2巻だけでも傑作。
    こうなると、あれ程読みにくくて、投げ出しそうになった1巻すら読み返してしまった。

    さっき3巻を買いに行ったらまだ出てなくて、衝撃を受けた。
    3巻が待ち遠しい。

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    2011年10月27日
  • ドストエフスキー 父殺しの文学 (下)

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    [ 内容 ]
    神か、革命か。
    皇帝権力とテロリストの果てしない闘い―「終末」の様相を深めるロシアの大地に、国家の囚人として生きる晩年のドストエフスキー。
    生身のキリストと罪なき子どもに託されたロシアと世界の救済。
    しかし、真実はどこに?
    『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』に刻まれた「教唆」のモチーフを辿り、ドストエフスキー文学における最大の謎「父殺し」をついに読み解く。

    [ 目次 ]
    第2部 聖なる徴のもとに(犠牲、欲望、象徴;使嗾する神々)
    第3部 彷徨える大地の子ら(偶然の家族;プロとコントラ;解体の原理、復活のヴィジョン;「父殺し」の子どもたち)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2010年06月04日
  • 『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する

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    「アリョーシャがそんなことするなんてっ!!」カラマーゾフを読み始める前は、全然こんな本「ケッ」って思ってたんだけど、読み終わったら、ぜひ買わなくては読まなくては、と思った。書かれなかった第2の小説。それがどんな展開になるかを科学的(?)に分析。どうなるの?どうなるの?と思ってさくさくと読めました。特にこの本、訳者の亀山先生(現在『罪と罰』を訳し中らしい☆楽しみ!!)が書いているんだから、信憑性が高い!!そうか、そうかー、なるほどーー、ふむふむ、と思って読めました。読みながら自分も第2の小説を考えられて、もしかして、こんな筋道!?と思ってたら合ってたりして・・・そこらへんの推理小説よりは面白いかも♪(カラマーゾフの後なら)

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    2010年10月14日
  • 罪と罰 3

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    当時のロシアの社会的背景や宗教について
    詳しく知らなくても
    圧倒的に面白い

    主人公のラスコーリニコフが
    一線を越えるまで
    超えてしまった直後
    そしてその後

    彼の心理的変遷が
    たっぷりの独白と理解し難い行動と共に
    凄まじい情報量と臨場感で描かれていきます

    人を殺めてしまった人間に
    見える風景
    親しい人たちとの
    関係性の変化
    犯人として追い込まれていく
    心理

    一人の犯罪者の人生に
    力ずくで引き摺り込まれていくような
    没入感

    何より心奪われたのは
    人を殺めてしまった
    青年の刻々と変わっていく心理

    何者かになろうとして人を殺めてしまい
    何者にもなれなかったラスコーリニコフ
    彼自身がそのことを受け止めきれない
    だから自分が犯した罪も受け入れられない

    人を殺めてしまってからの
    精神的苦悩 幻聴 幻影 精神的不安定さ

    彼の真っ当な理性も道徳心も
    意識の底に潜み
    自分ではコントロールできない何者かに
    支配され翻弄されていく姿は痛々しく
    そんな姿そのものが罰を受けているように
    私には見えました

    でも彼にとっては
    罪を犯した自分を認めた事で
    本当の意味での罰が始まるのかもしれません

    ラスコーリニコフにそれができたのかどうか
    私には最後までわからないままでした

    こんなにも深淵で複雑怪奇
    理解不能な人間の心

    読み終えた今
    自分の心の奥にも
    コントロールできない
    得体の知れない何かが隠れているかもしれない

    そんな事を考えていたら
    すごくゾッとして
    立ちすくんでしまいました

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    2026年10月12日
  • 白痴4

    Posted by ブクログ

    ロシア社会の変貌に飲み込まれていく人々をドラマチックに描いた作品。単なる「割り切れない恋愛」では捉えきれない、その深層に絡み合う心情に注目したい。

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    2026年10月07日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    ロシア社会の変貌に飲み込まれていく人々をドラマチックに描いた作品。単なる「割り切れない恋愛」では捉えきれない、その深層に絡み合う心情に注目したい。

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    2026年10月07日
  • 白痴2

    Posted by ブクログ

    ロシア社会の変貌に飲み込まれていく人々をドラマチックに描いた作品。単なる「割り切れない恋愛」では捉えきれない、その深層に絡み合う心情に注目したい。

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    2026年10月07日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    ロシア社会の変貌に飲み込まれていく人々をドラマチックに描いた作品。単なる「割り切れない恋愛」では捉えきれない、その深層に絡み合う心情に注目したい。

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    2026年10月07日
  • カラマーゾフの兄弟〈3〉

    Posted by ブクログ

    3巻目に入って話がどんどん進み、俄然読みやすくなってきた。長兄ミーチャ・カラマーゾフの運命やいかに!

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    2026年10月05日
  • カラマーゾフの兄弟〈2〉

    Posted by ブクログ

    前回でトラウマになった難解な章「プロとコントラ」を何とか乗り越えたが、
    やたらエネルギーを消費したので、ちょっと軽めのやつを読んでから再開することにする。

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    2026年10月05日