亀山郁夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレここまでの長編小説、しかも古典的な海外文学を読んだのは初めてだった。1回目では登場人物や起こった出来事を把握しきれず、2回通り読んだ。
1番の感想としては、人間は極貧、劣悪な環境の中でもここまで意思を持ち、強く生きていけるのかと、元気づけられた。逆に言えばここまで劣悪な環境だからこそ意思を持てるのかもしれんけど。
個人的に面白かった場面が3つある。
・予審判事ポルフィーリーとの攻防
ポルフィーリーが恐ろしいほどにラスコーリニコフの心の内を読み、追い詰めていくのにはハラハラさせられた。まさに宿敵って感じかと思ったら最終的にはラスコーリニコフの罪を軽くしようと自首を勧めるっていうのには驚いた。俺が思うにポルフィーリーも以前はラスコーリニコフと同じ思想を抱いていたからこそ、その心理が分かるし、何かしらの情けも生まれたんだと思う。
・カテリーナの悲惨な死
このシーンは読んでて臨場感満載で心が痛くなった。夫はろくでなしで有り金を全部酒に注ぎ込んでしまうし、子供も4人いて、長女はお金を稼ぐために娼婦になるしかなかったし、カテリーナ自身も生まれの良さ故のプライドを捨てられず身の丈に合わない言動を繰り返して家主に追い出され、最期はヒステリーを起こして奇行に走り、持病の結核のため血反吐を撒き散らして死ぬ。彼女の裕福だった昔を思うと辛くてしょうがない。
・ナスターシャの存在
ラスコーリニコフの下宿の女中で、たまに出てくるとなんか和む存在。おてんば娘なイメージ。結構大事なシーンにもしれっと入り込んで話聞いてたりする野次馬感が面白い。あと、ラスコーリニコフは家賃を払ってないのにも関わらず、出てくるたびにご飯食べさせてあげようとしてるのが健気で可愛い。 -
Posted by ブクログ
「カラマーゾフの兄弟4」
「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻」
※4.5の感想です。
これで、亀山郁夫訳のカラマーゾフの兄弟全巻を読み終えた。
長くて苦しくて楽しくて、、今まで読んだどの本にも無い読後感だった。
それはこれが、未完の大作であるからということも大きいのかと思う。
ドストエフスキーは、このエピローグまでを第一の小説とし、その13年後を描く第二の小説を念頭に置いて書いていたが、亡くなってしまったから。
にもかかわらず、この完結性の高さという、他に比べようがない(少なくとも自分が読んだ中では。)「人類の奇跡のような」作品。←訳者、亀山郁夫氏の言葉
まずは、第4巻から。
第4巻は、第10編「少年たち」という話から始まるのだけど、これが個人的に素晴らしく良くて、ドストエフスキーの、反抗的でありながらも、少年のもつ純真さや繊細さ、故の暴力性を台詞回しや出来事によって描き切る才に驚愕した。特に、後々まで重要になるコーリャという少年の描写が本当に良くて、、どことなく、スティーブン・ミルハウザーの「エドウィン・マルハウス」の世界観を思い出させた。(これも傑作中の傑作)
イワンの内面が徐々に浮かび上がる中盤、スメルジャコフとの対話のシーンは不穏で不気味、グロテスクで、なんだか自分自身の内面を暴かれているようでどきどきした。
その流れからのミーチャの裁判。
世の中の残酷な事件や、戦争、虐待。
「父殺し」という作中での直接的表現にそれらをあてはめてみると、更に先ほどのイワンの内面描写が他人事ではなく思えて今度はゾッとするのである。
そしてそれらを見つめる「わたし」の俯瞰的目線、それによって台詞の意味が補完される。
5巻にある訳者による解題での「ポリフォニー(多声)性」という手法の巧みさ!読み手により如何様にも読めるという面白味に加えて、最大の主題「神はあるのか」についてもまた、登場人物の言動や行動や、それに伴う結果のそれぞれの違いによって複雑に絡み合って、決して白か黒かでは分つことができない。
その「複雑さ」がリアルで惹きつけられる要因のひとつなのかもしれない。
またしても「二項対立の脱構築」的思考だなと、、
第5巻エピローグは、僅か63ページ。
これで本編自体は完結する。
最後のアリョーシャのスピーチを読んだとき、本当に自然に、ハラハラ涙が出て、心が動くということは多分これのことなんだなと実感した。
これまで積み上げてきた長い物語世界の、一つの側面であり大きな主題でもある、先述した「神はあるか」についての、人間としての最適解というか、本当は全ての人間がこうありたいと願っていると「思いたい」と思える、素晴らしいものだった。
