田中慎弥のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大好きな小説集。何度も折り入って読み返しているんだけれど、なかなかレビューを書けなかった。書いてみます。
この小説集には『不意の償い』『蛹』『切れた鎖』の3篇が収録されている。三島賞と川端賞をダブル受賞したそうな。賞の裏付けもある通り、初期の傑作と言えるだろう。中でも衝撃的なのは社会化されていく自己をカブトムシに投影した『蛹』だろうがみなさん言及されていると思うのでここではそれ以外の2編について重点的にレビューを書いてみようと思う。
まず『不意の償い』。収録されている作品の中で個人的に一番好きだ。大まかな筋としては同じ団地で同じ年に生まれて育った男女(夫婦になる)が初めてのセックスをしている時に両親の勤め先のスーパーマーケットで火事が起き4人全員が死に、「セックス中に親が死んだ」罪の意識を感じ、さらに便所と下駄箱の間に妻を押し付けて犯し妊娠させたことが罪の意識を加速させ、妄想と錯乱の中ラストまで突っ走る。主体と客体がところどころで逆転し、スーパーマーケットは一分ごとに燃えてまた復活し、街は炎に包まれ、人間の顔をした犬が歩き回り、股間が突然大きくなりズボンを突き破って表れたのは磨きたてのぴかぴかのボルトだ。あまり目立たないが田中慎弥の傑作短編。
『切れた鎖』は没落した名家の女三代が主人公というか語り手で(おばあちゃんが主人公だろうか)、因襲に満ちた共同体の中で朝鮮半島からやってきた教会を憎み、顔がいいだけでそのほかには何のとりえもないだろう男たちと遊んでばかりいる二代目の問題に手を焼き、幼稚園に通う孫と共同体の没落を表しているようなファミリーレストランで食事をしながら話は進む。この「近代化が進み空虚さだけが残った共同体」の描写がとてもうまい。「男たちが酒を飲んだ後に食べるのは穴子の湯漬けではなくアイスクリームサンデーだった」という一文にすべてあらわれている。
この作品全体に漂っているのは「濃厚な死の匂い」だ。ある人にとっては不快なものになるだろう。はまる人にははまる。薄くてすぐ読めるし本屋に行けば新潮文庫から出ていることもありわりと簡単に手に入ると思うので読まれたことがない方は一度読んでみることをおすすめしたい。現代文学の担い手の初期の短編。読む価値あり。 -
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不思議な触り心地のする、黒と黄が印象的なカバー。装釘もどことなく妖しく美しい本文を想像させる。
本書は田中慎弥氏が毎日新聞西部本社版に2008年から2012年の1月まで連載していた掌編小説を編んだ物である。
新聞連載のため、時事を取り込んだ作品も多い。
例えば《扉の向こうの革命》《感謝》などは震災を取り扱い、《男たち》では作者曰く『当時の政治状況を拝借』して氏が芥川賞のスピーチで言及した都知事や、乱読した作家たちが時代を超えて雑談に勤しむ姿が描かれる。《客の男》には当時プロ入り後間もなかったであろう、例の「王子」と思しき人物も登場する。
『共喰い』に見られる地方色の強い濁ったストーリーが特徴的だと思われる作家だが、この本では様々なモチーフから物語を創り出していく氏の姿勢を感じ、新たな魅力に触れることが出来るのではないだろうか。 -
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「図書準備室」「冷たい水の羊」の2編入り。「冷たい水の羊」、すごすぎた。いじめられっこの主人公は「いじめられたと感じたらそれをいじめ」といういじめの定義を採用し、「自分はいじめられていない」とし、ひたすらいじめを受け続ける。いじめの内容もかなり陰惨な部類に入る。主人公はただただ自分の中の論理でいじめっこを観察し、自分の論理に逃避する。ただ一人、先生にいじめがあることを報告した水原里子という女子と心中することを計画しながら。重い。でもあの結末、主人公がいつか「死ねなかった」ではなく「死ななかった」と思える日が来るのだろうか。
「図書準備室」は芥川賞第一作の「夜蜘蛛」にも通じるものがある、現代に第二次世界大戦はいかにして通用しているのかを描いた作品、と思う。田中慎弥さんはしっかり今の戦争を書く。 -
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田中さんの作品としては、これが読んだの二つ目でした。
短編の作品が三つ入っていて、各々、不意の償い、蛹、切れた鎖です。
