伊東潤のレビュー一覧
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一言で言うなら、むちゃむちゃ面白かった!!私が歴史マニアなのでアレなのだが、これは傑作である。伊東潤さんというと、武田とか、捕鯨(これも傑作!)が有名だけど、これもめっちゃ傑作!!
ついでだが有名な八甲田山雪中行軍遭難事件を扱った作品である。それはわかっているが、軍医は弱っている集団に置き去りにされる運命なのだなということが身に沁みた。
医師免許は国家資格なので心強いのだが、
・戦争が起きると真っ先に徴兵される
というのは医師の中でも有名な話である。傷病者戦地で多いからな。でも雪中行軍でもそういう扱いなのか…え〜。って思った。
多分、作者が言いたいのはそういうことじゃないと思うけど、私の中ではこれが一番大きい。一応、私は外科系なのだ。(戦地で内科は比較的役に立たない)
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「歴史サーチ」の編集部員菅原は、次回の特集八甲田山雪中行軍について調べるために青森にやってきた。
八甲田山雪中行軍遭難事件は明治35年1月に起こった。神成大尉を隊長とし、山口少佐がオブザーバー的な立場で参加。第二大隊を中心に210名が参加。軍隊なので軍装して出かけていて、銃なども携帯している。田代という温泉地まで1泊2日。しかし同年1月25日は日本でまだ破られていない最低気温を誇った日であり、予想外の風雪だった。
自衛隊青森駐屯地で案内を乞う。展示物を見て回ることができた。八甲田山のガイドも手配してもらえた。八甲田山の足跡を辿り、奇妙なことに気付いた。日清戦争から日露戦争の間なのだった。日清戦争では凍傷などの研究が日本軍は甘かった。多くの傷病者を出すが、日露戦争ではほぼ凍傷などは起こっていない。日本軍は凍傷研究目的にこの雪中行軍を行ったのではないか?
なんと驚くべきことに、軍は兵卒には夏の服で参加させていたのだ。つまり人体実験だった。これほどの大事件にならなくても、かなりの凍傷を出しただろうと推察された。最後まで四肢を凍傷で切り取られずに、更に生き残った倉石など、他のものが藁履の中ブーツであった。
第二弾特集を組むことになった。陸軍は全員が死体としてでも見つかったあとにも捜索していたことを訝しみ、菅原は捜索打ち切りとなった頃に心筋梗塞で亡くなったとされる男が実は最後まで見つからなかった遺体なのではと目をつける。稲田庸三という。遺された手紙には山口少佐の兵卒になったと書かれており、山口に従っていたら必ず八甲田山に向かったと思っていい。しかも遺族は骨をもらってきていなかった。感染症の疑いがあるからと空の骨壷をもらったという。心筋梗塞との整合性がとれない。
菅原たちは雪中行軍と同じ行程をスノーシューで行くことになった。ただこの雪中行軍の中で
ガイドの小山田を見失う。雪庇を踏み抜いたがなんとか帰還し、その後転落して小川に落ちたと思った瞬間光を捉える。なんとか田代温泉にたどり着く。そこで大変な真実を聞く。
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どうでもいいけど、産婦人科医として一言言わせてくれ。別に一発逆転を狙ったんなら気にしないけど、そうでないならお前ら避妊しろ!!思春期のガキじゃないんだろ? -
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これは秀逸。
戦国時代の脇役の心理がわかる。作者によって見方が少しづつ変わるのも面白い。作品の並びも素晴らしい。秀吉の朝鮮出兵が与えた武将らの心持ちが、それ以降の人生を変えていく様もしゆういつ。
・人を致して、伊藤潤
人に致されてきた家康、今回も三成が取り除きたいと考えた武将に絡む策に乗る。
・笹を噛ませよ、吉川永青
敗軍の将につかい続けた槍の名手可児歳三、とった首には笹を噛ませる。一番槍を横取りした味方の井伊直政を追う。何のために戦うかを学んだ才蔵、直政の配慮。
・有楽斎の城、天野純希
信長の13歳下の弟、父信秀の11番目の男子として生まれた。武芸よりも芸事。武運にも見放され茶の湯にハマる。武将らからは蔑まれるものの兄の威光で本能寺後も配慮される。その有楽の心の動きを一人称で追う。
・怪僧恵瓊、木下昌輝
恵瓊は元々武田の一棟、安芸の武田。信長や秀吉の行先を予言。父が毛利に殺された恨みは忘れてはいない。毛利に恨みと感謝、どのような策を練るのか。吉川広家を主人公に展開。
・丸に十文字、矢野隆
島津維新義弘、激情の男。家康の依頼に意気を感じたものの、また三成は三成、急激に冷めた心を、また、燃え上がらせたものは。
・真紅の米、冲方丁
小早川金吾中納言秀秋、子どもの頃から必要なものは全て与えられてきた。食としての米、財政としての米、を知り、朝鮮出兵の総大将も経験。三成の所業に不満。こだわった米に毒。
・狐狼なり、葉室麟
