中島義道のレビュー一覧
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読む前から薄々分かっていたことだけど…99%、理解が及びませんでした。中島さんは、やはり「哲学者」なんだよなぁ。軽いタッチで書かれている著作はグサグサ刺さるけれど、こちらは濃厚な哲学書。私の脳では、さっぱり、分からねえ。ただ、ひとつだけ、私も同じことを考えている(と言わせてもらえれば、だけど。)のは、この世界は実は幻想なのではないか、ということだ。自分の眼鏡でしか世界を見れてないのに、それが真実の世界だなんて、言い切れるのか?まったく違うものかもしれないなぁ、他の生き物の目を通して世界を見たら、どんな世界が映るのだろう…。とか、考えつつ、今目の前をよぎった蚊を見つめる私なのでした。
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この方の存在は古本屋で初めて知ったのだが、古今人間が悩みそうなネタをタイトルにされているので、それに惹かれて3冊ほど読んでみた。
本書はマイノリティな哲学者のエッセイ集と言ったところ。「どうせ死んでしまう。私は哲学病」の改題、文庫化らしい。本書の他にもかなり執筆されているようなので、ある一定の読者層をお持ちなのだろう。
一人飯の章は私も筆者と意を同じくなので、楽しく読まさせていただいた。
さて、筆者は哲学で自己実現をしているが、哲学病を患っていたようだ。
筆者のように哲学に救いを求め、哲学を始めようとすると、「このすべてには厳しい訓練が必要である。基本的な哲学的タームをマスターするだけでも、10年かかるかもしれない。P77」となかなかハードルが高い。
私はノーサンキューだ。
それならば禅や瞑想で面壁九年のほうが早いのかも知れない。 -
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中島節がたっぷりと味わえる。
本書を読めば、哲学の道へ行こうなどという甘い思いをきっぱりと断ち切ることができる。あるいは、本当の哲学へ導かれることができる。
哲学者ではない「偽者」とは何か。中島さんは実に明快だ。
”偽者はすぐにわかります。つまり、素朴な疑問を封じる人、対等に人間として尊重してくれない人、権威のにおいがプンプンする人は偽者です”(p280)
続いてこんな記述。
”真の哲学とはまさにソクラテスやニーチェがそうであったように、同時代から処刑されるか狂気に陥るか、そのように危ういもの、安穏と権威の上にあぐらをかいているものではないのです。”(p280~281)
文献リストもありがたい。この人の本はどれも読みやすくて、妙なことに元気がもらえる。不思議な魅力がある。 -
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ネタバレニーチェなんかに興味がある人ってどんな人なのだろう? とふと私は思ってしまいます。なんか、なんて言い方をすると申し訳ないけど。
私は一応哲学専攻だったこともあり、「俺はニーチェやるから」とか言っているパイセンも近くに居たりして、すこーしかじったり(まじでbitっていうくらい少し)したことが有るので、雰囲気は知っていました。
ただ、それ以外の方だと何だろ?読む理由は何だろう?
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人生に絶望した人とか、世の中へ怒りを燃やしている人? あるいはそういう絶望とか怒りとかを感じてみたい、知りたい人とか? あるいはあれか、日本でいうと太宰治の『人間失格』を読んでみたいみたいな感じなのでしょうか?
