野中郁次郎のレビュー一覧
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文句なしの★5つの本です。 というのも野中先生の『知識創造企業』は本当に僕の中でのビジネス人生において一番大事にしている本だというところもあります。
知識創造企業への想いについては、当時の読書レビュに詳細は委ねますが、その中の「ラグビーアプローチ」にものすごく感動しました。 そして、この本は、20年以上前にはじめて社会人としてビジネスパーソンになる際に、内定者への課題図書として会社から提供された本でした。 当時まだ学生だった私としては、会社っていうところはすごい本を読ませるところなんだな、と、青二才ながら大変感動していたことをよく覚えています。
そういう、僕のビジネス人生の基礎を築いてくださった野中先生の本は、失敗の本質、しかり、戦略の本質、直観の経営ほか、そして、ワイズカンパニーも当然読んできたのですが、この第2版が出版されると知って、この本を読むために、個人的に 『アジャイル三部作』(This is Lean, みんなでアジャイル,そしてこちら)と課題設定して、ゴールデンウィークを活用して三本読んできたかいがあると思いました。 本当に三部作を順番で読んできて、ものすごく理解が深まりました。 僕はソフトウェア技術者ではなく、営業職責の人間なんだけれども、「ラグビーアプローチ」による知識創造は非常にインパクトを受けた理論であって、それが「スクラム」という名前に変わってソフトウェア開発における一大アプローチになったと聞いたことから、これは読まねば!と思っておりました。
ラグビーをやってきたものからすると、スクラムというとどっちかというとセットプレイであって、止まった状態、という印象があり、「スクラム」が動的に動き続ける、というところに若干の違和感はあったのですが、今回の書籍においては、1986年の論文から正しく引用してくださっていたり、知識創造企業から「ラグビーのようにチームで一丸となってボールを運んでいる」や、「ラグビーにおいて、チーム内でボールがパスされながらフィールド上を一群となって移動するかのように」の部分を正しく表現してくださっていて、ちょっとううれしい。(さらに書籍の中にはポッドシステムについても少し触れられているのが、また、うれしい)
まぁ、あくまでメタファーなので、若干の変化はあるとは思いますが、最後のメッセージ文を読んで、僕も何らかの形でまたこちらの「スクラム」にも関わり続けていきたいなぁ、と思いました。
P289 「スクラムとは、会社を機能単位に分割した階層や組織ではなく、どこをとっても会社のビジョンに向かった判断・行動パターンを共有する自己相似形の知識創造活動であり、それを実践する人々である」
以下、改めまして抜粋引用となります。(ふせんはりはりしすぎで多めです)
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P66
スクラムが役割を3つに分けているのはそれぞれの仕事に線を引くためではない。「計画」と「実行」を分離してしまってはスクラムの意味がない。そんなやり方は本末転倒である。
スクラムでは役割を超えて協力していくことが欠かせない。「あなたvs私」ではなく「問題vs私たち」の構図を引き出すことが重要である。「私たち」はもちろんスクラムチームだが、私たちが向き合う問題とは何なのかをチームが共通認識として揃えておく必要がある。
P72
アジャイル開発では対話を重視している。ユーザーストーリーは、従来の仕様書による情報伝達の欠点を補う手法として生まれた。従来の問題とはすなわち、完璧な仕様書で伝達しようとするあまり、どこまでも詳しく書くことになり、大きなドキュメントを抱えて「分析麻痺」に陥る問題だ。しかも、書き終えた頃には、要求が変化してしまっている。
P94
これらを見ると、アジャイル開発の現場がいかにアナログのコミュニケーションを重視しながら、チームの暗黙知を共有し、テストとコードという動くものによって品質を作っていくかがわかる。顧客から見て価値がないムダなドキュメントを排除し、密度の濃い「場」を使ったコミュニケーションこそが、アジャイル開発の圧倒的なスピードを支えている。それは、チームの力を最大限に活かすプラクティスによって成り立っている。
P143
メンバーはスクラムの方法論だけでなく、その本質にある「課題を見つけ、5cmの階段を上るように小さく改善する(検査と適応)」「困り事などは書き出し、空中戦にせず課題を解決する(透明性)」「誰かがやってくれる、を待たない(オーナーシップ)」といったマインドを学び取っていた。
P153
―最後になりますが、薄井さんは、すべてのプロジェクトがアジャイルになる、もしくは、なるべきだ、と考えますか?