共食いと同様、文章が力強くて、短編なのに物凄く疲れるものでした。
疲れるとはいっても、不快感はなく、本文といい意味で対峙している感覚になれます。
三つとも印象には残りましたが、三つ目の切れた鎖が一番印象に残りました。
正直、初め人間関係や、話しのつながりが把握できなくて、半分行く前に初めに戻って、やっと本の世界に入り込むことができましたが。
自分の国語力のなさに改めて気づかされました。
まだこの春休み本を読むとは思いますが、今のところ春休みでは、一番印象に残る小説です。
また、田中さんの作品を読みたいと思わせられました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレゼミの課題図書でした。
手に取ったときの印象は「随分と短いな」ということ、それとカバーのするりとしたちょっと変わった感触。指紋がつきやすそうだなぁ、と。
読んでみての感想というか、読みながらの感想になるのですが。
タイトル通り「掌編小説」が「陳列」されている、全体としてそんな雰囲気の本でした。
好きな話とかを一つ一つ書き連ねるのも大変そうなので、大まかに思ったことを。
まず登場人物にほぼ名前がついていないことが気になりました。
もちろん「男たち(一幕)」は別ね。
なぜだろうか。
この掌編が毎日新聞に連載されていたものだと知って、あぁと思いました。
新聞に載っている記事ってノンフィクションじゃないですか。
それでも、自分の日常とは少しかけ離れた事件が記事になっているわけで。
そんな記事を見ながら、考える。
「なるほどそんなことがあったのか」
この時、新聞を読む人は別に事件現場に心を馳せているわけじゃなくて、心は自分の中に置いたままで目の前の文字を追いながら事件に向き合う。
そんな新聞記事を読む姿勢と同じように、読めるように名前がついてないのかな、と。名前がつくと、いっきにフィクションくさくなるので。
小説を読むときって、主人公の生きがいをなぞる内に、感情がシンクロしたり、一緒に憤ったりすると思うんだけど、この作品にはそれがない。なんせ短いから、その暇がない。
じゃあ作者は読者に対して登場人物をどう表現しているのかというと、シンクロさせるのではなく、真正面に対座させている。『鏡の向こう』みたいなそんな雰囲気。
読者は話の外側にいられるから、取り立てて何か冒険があるわけではない話でも「おお、これは面白い」と読み切った瞬間に思う。読み切った瞬間っていうのは、つまり話のテーマを把握した瞬間と同じことである。
それぞれの話の本当に簡素、質素?な描写が個人的には大好きです。
文章自体に捻りが効いているわけじゃない。
だからこそ、トスッと一文が突き刺さる瞬間がある。
夾竹桃の「人々の無言を蝉の声が埋めた。」っていう表現とか、特に好き。
課題で呼んだ本ですけど、これは買って良かったな~~と思いました。 -
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奴隷になるな。思考停止に落ち入るな。とにかく本を読め。
孤独に生きることの大切さを説く本は割とあります。目新しい部分は、それほど無かったのですが、引きこもりを経て作家となったというだけに、言葉の一つ一つが重くて鋭いです。執筆は、パソコンではなく、鉛筆で一文字づつ原稿用紙を埋めていくスタイルだそうで、そこも印象的でした。
と、思ったら、後書きで、この本は口述筆記で作成したとのこと。ちょっとそれは違うのでは、と思いましたが、それを明かしたのは誠実な態度ですし、ある意味、読者の思考停止の罠を突いたのかもしれないと思い直しました。この方の小説も読みたいです。 -
Posted by ブクログ
誰でも気軽にアクセスできる場にあるものばかり取り込んでいたら他人と同じ言葉しか得られなくなる。
自分と他人を差別化するような、底力のある言葉を養うには、もう少し手間をかけざるをえません。
この感性が素晴らしい。
言葉を扱うプロとして警鐘を鳴らされた気分。
気を抜けば同じ言葉ばっかり使ってしまいがちだが、常に言葉のストックを足していって、かつ枯渇させないように留意せねばならない。
そのためにはやはり活字に触れる事。
様々なジャンルに触れる事。
長く、早く喋れるとは、言葉に触れている人たちの特権。
言葉の重要性に意識が向いたまま、”舟を編む”を読んだのも流れとして良かった。
田中慎弥さんは言葉が強いし、閉鎖的な空間に居る方だが、その分強烈な思想を養った方だなと。
個人的には物事の二面性に目を向けたい。