田中慎弥のレビュー一覧
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他の多くの方と同様、私も芥川賞の受賞インタビューで著者のことを知り、それで受賞作を読んでみた。
この掌篇集は、2008年10月から2012年1月まで、毎日新聞西部本社版に連載されたもの。
一篇が3頁前後、不思議でちょっと不穏な、ときにユーモラスな、そしてリリカルな掌篇が並ぶ。
私は存外、この本の全体が好きになってしまった。
「存外」というのは誉め言葉で、芥川賞受賞作から想像していたよりも、遥かに様々な色合いの、遥かに様々な想いを掻き立てられて、そしてそれが楽しかったのだ。
「あとがき」で著者は、「命を縮めて得た糧で、また命を延ばす。」と記すが、たしかにこれは、著者の内面の何かを削って書かれ -
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「不意の償い」
ある行為のせいで死に至ったのではないかと無意識に抱えていた罪悪感が、徐々に噴出し精神のバランスがあやふやになっていく。
読み進むにつれて、このバランスの崩れた不安定感こそがが逆に安定した世界の様にも思えてくる。
「蛹」
一番好きな作品。
内包された自己への強い自信とは裏腹に、いつまでも地上に出る事の叶わず日々悶々とする存在。
実際は地上に出られないのではなく出たくないのであって、結局内包されていた自信とはただの虚勢である。
考えなければいいのに。
何も考えずに外に出て人生を謳歌して、繁殖して死ねばいいだけなのに。
「だけなのに」が、一番難しい事なんだなと。
「切れた鎖」 -
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芥川賞受賞のインタビューで、刺激的な悪態をついた著者を
どこまでパフォーマンスが入ってるんだろ…? なんて、
半ば、よこしまな気持ちを持って手にしたのが本書だった。
あれは、著者の気持ちの飾り気ないストレートな発露だったろう…
「不意の償い」「蛹」「切れた鎖」の3編…
川端賞・三島賞のダブル受賞という随分と評価の高い短編集だ。
小説を読む恐ろしさは、気づかずにある内面を引きずり出され、
歪によどんだありのままの様をつきつけられることにある。
どの作品からも、そうした領域に切り込んでゆこうとする、
著書の文学的に真摯な姿勢を感じた…
たとえば冒頭作「不意の償い」は、妻となった女と
はじめて関 -
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第四章「なぜ読書が必要なのか」、第六章の「「棚からぼた餅」論」、第七章「家族は孤独を癒すのか」は特に興味深く、作家らしい洞察力に満ちた独自の視点に膝を打って読んだ。
他の箇所については、部分的には共感するのだが、2025年に出た本にしては古い論調だな…と思ってしまった。
根底に流れる「同調圧力とか嫌なことからは逃げていいけど、まあ最終的には努力とか自己責任の能力主義だよね」みたいな雰囲気が、どこか青木真也の著書『空気を読んではいけない』みたいな、ごくごく一部の尖った経歴の人が強者の目線から私的自論をつらつらと述べる 2010年代の煽り系ビジネス書(?)に似てるというか…。
本著は2017年に出 -
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【図書準備室】
ニートの話
中学の古参教師の戦場で犯した罪の告白人生をひとり語りで語っており、ニートの立場の主人公が語る事で時代の価値観みたいなものを考えさせられた。
【冷たい水の羊】
いじめの話。
いじめられている事を心配して先生に相談してくれるクラスメイトがいるのに、いじめと認めない主人公。読みながら、直視できない部分と理解できない部分は流し読みになってしまった。
いじめる側の高揚している気持ちや恐怖で支配されてしまう後輩、父親の選挙の準備て両親は息子の事まで気が回ってない様子、それぞれの立場の気持ちが描かれていて、いじめられる側だけを意識することなく読めて、いろんな立場を考察する気持ち -
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「愛」と「完全犯罪」は両立するのか? 田中慎弥が描く、背徳の果ての純愛
愛するがゆえに、壊さずにはいられない。
奪うことでしか、手に入れられない。
田中慎弥の『完全犯罪の恋』は、そんな危うい愛の形を突き詰めた物語だ。登場人物たちは誰もが孤独で、報われぬ想いを抱えながら、互いに深く絡み合っていく。そして、その果てにあるのは——「完全犯罪」と呼ぶべき、ある決断。
田中慎弥の端正かつ研ぎ澄まされた文体は、まるでナイフのように鋭く、読む者の心を抉る。情熱と狂気が紙一重のバランスで描かれ、読み進めるほどに背筋がぞくりとする。そして、気づけばあなたもこの危険な物語の虜になっているだろう。
「愛」と -
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ネタバレ死神
著者:田中慎弥
発行:2024年11月30日
朝日新聞出版
初出:「小説トリッパー」2022年春季号~2024年夏季号
私小説と言っていいのだろう。子供の頃から自殺を考えていた少年が、死神と出会う。その死神とは、自殺することになる人間にとりついて(担当になって)、自殺をちゃんと見届けるというのが仕事である。決して自殺するように唆しはしない、ただ見届けるのが仕事なのだ、という。ところが、担当する人間との会話を通じて、それは唆しているように思える。
主人公は田中で、小説家になることを目指している。本ばかり読んでいるが、学校の勉強はできない。父親は有名大学を出て一流企業に勤め、昔ながらの