個人的にはなるべきだ、と考えます。 人間が成長し続ける生き物である以上、その活動を支えるITシステム開発や、それ以外の営みも、同等以上のスピードで成長する必要があると思います。それを実現するためにも、アジャイルは不可欠と思います。
P209
それは技術的な議論だけではなく、人と人との協調、共感といった感情面も含めた、チーム作りや組織作りにまで及んでいた。そして、彼らは正解を学んでいるのではなく、新しいコンセプトを使って、自分たちのやり方を形作ろうとしているように見えた。まさに、私たちが「スクラム」という言葉で呼んだ共感と共振がそこにはあったのだ。
P211
新製品開発という速さと柔軟さが求められる場面では、成果物を紙に書き、それを壁越しの別のチームに渡すようなリレーをしていてはだめである。様々な専門性をもった人が1つのチームを組み、ラグビーのように開発の最初から最後まで一緒に働くことが求められる。人とチームを重視し、彼らに自律的に動ける環境を与えることでブレークスルーが起こりやすくなると同時に製品化までの時間が短くなるというのがこの論文の趣旨だ。
P236
現在、65%の人が自分の仕事を幸せだと考えていないという調査結果がある。彼らは、自分たちの仕事がうまくマネジメントされていない、自分の仕事をコントロールできない、創造性を排除されている、と考えている。そしてそのことが生産性を落とし品質も悪くしてしまう根本の原因だと思うんだ。もしみんなが自分の人生に責任を持ち、自分の進む方向を自分で決められたとしたら、自分の人生にもっとエネルギーと創造性を感じて、チームですごいソフトウェアを作り出す仕事を、わくわくしながらやれるんじゃないかと思っている。その結果、製品のコストが10分の1になれば、この地球上にはもっと必要なものが手に入るようになるだろう。スクラムによって、こういった職場の変化、そして製品やサービスの変化が、もっと現実的な未来に近づくと思っているんだ。
P261
野中 P、つまり「プラン:plan」というものは言葉で書かれた形式知であって、PDCAは最初に計画ありきなんですね。 これでは本当にほしいもの、顧客に届くもの、そして感動すなわちイノベーションは作れないんです。最初に論理思考、分析思考に陥ってしまってはだめ。作るものには「意味」があって、意味は計画や論理からは出てこない。意味の正体は、最初はもっと主観的かつ曖昧で、言葉にできないことが多いのです。
平鍋 いきなり「何を作る」のではなく、「なぜ作る」のかという情熱を、主観のままに伝えることが大事だと。
野中 我々が何かを作ろうとするときには、まずプランがあるのではなく、その前に直接経験や直観、主体的・身体的な経験というものから得た動機があるはずです。それこそが「意味」であり、コミットメントの源泉になる。知も感情も含めた全人的な身体知=思いが、まず一番初めにあるのです。
P273
野中 論文「The New New Product Development Game」の図1、TypeCを見てください。ここはフェーズが重なった絵がありますが、よく見ると、最初のフェーズを示す円は最後に向かって伸びています。これを言い換えると、「最初に企画をした人は、最後までチームに残って、身体で意図を伝えよ」ということなんです。
平鍋 これがプロダクトオーナーの仕事なんですね。ユーザーと開発チームを身体でつなぐ。そして、それができるのは、実践知リーダーだと。
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本質(それがそうあるためには欠かすことのできない性質であり、時代や国の違いを超えて妥当する普遍的な性質)直観(それが絶対に間違いなく意識に明白に与えられていること)、一人称―二人称関係による事例収集、意識の0.5秒遅延説、ミラーニューロン(相手の行動の意図、感情の動きを正確に写し取る鏡のような脳神経細胞群)と共感能力、故意・過失といった自由と責任に関わる「意味と価値」を含む物事・人間の行動の本質に到達する、自由変更(共感の生じる条件を考える、思考実験(色と空間、音と持続、運動感覚と視覚像の連合(感覚素材と潜在的志向性が相互に呼び覚まし合う相互覚起)))
現象学的還元(ありのままの経験にたち戻る、先入観、知的判断の停止と知的能力をカッコに入れ使用しない)、時間・空間の意味と価値、受動的/能動的志向性(何かに向けられる抽象的性質)
