田中慎弥のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ここまで臭いを感じる小説読んだことないです。
煽る描写もなく、ただ淡々と、しかし深々と刺さる血の呪いのような鬱々とした情感を確かな生活感の中で描写される。圧巻でした。
他著者を引き合いに出すのも違うとは思いますが、強いて言うのであれば村上龍が好きな人は読んだ方がいいです。
感想というのも陳腐になる気がします。
各々が感じる獣性と人間性の狭間を楽しんでほしいです。これは各々が自己と向き合う瞬間にあったなにかしらの葛藤に合致する部分が必ずあると思います。
胸糞といえばそうなんですけど、それで片付けられないパワーが本作にはあります。
なんかこう本能的に煽られる感じがします。
本能と理性の間の善も悪もない混ぜこぜを主観視点のはずなのに観測者のように俯瞰してる感覚がありました。
物語という丁寧なものではなく、理性と本能の狭間でもがく人間を煽り立てるドラマ仕立てでなく、淡々と感じさせる。下手なホラー小説より怖い。
そう感じました。
傑作だと思います。
同時に狂気を感じます。 -
Posted by ブクログ
テーマが自分にはすごく刺さった。
コスパ、タイパ、結果を求めて加速する現代社会から欠落していっているのは豊かさだった。
堕落とは、その豊かさを取り戻すための行動でもあるという。
それこそテックの最前線を走る印象があった落合陽一が、真逆の印象を持つこのテーマについて深く議論している様も興味深かった。
そして対談相手の田中慎弥の俗世離れした生き様や、そこから得られた独自の視点をもって、落合の立てる問いにこうではないか、ああではないか、と探っていく様もまた興味深い。
AIをはじめとした最新技術によってより多くの成果を得るように加速していく情報化社会の中で、人間が豊かであり続けるためには、適度に人間らしい振る舞いに耽溺することが必要なのだ。 -
Posted by ブクログ
あまり小説に詳しくないため図書準備室から止まっていたけれど、いつのまにか多作且つ息長い且つ小説以外の需要もある作家さんになっていたのですね。と、リハックもきっかけで再会できた著者さん。の自分語りをアンリミテッドで。
最後の方の章のお母様の話はもちろん、その手前での職業と肩書きは自己形成(自己肯定)に大いにつながるうえ「覚悟」ができるよねとの話、どんな仕事も大きな社会の中のごくささやかな存在にすぎないことの再確認、何らかの職業や肩書きを得るとは自分をたくさんのアングルから捉えるきっかけであるみたいな話、健康じゃないと働けない(徹夜とか働きすぎは論外だけど、元気に働けるなら365日無休もアリ)ーーあたりの話が響いた。
たしかに。「〇〇に勤めてます」と社名をいうことはほぼないけど、「出版社勤務です」「編集者です」という部分は捨てたくないし、捨てなくてすむようにちゃんと働かなければと日々意識してる気がするな。 -
Posted by ブクログ
作者の田中慎弥さんは幼い頃に父を亡くし、父の書棚にあった本を読んで過ごしていたと聞きました。実際に父と関わることがなくても、自分の中に受け継がれた父を感じながら大人になった方なのではないかと思います。
共喰い、第三紀層の魚、どちらも母親が責任感のある人ですね。人間としてのどうしようもなさを抱えながら、自分の人生に向き合い、我が子の事も大切にしているように描かれているなと思いました。強く素敵な女性です。
最近読んだ中では、1番私の心の芯の部分に届いた作品でした。情景描写が美しく、心情を表現しています。引き込まれました。さすが芥川賞です。
ただやっぱり共喰いの方は内容が性と暴力なだけあって、読んでいて辛さを感じました。心が元気な時に読まないと、わりとダメージが来ます。
映画も元気な時に見てみたいです。 -
Posted by ブクログ
地方の高卒で大学受験失敗して、そこから引きこもりになって作家になった人生。YouTubeのガイ録も見ました。