143年前のロシア古典文学が、今もずっと読み継がれている理由が身に染みてよくわかった。
訳者違いで、また何度も読みたい。
素晴らしい読書体験だった。 -
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「カラマーゾフの兄弟4」
「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻」
※4.5の感想です
これで、亀山郁夫訳のカラマーゾフの兄弟全巻を読み終えた。
長くて苦しくて楽しくて、、今まで読んだどの本にも無い読後感だった。
それはこれが、未完の大作であるからということも大きいのかと思う。
ドストエフスキーは、このエピローグまでを第一の小説とし、その13年後を描く第二の小説を念頭に置いて書いていたが、亡くなってしまったから。
にもかかわらず、この完結性の高さという、他に比べようがない(少なくとも自分が読んだ中では。)「人類の奇跡のような」作品。←訳者、亀山郁夫氏の言葉
まずは、第4巻から。
第4巻は、第10編「少年たち」という話から始まるのだけど、これが個人的に素晴らしく良くて、ドストエフスキーの、反抗的でありながらも、少年のもつ純真さや繊細さ、故の暴力性を台詞回しや出来事によって描き切る才に驚愕した。特に、後々まで重要になるコーリャという少年の描写が本当に良くて、、どことなく、スティーブン・ミルハウザーの「エドウィン・マルハウス」の世界観を思い出させた。(これも傑作中の傑作)
イワンの内面が徐々に浮かび上がる中盤、スメルジャコフとの対話のシーンは不穏で不気味、グロテスクで、なんだか自分自身の内面を暴かれているようでどきどきした。
その流れからのミーチャの裁判。
世の中の残酷な事件や、戦争、虐待。
「父殺し」という作中での直接的表現にそれらをあてはめてみると、更に先ほどのイワンの内面描写が他人事ではなく思えて今度はゾッとするのである。
そしてそれらを見つめる「わたし」の俯瞰的目線、それによって台詞の意味が補完される。
5巻にある訳者による解題での「ポリフォニー(多声)性」という手法の巧みさ!読み手により如何様にも読めるという面白味に加えて、最大の主題「神はあるのか」についてもまた、登場人物の言動や行動や、それに伴う結果のそれぞれの違いによって複雑に絡み合って、決して白か黒かでは分つことができない。
その「複雑さ」がリアルで惹きつけられる要因のひとつなのかもしれない。
またしても「二項対立の脱構築」的思考だなと、、
第5巻エピローグは、僅か63ページ。
これで本編自体は完結する。
最後のアリョーシャのスピーチを読んだとき、本当に自然に、ハラハラ涙が出て、心が動くということは多分これのことなんだなと実感した。
これまで積み上げてきた長い物語世界の、一つの側面であり大きな主題でもある、先述した「神はあるか」についての、人間としての最適解というか、本当は全ての人間がこうありたいと願っていると「思いたい」と思える、素晴らしいものだった。
143年前のロシア古典文学が、今もずっと読み継がれている理由が身に染みてよくわかった。
訳者違いで、また何度も読みたい。
素晴らしい読書体験だった。 -
Posted by ブクログ
1巻と2巻は2週間くらいかけて何とか読み終えたけど、この3巻は朝から晩までかけて1日で読み終えてしまった。
今さっき読み終え、まだ虚無感が残っている。今まで読んだ本の中でトップクラスに心にズシンと来る1冊だった。
色んな知識人がこの作品をべた褒めしてるから、そのバイアスがかかってるとは思うけど。
登場人物が全員好きだった。
ルージンも勿論悪役で性格も悪いんだろうけど、動機はどうであれ、主人公と揉めなければいい人で終わりそう。現実世界でいい人だと思われてる人でも、ルージンみたいな人沢山いるんだろうな。心では相手を見下してる人。
スヴィドリガイロフもいいキャラしてた。突然現れた謎の人物。心の魂胆を見抜かれ主人公と対立するけど、最終的にはドゥーニャに拒絶され自殺。小さい子を助けたりしてる描写から、ルージンみたいな心からの悪人では無いんだろうね。
本当に妻を毒殺したのかどうか、彼の自殺に至るまで心理プロセスなど、まだまだ読み取れてない部分も沢山あるので、時間と気力があればまた考察してみたい。多分しないと思うけど。
結局ナポレオン主義は間違ってたのかな?それとも間違ってる間違ってないとかの次元の問題じゃないのかな?