受動的/能動的綜合(志向性による意味付け、価値付けをそのつど新たに作り上げる)、随意/不随意運動、感覚が知覚に先行、感覚間の対化(対になる連合(感覚系と知覚系の連結))
過去把持(過ぎ去るものが維持される志向性)の交差志向性と延長志向性(客観化(外化))により、時間内容が時間形式に先立つ、潜在的/顕在的志向性、未来予持(直前の未来を先取りし予測)
様々な概念を平易、具体的で丁寧に分かりやすく伝えようとしています。 -
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われわれの研究では、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分であることが示されている。リーダーはもう一つ別の知識も使わなくてはいけない。それはしばしば忘れられがちな実践知である。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識である。
(引用)ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル、著者:野中郁次郎、竹内弘高、訳者:黒輪篤嗣、発行者:駒橋憲一、発行所:東洋経済新報社、2020年、39
野中氏によって著された「知識創造企業」からおよそ四半世紀、ついに待望の「ワイズカンパニー(東洋経済新報社、2020年)が刊行された。サブタイトルは、「知識創造から知識実践への新しいモデル」とある。本書では、知識創造の世界から実践を繰り返し、知恵にまで高めることの重要性を示している。
野中氏が提唱し、もはや知識創造・実践モデルとして世界でも受け入れられている「SECI(セキ)モデル」。本書では、新しいSECIモデルが示されている。そこには、個人から始まり、チーム、組織、そして環境という要素を加え、存在論的な次元で生じる相互作用を加えた。そして、いまや伝説となっている京セラの創業者である稲盛和夫氏によるJALの再建を事例として、本書ではSECIモデルをやさしく説明してくれる。当時、私は、稲盛氏が難なくJALを経営再建していく姿を目の当たりにし、まさに、稲盛氏の「実践知」の凄さに感銘を受けた。と同時に、本書を読み、稲盛氏によって、JALの再建がSECIモデルに沿って実行されたこと、またSECIモデルの有効性が実証されたのだと感じた。
SECIモデルでは、共同化、表出化、連結化そして内面化のスパイラルを発生させることにより、拡大していく。最近、私は、シティプロモーション関連の本を読んだが、そこにもSECIモデルが紹介されていた。なにもSECIモデルは、企業だけのものではない。私は、まちづくりやNPO、行政など、様々な組織で活用ができると感じた。
本書の前半で「知識実践の起源」が紹介されていることも興味深い。時代は、アリストテレスの時代まで遡る。そのアリストテレスが唱えた「フロネシス(実践的な知恵(実践知)(本書、59)」は、2400年の時を経ても色褪せることがない。普段、私も仕事をしていて感じることは、「何事も実践してみること」だと思う。ときには、失敗を繰り返すこともある。しかし、実践を繰り返さなければ、「実践知」を得ることはできない。本書には、YKKの創業者、吉田忠雄氏の語録も紹介されている。
「何しろ、私は理屈抜きにして働かない人を好きじゃないですね。どれだけ頭がよくてもね(本書、172)」
この言葉に、私は強く共感する。いま、私が自分の仕事を通じて感じることは、「働きたくても働けない人」がいるということだ。それは、吉田氏が言われる「頭のよさ」に関係しない。私が言う「働けない人」というのは、今までの自身の仕事で、実践を繰り返さず、実践知が足りないということだ。ときには、「綱渡り的な仕事」も存在する。この仕事が失敗すれば、自分の地位を失うと感じ、チャレンジを諦める人たちがいる。私から言わせれば、「もったいない」の一言だ。新型コロナウイルス感染拡大時において、北海道や大阪府の知事が脚光を浴びた。これは、その危機から逃げず、前面に立ち、道民や府民を守るというリーダーの姿を見せたからであろう。私は、「ピンチはチャンス」だと思う。その危機的な状況においては、さらに貴重な「実践知」が得られると私は思う。そして、リーダーとしての自信にもつながるのではないかと思う。
少し脱線したが、本書では、私の敬愛するピーター・F・ドラッカー氏や稲盛和夫氏をはじめ、ホンダの創業者の本田宗一郎氏、ユニクロの柳井正氏、トヨタの豊田章男氏などが登場する。本書を読み進めると、「どこかで聞いたエピソードだな」と思うところが随所に出てくる。そのため、この1冊で、ビジネススキルの要点が網羅されているような感じも受けた。それらのエピソードは、ワイズ(Wise)リーダーになるための心得にもつながる。
