中島義道のレビュー一覧
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この方の存在は古本屋で初めて知ったのだが、古今人間が悩みそうなネタをタイトルにされているので、それに惹かれて3冊ほど読んでみた。
本書はマイノリティな哲学者のエッセイ集と言ったところ。「どうせ死んでしまう。私は哲学病」の改題、文庫化らしい。本書の他にもかなり執筆されているようなので、ある一定の読者層をお持ちなのだろう。
一人飯の章は私も筆者と意を同じくなので、楽しく読まさせていただいた。
さて、筆者は哲学で自己実現をしているが、哲学病を患っていたようだ。
筆者のように哲学に救いを求め、哲学を始めようとすると、「このすべてには厳しい訓練が必要である。基本的な哲学的タームをマスターするだけでも -
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中島節がたっぷりと味わえる。
本書を読めば、哲学の道へ行こうなどという甘い思いをきっぱりと断ち切ることができる。あるいは、本当の哲学へ導かれることができる。
哲学者ではない「偽者」とは何か。中島さんは実に明快だ。
”偽者はすぐにわかります。つまり、素朴な疑問を封じる人、対等に人間として尊重してくれない人、権威のにおいがプンプンする人は偽者です”(p280)
続いてこんな記述。
”真の哲学とはまさにソクラテスやニーチェがそうであったように、同時代から処刑されるか狂気に陥るか、そのように危ういもの、安穏と権威の上にあぐらをかいているものではないのです。”(p280~281)
文献リストもあ -
Posted by ブクログ
ネタバレニーチェなんかに興味がある人ってどんな人なのだろう? とふと私は思ってしまいます。なんか、なんて言い方をすると申し訳ないけど。
私は一応哲学専攻だったこともあり、「俺はニーチェやるから」とか言っているパイセンも近くに居たりして、すこーしかじったり(まじでbitっていうくらい少し)したことが有るので、雰囲気は知っていました。
ただ、それ以外の方だと何だろ?読む理由は何だろう?
・・・
人生に絶望した人とか、世の中へ怒りを燃やしている人? あるいはそういう絶望とか怒りとかを感じてみたい、知りたい人とか? あるいはあれか、日本でいうと太宰治の『人間失格』を読んでみたいみたいな感じなのでしょうか -
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著者の中島義道が74歳になっている
まさに晩年のカント同様、まとまった質の高い著作を書くことが困難になっているように思われた
72
カントにはドイツ人の自覚は極めて薄かった
自らの出自をスコットランドだと主張した。
ケーニヒスベルクがロシアに占領され破壊されてもほとんど反論もせず、占領したロシア将校たちにもドイツ人と同じように講義した
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現在、実は当時もカントの主著として高く評価されている「純粋理性批判」、「実践理性批判」「判断力批判」といった3批判書はカント本人にとっては本来の主著である「形而上学」のための方法を提示した予備学に過ぎない
そしてその形而上学をカントはまさに老体に鞭打 -
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人間に傷つけられまくった数年を経て、人間嫌いになってきたと思って購入。一言で言うと「いや何をどう言ってもあんた結婚して子供までこさえてますから」。そういう人が何故か非常に多いので憎悪が湧いてくる。なぜみんな性欲だけ例外として満たしているのか。動物じゃないか。
こちらには納期を押し付けてくるくせに自分で決めた期日を守らないクライアントが99%なので、こういうキチガイにはここで学んだカントの他人に対する完全義務、「守れない約束をしてはならない」を突きつけてやりたい。
私は結構普通でない生き方をしているので、いろんな生き方をしている人がいることを紹介していた章では一瞬安心したかもしれない。
ま -
- カート
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試し読み
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この本には、人を愛することができない人間が、家族をどのように傷つけていくことになったのかが淡々と記述されている。
自分や、理解したいと思っている相手が、作者や、作者の父親のような「人を愛せない」タイプであれば、この本はとても参考になると思う。でも、そうでなかった場合は、作者の自叙伝を読んでいる気分になるかもしれない。
頭が良い作者にこのことはわかっているだろうから、それでもこの本を書いたということは、両親の確執、妻子との確執に心をえぐられ、哲学者として理性的に分析して消化しようとする執念のようなものが感じられる。
解説に森本正博さんが、「自分の人生こそが、中島さんの出発点であり、 -
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ネタバレこういう本が出されてるってことは、世間一般ではそうでないのか?と思った本でした。
幸せそうに見える人も他人に不幸を見せないようにしてるだけかもしれないし、人にはそれぞれその人だけの不幸があるものだし、「人類皆平等」って言われても「そんなん”生まれたら必ず死ぬ“くらいしか同じとこない…」って思ってしまう質で平安時代の「無常」「憂き世」にシンパシーを感じる身としては「不幸論」は新しい提案ではないけれど、でもここまで徹底的に自らを幸福でないようにしようとする著者の姿勢は凄いです。
不幸のかたちがそのひとをかたちづくる。歪んだり立ち直れなくなって人生終わらせるほどの不幸は無くてよいけど、薄っすら不幸は -