亀山郁夫のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
先に『カラマーゾフの兄弟』を読んでいたので、比較的読みやすかった。
内容としては、様々な「罪」と「罰」が登場し、罪とは何か?罰とは何か?を常に考えさせられる作品。
俗世界における「罪」は、ラスコーリニコフが犯したような強盗、殺人といったものが先行するが、作中においては、キリスト教や聖書の中での「罪」も登場する。
ラスコーリニコフは殺人を犯すが、強奪した金品には一切手をつけることがなかった。殺人を犯した瞬間から精神に異常をきたしたためであるが、良心の呵責に苦しんだというよりも、罪の露呈を恐れたというふうに見える。ラスコーリニコフの罪は、アリョーナを殺したことよりも、リザヴェータを殺したことにあるように思われる。
ラスコーリニコフの主張では、天才がその才を発揮するための犠牲として行われる殺人は不可抗力であり、許されるべきであるというものだが、アリョーナを殺すことで得られる三千ルーブルの言い訳としては通っても、リザヴェータを殺したことの言い訳としては通らないだろう。リザヴェータの殺人は全くの偶然であり、目撃者の隠蔽に過ぎないからである。このことから、ラスコーリニコフの苦しみの原因は強盗殺人そのものではなく、リザヴェータ、つまり罪のない命を不必要に奪ってしまったことに起因するのではないだろうか。
ソーニャに罪を打ち明けたのも、ソーニャがリザヴェータと親しい仲にあったことを知ったことが大きな影響を与えたのではないだろうか。リザヴェータの代わりに、ソーニャに赦してもらうことがラスコーリニコフにとっては重大な意味を持っていたのではないかと考える。
その他、スヴィドリガイロフの死も、強烈な印象を与える。ポルフィーリーとスヴィドリガイロフはどちらも、ラスコーリニコフの殺人を確信しており、それぞれラスコーリニコフに迫るが、スヴィドリガイロフのそれは一種の下心を纏っている。ドゥーニャと結婚するための脅し文句として殺人の秘密を仄めかすのである。スヴィドリガイロフといえば、妻のマルファを亡くしたばかりであるが、マルファの死にも疑問が残る。殺人ではなく自然死とされているが、スヴィドリガイロフが殺したのではないかと疑わせる要素がふんだんに撒き散らされている。何かを手に入れるための手段として殺人を選んだという点でラスコーリニコフとスヴィドリガイロフは同類と言え、ラスコーリニコフにとってはそれが恐ろしく思われるのである。
ドゥーニャから拒絶されたスヴィドリガイロフは自殺してしまうが、これはスヴィドリガイロフの「罪」に対する「罰」なのだと考えられる。ドゥーニャを手に入れるために罪なき命であるマルファを殺したスヴィドリガイロフが、ドゥーニャと結ばれる訳にはいかないのである。
ラスコーリニコフはかなりの情状酌量を得て服役囚となるが、彼が苦しむのは肉体的刑罰ではなく、自分自身のプライドに対する苦しみである。そんなラスコーリニコフを救うのがソーニャであり、ソーニャへの愛によってラスコーリニコフは救済を得る。スヴィドリガイロフとラスコーリニコフの違いは、罪の告白と懺悔の有無なのか、ラスコーリニコフとソーニャはこれから幸せな7年間を過ごすかもしれないということが仄めかされて、物語は終わる。
最終部で突然登場したウイルスの存在はかなり異質であり、目を引くところであるが、ウイルスによる疾患が人々の思想を左右するというところがSFめいていて面白い。いかにもロシアらしいような気もするが、ウイルスによって人々が選別され、ウイルスに感染しなかった一部の人間だけが正しい思考を持ち続けるというところは、ラスコーリニコフの主張する一部の天才に権利が与えられるというものを彷彿とさせる。
本作においては、神を信じるもの全てが救われるというカトリック的なキリスト教ではなく、ロシア正教会におけるキリスト教のあり方が支持されているのだろうか。キリスト教に馴染みがないため分からないが、ドストエフスキーの思想を一部垣間見たような気がする作品であった。
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Posted by ブクログ
ドストエフスキー研究をしたいわけではないのでね
はい、『悪霊』別巻を読みました
頑張りました
『悪霊』に登場するエピソード「チーホンのもとで」には3つの異稿が残されていて、それは主に当時ロシアにあった検閲が理由なんだが、とにかくその3つを読み比べることが、真に『悪霊』を読んだってことになるってことなんでしょう
しかし本編も含めると基本的には同じ話を4回読んだことになり、まぁまぁな苦痛
いや、ゴーンって来るものはあるけどな
あるにはあるけど、やっぱ4回目とかは普通に飽きるのよ
東京都あきるの市(いらんいらん)
で、読み比べて何を感じたか?
うーん、特には…(ダメじゃん)
まぁ、解説読むとね
色々ドスちゃんも大変やったなーとか思ったりもしたけど
そりゃ検閲されるよなーとかね
はい『悪霊』終わり!