今後、SECIモデルを用いて自身の事業や公共的な施策などを拡大していきたいかた、また一流のリーダーシップを学ばれたいかたに、本書をオススメしたい。 -
Posted by ブクログ
感想
新しいSECIモデルは、コトだけでなく、人間という不確定変数の多い部分のプロセスを示すことで、現場で使えるものに解釈されている(実践から生まれたものをまさに形式知にしたようなイメージ)
評価
内容
知識創造理論を現在目線で捉えなおすこと
【今までの知識創造との変化】
存在範囲の概念が加わった(個人なのかチームなのか)
←知識理論を実体化することには、人と人との相互作用が非常に重要な観点である
①共同化
個人同士が暗黙知を共通する(考えを話し合う)
組織内の各メンバーが暗黙知を獲得
※身体的・感情でも理解が進む→相互信頼
②表出化
個人がチームレベルで、共同化された暗黙知を統合(共通言語や事象とする)
暗黙知のエッセンスが言葉やイメージ、モデルになる
③連結化
形式知が組織内外から集められる(集合知マニュアル)
組み合わせや整理、慧さんを通した複合的で体系的な知識になる
④内面化
連結化によって増幅した形式知が実行に移される
個人がそれぞれのチームの中で行動を起こす
→個人の血肉となるとともに、組織の業績が上がる
【JALの再生】
稲盛さんが考えていたことは、
・個人が能力を引き出せて、生きがいをもって働けるようにするにはどうしたらいいか。 ➡創業時に戻ること(全員経営と業績連動の高速化)
・好業績の処遇はステップがある。まずは自分の満足・周囲からの感謝や称賛。そして、処遇。まずは人間として感情で得られる最高の報酬を味わう。
★従業員の信頼関係と考えの共有と能力の集結が実現する
①共同化 稲盛さんとの2way、幹部会議、幹部のコンパを通して破綻の原因、再生への想いなどの表出が行われ理解が一人一人JALのメンバーとしての進んだ
②表出化 その結果、JALフィロソフィのガイドをリーダーシップを持ってまとめるに至り、全社員チームの言葉に変換された。チーム制をとることで、それぞれの利益がどれだけかを正確に把握できることとなった
③連結化 表出した知識とチームの相互関係によって初年度のコストダウンは数百億円となったほか、新たな形式知となったフィロソフィは続々と自主的な勉強会に発展
④内面化 これらの活動を通して、個人の具体的な行動に移されることとなった。手袋を捨てない・上司に意見を言う、フライトが満席であることが笑顔につながる(今までは仕事増で不満) など、多くの行動が変化した。
重要なのは、従業員の心に触れること(プロセスに踏み込む)。そうしないと個人の行動は変わらない。
【そもそも知識創造理論】
新しい知識はある知識を別のものに変換すること。
知識とは、二つの相互作用プロセスを踏むことで創造される。
一つは、知識の種類として ①暗黙知②形式知 の間で生じる認識の壁を越えていくこと
もう一つは、人と他人の存在の中で生じるプロセス。ただし、これは多くを語られていなかった
【第7章】
ワイズリーダーは、あらゆる隠喩、比喩、物語を駆使して、
効果的に意思疎通を図る。
カギとなるのはレトリック。
相手のこと、受け止めを理解した上でレトリックを
うまく扱うこと。
その前提には、共感できる力と、本質を見抜くこと。
・共感、見抜く
・表現
・意思疏通する
本田宗一郎のマン島TTレースの文面のように、
【誰にでも分かる言葉で、ここの状況の本質を捉え抜いて表現】すること。
【第8章】
人を動かすには政治力
政治力は、機転が効き、狡猾であること
チームを動かすのはスクラム
組織のメンバーに権限を与えて、
分散的に進めつつもある一点で集まり、
チームでプロセスを完了させること -
Posted by ブクログ
時代の流れのなかにいるときは見えてこないことがある。
見えていても、カタチを伴ったものとして全体を捉えることができないので、時代の片隅にいた自分が見ていたものだけで、無意識にその時代を記憶に留めている。
自己の記憶はそういったもので、その記憶が己が生きる世のなかを造っていく。だから、人それぞれに見えている世のなかは違う。
でも、時代というのは、今を通り越すことによってその時間経過とともにカタチを現してくる。そしてそのなかで時を過ごした自分の記憶が、そのカタチのなかに位置付けられると、自分の記憶もまた朧気にカタチを伴ってくるし、違った存在になる。
