中島義道のレビュー一覧

  • 「人間嫌い」のルール

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    中島氏の著作で初めて読んだのがたしかこの本だった。
    当時のレビューです。

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    大多数の人間のことを『善人』と皮肉めいて終始呼称するところに驚いた。
    けれども自分の心のとっかえ的なものがすっきりした気がした。

    『人間嫌い』をカテゴライズし、曖昧な『人間嫌い』という概念を主観全開で定義する箇所は読む人によってはかなり嫌悪感を感じるだろうが
    自分は人間嫌いなのかもしれないという人は読むべきだと思う。

    なぜならば自分を『人間嫌い』だと思っている人の大半はこの著書に沿えば『善人』に分類されるであろうからだ。

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    2012年04月14日
  • 哲学の教科書

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    「哲学の教科書」というタイトルだけれど、哲学の入門書かと思ったら大間違い。ものすごくシニカルな哲学的思考の指南書。
    哲学という特別なようで当たり前の「フィルター」を通して物事を捉え直した時、目の前にどんな世界が広がるか、そしてその世界のなんと豊かなことか!
    活字を読むというより、活字に引っ張られるようにして読み進めたこの本。世の中のあらゆることを全て当たり前に受け入れ、それらを前提として喜怒哀楽と共に生きる多くの人にぜひ読んでもらいたい。
    あなたが自分だと思っているその「自分」を、何故にあなたは自分だといいきれるのですか?

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    2012年04月06日
  • 哲学の教科書

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    この「私」を通じてしか、哲学できないことの絶望を感じさせてくれる本。
    哲学とは何ではないか、哲学者になるにはどうすればいいか、という項目はなかなか目新しく、新鮮に読めた。

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    2012年02月26日
  • 人生に生きる価値はない

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    中島義道先生のエッセイ。御大もだいぶ丸くなったようで…というか、以前ほど極論を言わなくなった(押し付けなくなった?)せいでまろやかな口当たり。

    とは言いつつも、中島節は健在。知性的でない人や暴力的に善良な人を徹底的に忌み嫌うその姿勢、変わってない。ついつい共感してしまう。時折(全体の三分の一くらい)出てくる哲学的な話も、サラリーマンやってる身としては読みやすいライトな議論なので楽しく読める。先生の哲学的思索も深まっているようで、今後にも期待。

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    2012年01月09日
  • 善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学

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    2012年の一冊目。昨年のダメージを引きずったまま、ツァラトゥウトゥラ→中島義道のコースの終着点。

    義道くんに言わせると、ニーチェは「ださく、かっこ悪い」そうだが、本書を読むとまぁその感覚がよく伝わってくる。徹底的に善人を叩きのめし、超人への愛を説くニーチェその人は超人などには到底至れず、まさしく弱さを抱えんでんでいたであろうからだ。ご指摘のとおり、弱者の醜悪さを叩きのめすには、その弱さを自分の中に見つけていることが出発点になる。そういう意味で読み直すと、ニーチェの主張は強がりの空元気に思えてくる。しかも、その繊細でない大雑把な感覚が、義道くんをして上のように感じさしめるのであろう。その批判は甘んじて受け入れた上でやはり、僕はニーチェが好きである。どうしようもないまでの強がりがとてつもなく人間くさいから。

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    2012年01月06日
  • ひとを〈嫌う〉ということ

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    『私はこまでの長い人生において、むやみやたらに他人を嫌うことがあり、また他人からとことん嫌われてきたことも少ないない。』
    更に妻から子どもからも嫌われて、思えば、父親からも嫌われ、同じくくらい自分も嫌っている。という状況の中で<嫌う>とは何か研究せざるをえない状況に陥る中島義道氏という存在自体がおかしい。

    ひとを嫌うことは、人間関係の負の側面と考えがちだが、嫌うことは自然なことで、それを肯定して居心地の悪さを味わうことで人生は豊かになる。

    嫌うことはよくないことだと思うと他人を否定できないので自己否定、自己嫌悪になっていく。中島氏も学生時代はすべてにわたってみんなとずれていて、その時は自己嫌悪に陥り、不登校になってしまったとのこと。

    それよりはまず自分の形を決めて、それにそぐわない人は嫌うという人間関係を肯定したほうが健全である。それで嫌われることもあるがそれも人生の滋味の一つである。

    嫌う原因を8つあげて分析している。このあたりが中島さんらしいが、その考察力の鋭さはいかにこの問題に悩まされて続けてきたかが伺える。8つも原因があるのだから嫌いになっても当然である。

