中島義道のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
中島義道節が炸裂していた。本書は中島が死にたいほど悩んでいるT君(架空の人物)に宛てた手紙形式のエッセイです。しかし多分30年前の20代の過去の自分に宛てた手紙に近い。だからこれは自己啓発ではなくエッセイという方が正確な気がする。だけど中島の生き方はマイノリティーには励まされる。
少し引用します。
そして、きみはいつか死ぬ。この広大な宇宙の中で。たとえ、きみの書いたものが、きみの死後少数の人にあるいは大勢の人に読まれることがあるとしても、まもなく誰もきみのことを覚えていない時が来るであろう。きみはまったく忘れ去られるであろう。 それでも、地球は優雅に太陽のまわりを回転し、太陽は銀河系を回り -
Posted by ブクログ
人間は人から嫌われたくない生き物
‼️我々は誰でも人を嫌う、理不尽に嫌う、それが自然
‼️ほのかな愛があるなら、ほのかな憎しみがあっても良い
「私何も気にしてないの」という言葉には注意、本当に気にしてない場合と、大変気にしてる場合、五分五分
どんなに努力してもある人が嫌いであり、どんなに努力してもある人から嫌われる、どうしようも無い
相手が自分の期待に応えてくれない、子供
‼️他人に夢をかける、は誤った態度
自分に傲慢さがなければ、人の傲慢さは気にならないはず
‼️どうにか保持している自己幻想を容赦なく切り崩す相手を嫌う、自信のなさと恐れ
‼️あなたが嫌われるのは落ち度がない場 -
購入済み
面白いが・・・
内容としては、中島氏の生きざまといってよい内容です。
哲学者による哲学と思って読まれると、戸惑うと思います。
好き嫌いがはっきりと出る作品と思います。 -
Posted by ブクログ
前半は新聞の連載などをまとめた内容。後半は自身の哲学塾で出会った変わった立ち振る舞いの人たちについての話。
環境と自己についてのエセー集といった感じではあるのだけど「哲学するのに向いている人向いていない人」といった経験をもとに「困った人たち」について語っていて一気に読めてしまった。
いわゆる哲学についての話は第1部で語られているのだけど、「絶望に陥らない不幸」として、悩むことの前提条件が欠けている点を突いた第2部が圧倒的におもしろい。
ここでは「悩んでいる人=病人」といった捉え方を拒絶して「悩んでいる人は治せない」という当たり前のことを言っているだけなのだけど、なぜ世間一般ではそう捉えてい -
Posted by ブクログ
死にたい人のほとんどは、心の底では生きたいと思ってる。
死ぬほど追い詰められたのは気の毒だ。でも、死にたい人の態度が文句なしに正しいわけではない。
死にたいところまで追い詰められている人が、模範的な態度をとることを拒否したからって、非難する理由になるか?
自由は自由によって制限を受けなくてはならない。
私たちは社会的な動物だから。
どんなに考えをつきつめていっても、結局は「なぜだかわからないけれど」へ行きつく。それが信念だ。数学の公理と同じ。それ以上さかのぼれない取り決め。
善意の嘘、相手を喜ばせるための、自分を守るための嘘。
そんな嘘をついてもいいのか、自分の気持ちをしっかり見つめるこ -
Posted by ブクログ
幸福なんて、薄っぺらいものだという考え方は良かった。
SNSの普及による、承認欲求の囚われや、流行という価値観の押し付けが蔓延る世の中。
いいね!をされること、流行の波に乗れていることは、確かに、幸福ではなく、息苦しいものだと思う。
しかしながら、幸福の条件を厳密にし、こうでなければ幸福ではない、みんな不幸だ、という、二値論理的な考え方はどうなんだろうか。
また、哲学者ゆえに、自分の考え方を世間とは違うという表現を使ったり、少数派だという希少性を用いつつ、意見の正しさをデータなどの根拠もなく伝えようとしているのは、今の時代如何なものか?とは思う。そこが、学問から抜け出せないところなのかもしれな -
Posted by ブクログ
幼い頃から「いい子」でいた著者が、同じような生き方をしてきた結果、20歳になって自分の生き方に疑問を抱き苦しんでいる「T君」へ向けて書いた、9通のメールという体裁の本です。
著者は、社会と折り合いがつけられない不器用な若者に、そうした自分を圧殺してしまうのではなく、逆にそうした生きづらい自分の人生を考えるために生きる、という道筋を示そうとしています。
おそらく「T君」も、著者の手紙を読んですぐさま悩みから解放されるということにはならないのだろうと思います。そうした自分自身のほとほと嫌気がさすような「どうしようもなさ」に付き合っていくうちに、そうした自分の「どうしようもなさ」を決して投げ捨て -
Posted by ブクログ
「相手の気持ちを考えろよ!」「ひとりで生きているんじゃないからな!」「おまえのためを思って言ってるんだぞ!」「もっと素直になれよ!」「一度頭を下げれば済むことじゃないか!」「謝れよ!」「弁解するな!」「胸に手をあててよく考えてみろ!」「みんなが厭な気分になるじゃないか!」「自分の好きなことがかならず何かあるはずだ!」。
こうしたもっともらしい10個の言葉を吐く人びとの背後に、著者はマジョリティに立つ者のマイノリティに対する粗野で傲慢な精神を嗅ぎつけ、告発します。あらためて指摘されるとまったく著者のいうとおりなのですが、世のなかってそんなものでしょう、と思ってだれもが問題にすることなくやりすご -
Posted by ブクログ
『道徳的センスは常に善いことしようと身構えることでもなく、自己批判に余念がないことでもなく、善とは何か悪とは何かを問い割り切ろうとしないこと』
『道徳的に良い行為はなにか誰もが知っている。でも、それは道徳的に良い行為へと向かう指針を与えられるだけで、行為を実現できる訳では無い。』
『道徳的人間とは、常に善い行為をする人間のことではない。自分の信念を貫くことが他人を不幸にするという構造のただ中で、信念をたやすくも捨てることも出来ず、とはいえ自分の信念ゆえに、他人の不幸のうちに見捨てることも出来ずに、迷い続け、揺らぎ続ける者のことである。』
哲学初心者としては難しい内容でもあった(カント