もうすぐ8月が来る。また今年も日本の大きく道を誤った原点を見つめてみよう。 -
Posted by ブクログ
改めて20年以上前の本を再読、やはり良書はさすがだと思う。 文句なしの★5つである。
この本は僕が会社に内定した際に会社側から提供された本の中の一つで当時あまりに感動して、そのままずっと保持している本である。学生から社会人になる際に「こんな知的な本を読むのか、知識創造とはすごいプロセスだ」とものすごく感動したことを今でもよく覚えているし、それは再読した本日も改めて思った。
野中郁次郎先生は、「失敗の本質」を書かれた共著者であったり、スクラム開発の考え方の根本を提示された方であったり、本当に自分の人生に大きな影響を与えた方ですが、先日読んだ「直観の経営」にもありましたが哲学の話、失敗の本質の話、そしてあまりにも有名な暗黙知/形式知のSECIモデルの話含めて、やはり改めて今になってもこの本はたくさんの方に読んでいただきたい。
そんな中で、改めて抜粋する部分は、序文にある。1986年の『The New New Product Development Game』に記載された内容をかみ砕いている。
少し長いが、お付き合いいただきたい。
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1986年の『The New New Product Development Game』の論文の中で、日本企業の新製品開発の速さと柔軟性を描き出すために、「ラグビー」のメタファー(比喩)を用いた。開発中の新製品を、一団となって走るチームがパスしながら進めるラグビーのボールに見立てたのである。(中略)
ラグビーのアナロジーを続けよう。「ボール」に注目しながら、我々が何を言いたいのかを説明したい。チームがパスでまわすボールの中には、会社はなんのためにあるのか、どこへ行こうとしているのか、どのような世界に住みたいのか、その世界はどうやって実現するのか、についてのチーム・メンバーの共通理解が入っているのである。きわめて主観的な洞察、直観、勘などもその中に含まれる。つまり、そのボールの中に詰まっているのは、理想、価値、情熱なのである。
次に、ラグビーで「どのように」ボールがパスされるかに注目してみよう。リレー競争の走者へ手渡されるバトンと違って、ラグビーボールはある一定のやり方では動かない。リレーのように順次線形に動くのではない。ラグビーボールの動きは、フィールドでのチーム・メンバーの連携プレーから生まれてくるのである。 それは、過去の成功や失敗の積重ねの上に、その場その場で決められる。 それはチーム・メンバー間の濃密で骨の折れる相互作用(インタラクション)を必要とする。
その相互作用のプロセスが、日本企業の中で知識が組織的に創られるプロセスによく似ているのである。この本で述べるように「組織的知識創造」は体験や試行錯誤であると同時に、アイデアを生み出す思考や他者からの学習なのである。またそれは、アイデアにかかわるだけでなく、アイデアル(理想)にもかかわるのである。
P115
私がメンバーにいつも言っていたのは、我々の仕事はリレー競争のように「おれの仕事はここからで、お前の仕事はそこからだ」というようなものではないということでした。全員が初めから終わりまで走らなければならないのです。ラグビーのように一緒に走り、ボールを右へ左へパスしながら、一団となってゴールに到達しなければならないのです。
P140
『ハーバード・ビジネス・レビュー』掲載の“The New New Product Development Game”で、今日のように変化と競争の激しい社会では、この重複的なラグビーアプローチは、スピードと柔軟性の点で圧倒的な強みを持っていると論じた。
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このラグビーアプローチ、は、すごくしっくりくるのですが、それがなぜ後日スクラムというメタファーになったか、は、結局よくわかりませんでしたが。 -
Posted by ブクログ
独ソ戦、バトル・オブ・ブリテン、ベトナム戦争、イラク戦争を題材に、勝者に共通する知略について解明した本。『失敗の本質』をはじめとする本質シリーズの最終巻である。分析が精緻で、勉強になった。役立つ記述が多かった。