    さらに自己嫌悪について言及していて、その裏返しで、自己を正当化するために他人を否定するなど屈折した心情になっていく。

    『私がこの歳になって心から望むこと、それは夫婦とか親子とか親友とか師弟、さらには知人とか職場の同僚とかの「嫌い」を大切にしてゆきたいということ。そこから逃げずに、嫌うことと嫌われることを重く取りたいということです。どんなに誠心誠意努力しても、嫌われてしまう。どんなに私が好きでも、相手は私を嫌う。逆にどんなに相手が私を好いてくれても、私は彼(女)が嫌いである。これが、嘘偽りのない現実なのです。とすれば、それをごまかさずにしっかり見据えるしかない。それをとことん味わい尽くすしかない。そこで悩み苦しむしかない。そして、そこから人生の重い豊かさを発見するしかないのです。』

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    2011年12月12日
  • 人生に生きる価値はない

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    哲学と心の病
    キレるオヤジ
    死を「克服」する?
    他人の幸福
    コミュニケーション力?
    ニーチェの季節
    明るいニヒリズム

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    2012年02月20日
  • カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ―

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    身につまされすぎて、スラスラ読み進められない。少し読んでは、自分の中で言葉を落ち着けるために、本を閉じ、時間をおかなくてはいけなくなる。

    自分の中でくすぶっていた悩みを、綺麗に言語化してくれる本です。

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    2011年09月23日
  • 私の嫌いな10の言葉

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    もやもやとしていた不満がすっきりした。

    また、自分がマジョリティの権威を以て、他人を非難する可能性もなきにしもあらずなので自戒の本でもある。

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    2011年09月01日
  • ひとを〈嫌う〉ということ

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    勝間和代さん推薦書。
    これまで人の気持ちについて、実用的な気持ちの持ち方や、心理的、脳科学的な本は読んだことはあったが、哲学で解いた本は初めてのような気がする。「嫌い」や「恨む」感情について、体や脳に悪くて、自分にとって損もしくは良くないですよ、ではなく、それが人間じゃないか、嫌いという気持ちも持つことによってより豊かな人生になるんじゃないか、とまとめられている。
    その分、読んでいてポジティブになれるような本ではないが、人間の性質に任せようという考えは的を得ているような気がする。「つまり社会的な成熟を諦めて、自己嫌悪に塗れたしかし充実した人生を送ればいいのです。」
    あらゆるビジネス書で、「主体性」や「自分を変えること」、「環境に影響されない自尊心」というススメを読んできてのこの本。妙に肩の力が降り、納得させられた。
    時々筆者の独特な表現にふっと笑いもでる。

    ・人を嫌いになるということは、人を好きになることと同様自然なこと。嫌いになることは、悪いこと・良くないこと、ではない。
    ・彼(女)が罵倒するにはそれなりの深い理由があるんだろう、と考えないこと。そうかもしれない。しかし、社会生活とはそうした配慮を許さない残酷なものであることを教えること。
    ・「この国では、社会的に上位の者が下位の者を嫌うなどとは考えられない暴力であり、断じて許しておけない。下位の者は上位の者を思う存分嫌っていいが、上位の者は下位の者を決して嫌ってはならない…。一応、表面的にはこうした逆差別がまかり通っている」
    ・ある少年(「中学生日記」にでてくる少年)が心から欲しているのは、同情でも愛でもそして憎しみさえ、本物だけだ。
    ・嫌いの結晶化(ひとたび嫌いになると、様々な嫌いになることが出てきて嫌いの要因になる。そんなときは、その自然の流れに任せておこう
    ・適度な復習のすすめ
    堂々とすること。されたことの1/3は返しても良いのでは?
    (「まずいから、試してみよう」と言ってうどんを注文した子にうどんを作らなかったおばさんの例)
    ・われわれは、もしある人がわれわれの憎む者に喜びを与えるのを想像するなら、その人に対しても憎しみを感ずるであろう。(スピノザ「エティカ」)
    ・相手に期待もし自分も期待されたい人種と、相手に期待せず自分も期待されたくない人種に二分される。お互いをわがままに思う。
    ・全力を尽くして誰かに職を与えることは「恩知らず」を必然的に生み出すが、能力があるものが次から次にやすやすと職を世話してやる場合には「恩知らず」は生じない。
    ・嫉妬は同じものを目指す近いもの同士のあいだで頻繁に発生する。
    ・われわれは、相手にうんざりしても、その人を大目に見てやることが多いが、われわれにうんざりするような相手は容赦できない。(ラ・ロシュフコー)
    ・人は単独に存在しているのではなく、他人との関わりの中にあるのですから、他人が嫌いなのは、私との関係にある他人が嫌いだということであり、自分が嫌いなのは他人との関係にある自分が嫌いだということ。
    ・自己嫌悪とは、他人に嫌われることを恐れるあまり、みずからに「嫌い」を向けて身を保っている形態なのでそれを溶解させるためには他人の「嫌い」を自分のうちに改めて豊かに取り込むほかない。
    ・嫌い合うことは自然なのです。だからこそ、嫌いあいたくないと望む。
    ・夫婦は何らかの点で好きになって結婚するのだから、その表裏一体の嫌いについても骨の髄まで実感する豊かさを味わえる。