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Posted by ブクログ
二分冊目は、物語の進行に加えて、作者の信条やキリスト教の話が盛り込まれており、より奥行きを感じる内容だった。
また巻末の亀山郁夫さんの解説は、時代背景の詳しい説明や、オリジナリティあふれる解釈で、読みごたえがあった。
自分の読書メモとして、下記3点を取り上げたい。
1.ナポレオン主義について
一分冊目から引き続き、当時のロシアにおけるナポレオン戦争とその後の反動の影響がうかがえる。
物語中でラスコーリニコフが展開する主張では、歴史的な英雄は、従来の社会や伝統を破壊したという意味で犯罪者だ、という。
この主張について、同時代の同じくロシアの文豪トルストイが、ロシアの対ナポレオン戦争を描いた著書『戦争と平和』で繰り広げた歴史観が思い出された。
トルストイの主張は、「一人の英雄が歴史を作るのではなく、歴史の流れが英雄を必要とする」というもので、英雄自身に焦点を当てたラスコーリニコフの主張とは視点が異なる。
以前、「ドストエフスキーを好む人はトルストイを好まず、逆もまた然り」と聞いたことがある。
まだ読んでいる途中で何とも言えないが、この視点の違いが、読者の好みを分かつ理由なのかもしれない。
2.娼婦は自分を殺したか
物語前半から、娼婦の悲惨な身の上について語られていたが、第4部のラスコーリニコフとソーニャのやり取りでは、「じぶんを殺しうらぎった」と表現される。
『地下室の記録』でも似たような見解であった。
この悲劇のヒロインのような描き方に、日本で娼婦を多く題材にした永井荷風を対比させたくなった。
彼は、娼婦をそれほど悲劇の職業とは描いていない。
例えば以下、『ひかげの花』という作品からの引用である。
「正しい職業について、或いは貧苦に陥り、或いは成功して虚栄の念に齷齪(あくせく)するよりも、≪中略≫無智放埓な生活を送っている方が、却って其の人には幸福であるのかも知れない。道徳的干渉をなすよりも、≪中略≫折々の災難を救ってやるのが最もよく其人を理解した方法である」
この荷風の冷静な人生の観察は、ドストエフスキーの描く悲劇性とは似つかない。
宗教上あるいは社会環境の違いもあるかもしれないが、恐らく荷風・ドストエフスキーが各々の信条に基づいて解釈したものであると感じる。
対照的な見解の違いが興味深かった。
個人的には、荷風の方が娼婦を一人の人間として尊重しているように感じる。
3.ユロージヴァヤ(女性)/ユロージヴイ(男性)
巻末の亀山郁夫さんの解説で学んだが、非常に興味深い。
「キリストのために愚者をよそおう」が語源で、この物語では、前出のソーニャと殺害されたリザヴェータがその役割ということだ。
『戦争と平和』でも、アンドレイの妹マリヤが貧しい巡礼と交流する姿がたびたび描かれる。
「愚者をよそおう」というのは、ロシア思想でしばしば登場する「自己犠牲の精神」を体現し、計算ずくではなく神あるいは人のために行動できるという意味ではないか。
思想家のアイザイア・バーリンはその著書『反啓蒙思想』で、「啓蒙されない自己犠牲の精神」と呼び、タルコフスキー監督の映画では、自己を犠牲にして世界を救おうとする人の姿が描かれてきた。
ロシア思想の中で、この「自己犠牲」の部分はより深く学んでいきたいと思う。
次巻も楽しみに読みたい。 -
Posted by ブクログ
ドストエフスキーは『地下室の記録』から二作目。
再び亀山郁夫さん訳。
いつか読もうと思っていたところに、本の交換会で頂いたので、早速。
一分冊目の感想としては、前出の『地下室の記録』と似たモチーフで、これがドストエフスキーの作風なのかと改めて感じた。
思弁癖が強く、プライドと自己嫌悪にさいなまれる主人公。
物語で重要な役割を果たす娼婦という職業と存在。
ナポレオン戦争勝利後になお、「ロシア」と「ヨーロッパ」の間で揺れる19世紀ロシアの知的世界という背景。
『地下室の記録』を読んだ際にも感じたが、この自己嫌悪の主人公はドストエフスキー自身だろう。
そこに天才作家の人間らしいところも見えるのだが、あまり健康的でない作風は、自分の好みとは少し違うところもある。
第二分冊以降楽しみに。 -
Posted by ブクログ
解説を読むことで、なぜここまで狂気と混乱の最中にいる人間の心理描写ができるのか腹落ちできました。ドストエフスキー自身が当時のロシアの社会背景も相まって、人生の中で借金や夫婦関係などにおける窮地に追い込まれていなかったら、ラスコーリニコフの目に映る景色をここまで鮮やかかつ仔細に描き切ることはできなかったのだろうと思います。
なまじ賢い若き青年の選民思想と罪悪感から逃れきれず溢れ出る傲慢で神経質な言動のなんという生々しさ…!彼を取り巻く母や妹や友、ソーニャの抱く得体の知れない恐怖心とポルフィーリーとの探り合いの緊迫感が、ますます昂るラスコーリニコフの混乱を際立たせ、物語の進行を盛り上げます。
いよいよ、ソーニャが朗読したラザロの復活で暗示された伏線を回収しに、いよいよ最終巻•第5部へと進みます…!