「『失敗の本質』の最も主要なメッセージは「過去の成功体験への過剰適応」ということであった。日本陸海軍は戦略の本質を洞察せず、日露戦争で成功した戦い方に固執したために、大東亜戦争という異なる情況では失敗してしまった、ということになろう」p5
「ドイツ軍は70個の装甲師団を有し、各地で展開している。もはや歩兵師団といえども、多数の機械化部隊を持っていなければならない。ただドイツ軍の弱点は、補給地から前線まで、400キロ近く遠ざかっていることだ。これは機甲師団が先へ先へと行くからだ。補給地と前線の間を防衛するのは至難である。スターリンは、装甲部隊と兵站こそ、この戦争の鍵を握ると分析した」p19
「(スターリンの見通し)冬の間の戦場は、モスクワ、キエフ、レニングラードの戦線で、現在の地点から100キロも離れていない場所になるだろう。ドイツ軍が疲れ、攻勢に耐えられなくなったときが、ソ連軍には最も有利な時の1つだ」p20
「ソ連側に幸いしたのは、ドイツ空軍が、モスクワへ向かう鉄道や道路での輸送が活発なのを視認していたにもかかわらず、何の攻撃も加えなかったことだ。ソ連にはすでに予備兵力はない、と信じ切っているドイツ軍首脳部は、偵察飛行の報告を真剣に取り上げなかった。代わりにドイツ空軍は、モスクワ中心部と近郊の飛行場へ、爆撃を集中させる」p30
「飢えと寒さによる極限状態での戦いを強いられたのは、独ソ両軍とも同じだった」p37
「ドイツ軍は、対ソ戦の開始から1941年末までの半年間に、戦死者62万1308人、行方不明者3万5875人という、甚大な損害を出した。その合計は、東方に展開したドイツ軍の1/4を上回る。もちろんその損失は、同年末までに死者80万2191人、行方不明者233万5482人を出したといわれるソ連軍より、はるかに少ない。ソ連末期に公表されたこの数字も、少なすぎるという指摘すらある」p47
「スターリングラード攻防戦の主役を務めた両軍の戦力は、ほぼ互角だ。ドイツのB軍集団が30個師団、ソ連のスターリングラード方面軍は38個師団で、兵力は両軍ともおよそ100万人、戦車・突撃砲はドイツ軍の675に対し、ソ連軍は894だった。航空機はドイツ軍が1216機、ソ連軍が1400機である」p53
「ソ連兵士たちの正面には、ドイツ軍がいる。後ろには、逃亡を取り締まるソ連内務人民委員部の部隊がいる。双方から銃口を向けられたソ連軍将兵は、遮二無二戦うよりほかなかった。こうした監視は、ロシア革命後の内戦でも見られたもので、軍に対する共産党の不信感を物語っていた」p55
「チュイコフは、兵士たちを過酷な前線に叩き出す。ただ、自らも最前線で砲火に身をさらし、兵士たちと生死をともにしたので信頼された。戦時中に、彼はこう言っている。「ドイツの砲弾にいちいち首をすくめるくらいなら、頭をすっ飛ばされたほうがましだ。これが指揮官の心得だ。兵隊はそういうことをちゃんと見ている(ビーヴァー『赤軍記者グロースマン』)」また、こうも言っている。「ここでは、いかなる弱さも見せてはならない」「司令官は数千人の部下が死ぬのを見るが、そのことで動揺はしない。涙を見せていいのは、一人の時だけだ。最良の友がここで死んでも、巌のように立ち続けなければ(Hellbeck, Stalingrad)」p60
「ソ連は勝利した。推計によれば、この攻防戦でのドイツ軍の戦死、病死、餓死者は合わせて14万6000人である。ソ連軍は死者47万4871人、負傷者97万4734人と、さらに多くの犠牲者を出した」p72
「(米ソで勝敗を分けたもの)1つの答えは、補給である。ドイツ軍を食い止めるには至らなかったものの、ソ連軍は各地でドイツ軍に多大な出血を強いていた。ドイツ軍は損耗が積み重なり、得意の電撃戦を繰り出すごとに弱まっていった。戦争の帰趨は、個々の戦闘でどちらが兵士と武器をより多く投じられるかという、消耗戦に移行する。両軍の戦力差が縮まった結果、国内という地の利を生かして、補給で優位に立ったソ連軍が勝利を収めた。とくに、ソ連軍の補給で大きな役割を果たしたのが、鉄道だ。モスクワとウラル以東を結ぶ鉄道が無傷だったことが、補給を可能にした。大量輸送のインフラに支えられて、シベリアや中央アジアからの援軍や食料が、モスクワの最前線に供給され続けた。圧倒的に優位な敵にも限界があることを見越して、劣勢を耐え忍び、好機を逃さず、予備兵力を一気に投入する。こうした泥臭いソ連の作戦を、過小評価してはならない。そして、その予備兵力を用意したのがスターリンである」p80
