中島義道のレビュー一覧
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2012年の一冊目。昨年のダメージを引きずったまま、ツァラトゥウトゥラ→中島義道のコースの終着点。
義道くんに言わせると、ニーチェは「ださく、かっこ悪い」そうだが、本書を読むとまぁその感覚がよく伝わってくる。徹底的に善人を叩きのめし、超人への愛を説くニーチェその人は超人などには到底至れず、まさしく弱さを抱えんでんでいたであろうからだ。ご指摘のとおり、弱者の醜悪さを叩きのめすには、その弱さを自分の中に見つけていることが出発点になる。そういう意味で読み直すと、ニーチェの主張は強がりの空元気に思えてくる。しかも、その繊細でない大雑把な感覚が、義道くんをして上のように感じさしめるのであろう。その批判 -
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『私はこまでの長い人生において、むやみやたらに他人を嫌うことがあり、また他人からとことん嫌われてきたことも少ないない。』
更に妻から子どもからも嫌われて、思えば、父親からも嫌われ、同じくくらい自分も嫌っている。という状況の中で<嫌う>とは何か研究せざるをえない状況に陥る中島義道氏という存在自体がおかしい。
ひとを嫌うことは、人間関係の負の側面と考えがちだが、嫌うことは自然なことで、それを肯定して居心地の悪さを味わうことで人生は豊かになる。
嫌うことはよくないことだと思うと他人を否定できないので自己否定、自己嫌悪になっていく。中島氏も学生時代はすべてにわたってみんなとずれていて、その時は自己 -
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勝間和代さん推薦書。
これまで人の気持ちについて、実用的な気持ちの持ち方や、心理的、脳科学的な本は読んだことはあったが、哲学で解いた本は初めてのような気がする。「嫌い」や「恨む」感情について、体や脳に悪くて、自分にとって損もしくは良くないですよ、ではなく、それが人間じゃないか、嫌いという気持ちも持つことによってより豊かな人生になるんじゃないか、とまとめられている。
その分、読んでいてポジティブになれるような本ではないが、人間の性質に任せようという考えは的を得ているような気がする。「つまり社会的な成熟を諦めて、自己嫌悪に塗れたしかし充実した人生を送ればいいのです。」
あらゆるビジネス書で、「主体 -
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[ 内容 ]
学生、サラリーマン、フリーター、主婦、哲学する事に興味がある人が誰でも参加できる塾があります。
塾生は普段考えているギモンをトコトン中島先生にぶつけます。
自分から自由になりたい全ての人のための哲学塾。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
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幸福のための条件を
①自分の特定の欲望がかなえられていること
②自分の一般的信念にかなっていること
③その欲望が世間から承認されていること
④その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない(傷つけない、苦しめない)こと
と置き、歴史的な幸福論ではこれらの諸条件を満たすことができないことを述べた上で、最後は絶対的不幸である『死』について考察した本。
条件④に関しては、他人を不幸に陥れないことのくくりを追求しすぎていて、若干やりすぎで現実とかい離しているのではないかと思った。しかし、変わる線引きとその正当性も、今の自分に出せないのが現実である。
ただ、こういった不幸論を乗り越えるような、幸福論が -
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鬱状態が常態の私にとって、中島氏の指摘は深く頷ける。
偏食のひどさなどは、共感はできないが、貴重な意見と受け止めた。
ただ言葉が平易だからか、繰り返しが多いからか、議論が深まっていないように思えた。最後は情と簡単な論理の提示で、終わってしまったような・・・。
「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」という問いの立て方は、好ましいし、私にとってもタイムリーだ。
しかし、その答えの出し方が中島氏の個人的な経験、思索の範囲だけでは、どうしても腑に落ちないのだ。
しかし、しかし、答えは「私が」求め、探し出さなければ、意味がないのも、真実だ。
人をさげすむのではな -
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古本屋で100円で投げ売りされていたので衝動買い。「頭がおかしい人ランキング」を作ったとしたら、自分の中ではトップに躍り出るであろう、「おかしい」哲学者・中島義道の本。
もはや題名を見ただけで何が書かれているのかの大枠が読めてしまうのがおもしろい。実際に予想どおり―厳密には予想をある部分では上回っていたのだが―ながらも、声を上げて笑ってしまうところもあるくらいおもしろい文章だった。とくに、駐輪禁止ゾーンに止めてある自転車をめぐる、酔っぱらったときのやりとりでは爆笑してしまった。
単純におもしろいと思う部分と同時に、自分の感覚と非常に一致しているのがツボに入った。普段自分が周りの人間にバン -
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哲学者と言ったら頭がどうかしちゃってる人を思い浮かべがちだが、そのもっともよい現存する例がこの中島義道。個人的には非常に好感を覚える「まっとうに」頭のおかしい人の一人。
この本は、中島義道が行ってきた様々な題材の講演を文字に起こしたもの。多くの著書(というか中島義道の排泄物・吐瀉物)で言われていることが繰り返されているとも言えるが、身も蓋もない腐っている物言いが「素敵」である。この人の本を読むと、共感を覚えるところあり、こんな人がいるんだという単純な驚きあり、日常的に「死」にはまり続けていられる精神の強固さに対する感動あり、かつそこから抜け出せないことに対する同情あり、そして、最終的になん -
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ネタバレ[ 内容 ]
残虐な事件が起こるたび、その“悪”をめぐる評論が喧しい。
しかし、“悪”を指弾する人々自身は、“悪”とはまったく無縁なのだろうか。
そもそも人間にとって“悪”とは何なのか。
人間の欲望をとことん見据え、この問題に取り組んだのがカントだった。
本書では、さまざまな文学作品や宗教書の事例を引きつつ、カント倫理学を“悪”の側面から読み解く。
[ 目次 ]
第1章 「道徳的善さ」とは何か
第2章 自己愛
第3章 嘘
第4章 この世の掟との闘争
第5章 意志の自律と悪への自由
第6章 文化の悪徳
第7章 根本悪
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆ -
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ネタバレ[ 内容 ]
「何か質問は?」―教師が語りかけても沈黙を続ける学生たち。
街中に溢れる「アアしましょう、コウしてはいけません」という放送・看板etc.
なぜ、この国の人々は、個人同士が正面から向き合う「対話」を避けるのか?
そしてかくも無意味で暴力的な言葉の氾濫に耐えているのか?
著者は、日本的思いやり・優しさこそが、「対話」を妨げていると指摘。
誰からも言葉を奪うことのない、風通しよい社会の実現を願って、現代日本の精神風土の「根」に迫った一冊である。
[ 目次 ]
第1章 沈黙する学生の群れ
第2章 アアセヨ・コウセヨという言葉の氾濫
第3章 「対話」とは何か
第4章 「対話」の敵―優しさ -
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おもしろい。とにかくおもしろい。(僕と同じ人種が居た!)という発見とでも言おうか。
この本は、著者自身の孤独にまつわる自分史であり、したがって、深い哲学的思想がどうこういう類の本ではない。著者の偏屈で混迷極まる孤独っぷりを、これでもかと開けっ広げに語り尽くす。そこが痛快で楽しい。タイトルだけ見れば、めちゃくちゃ重そうなテーマだけれど。
著者はあとがきでこう書いている。「いつか、自分のぶざまな人生について書いてみたいと思っていた。なぜ、周りの者たちがすいすい進んでゆくところを、自分ひとりだけ転倒するのか?なぜ、こんなにも他人とうまくいかず、なぜこんなにも生き方が下手なのか?要領が悪く、不器用