押見修造のレビュー一覧
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匿名
ネタバレ 購入済み鼻の奥がツンとしました
不器用ながらに生き、家族を持とうとしても
どこかうまくいかない
なにかがちぐはぐで
哀しさ寂しさがこびりついた人生
その影のように付き従う幼児
いわゆる愛着障害の、ひとつのあらわれ方とも理解できます
狂気のように皆さん思われるでしょうが
私だって似たようなものでした
気づかないだけで、隠しているだけで
ほとんどの母親が狂気を帯びているのではないでしょうか
自分自身を突きつけられ
いままでの人生でやり残した、クリアできなかった課題を
目を瞑って我慢してやり過ごしてきた困難を
むりやりギュウギュウに押し付けられて逃げ場を失い
目の当たりにされつづけ心を失う
そういう女性は決して少なくないのです
もっと世の中に知ってもらえたらと思います -
Posted by ブクログ
重い、とにかく重い。他の押見先生作品の終盤のような入り。押見先生の自伝のようなので、自身の闇を自らが得意とするマンガの世界でカミングアウトするということなのだろうか。最終巻は1冊丸々黒塗り位の結末が待っていそうで、恐くもあり楽しみでもある
【主人公】作者の少年時代
【概 容】作者の少年時代の闇を描いた自伝的な物語
【文字の量】少なめ ●〇〇〇〇 多め
【コマ割り】少なめ ●〇〇〇〇 多め
【非日常性】薄め 〇●〇〇〇 濃いめ
【目の描写】薄め 〇〇●〇〇 濃いめ
【このマンガ好きな人にオススメのマンガ】
・私の胎の中の化け物 中村すすむ先生
・るなしい 意志強ナツ子先生
・わるいあね 三輪まこと先生
・水色の部屋 ゴトウユキコ先生
・ルックバック 藤本タツキ先生 -
無料版購入済み
ノンフィクション?
押見修造の自伝的作品。
Wikipediaの本人の項と比べる限り、かなりリアルな自伝のような気がするが、どこまで事実なんだろうか?
仮にほぼ全て事実だとすれば、中学生の頃から少し他と違う感性を持っており、それが彼の作品に反映されているという事だろう。
漂流ネットカフェの遠野とか、血の轍の母親とか、本作と通ずるものがある気がする。
一方、鉛筆での手書きのような絵のタッチやその内容など、「押見修造」をある程度知っている人でないと「なんだこれは?」となると思う。
その意味では読む人をかなり選ぶ作品と言える。
惡の華・漂流ネットカフェ・ぼくは麻理のなか・ハピネスなどの作品を購入しており、血の轍なども知っている自分には興味深く読めたが、万人にお勧めできるかと言われれば難しい作品。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ全4巻。
3巻と4巻の刊行時期があまりに近くて驚いた。
1巻 2025 05 30
2巻 2025 10 30
3巻 2026 02 27
4巻 2026 03 30
4冊並べて見たとき、
帯、
1巻 「押見修造」に、幻滅せよ。
2巻 「押見修造」の罪悪を見よ。
3巻 「押見修造」が正体を現す。
4巻 「押見修造」の答え合わせ。
と深掘りしている。
カバーイラストのタッチは、1巻が鉛筆による細密でグロテスクな絵だが、グラデーション的にデザインふうになって、4巻はもう別の作家の絵のよう。
なんというか、出し切った空虚を、辛うじて絵にしてつなぎとめたら、こういうデザイン的な絵柄になる、というような。
内容も絵も、ラフというか、ジャジーというか、苦悩の結果をそのまま発表して、そのまま本になって、という当意即妙な感じ。
現在進行形の何かに触れた気がするし、ここまで生々しくて大丈夫なのかと危惧したりして。
で、本書の巻末には、ある写真が。
ここまでロウなものを出されたら、もう頭が上がらないが、ちょうどいま「悪の華」ドラマ版が放映される今、連載作品はキリよく終わっているんだよな。
数年前に確か「血の轍」完結時に、押見先生大丈夫か!? と危惧したものだが、本書による区切りのタイミングで、再度不安。
押見先生、休んでほしいとも、矢継ぎ早に描いてほしいとも。
ふつうの漫画化に対しては、そのペースで描けばいいじゃんと、読者たる自分と関係ないのだが、本作品のようにジャジーな作品を作った作者に対しては、その苦悩を現在進行形で「見させてほしい」という、読者としての貪欲を、掻き立てられてしまう。
そのモゾモゾは、それこそ「悪の華」の後半で絵柄が変わり出した時点で感じていたが、本作品で加速した感覚。
萩尾望都は厄介オタクを「ドマニア」と呼んだし、遡れば太宰治も厄介読者で稼ぎつつ不倫相手見つけつつ作品に取り込みつつ溺れ死んだ。
押見先生におかれては、自分のような、地の底から憧れとルサンチマンで縋りつこうとする手を、うまく捌いて、次作を出してほしい。
ま、こんな木っ端感想見ずとも描く人なのだろうけれども。
I witness you. -
Posted by ブクログ
『相原コージのなにがオモロイの?』を思い出した。
仮にネタで描いていたとしても、達観して描いていたとしても、これは危険な行為だと思った。
このように作家としての自分を追い込むような作品はまったくの第三者の立場からしたら、ニヤニヤ眺めて面白がれるし、実際にマンガとして興味深く読んでしまうけれど、これはある種の自傷行為というか、完全に持っていかれるヤツなのでやめた方がいいと思った。
押見修造は古谷実とか安達哲と同じ系統とか勝手に思っているが、そのようなカテゴライズは愚かなことなので、それをわざわざこのように書く必要はないのだが、隠居するにはまだ若いのに描かなくなってしまうのは残念すぎるので描き続けて欲しいよなーとは思う。
安達哲はまだ描いているけど。(最近知った情報)
しかしそれも外野が決めることではない。
いのちをだいじに。
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