「少数部隊が劣勢を補うのに、都市は戦場として都合がよい。市街戦では、兵力の差よりも地の利を生かしたほうが有利になるからだ。そうした意味で、スターリングラードの戦訓は現代にも生きている」p82
「ソ連軍に勝利を呼び込んだのは、戦時における戦術と戦略の劇的な「進化」である。具体的には、戦争の推移に合わせ、消耗戦と機動戦を柔軟に使い分けたことだ。一方、スターリングラードまでのドイツ軍は、電撃戦よりほかに戦う術を知らなかった。より戦場に適応したほうが勝ち残る適者生存の法則は、ここでも当てはまる。ただその教訓は、2600万人を超えるソ連国民の血であがなわれた」p83
「(フランスの戦闘機増援要請)チャーチルの言葉を借りれば、それは「われわれがフランスを苦悩のうちに見殺しにするか、それともわれわれの将来の生存に必要な最期の手段までもここで使い切ってしまうか」という苦しい選択であった」p112
「1940年9月初旬以来ドイツ空軍がセクター基地への攻撃を止め、ロンドンなど内陸部の大都市攻撃に重点を移してから、イギリス戦闘機軍団は徐々に戦力を回復していった。9月半ばまでには、ハリケーンとスピットファイアの生産がその損失を上回り始めた」p133
「9月7日から11月13日までロンドンはほぼ連夜、平均160機による爆撃を受けた。こうした夜間爆撃に対する戦闘にイギリス戦闘機軍団が完ぺきな勝利を収めたとはいいがたい。ひいき目にみても、それは引き分けであった。しかし、夜間爆撃の軍事的効果はそれほど大きくなく、これによってイギリスの戦意喪失をねらったドイツ側の目的は達成されなかった。夜間爆撃は、人々を恐怖に陥れたり、眠らせなかったり、またときには、多くの死傷者を出した。1940年末までにイギリスの民間人戦没者は、ブリッツによる犠牲者を含んで2万3000人に上り、重傷を負った者は3万2000人に達した。確かにその人的・物的被害を軽視することはできなかったが、軍事的に見る限り、その効果は重大ではなかった。人々はブリッツに少しづつ慣れ始め、やがてそれは日常生活の一部のようにさえなっていった。夜間爆撃によってもイギリス国民の士気は衰えなかったのである」p135
「大西洋の戦いにより、最終的に連合国は商船3500隻、艦船175隻を失い、軍人の戦死者3万6200人、商船乗組員死亡者3万6000人という犠牲者を出した。ドイツ側は潜水艦783隻を失い、戦死者は3万人であった。Uボートに関していえば、その乗組員の3/4が戦死した。こうした数字が物語るように、大西洋の戦いは長く続いただけでなく、厳しい戦闘の連続であった」p138
「1943年3月に大西洋の戦いで連合軍がUボートによって被った被害は、船舶82隻、47万6000トンであったが、同年5月にはそれが34隻、13万4000トンに減少した。より重要だったのは、連合軍が撃沈したUボートの数である。大西洋でドイツが失ったUボートは3月に12隻だったのに、5月には34隻となった。Uボートの建造数がまだ増加していたとはいえ、これはドイツにとって重大な損失であった。その後もUボートの損失は激増する。1943年の1年間だけで、大西洋で258隻のUボートが沈められた。うち141隻は沿岸航空軍団によるものとされているので、航空機の役割が大きかったことがわかる」p165
「戦略問題は、帝国参謀総長(陸軍)、海軍軍令部長、空軍参謀長からなる三軍幕僚長委員会が担当し、チャーチルは同委員会に、首相の個人代表としてヘイスティングス・イズメイ将軍を常時出席させていた。イズメイは、同委員会の事務局長も兼ねた。要するに、チャーチルはイズメイを介して三軍幕僚長委員会をリードし、陸海空三軍の事実上の最高指揮官となったのである。正式の会議の場以外でも、チャーチルは三軍幕僚長たちとほぼ毎日会い、休日には彼らをチェッカーズ(首相官邸の別邸)に呼びつけることもあった。チャーチルにより、イギリスの戦争指導体制はトップに強力な権力を集中させた。それは、デモクラシーのもとでの戦時「独裁」と呼ぶべき体制であり、しかも、この「独裁」者に対して、戦略問題について補佐するのは三軍幕僚長委員会であった。ただし、トップはシビリアンの首相であり、それによってシビリアン・コントロールが担保された」p173
「歴史についての理解と洞察が、戦局の見通し、敵の意図や行動、そして戦時指導者としてのあるべき言動などについて、チャーチルのセンスあるいは直観を磨いていたのだろう。彼は青少年期にE・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』とT・マコーレーの『イギリス史』を暗唱できるまで読んだという。また、すでに26歳のときには3つの戦争に従軍し、5冊の本を上梓(じょうし)していた。若年の頃から、体験と思索によって戦いの本質を見極めようとしていたのである」p177
