亀山郁夫のレビュー一覧
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二分冊目は、物語の進行に加えて、作者の信条やキリスト教の話が盛り込まれており、より奥行きを感じる内容だった。
また巻末の亀山郁夫さんの解説は、時代背景の詳しい説明や、オリジナリティあふれる解釈で、読みごたえがあった。
自分の読書メモとして、下記3点を取り上げたい。
1.ナポレオン主義について
一分冊目から引き続き、当時のロシアにおけるナポレオン戦争とその後の反動の影響がうかがえる。
物語中でラスコーリニコフが展開する主張では、歴史的な英雄は、従来の社会や伝統を破壊したという意味で犯罪者だ、という。
この主張について、同時代の同じくロシアの文豪トルストイが、ロシアの対ナポレオン戦争を描いた著 -
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ドストエフスキーは『地下室の記録』から二作目。
再び亀山郁夫さん訳。
いつか読もうと思っていたところに、本の交換会で頂いたので、早速。
一分冊目の感想としては、前出の『地下室の記録』と似たモチーフで、これがドストエフスキーの作風なのかと改めて感じた。
思弁癖が強く、プライドと自己嫌悪にさいなまれる主人公。
物語で重要な役割を果たす娼婦という職業と存在。
ナポレオン戦争勝利後になお、「ロシア」と「ヨーロッパ」の間で揺れる19世紀ロシアの知的世界という背景。
『地下室の記録』を読んだ際にも感じたが、この自己嫌悪の主人公はドストエフスキー自身だろう。
そこに天才作家の人間らしいところも見えるの -
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解説を読むことで、なぜここまで狂気と混乱の最中にいる人間の心理描写ができるのか腹落ちできました。ドストエフスキー自身が当時のロシアの社会背景も相まって、人生の中で借金や夫婦関係などにおける窮地に追い込まれていなかったら、ラスコーリニコフの目に映る景色をここまで鮮やかかつ仔細に描き切ることはできなかったのだろうと思います。
なまじ賢い若き青年の選民思想と罪悪感から逃れきれず溢れ出る傲慢で神経質な言動のなんという生々しさ…!彼を取り巻く母や妹や友、ソーニャの抱く得体の知れない恐怖心とポルフィーリーとの探り合いの緊迫感が、ますます昂るラスコーリニコフの混乱を際立たせ、物語の進行を盛り上げます。
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ドストエフスキーの翻訳で知られるロシア文学研究者の著者が、少年時代から青年時代を経て、老いに向きあいつつある現在にいたるまでのみずからの来歴を振り返りつつ、教養の意義について語ったエッセイです。
「教養」の失効が問題視されるようになった時代はとうの昔のことで、むしろ比較的近年になって、阿部次郎の『三太郎の日記』に代表される、いわゆる「大正教養主義」について、竹内洋や高田里惠子らの歴史的・批判的な立場からの検証がなされたことで、かえって「教養」ということばを目にする機会が増えたように感じます。そうした現代において、「教養」というテーマを正面に押し出して、その意義についての考察が展開されている、 -
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お前が白痴じゃ!ドストエフスキー!(# ゚Д゚)
はい、言ってやりましたよ
世界的大文豪にきっぱりと言ってやりましたよ
だいぶすれすれですけどね
良い子は人様に向かって白痴とか言っちゃダメですからね
とにかく言ってやりました
まぁ、言い返してくることもないでしょうからね
遠の昔にお亡くなりになってますから
うんまぁ、そもそも「どうとでもとれる」ってところを目指してもいるんでしょうけどね
どうとでもとれ具合が半端ないのよ、ドスちゃん
もうちょっとヒント頂戴よっていうね
結末もすごいし
この結末にする意味がちーともわからんよ
結局
ナスターシャはムイシキンが好きー
アグラーヤもムイシキン -
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いやもうムズ過ぎるわ!
〜聖なる愚者ムイシキン公爵と友人ロゴージン、 美女ナスターシャ、 美少女アグラーヤ。はたして誰が誰を本当に愛しているのか? 謎に満ちた複雑な恋愛模様は形を変えはじめ、やがてアグラーヤからの1通の手紙が公爵の心を揺り動か
す。 「イッポリートの告白」 を含む物語の中核部分、登場。〜(裏表紙より)
Σ(゚Д゚)
いや、いつの間にアグラーヤ加わっとんねん!っていうね
はい、もう議論やら告白やら宗教談義やらリベラリストがどうとか、カニバリズムがどうとか、延々と続きます
しかも結局『黙示録』が分かってないと理解するのが困難っていうね
出ました「聖書の壁」
そして、今巻 -
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読んだ本 カラマーゾフの兄弟5 ドストエフスキー 20240602
最終巻は、本文60ページで残りは「ドストエフスキーの生涯」と「解題」。なんか感想が変わっちゃうんで解説とかは読まない方なんでありゃって感じ。
エピローグっていうだけあって後日談って感じ。
しかし、読み終わって思うのは、これだけ神の在不在なんかを描きながら、奇跡らしいことが全く起こらない。死ぬ人は死んで、誰も救われない。聖人も死ねば腐臭を出すし、父殺しの裁判でも客観的事実のままに裁かれ、読者の知る事実は無にされる。ある意味身も蓋もないお話なんだよな。
神はいない。だけど必要だから人間が作った。ってのがイワンだったっけな