一般的な価値観みたいなものを家族が押し付けずにいた事と、自分の好きな事をやってみようと思い立ち、「徹子の部屋」で山田詠美さんが毎日机に向かうと話したのを見てからは、毎日、机に向かって何か書くようにして今も何か書くようにしているとの事。
好きをやり続けるには、自分に厳しくあり続ける事が肝心だと気づかされました。
第四章 なぜ読書が必要なのか
読んで見たいと思って手に取った本が、理解できなかった時の考え方等、参考になる事が多かったのでメモを取りながら読みました。
ただ浸るだけでも良いから読んでみる。の気持ちで本を読んでみようと思いました。
田中慎弥さんの書く文章の空気感が好みなので、また何か読んでみたいです。
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Posted by ブクログ
完全な孤独などないこの言葉が私に安心を与えてくれた。
私は今のところ孤独を感じても逃げ場がある。実家や、本や、音楽、、好きなものがたくさんあるし、話をしたい友達もいる。
それは著者曰く奴隷じゃないからなのかと今の私の立ち位置が客観視できた気がする。
本を読まないということはその人が孤独ではないという証拠であるという太宰治の言葉があるがそれが核となっていると感じた。
(太宰治の人柄というものを私は理解してはいないがこの言葉通りというわけではないと思う。ただそれは置いておいてこの本を読んで、、ということだけで考える。)
それはその時代においてであって今は違うだろう。本になり変わるスマホなどの電子機器の存在がそれを変えたと私は考える。
2023年度、本を1ヶ月に一度も読まなかった人は6割を超えているそうだ。その一方で読み続けている人もいるのも事実でその1人がこの著者だ。そしてこの著者は本に救われた人と言えるだろう。
完全な孤独はない、この言葉に私は安心を覚えた。
ただその一方で私は完全な孤独はないというのは屁理屈のようなもので、その人が孤独と感じたらそれはもう孤独なのだと思う。そのもとにはみんな孤独だろ、というわたしの考えがある。
孤独と退屈の境界線が私にはまだできていないので大きな声では言えないが私はみんな孤独を抱えていると思う。それは人と繋がろう!とか友達を作ろう!とかの昔からそう言われて育つじゃない?だからこそ逆に孤独なのでは?と思うのだ。1人と孤独は違うと言われれば崩れそう、、わはは
田中さんはアルバイトもないし、大学にも行ってないし、就職も経験していない。そんな人に何がわかるんだといえばそうかもしれないけど私はそうじゃなくてどんな職種につこうと関係ない、孤独という点で共通している著者は完全な孤独はないと言っていたけどそうとも言えるし完全な……ここで孤独の対義語を言いたかったけど思いつかず調べた。GoogleAIはけど対義語と示していた。私はカネコアヤノの孤独と祈りが好きなんだけど孤独の対義語は祈りな気がしてきた。そんなことまで考えることができて本当に読んでよかった。
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Posted by ブクログ
「共喰い」で芥川賞を受賞した田中慎弥の人生論。「共喰い」の著者とは思えないほど、その筆致は強烈さなどとはほど遠く丁寧である。
一つにある仕事に対して、思考停止状態の奴隷状態であれば、そこから「逃げる」ことを推奨する。単純に逃げろというても、色々と難しくはあろうが、実際に自身が高校卒業から大学受験に失敗して、約15年引きこもりになった実体験から、滲み出た苦心さがあるからこそ自然と説得力がある。
そして逃げた先に、自身を見つめ直し、思考を回復して、本来何を求めていたのかを問うことは、惰性的に生活している者にも警鐘であり、自身を再燃させてくれる意外な優しさを感知させられた。
まるで坂口安吾の堕落論を思い起こしたのは自分だけでなかろう。
そして著者にとって、生きていくこと=作家となることしかないと辿り着き、未だ作家の業と向き合い、身悶えながら書き続けていることに真剣さがあろう。