エピローグの疫病の話から読み取れるように、みんなが皆ラスコーリニコフみたいな考えになったら世界は崩壊する。
選ばれた人間というものが神様によって明確に教えられていれば、このシステムは正しく働く。
でも功利主義的な考えが常に正しいとは限らないし難しいね。
ラスコーリニコフが警察署で自首するシーンが自分の中でピークだったから、エピローグは個人的に蛇足だった気がする。自首するシーンで心臓バクバクだったのに、心が安らかになっちゃった。
まあ主人公の再生のの気持ちが見れたのは嬉しいし、あった方が作品として綺麗に終わるのは分かるけど。
他にとカテリーナさんの発狂シーンや、ラスコーリニコフの「協同組合」の看板のシーン等々お気に入りのシーンが沢山ある。
付箋を貼っておいたのでそこだけでもまた読み直したい。 -
Posted by ブクログ
最高だった。
人生のうちで何度でも読み返したくなるであろう一冊。
正直作者が描いた世界が深すぎて、一読では理解しきれてない部分、把握しきれてない部分はあると思うんだけどそれでも十分面白かった。
なにより亀山郁夫さんの訳が素晴らしい。
ここまで読み切れたのも読みやすい訳があったからこそだと思う。この「罪と罰」は1ページ1ページがドラマの連続で、どのシーンも本当にすごいんだけど、一番忘れられないのがラスコリーニコフが自首する前にドゥーニャとソーニャに向かって自分の思いをぶちまけるシーン。
「血なんてみんな流してるだろ。この世界じゃ、滝みたいに流されているだろ、これまでだってずっと流されてきただろ、シャンパンみたいに流されてきただろ。(中略)このおれだって、人々のためになることをしたかったんだし、何百、何千という善を成し得たかもしれないんだ、あのひとつの愚行な行為の代わりにさ」
一人の人間が逡巡の末に罪を犯し、自らの罪を正当化する姿勢などを見せながらも、結局は自首し、(法律面と精神面での)罰を受けていく、という過程を見る中で本当にさまざまなことを考えさせられた。人を殺すという罪はどれくらいのものなのか。戦争では人を殺すということが正当化され、多く殺したものは英雄視されるのに、なぜ一人殺すと犯罪者として裁かれなければいけないのか。そう簡単に答えが導き出せる問いではないし、この本の中にわかりやすくその答えが提示されているわけでもない。でもその問いを、ここまで素晴らしく、ある意味美しく、ラスコリーニコフの物語に乗せて描き出せるドストエフスキーは本当にすごい。また必ず読み直したい。 -
Posted by ブクログ
面白かったなー!
分からないところもあった
率直に言ってたくさんあった
でも面白かった、かなり面白かった
どうせ難しいだろう、理解できないだろうという思い込みで世界を閉じずに、これからも色んな古典に挑戦していきたいと思いました
改めて目を見開かせられた転機の一冊になりそうですね
日本の古典も読み直したいと思いました
夏目漱石とかね
さてドストエフスキーに話しを戻して自分なりの解釈というかそんなんを書き綴ってみたいと思います
なんかてんで見当違いなことを言うかもしれませんが、多くの研究がされつくしているこの名著に果敢に挑むど素人の姿勢を評価してほしい
今は甘やかす時代なのです
またこの先幾ばくかのネタバレも含まれておりますが、この世界的古典の名作にネタバレもないよなという思いからこのまま行きます
やはり『罪と罰』ですから、何が罪で何が罰かってところだと思うんですね
まずは裏の主人公とも言えるスヴィドリガイロフですが、なんとなく妖しい、女たらしで主人公の妹ドゥーニャにしつこくつきまとい、妻を殺した疑われていますが、実はこの人確定的な「罪」は 何ひとつ語られていないんですね
しかもピストル自殺の直前には娼婦のソーニャとみなしごとなったソーニャの妹弟にお金を渡すという善行も行っており、ラスコーリニコフの「罪」についても結局告発せずに死んでいきます
実は善人だったのでは?なんて陳腐なことを言いたいのではありません
めっちゃ悪人だったのだと思います
事実偶然知ったラスコーリニコフの「罪」を利用してドゥーニャを脅したりしてますからね
だけど悪人であることを自覚しつつも、そんな自分に 嫌気がさしていたんじゃないでしょうか
生まれ変わりたいと心のどこかで思っているのに自分ではどうしようもなく同じことを繰り返してしまう
どうしていいか分からなくなったときに純潔なドゥーニャと結ばれることが自分の「再生」の道と信じたのではないでしょうか
そしてドゥーニャに はっきりと拒絶されたことで自分の思う「再生」の道が絶たれたと絶望したのではないか
そして自分の生き方に「罰」を与えたのではないでしょうか
そして主人公ラスコーリニコフです
物語の最後まで定まらず、思考も評価も大きく振れまくります
彼の「罪」とは何だったのでしょうか
もちろん2人の女性を非常に身勝手な理由で殺害したことは大きな「罪」ですが、ドストエフスキーが彼に背負わせたかった「罪」はそれだけだったのでしょうか?