まあ、それなら分かる気もします。どん底に暗い人がどういう文章を書くのか、すこし気になる気もします。
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さて本作ですが、カントやニーチェの研究で知られている中島義道元電通大教授による、ニーチェ解説本です。
タイトルにある通りですが、ただひたすら苛烈で暗く、どんよりとしたニーチェのパッセージの数々を辿ります。
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先ほど偉そうに哲学専攻と抜かしましたが、私、ニーチェは翻訳も原典も殆ど当たっていません。
ですので、この解説本で読んだことがすべて。検証や確認とかゼロの状態で書いています。
その状況でニーチェを語ると、こんなことが述べられています。
・キリスト教は、使徒パウロが基礎づけてきた宗教的まやかし。
・そもそも神なんかいなく(『神は死んだ』)、人は死んだら無になるだけ。
・絶対性などは存在せず、新しい「神」があったとしてもまやかし。絶望せよ
・この世に誠実に絶望し、この世の建付けを周囲に誠実に知らしめるべし。仮に迫害でもされようものなら、むしろこれこそ喜びの極みの処遇である。
これらの主張に加え、中島氏の個人的口撃・不満も一部述べられます笑
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で、これでどうなの? ニーチェの到来で西洋社会に何か影響があったのか?というと、良く分かりません。
中島氏が盛んに述べられているように「西洋文化も分からんでニーチェを知った顔をすんなよ」みたいな話をされていましたが、その点で私は頭に「???」が浮かびっぱなし。そもそも西洋文化とかも分からんし。
ただ、ニーチェの厭世観は仏教の無常観と似ているように思い、チベット仏教徒に生まれたら立派な修行僧になれたのにな、と思いました。
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ということでニーチェの解説本でした。
私の精神状態が安定している?のか、何だか全く共感を得るところがありませんでした。(中島氏のそれではなくニーチェのパッセージ)。
どうにもニーチェは、「俺は裏切られた」とか騒いで一人で逆ギレしているような大人に見えてしまいます。。。。きっと、読みが甘いのですね。
なお、解説を香川リカさんが書かれていますが、これがまた、こういう曰くコメントしがたい内容の本を精神病理分析に引きつけて、かつ中島氏の人柄にも触れつつ上手にまとめていました。
何ならその解説の妙こそが一番印象深かったといっても過言ではないかもしれません。 -
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著者の中島義道が74歳になっている
まさに晩年のカント同様、まとまった質の高い著作を書くことが困難になっているように思われた
72
カントにはドイツ人の自覚は極めて薄かった
自らの出自をスコットランドだと主張した。
ケーニヒスベルクがロシアに占領され破壊されてもほとんど反論もせず、占領したロシア将校たちにもドイツ人と同じように講義した
108
現在、実は当時もカントの主著として高く評価されている「純粋理性批判」、「実践理性批判」「判断力批判」といった3批判書はカント本人にとっては本来の主著である「形而上学」のための方法を提示した予備学に過ぎない
そしてその形而上学をカントはまさに老体に鞭打ってまとめ上げたのではあるが、すでに時間切れであり、誰も見向きもしない低レベルの作品に終わってしまった
211
人間は仕事をせずに幸福に生きることはできない
我々は談話によっては友人を深く知り得ず、彼と仕事を共にすることによって初めて深く知り得る
215
計画に従って進行し所期の大いなる目的を達する仕事によって、時間を充実させるということは、自分の人生を楽しくし、同時にしかもまた人生に飽きるようにもする唯一の確実な手段である
「君が考えたことが多ければ多いほど、君がなしたことが多ければ多いほど、それだけ長く君は生きたことになる」
時間の長さとは想起おける、すなわち過去における時間の長さに他ならない -
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人間に傷つけられまくった数年を経て、人間嫌いになってきたと思って購入。一言で言うと「いや何をどう言ってもあんた結婚して子供までこさえてますから」。そういう人が何故か非常に多いので憎悪が湧いてくる。なぜみんな性欲だけ例外として満たしているのか。動物じゃないか。
こちらには納期を押し付けてくるくせに自分で決めた期日を守らないクライアントが99%なので、こういうキチガイにはここで学んだカントの他人に対する完全義務、「守れない約束をしてはならない」を突きつけてやりたい。
私は結構普通でない生き方をしているので、いろんな生き方をしている人がいることを紹介していた章では一瞬安心したかもしれない。
まあ、ツッコミどころは満載で、どんなに人間嫌いでも私と違って呑みに行くことが好きだったり、とんでもなく広い人間関係を築いていたり、その友人たちのことを深く知っていたり、(省略)、同類とは全然違った。人間大好きじゃん。 -
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この本には、人を愛することができない人間が、家族をどのように傷つけていくことになったのかが淡々と記述されている。
