Posted by ブクログ
2014年07月01日
大好きな小説集。何度も折り入って読み返しているんだけれど、なかなかレビューを書けなかった。書いてみます。
この小説集には『不意の償い』『蛹』『切れた鎖』の3篇が収録されている。三島賞と川端賞をダブル受賞したそうな。賞の裏付けもある通り、初期の傑作と言えるだろう。中でも衝撃的なのは社会化されていく自己...続きを読むをカブトムシに投影した『蛹』だろうがみなさん言及されていると思うのでここではそれ以外の2編について重点的にレビューを書いてみようと思う。
まず『不意の償い』。収録されている作品の中で個人的に一番好きだ。大まかな筋としては同じ団地で同じ年に生まれて育った男女(夫婦になる)が初めてのセックスをしている時に両親の勤め先のスーパーマーケットで火事が起き4人全員が死に、「セックス中に親が死んだ」罪の意識を感じ、さらに便所と下駄箱の間に妻を押し付けて犯し妊娠させたことが罪の意識を加速させ、妄想と錯乱の中ラストまで突っ走る。主体と客体がところどころで逆転し、スーパーマーケットは一分ごとに燃えてまた復活し、街は炎に包まれ、人間の顔をした犬が歩き回り、股間が突然大きくなりズボンを突き破って表れたのは磨きたてのぴかぴかのボルトだ。あまり目立たないが田中慎弥の傑作短編。
『切れた鎖』は没落した名家の女三代が主人公というか語り手で(おばあちゃんが主人公だろうか)、因襲に満ちた共同体の中で朝鮮半島からやってきた教会を憎み、顔がいいだけでそのほかには何のとりえもないだろう男たちと遊んでばかりいる二代目の問題に手を焼き、幼稚園に通う孫と共同体の没落を表しているようなファミリーレストランで食事をしながら話は進む。この「近代化が進み空虚さだけが残った共同体」の描写がとてもうまい。「男たちが酒を飲んだ後に食べるのは穴子の湯漬けではなくアイスクリームサンデーだった」という一文にすべてあらわれている。
この作品全体に漂っているのは「濃厚な死の匂い」だ。ある人にとっては不快なものになるだろう。はまる人にははまる。薄くてすぐ読めるし本屋に行けば新潮文庫から出ていることもありわりと簡単に手に入ると思うので読まれたことがない方は一度読んでみることをおすすめしたい。現代文学の担い手の初期の短編。読む価値あり。