「チャーチルは常に攻勢を重視した。「可能であれば、いつでも、どこでも攻撃せよ」「攻撃されていても、攻撃せよ」というのが彼の口癖でもあった。それゆえ軍人たちの慎重さを臆病、弱気、不決断と批判するきらいがあった。チャーチルは、消極的と見えるものを嫌った。大西洋でのUボートとの戦いにチャーチルが不満であったのは、こうした彼の気質に一因があった」p178
「イギリスの防空システムは、核兵器以前の時代で最も成功を収めた軍事的イノベーションの1つであると評された」p180
「自国の存続を図ると同時に、ドイツに対する抗戦の意志と能力を示すことによって、アメリカの全面的支援ないし参戦を勝ち取ることであった。そのためには、当面、敵の上陸作戦が困難になる時期まで、ドイツの攻撃を乗り切ることができればよかった。そしてイギリスは、バトル・オブ・ブリテンを持久消耗戦に持ち込んで、勝利を収めたのである」p184
「ホー・チ・ミンは、日本が敗北し、連合国軍がベトナムに上陸してくる前の「権力の真空」を逃さなかった」p193
「(アメリカの北ベトナム爆撃)「ローラーでは蟻は潰せない」」p224
「テト攻勢は軍事的に完敗した側が、意図せざるメディア作戦で政治的勝利を獲得した、歴史的に稀有な戦闘であった」p237
「ゲリラ戦の本質は、決して負けないが、決して勝てないという矛盾にある」p247
「ナポレオン戦争の本質を明らかにしたクラウゼヴィッツは『戦争論』の第6章「戦争の天才」のなかで「coup d'oeil(クー・ドゥイユ)」という文字通り「一瞥」を意味するフランス語が天才ナポレオンの秘密であり、それは「長い試みと熟考の末にのみ得ることのできるような、瞬時に真実を見抜く直観」だと論じた」p248
「(ダニエル・ボルガー)アメリカ軍の兵力はそもそも「短期決戦の通常戦」に向けて装備を整え、錬成してきたにもかかわらず、二度も「長期にわたる泥沼の対反乱戦」というアメリカ軍兵力に適していない戦争に引きずり込まれてしまったが、ボルガー自信を含む将軍たちは戦争の現実を直視せず、戦略的な誤りを正すことができず、戦略と戦術面の両面で貧弱なリーダーシップしか発揮できなかった」p344
「軍事組織では、適応と革新を峻別する。適応と革新を分けるのは、有事に軍事組織が両者を同時に行うことが困難だからである。よって、平時に未来の戦闘を想像し、実現するための新たな概念を創造して、それらの実行可能性を演習で評価し、人事を刷新し、実戦に適応することのできた軍事組織が勝利する」p374
「実践知リーダーの6つの能力:①善い目的を創る能力。②ありのままの現実を直観する能力。③場をタイムリーに創る能力。④直観した本質を物語化する能力。⑤物語を実現する政治力。⑥実践知を組織化する能力」p380
「いかなる環境変化にも能動的に対応する国家、組織であるためには、リアルタイムで「物語り」を紡ぎ、実践するしぶとさが求められるだろう」p408
「思い(暗黙知)を言葉(形式知)にし、言葉を実践(実践知)していくダイナミック・プロセスが、危機を打破する創造の世界の扉を開くのである」p411
「リーダーが選び取ったものは、組織の成員に理解されなければならない。理解されなければ、組織として実践できない。組織成員に理解させるためには、理解してもらうためには、選び取ったものを物語らなければならない。そして、物語るためにはプロット(事実となぜの筋書き)とスクリプト(台本、行動規範、ドクトリン?)が必須である。これが「知略」である」p413 -
Posted by ブクログ
ネタバレ仕事の現場でここ数年感じていた会社の将来の閉塞感が、「数学化による生活世界の危機」と表現されていて、まさに生きることの意味と価値を、会社の一人一人がそれぞれが見直そうとしていたところ。
会社の中で変人、ガキ、宗教っぽいと囁かれながらも、自分の夢を語ってきた自分の過去を意味付けながら歩んできた方向性は、確かなゴールに続いている事を再認識した。
・二項動態:①相反の補完、②両極の幅、③フラクタルな形態、④銅的均衡
・フロシネス:①善い目的、②ありのままの直観、③タイムリーな場、④本質の物語、⑤実現する政治力、⑥実践知の組織化
・本質直観:①類似性、②潜む同一性、③自由変更と本質