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    2011年07月03日
  • 善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学

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    「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の理解を深めるためにニーチェ関連の著書を読もうと手にとった一冊。本文でも倫理に触れられていて、読んで損はなかった。

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    2011年07月02日
  • 「哲学実技」のすすめ そして誰もいなくなった・・・・・・。

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    [ 内容 ]
    学生、サラリーマン、フリーター、主婦、哲学する事に興味がある人が誰でも参加できる塾があります。
    塾生は普段考えているギモンをトコトン中島先生にぶつけます。
    自分から自由になりたい全ての人のための哲学塾。

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    2011年05月24日
  • 不幸論

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    幸福のための条件を
    ①自分の特定の欲望がかなえられていること
    ②自分の一般的信念にかなっていること
    ③その欲望が世間から承認されていること
    ④その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れない(傷つけない、苦しめない)こと
    と置き、歴史的な幸福論ではこれらの諸条件を満たすことができないことを述べた上で、最後は絶対的不幸である『死』について考察した本。

    条件④に関しては、他人を不幸に陥れないことのくくりを追求しすぎていて、若干やりすぎで現実とかい離しているのではないかと思った。しかし、変わる線引きとその正当性も、今の自分に出せないのが現実である。

    ただ、こういった不幸論を乗り越えるような、幸福論があってほしい、創りたいでなければ、なんかさみしい気持ちにかられてしまうと思った。

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    2011年05月16日
  • どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?

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    鬱状態が常態の私にとって、中島氏の指摘は深く頷ける。
    偏食のひどさなどは、共感はできないが、貴重な意見と受け止めた。

    ただ言葉が平易だからか、繰り返しが多いからか、議論が深まっていないように思えた。最後は情と簡単な論理の提示で、終わってしまったような・・・。

    「どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」という問いの立て方は、好ましいし、私にとってもタイムリーだ。

    しかし、その答えの出し方が中島氏の個人的な経験、思索の範囲だけでは、どうしても腑に落ちないのだ。

    しかし、しかし、答えは「私が」求め、探し出さなければ、意味がないのも、真実だ。

    人をさげすむのではなく、自分を深めよう。

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    2011年05月12日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

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     古本屋で100円で投げ売りされていたので衝動買い。「頭がおかしい人ランキング」を作ったとしたら、自分の中ではトップに躍り出るであろう、「おかしい」哲学者・中島義道の本。
     もはや題名を見ただけで何が書かれているのかの大枠が読めてしまうのがおもしろい。実際に予想どおり―厳密には予想をある部分では上回っていたのだが―ながらも、声を上げて笑ってしまうところもあるくらいおもしろい文章だった。とくに、駐輪禁止ゾーンに止めてある自転車をめぐる、酔っぱらったときのやりとりでは爆笑してしまった。
     単純におもしろいと思う部分と同時に、自分の感覚と非常に一致しているのがツボに入った。普段自分が周りの人間にバンバン言っていることがそのまま書かれているという既視感を感じるのだ。実際に中島のいうような〈対話〉が本当に行われにくいことが身をもって実感させられると同時に、もっと〈対話〉をしろよ、という怒りもわいてくる。そんな自分は中島と同じくらい周りに煙たがられているんだろうなと感じるのと同時に、やはりこの態度は必要だと自己肯定させられる。そして、自身のことに関する内省に誘われる。また、中島の言っていることは至極まっとう―まっとうすぎて困るくらいだろう―なのだが、それが好き勝手適当に述べられている反面、背後にはしっかり勉強してやがる、という中島の「卑怯さ」も見逃せない!
     中島義道の態度には好感と同時に嫌悪感も湧き上がってくるのがたまらない―同族嫌悪? これだから中島義道の本を読むのは止められない。