自分は 「人間」そのものを代表させたかったのではないかと思うのです
人間というのはとても謎の多い種だと思うんですよね
人間の持つ身勝手さというか、揺れまくる思考とか、あととんでもなく残酷なことを正義と信じこんで実行しちゃうところとか
もういろんな、なんでそうなるの?って同じ種でもてんで分からんし、言ったら自分のこともよく分からんし
人の持つ罪深さというか、不安定さみたいなんをラスコーリニコフに背負わせたかったんかなぁと思いました
では、「罰」は?
それはもうずばり「愛」だと思うんですよね
「本当の愛を知る」瞬間が「罪」を犯した後のラスコーリニコフの身に訪れることは、とんでもなく残酷な「罰」だと思うのです
このことが真の意味での「罰」に気付き、自身がいかに身勝手な存在だったかを突きつけられ、そこに「後悔」が生まれます
なぜあんなことをしてしまったのか、あんなことさえしなければもっと彼女と一緒にいられたのに、彼女を苦しめることもなかったのにと
そして「再生」を目指す彼の新たな人生は、これまでの反省もせず、まわりを見下したままの人生に比べればそうとう苦難な道のりになるはずです
今までの自分を全否定するところから始めねばなりません
でもその道を進んだ先にしかソーニャと添い遂げる未来はないのです
それに気付くことが「罰」なのですきっと
やっぱ愛だぜ -
Posted by ブクログ
なにこれ。すごい。面白すぎる。
ドストエフスキーは、高校時代にカラマーゾフの兄弟を少し齧ったっきり。
難解な話の展開(と、当時は感じた)と登場人物の多さに挫折したのを覚えている。
そこからはドストエフスキー文学とはちょっと気まずくて(?)、正直言って避けてた。
でも、今回たまたまこの「罪と罰」を手に取って読んでみたら面白い面白い。
意味のわからない展開もあるし、相変わらず名前も覚えられないのに、なんでこんなにドストエフスキーを面白く感じるんだろう。
私は今結構病んでいて、そんな闇の深い自分の心にとって、この「罪と罰」が多分すごくいい鎮痛剤のような本だったんだと思う。
多分、高校時代に読んでいたら「なんだこれ」で終わっていたに違いない。
よくわからなかったなあと思う人はぜひ人生に絶望しきっちゃってる時に再読してみて欲しいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ狂乱と喧騒の第3巻。
途中まで、ミーチャの魅力がまったくわからん……と思いつつ読んでました。
思い込みで突っ走るし、浪費家でお金にだらしがないし。
なんで、作者から「高潔な」と人物描写されるのか、他の登場人物からなんだかんだ言いつつ好意をもたれているのか、理解できん、と。
でも、終盤で彼が絞り出した
「親父の血にかんして、ぼくは無実です! 罰を受け入れるのは、親父を殺したからじゃない、殺したいと思ったから、ひょっとするとじっさいに殺しかねなかったから、なんです······」
というセリフで、今までの彼の支離滅裂な行動も、性格の甘い部分も、ぜんぶが反転して人間らしく思えてくる、見事さよ!
そしてこれは、1巻でスメルジャコフが展開した、キリスト教徒が受ける迫害と改宗の問題への「屁理屈」(と、私は思ってる)に対する、痛烈なドストエフスキーの答えになっているのではないかな。
宿屋で繰り広げられる狂気じみたオールの描写に圧倒されつつ、前半で提示された信仰に関する問いが見事に回収されていく手腕に驚くしかなかった本巻。
改めて作品のスケールの壮大さに圧倒されて、まだほんのり残っていたお正月気分も一気に吹き飛びましたとさ。
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Posted by ブクログ
圧巻の最終巻。真実が次第に漏れていく中、愛する者たちに困難が降りかかる。犯罪者の苦悩と決断に感動は必至!
分厚いが一気に読める500ページ。ヒロインふたりに襲いかかる危機に白熱。ドラマチックな展開に夢中になるあまり、ラスコーリニコフの心理的な変化を見落としがちだった。なし崩し的にあの結末に向かうが、彼の信念そのものには変化がないことに不安をおぼえる。しかし、ラザロの復活を暗示するラストシーンに希望の兆しをみて感動。筋書きの面白さに駆け足で読み切ってしまったせいで、細かい考察はできていない。普遍的な内容を持つ本作は、まだまだ深掘りする価値があると思った。魅力的な登場人物たちは深く心に残る。