三成は誤算ではなく、自ら計算づくでこの結果を導いたと言う。これは無理あるんちゃう?と思いました。すいません。 -
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佐々成政は肥後一国54万石を秀吉から与えられたが、検地を急ぎすぎて一揆が起きてしまった。かなり大規模な一揆だったため秀吉が出張ってきて鎮圧したものの、佐々成政は切腹となる。
肥後は北半分19万5千石が加藤清正に、南半分14万石を小西行長に与えられたが、加藤清正はその時点で27才であり、それまでは3千石だった。とにかく家臣が足りない。尾張で募集をかけて補うことになった。
木村藤九郎は父が安土の普請奉行だった。加藤清正の部下となり、肥後に赴きたびたび氾濫する菊池川の整備の責任者にされてしまう。菊池川下流域を2本の川にかけかえる案ができたはいいが、自分につけられた部下もさることながら、村々から出てくる夫役さえうまくつかいこなせないが、なんとか人望を得ていく。
次に名護屋城築城を命じられた黒田家のお手伝い普請に。混沌とした中、石垣を作ったところで地震で多くの石垣は潰れる。秀吉の御成に間に合うのか。
朝鮮出兵は関わりなきものと思っていたが、日本式の城を築くらしい。大迷惑だなぁと思いつつ腹を決めてとりかかり、時々生きるか死ぬかの戦に巻き込まれる。7年が過ぎる。
いろいろなことがあったが、熊本城建設にようやく着手。しかし死期が迫っていたのだった。 -
購入済み
あたりを引いた
百円激安であまり期待していなかったが、実に生き生きして面白い小説であった。主人公は明暦の大火で全てを失ったが川を流れてくる野菜で漬物を作り売ることで、どん底から這い上がる。今日現在令和の米騒動が未だに尾を引いているが、江戸時代の初め、主人公が幾多の危機を乗り越えて航路を開発、初めて人口が急速に増えつつある江戸に東北の米が届くようになったのはいつの世も米の流通が日本人が生きてゆく源なんだと感慨深かった。そのほか治水、銀鉱山開発とまさにスーパーマンの活躍であるが心は金儲けではなく人助け。鈴木亮平か佐藤隆太を起用して大河ドラマにしたら、さぞかし面白いだろう。
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本のタイトル「鋼鉄の城塞」の名の通り、戦艦大和は、まさに鉄でできたお城。日本の造船技術の総力を結集して造り上げた最強の戦艦でした。
しかし、昭和20年4月7日14時23分、沖縄海上特攻作戦の途上、坊ノ岬沖で米軍戦闘機の激しい爆撃を受け、海に沈みました。前途ある三千人余の若者たちの夢や希望とともに・・・
この本は、大和を作る技師たちにスポットをあてて描かれています。CGもAIもない時代に、数cmの誤差も許されない現場の技術者たちの努力・能力に、驚くばかりでした。主人公の占部健はじめ多くは架空の人物が中心ですが、山本五十六など実在の人物も登場しました。そして、占部健を慕う池田武邦(実在の人物)は、軽巡洋艦「矢矧」に乗り、沈没から生還し、この時の技術を後世に繋げ、戦後、霞が関ビルなどの高層建築に携わりました。この本を読んで池田武邦さんの事を初めて知りました。池田さんの遺した言葉に触れ、戦争のない平和な世の中が続いてほしいと改めて思いました。
最後に、p242のフレーズを引用して、レビューを閉じます。
「歴史というのは、後から振り返れば何とでも言える。だが、その時代に生きていた人々は、見えない未来に向かって手探りで進んでいくしかない。そしてその時その時で、最もよいと思う判断を下していく。時には、それが大きな過ちを招くことがあったとしても、そうせざるを得ないのだ。」 -
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ネタバレ【鋼鉄の城塞】 伊東 潤 著
戦艦「大和」の建造ストーリーで、ほぼ一気読みコースでした。『戦艦大和ノ最期』やレイテ海戦などは多数出版されていますが、大和建造の物語はあまりないのではないでしょうか(と、思ったら、巻末の「参考文献」には結構あげられていました)。
著者は本当によく調べていて、戦艦の建造、特に大和のように極秘レベルでの建造が如何に難しく大変なことかがよくわかりました。「ワシントン条約~ロンドン条約」で戦艦の数が制限されるなか、ひとつの戦艦の装備を如何に充実させて対抗するかの苦闘が書かれています。
前半は技術者としての苦闘を、後半ではロマンス、ミステリーを織り交ぜての進行(戦艦「陸奥」が爆破・沈没した事例も仮説を提示していますが、これはなかなかに大胆)。「ヤマトブジシンスイス」の副題にあるように建造から進水が中心となるため、「戦艦大和ノ最期」は簡略に書かれていますが、本書を通じ、先人の苦労と英知には頭が下がります。山本五十六など実在の人物と「架空の人物」を織り交ぜての小説となっていますが、建造そのものが如何にドラマティックかということが理解できる一冊です。