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    2011年05月08日
  • 善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学

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    例え私の生きる態度として悪しか成し得ないとしても,少なくともその「悪をしか成し得ない自分」に自覚的でありたいと思う.悪を成しつつ自分は善人だと頭から信じて疑わないのが「善人ほど悪い奴はいない」最大の理由とも言えるのだから.

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    2011年05月03日
  • たまたま地上にぼくは生まれた

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     哲学者と言ったら頭がどうかしちゃってる人を思い浮かべがちだが、そのもっともよい現存する例がこの中島義道。個人的には非常に好感を覚える「まっとうに」頭のおかしい人の一人。
     この本は、中島義道が行ってきた様々な題材の講演を文字に起こしたもの。多くの著書(というか中島義道の排泄物・吐瀉物)で言われていることが繰り返されているとも言えるが、身も蓋もない腐っている物言いが「素敵」である。この人の本を読むと、共感を覚えるところあり、こんな人がいるんだという単純な驚きあり、日常的に「死」にはまり続けていられる精神の強固さに対する感動あり、かつそこから抜け出せないことに対する同情あり、そして、最終的になんか「勇気」づけられる気がする。よく考えると全く勇気づけられるわけではないのだが、無頓着でいることの多い自分の足元を崩される「快感」もあって、安定した中島の腐敗臭が癖になると言うべきか。
     人生に迷っているいたいけな人に「お薦め」したい一冊。

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    2011年05月02日
  • 悪について

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    ネタバレ

    [ 内容 ]
    残虐な事件が起こるたび、その“悪”をめぐる評論が喧しい。
    しかし、“悪”を指弾する人々自身は、“悪”とはまったく無縁なのだろうか。
    そもそも人間にとって“悪”とは何なのか。
    人間の欲望をとことん見据え、この問題に取り組んだのがカントだった。
    本書では、さまざまな文学作品や宗教書の事例を引きつつ、カント倫理学を“悪”の側面から読み解く。

    [ 目次 ]
    第1章 「道徳的善さ」とは何か
    第2章 自己愛
    第3章 嘘
    第4章 この世の掟との闘争
    第5章 意志の自律と悪への自由
    第6章 文化の悪徳
    第7章 根本悪

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    2011年04月24日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

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    ネタバレ

    [ 内容 ]
    「何か質問は?」―教師が語りかけても沈黙を続ける学生たち。
    街中に溢れる「アアしましょう、コウしてはいけません」という放送・看板etc.
    なぜ、この国の人々は、個人同士が正面から向き合う「対話」を避けるのか?
    そしてかくも無意味で暴力的な言葉の氾濫に耐えているのか?
    著者は、日本的思いやり・優しさこそが、「対話」を妨げていると指摘。
    誰からも言葉を奪うことのない、風通しよい社会の実現を願って、現代日本の精神風土の「根」に迫った一冊である。

    [ 目次 ]
    第1章 沈黙する学生の群れ
    第2章 アアセヨ・コウセヨという言葉の氾濫
    第3章 「対話」とは何か
    第4章 「対話」の敵―優しさ・思いやり
    第5章 「対話」を圧殺する風土
    第6章 「対話」のある社会

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    2011年04月19日
  • 醜い日本の私

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    読んでいて面白いのだけど、どうしようもなくイライラしてしまうのは筆者の文才かw 1〜4章エッセイもマジョリティとの視線の違いがとっても面白いけど、やっぱり考察篇の5章が読みどころ。どうして多様性を認めつつも、多数派なんて言葉でひとっくくりにして決めつけて「〜してもらいたいのである。」なんて断言してしまうのか?それはズルくないのかw あとこっちは共感できることだけど、なぜそんな『自分の固有の感受性を「治し」たくない』のか?もっと色々な視点からの氏の意見を読みたくなった!文庫てのが手軽で良い。

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    2016年01月17日