中島義道のレビュー一覧
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おもしろい。とにかくおもしろい。(僕と同じ人種が居た!)という発見とでも言おうか。
この本は、著者自身の孤独にまつわる自分史であり、したがって、深い哲学的思想がどうこういう類の本ではない。著者の偏屈で混迷極まる孤独っぷりを、これでもかと開けっ広げに語り尽くす。そこが痛快で楽しい。タイトルだけ見れば、めちゃくちゃ重そうなテーマだけれど。
著者はあとがきでこう書いている。「いつか、自分のぶざまな人生について書いてみたいと思っていた。なぜ、周りの者たちがすいすい進んでゆくところを、自分ひとりだけ転倒するのか?なぜ、こんなにも他人とうまくいかず、なぜこんなにも生き方が下手なのか?要領が悪く、不器用なのか?なぜ、こんなにも自分が嫌いなのか?そして他人はもっと嫌いなのか?なぜ(自分を含めた)人間の嫌なところばかりが見えてしまうのか?つまり、なぜこんなにも生きるのが困難なのか書いてみたいと願っていた。」願っていたけれど、「書けば書くほど憂鬱になる」という有様で、ある意味で呆れるくだらなさ。
思えば、僕たちは幼いときから、(明るく楽しく元気よく、みんなと仲良く遊びましょう)と大人たちに教えられてきた。裏を返せば、大人しかったり、根暗だったり、みんなと遊ばなかったり、一人で本を読んでこもったりすること、つまり孤独であることは、半ば絶対悪のように刷り込まれてきたのである。それは社会性を育むため、協調性を育むため、という大義名分があるからだ。しかし、大人になってあることに気付く。確かに社会性や協調性は生きてい
くうえで大切だけど、しかし、じゃあ、時に無性に独りっきりになりたい気分に襲われるのはどうしてなの?と。トイレに鍵を掛けて、便座に腰を掛けているときに味わう、あの独りぼっちの安堵感は何なの?と。
人間は社会的生物だと言った人もいたが、そもそも人間なんて身勝手・自己中心的な生き物である。しかし、自己チューだけでは世の中を生きていけないので、社会性・協調性という仮面を被り、皆、生きているのであり、往々にして、仮面は息苦しいのだ。だから人間には(少しでもいいから)孤独な時間が必要なのである。‘本当に素直な自分に帰れる時間’が必要なのだ。孤独であることは悪いことではない。孤独を楽しめる人間になりたい。
はっきり言って、しょーもない本である。でもこういう本があるから救われる。少なくとも、僕は救われた。皆さんにおかれては、本屋さんで見かけたとき、序章をパラパラと読み、おもしろいと感じたらば、是非買って読むべし。上辻推薦。 -
Posted by ブクログ
101203
p.10 きみの姉さんに赤ちゃんが生まれた。きみはその泣き叫ぶ顔を見ながら、どうせ死んでしまうのに、なぜ生まれてきたんだろう、と感ずるのだ。
同じことを思う。親戚に赤ちゃんが生まれても「おめでたい」という感情は湧かない。人生というものがまたひとつ、その再生装置とともにこの世に現れてしまったことを残念に思い、赤ちゃんに同情するのみである。
p.15 父親が自分に殺意を抱いていることを知らずに布団に入ってるその子がかわいそうでたまらない。(中略)彼の平静な顔に対して、猛烈な怒りがこみあげてくる。ぼくは酔いに任せて、大声で怒鳴った。「子を産んだだけでも親は罪なのに、そのうえ殺すとは何ごとだ!」
「子を産むことは罪」なのだ。実存でつまづいてしまった人間は、ふつうに就職して結婚して子供を生むという人生を歩むことができないと僕は思っている。よく中島さんは息子を作ったなと思う。 -
Posted by ブクログ
厳格な倫理思想として知られるカントの倫理学を、「悪について」という観点から解き明かしている。
カントの問題は、何が適法的な行為であるかを規定することではなく、道徳的に善い行為を、単なる適法的な行為から鋭く区別することだった。著者はこうしたカントの問題意識の中に深く沈潜することで、カントの「形式主義」といわれる道徳法則についての議論が、一見道徳的に見える行為の中にびっしりとはびこっている「自己愛」をえぐり出す鋭い刃として機能していることを読み取っていく。ここでの著者の議論は、上に述べた論理的明晰さと繊細さが類まれな統一を見せており、まさに圧巻である。