自分や、理解したいと思っている相手が、作者や、作者の父親のような「人を愛せない」タイプであれば、この本はとても参考になると思う。でも、そうでなかった場合は、作者の自叙伝を読んでいる気分になるかもしれない。
頭が良い作者にこのことはわかっているだろうから、それでもこの本を書いたということは、両親の確執、妻子との確執に心をえぐられ、哲学者として理性的に分析して消化しようとする執念のようなものが感じられる。
解説に森本正博さんが、「自分の人生こそが、中島さんの出発点であり、終着点である」と書いている。私が感じたことを哲学者はこんな風に、一文で上手く言い得るのだと感心した。
ある時、作者はテレビで、若い男女五十人が愛について語る番組を見たそうだ。ゲスト出演していた、当時都知事だった石原慎太郎氏が、若い男女たちに「こいつの為なら、死んでもいいと思ったことのある人は?」という質問を投げかけた。回答の数は忘れたが、その後の石原都知事の発言に作者は大きな衝撃を受けたそうだ。「そんな経験のない奴は自殺してしまったほうがいい!」
学問の喜びを知らない奴は、自殺したほうがいい、ひきこもっている奴は自殺したほうがいい、性転換手術を受けたいと思う奴なんか自殺したほうがいい、…等々、もしこんなことを言えばただでは済まない。しかし、それが愛となるとすいと通過してしまう。それが現代日本の象徴的な事態だと作者は言う。
そして、その事態から解放されることを勧めている。
○善人は「家族教」を狂信しているから、それが欠如しているものは、自分を人間的欠陥であるように思い、激しく悩む。自分の生きにくさを両親に愛されなかった体験になすりつけて片付けている人をアダルトチルドレンと呼ぶ。(そのような人は)現代日本に蔓延している「家族教」から、「愛の賛歌」から解放され、もっと自由な空間にはばたこう。そうすれば、救われる人も少なくないように思うのであるが。123
※作者の傷ついた心の内がよく感じられた箇所
○(手術後に、意識が朦朧として夢と現実の区別がわからなくなっている母に対して)……涙が出てくる想いである。この人の一生は何だったのか。「あなたの人生、それもみんな夢だよ」と言ってやりたい気持ちである。この人は、幸福を拒否し続けて生きてきた。父に愛を期待しさえしなければ、幸福になれたのに。父が死ぬまで愛を期待し続けた。そして結局報われなかった。160
○父の独特の冷酷さは、私が歳をとるにつれてわかることが多くなってきた。自分の体の中に彼の血が流れているからである。自分が歳を重ねるにつれて、ああはなりたくないと思ってきた父に自分が酷似していることがわかって、冷や汗が出てくる。私は父をいわば内側からわかってしまうのだ。
最終章の「私は私でしかない」は、強烈に心に響いた。作者の息子さんが、中島さんにとっている態度は、姉や私が母にとっている態度と似ていて、埋めようがない、諦めや憎しみを介在させてしまった親子の哀れさ、悲しさ、不毛さに、しばし呆然とした。
「私は私でしかない」より
○私に愛を教えてくれなかった、あるいはその醜さを独特の形で教えてくれた両親は死んでしまった。私の体内には、愛を巡る、母と父とのおぞましい関係が鉛のように埋め込まれている。長い間、これから解放されたかった。しかし、むしろこれを糧にして生きていこうと思うようになった。これこそ、苦しいけれど、私を私自身にしてくれるものなのだから 205
解説に、哲学者の森岡正博さんは、この本を、エッセイと見るべきか、自叙伝と見るべきか、哲学書と見るべきかわからない。と書いている。
○ここにあるのは、人々が漠然と信じている不動の大地を揺るがし、彼らを不安の大海に投げ込もうとする渾身の知の営みである。愛というものを、普通では考えられないような視点から残酷にえぐり出し、それがどのような不毛な世界を形作るのかを論理的に再構成しながら、善良な人々に突きつけるという、哲学にのみ可能な試みがこの本ではなされている。
解説に、中島さんが、[自分のような非常に自己愛の強い人間は、その愛すべき自分が消滅すること、つまり死ぬことはこれ以上ない恐ろしさだ]と書いていたと述べられている。これを読んで、もしかすると、中島さんや中島さんの父、親に近いのは、私の母かもしれないとやっと思い至った。そうすると私は、中島さんの母親や妻のような立場と重なり、そこを起点とすると自分が今のようになっている納得が行きき始めた。
読んでいる間、「あー、これは私とはあまり関係のないお話みたいだなぁ」と思い、読むのを途中でやめようかとすら考えたが、最後の最後でやや道が開けた。その道を進んで行って、これからの人生に活かせればと思う。
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Posted by ブクログ
ネタバレこういう本が出されてるってことは、世間一般ではそうでないのか?と思った本でした。
幸せそうに見える人も他人に不幸を見せないようにしてるだけかもしれないし、人にはそれぞれその人だけの不幸があるものだし、「人類皆平等」って言われても「そんなん”生まれたら必ず死ぬ“くらいしか同じとこない…」って思ってしまう質で平安時代の「無常」「憂き世」にシンパシーを感じる身としては「不幸論」は新しい提案ではないけれど、でもここまで徹底的に自らを幸福でないようにしようとする著者の姿勢は凄いです。
不幸のかたちがそのひとをかたちづくる。歪んだり立ち直れなくなって人生終わらせるほどの不幸は無くてよいけど、薄っすら不幸は生きていける。もちろん「いつか必ず死ぬ」も。
中島先生、かなり偏屈で面白かったです。著書読むと先生のこと好きな人と嫌いな人がスパッと分かれそうで、「好きでも嫌いでもない」って人は居ないだろうな。
(必ず死ぬと思っておきながらその生き方かよ…というツッコミからは目を逸らしながらなので、自分の不幸を見つめ直します)