亀山郁夫のレビュー一覧
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エピローグ。
ドミトリーとカテリーナの和解。
(引用)こうして二人は、ほとんど意味もなく、狂おしい、ことによると真実とかけはなれた言葉をたどたどしく交し合っていたが、この瞬間にはすべてが真実であり、ともにひたむきに自分の言葉を信じていたのだった。
この二人はその場の情熱で自分にも嘘を吐くし、似たもの同士なんだろうね。裁判でのカーチャの虚偽発言が有罪に導いたのは間違いないし、ミーチャは甘んじてそれを受け入れようとしているということか。
そして、イリューシャの葬儀で幕。書かれなかった第2の小説に繋がる箇所。
その後は亀山先生の解説。ドストエフスキーの生涯と評論「解題」。
ドストエフスキーはギ -
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4巻の冒頭「少年たち」。1巻冒頭の「著者より」や亀山先生の100分de名著での解説が無かったら、またドストエフスキーの悪い癖で、主題に関係ない道草かと思ってしまう処。
チョッと小生意気な少年、コーリャの登場と不幸な少年イリューシャの死期。彼らとアリョーシャのやり取りが次の物語の開始となる。
次兄、イワンの物語。
長兄ミーチャは乱暴者で、欠点だらけの人間だが、情熱的だし、嘘つきではない。末っ子のアリョーシャは誰からも好かれる好青年で、信仰に厚い。
イワンは無神論で、頭は良いのかも知れないが、なんか醒めてる人間。イワンとカテリーナの恋愛感情はピンと来ないな。イワンがスメルジャコフと対峙し、事件の -
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3巻目。なんと!話は3日目。長男ドミートリー(ミーチャ)に関して言えば、2日から3日目の話。他のドストエフスキー長編のように主題からズレることなく、グイグイ進むので、恐れていた読み辛さは少ないかな。ミーチャの段については流石に長いなと感じる。日本の出版から編集者を遣わしたいと思う処。
最初はゾシマ長老の死、遺体からの腐臭にショックを受ける三男アレクセイ(アリョーシャ)。キリスト教でもそんなモノなんかと思う。
グエルーシェニカを訪ねて、信仰心が復活する件。つまり2巻目のイワンの「大審問官」とゾシマ長老の話は嚙み合っていないと感じたが、イワンの口にしたのは無神論というより教会批判なんだな。ゾシマ -
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ネタバレムイシキン公爵とアグラーヤの諍いはアグラーヤがハリネズミをプレゼントして収まる。公爵を紹介するために開かれたエバンチン家主催の夜会で、公爵は恩人・パヴリーシチェフの改宗の話を聞いて興奮、自説を弁じたのちに発作を起こし、中国製の花瓶を割ってしまう。
アグラーヤとナスターシヤが面談、2人はロゴージンとムイシキン公爵の前で言い争いになり、公爵はナスターシヤと結婚することになるものの、結局は結婚式当日にナスターシヤはロゴージンと逃走、加速して悲劇的な結末へと向かう。
本筋は悲劇的ですが、途中に入るコミカル部分もかなり味があり面白かったです。4巻では、著者が「凡庸な人間」とするガヴリーラ・イヴォルギ -
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ネタバレ3巻で目立つのは幼さが残るもう1人のヒロイン・アグラーヤとイッポリート。
ムイシキン公爵を含む、エバンチン家の別荘に集った人たちは野外コンサートに行くが、会場にナスターシヤが現れる。大騒ぎになる中、ロゴージンがナスターシヤを連れ去る。公爵の誕生日祝いでイッポリートは「わが必要不可欠な告白」を朗読、ピストル自殺を試みるものの失敗。ムイシキン公爵はアグラーヤから受け取った手紙の指示通りアグラーヤとベンチで落ち合い、ナスターシヤからアグラーヤ宛の3通の手紙を受け取る。公爵が別荘に戻ると、レーベジェフから現金が奪われたと報告される。その後、一人になった公爵はナスターシヤから別れを告げられる。
イッ -
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ネタバレ作者が語り手となり始まる第2巻。第1巻の半年後から始まる。この半年の間の出来事は後から薄っすらと提示される。
遺産を手にして大金持ちになったムイシキンは公爵はロゴージンと再会し十字架を交換するが、ホテルでロゴージンに襲われ癇癪の発作を起こす。別荘に移り住み、訪問客に囲まれた公爵の前に、遺産の正式な相続人と自称するブルドフスキーが現れるが、公爵はそれは虚偽であると釈明、その後ナスターシヤが突然現れて去っていく。
この2巻で目立つのは前半はロゴージン、後半はガヴリーラの弟の友人イッポリート。特にイッポリートは結核を患い、あと数週間の命というところだが、お金を貸してくれる叔父(レーベジェフ)に悪 -
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私にとって『悪霊』はドストエフスキー作品への入り口であり、大学の講義のテキストとして強制的に読まされたにもかかわらずその破滅的な物語の魅力に今でもとりつかれている。この本は亀山郁夫先生とリュドミラ・サラスキナさんのトークセッション及び後日亀山先生がメールで送った質問表と、サラスキナさんの回答で構成されている。
例えばスタヴローギンと『罪と罰』のラスコーリニコフはどちらも美形の青年として描かれているが、最初から自殺する道しかないスタヴローギンと、ソーニャによって救われたラスコーリニコフはどう違うのか。『罪と罰』から『悪霊』までの5年間に、作家の心理にどのような変化があったのか。亀山先生の数々