亀山郁夫のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
登場人物がやたらと多い。
フョードルは、なんと軽率で信頼のおけない放蕩な父親なのだ。
口が嘘をつくままにする。
面倒くさいだけの関わりたくない人間だと感じた。
ミウーソフも、単純で押さえの効かない性格で、損をしている。
第2編の会合、いる?
意味ある?
根本的にそこがおかしい。
しかし、この場面で、それぞれの人物のキャラクターが浮き彫りになったと感じる。
父親と長男で女を取り合う、その壮絶なさまが滑稽ですらある。
お盛んなことで。
なんというか、日本ではなかなか生まれない筋の話だという気がする。
様々な視点から読み解き考えることのできる作品なのだな、と感じる。
名作たる所以だ。
★父親殺しの話。まあ、ろくでもない父親で。子どもと父が女を取り合う。双方金使いあらすぎ。ミーチャは殺していないらしいが、有罪。スメルジャコフが殺したとしても、結局父親殺しの話になるんだろう、多分。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ破滅する話なんだろうかと恐る恐る読んだ。
お金をめぐって、ごちゃごちゃとした人間関係がややこしいと思っているときに登場した、アントニーダおばあさんの印象は強烈だった。竹を割ったような性格で、これは好きになってしまう!
でもそのおばあさんですらルーレットに魅入られてしまったのはショック。ギャンブルにのめり込んでしまう人の心理とはこういったものなのかと恐ろしい思いがした。人はこうやって依存症になっていく。嵐のように登場して去っていった、一番記憶に残る人物だった。
アレクセイは自らをポリーナの奴隷と言ったり、口だけはさも愛しているかのように言うのだが、実際は大して愛していないことは見るも明らかだった。振り回しているのはアレクセイの方だ。
側から見た、身の破滅という印象とは裏腹に、アレクセイは何かまだ希望に縋っているラストが哀れ。ルーレットで勝ってもきっと満足できないと思う。
読書ガイドによると、アレクセイが稼いだ二十万フランは現在の日本円にして六千百万円にあたるとのことで、それは狂うのも当然かと納得した。 -
Posted by ブクログ
先に『カラマーゾフの兄弟』を読んでいたので、比較的読みやすかった。
内容としては、様々な「罪」と「罰」が登場し、罪とは何か?罰とは何か?を常に考えさせられる作品。
俗世界における「罪」は、ラスコーリニコフが犯したような強盗、殺人といったものが先行するが、作中においては、キリスト教や聖書の中での「罪」も登場する。
ラスコーリニコフは殺人を犯すが、強奪した金品には一切手をつけることがなかった。殺人を犯した瞬間から精神に異常をきたしたためであるが、良心の呵責に苦しんだというよりも、罪の露呈を恐れたというふうに見える。ラスコーリニコフの罪は、アリョーナを殺したことよりも、リザヴェータを殺したことにあるように思われる。
ラスコーリニコフの主張では、天才がその才を発揮するための犠牲として行われる殺人は不可抗力であり、許されるべきであるというものだが、アリョーナを殺すことで得られる三千ルーブルの言い訳としては通っても、リザヴェータを殺したことの言い訳としては通らないだろう。リザヴェータの殺人は全くの偶然であり、目撃者の隠蔽に過ぎないからである。このことから、ラスコーリニコフの苦しみの原因は強盗殺人そのものではなく、リザヴェータ、つまり罪のない命を不必要に奪ってしまったことに起因するのではないだろうか。
ソーニャに罪を打ち明けたのも、ソーニャがリザヴェータと親しい仲にあったことを知ったことが大きな影響を与えたのではないだろうか。リザヴェータの代わりに、ソーニャに赦してもらうことがラスコーリニコフにとっては重大な意味を持っていたのではないかと考える。
その他、スヴィドリガイロフの死も、強烈な印象を与える。ポルフィーリーとスヴィドリガイロフはどちらも、ラスコーリニコフの殺人を確信しており、それぞれラスコーリニコフに迫るが、スヴィドリガイロフのそれは一種の下心を纏っている。ドゥーニャと結婚するための脅し文句として殺人の秘密を仄めかすのである。スヴィドリガイロフといえば、妻のマルファを亡くしたばかりであるが、マルファの死にも疑問が残る。殺人ではなく自然死とされているが、スヴィドリガイロフが殺したのではないかと疑わせる要素がふんだんに撒き散らされている。何かを手に入れるための手段として殺人を選んだという点でラスコーリニコフとスヴィドリガイロフは同類と言え、ラスコーリニコフにとってはそれが恐ろしく思われるのである。
ドゥーニャから拒絶されたスヴィドリガイロフは自殺してしまうが、これはスヴィドリガイロフの「罪」に対する「罰」なのだと考えられる。ドゥーニャを手に入れるために罪なき命であるマルファを殺したスヴィドリガイロフが、ドゥーニャと結ばれる訳にはいかないのである。
ラスコーリニコフはかなりの情状酌量を得て服役囚となるが、彼が苦しむのは肉体的刑罰ではなく、自分自身のプライドに対する苦しみである。そんなラスコーリニコフを救うのがソーニャであり、ソーニャへの愛によってラスコーリニコフは救済を得る。スヴィドリガイロフとラスコーリニコフの違いは、罪の告白と懺悔の有無なのか、ラスコーリニコフとソーニャはこれから幸せな7年間を過ごすかもしれないということが仄めかされて、物語は終わる。
最終部で突然登場したウイルスの存在はかなり異質であり、目を引くところであるが、ウイルスによる疾患が人々の思想を左右するというところがSFめいていて面白い。いかにもロシアらしいような気もするが、ウイルスによって人々が選別され、ウイルスに感染しなかった一部の人間だけが正しい思考を持ち続けるというところは、ラスコーリニコフの主張する一部の天才に権利が与えられるというものを彷彿とさせる。
本作においては、神を信じるもの全てが救われるというカトリック的なキリスト教ではなく、ロシア正教会におけるキリスト教のあり方が支持されているのだろうか。キリスト教に馴染みがないため分からないが、ドストエフスキーの思想を一部垣間見たような気がする作品であった。
-
Posted by ブクログ
ドストエフスキー研究をしたいわけではないのでね
はい、『悪霊』別巻を読みました
頑張りました
『悪霊』に登場するエピソード「チーホンのもとで」には3つの異稿が残されていて、それは主に当時ロシアにあった検閲が理由なんだが、とにかくその3つを読み比べることが、真に『悪霊』を読んだってことになるってことなんでしょう
しかし本編も含めると基本的には同じ話を4回読んだことになり、まぁまぁな苦痛
いや、ゴーンって来るものはあるけどな
あるにはあるけど、やっぱ4回目とかは普通に飽きるのよ
東京都あきるの市(いらんいらん)
で、読み比べて何を感じたか?
うーん、特には…(ダメじゃん)
まぁ、解説読むとね
色々ドスちゃんも大変やったなーとか思ったりもしたけど
そりゃ検閲されるよなーとかね
はい『悪霊』終わり!