カントの倫理学の中には何が適法的行為であるかを教えてくれるような規準は存在しない。そのために、自分が正しいと信じることとこの世の掟との相克に身を置く者は、どのように行為するべきなのか悩むことになる。それどころか、みずからの信念とこの世の掟のどちらにしたがったとしても、彼(彼女)は、みずからのとった行為が、はたして善かったのだろうかと悩み続けなければならない。悩み続けることによって、彼(彼女)は、自分が道徳的でありたかったということを、さらには、自分が幸福になりたかったということを、知ることになると著者は言う。このように展開される議論にも、この著者らしい繊細さが細部にまで行き渡っていて読者を魅了する。 -
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中島義道という人が優れた書き手かどうかはひとまず置いておいて、人を嫌いになったら、あるいは誰かを嫌いな自分に嫌気がさしたら、自ずとこの本に興味が湧いて来るでしょう。氏は嫌われ者らしく(それが最も面白いポイントである)、それ故「嫌う」こと「嫌われる」ことについて、この本の他にも数冊書き上げている程に考えをうんぬんかんぬん巡らせている。「嫌われること」を本にしてしまっている時点で、氏を嫌っている人はますます嫌いになる事必須である。もちろんそんなことに本書は触れる訳ないのだ。目次構成がぱらぱらしているので、僕はいつも風呂に入りながら読んでます。
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Posted by ブクログ
[ 内容 ]
哲学は無害なもの、品行方正なもの、そして立派なものとして語られることが多い。
けれども、それはあらゆるものへの根源的な懐疑から出発するという点で病気に近いものであり、凶暴で、危険で、しばしば反社会的でさえある。
では、なぜ人は宗教ではなく、哲学を必要とするのか。
日本語で哲学するとは、具体的にはどういうことなのだろうか。
死の不条理への問いから出発した著者が、哲学の神髄を体験に沿って解き明かす。
[ 目次 ]
第1章 哲学にはセンスが必要である
第2章 哲学には暇が必要である
第3章 哲学には師と仲間が必要である
第4章 哲学には修行が必要である
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
個人的には「これは活字にしてもいいんやろかー」てなことも遠慮なくズバズバ書いちゃう中島義道が好きなのですが、もし僕が中島義道本人に「いやー、エゴイスト入門おもしろかったですー」と言ったら、十中八九、「分かった。分かったからお引き取り下さい」といわれるか、無視されるかのいずれかでしょう。
中島義道は哲学博士ですが、基本的に哲学なんか要らない、むしろ哲学なんか勉強しない方がうまく生きていけるというスタンスの持ち主です。それだけで、面白いです(不謹慎で、失礼ですが)。
タイプは違いますが、中島義道とか勢古浩璽、池田清彦あたりが書く文章が大好きです。シニカルでアイロニーに富んだ語りが、とにかくくすぐったいからです。
まぁ、彼らの本は、ピュアな心の持ち主には毒・劇薬になるので、そういう方は読まないようにしましょうね。でもピュアな心の持ち主なんて、ツチノコと同じで、世の中にいるのかどうか怪しいものですから、案外、誰が読んでも楽しめるんじゃないかなと思います。
ただ、何故か勝間和代が解説を書いているのがめちゃくちゃ気に食わないので、★5つのところを、★4つで。 -
Posted by ブクログ
■本の内容・特徴
往復書簡による、違う価値観同士のガチンコ(議論)。
■目的
人は分かり合えるのか? また、娯楽。
■感想
PHP新書の書簡形式の本は2冊目です。
これ、面白いです(笑) 何が面白いって、真剣勝負なところです。「人は分かり合えるのか?どうなのか?」という前提なので、妙に相手にへつらうことなく容赦なく二人はぶつかります。「きっと分かり合える」という予定調和が感じられないこともあり、読者としてはハラハラドキドキしながら、大の大人のケンカを目の当たりにすることができます。
結局、人は分かり合えないかもしれないけれど、面と向かって真摯にぶつかればぶつからないよりはいい、一つのテーマについて同じベクトルを共有することができるという意味で「心が通うことは可能」なのだなと思った一冊でした。
議論って結果はどうあれ素晴らしい!!