中島義道のレビュー一覧

  • 人生に生きる価値はない

    Posted by ブクログ

    とある本のコラムを読み、著者に惹かれ本書を購入したのだがますます彼の魅力にハマった。彼の「自分勝手」な生き方は本当にカッコいいと思う。

    本書は「五目ご飯」のような様々なテーマを混ぜ合わせた日記のまとめみたいなものだが、その中でも哲学の専門的な話も日常のいらっとした話も含め中島節が見えてきて面白い。

    確かに人生には生きる価値も意味も目的も無いと思うし、みんな薄々気づいているが深く考えていないように思う。それか無理矢理意味を見いだしているように思える。

    だが、巻末の野矢さんの解説も非常に的確なツッコミをしており、このツッコミに対する回答はまだ私の中ではまとまっていない。

    私も著者のような魅力的な「自分勝手」な人間になりたい。

    0
    2012年02月13日
  • 哲学の教科書

    Posted by ブクログ

    哲学に対する姿勢について考えさせられる.哲学者と哲学思想家との違いは言われてみればその通りである.
    哲学的中身の取り扱いについては単純に賛同できないところもあるものの,この本の最も重要なところは「読者に哲学的思索を想起させようとしている」ところかと思う.

    0
    2012年01月29日
  • 人生に生きる価値はない

    Posted by ブクログ

    これまで本を読んでほぉほぉと納得して読むことはあったが、この本は読んでいて「やっぱりそう思うよねぇ」と共感した箇所が多かった。哲学的な話については、あまり私に教養がないのでよく理解できなかったが、普段のものの感じ方などがあまりにも私と似ていて驚いた。哲学に興味をもつのがもっと早くて、大学で哲学を専攻していたらなぁ…と妄想しないでもないが、後悔はしていない。この本を読んでいなければ、そもそもそんな考えに至らなかっただろうし、この本を読んだことで哲を今後の人生の趣味にできれば、と思えたのは収穫だった。

    私には後悔する過去も、あるべき未来もなく、ただ“今”しかないのでR。

    0
    2012年01月15日
  • 善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学

    Posted by ブクログ

    ニーチェの思想を人間学を通して理解でき、有意な読書行為であった。

    「弱者」となり、被害者を装い怠惰な生活を送るよりは、他者の批判を恐れず戦いの人生を過ごしたい。

    0
    2011年12月14日
  • 哲学の教科書

    Posted by ブクログ

    初めての「哲学」の本だったが、予想以上にのめりこめた。哲学は、おもしろい反面「深入りは危険」という狂気を孕んだ領域だということが少しながら感じた。
    本書では、死とは、存在とは、言語とは、心とは・・・etcという哲学の命題を著者の経験を踏まえながら伝えているし、多くの示唆を与えてはくれるが、いかんせん難しい。内容はもちろんだが、哲学独特の表現は慣れないと読んでいくのはしんどい(自分だけかもしれないが)。
    しかしながら、教科書と銘打っているだけあって、思想と哲学の違いや哲学研究者と哲学の違いなど興味深いテーマでひきつけてくれた。
    巻末には引用文献やオススメ本なども載っており入門書としては十分だと思う。

    0
    2011年11月10日
  • さようなら、ドラえもん 子どものためのテツガク教室

    Posted by ブクログ

    中学生に向けて授業形式に書かれた哲学入門書。
    とても分かりやすいです。
    哲学書に余り触れないで年齢を重ねてしまったので、今からでも読んでいこうと思います!

    0
    2011年10月16日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

    もはや常識となった「空気を読む」という行為を始め、人間関係や社会現象などを「対話(対立)」という視点から見て書かれた本。

    本書を通して、「もっと対話をすべきだ」と言われているように感じた。
    「対話」の定義を、「自分の意見を主張することで人と対立した場合に会話によってお互いの意見を理解しようとする行為」としたとき、文面だと穏やかに見えるけれど、実際に遭遇すると口角泡を飛ばすイメージになってしまう。
    異なる意見の人に自分の意見を分かってもらおうとして、でもわかってもらえないと感情的になることが予想される。対話の相手が、もう何をやっても壊れない関係ならそんな対話もできると思うが、そうでない間柄の人同士だと、その対話によって関係が悪化することが考えられる。
    和を重んじる日本人だからこそ、そうなる前に妥協し、対立を避けるのかもしれない。
    または、そうまでして理解してほしい強い意見をもっていないだけだろうか。

    興味のあるテーマだったので全体を通してサクサク読めた。

    0
    2011年12月14日
  • 「人間嫌い」のルール

    Posted by ブクログ

    自分も人間嫌いだと思ってたけど、これを読んでみたら全然そんなことなかったことに気づかされました。
    人助けをして見返りを求めてしまう心理にはとても共感。他者に期待してしまうことによる弊害もあるので、他者になにも期待を抱かないのが、じつは賢い生き方かもしれないと思います。

    0
    2011年07月26日
  • カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ―

    Posted by ブクログ

    テーマについて言えば、村上春樹の『海辺のカフカ』と全く同じ。そして、結論的に不幸そのものを受容する決断を下して生きる選択をする点も共通している。ディテールが全く異なるのは当然だが、内容的な差異を指摘するなら、村上春樹が究極的に不幸を受容していくカフカ少年をわざと僅かながらの希望をもたせる様な描写をし、奇妙というより姑息というべきレトリックを用いた(僕自身はこういう書き方をしたところに春樹の人間に対する諦念が表れていると思うが、多くの読者に誤解をされかねない)のに対し、中島義道は飽くまで不幸というものに誠実に向き合ったという点に尽きると思う。ここまで誠実に不幸を直視し、それをわかりやすい言葉で、余計な修辞を用いずに描いた作品はないと思う。

    0
    2011年07月10日
  • どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?

    Posted by ブクログ

    「どうせ死んでしまうのに,なぜいま死んではいけないのか?」という問いへの一つの答えとして私に極めて重要に思われるのは,「いま死んでしまうという行為の裏には『どうせ死んでしまうのに,なぜいま死んではいけないのか?』という問いを立てる試みを自ら放棄するという強烈な自己欺瞞,真理からの卑怯な形の逃避が隠れているから」というような事なのだろう.

    0
    2011年05月02日
  • 生きにくい・・・ 私は哲学病。

    Posted by ブクログ

    本の中身に100%同意したとか、完全に理解できたとかそういうのではない。
    中島義道がこの中で述べている「哲学病」、ないし死に対する感覚に大変共感したのだ。
    共感というのもちょっと違っていて、少し傲慢な言い方をすれば「同じ事考えてた(る)」というところか。
    厳密に言えば同じではないだろうし、自分は中島義道と違って、それなりにコミュニケーションもとれるし、人間関係の構築に未練あるし、生きにくさは今はあまり感じていない。感じてないことにしてるのかもしれない。
    ただ、この「死」というものへの「恐怖」、「哲学」「哲学研究」の差異など、節々に納得同意してしまうことが多く、もっと著作を読みたいと思った。

    時間概念に関する記述はまだ難しい。「未来が『ある』」という言い方の不自然さは何となく理解したものの、未だ至るものではない。
    一度でいいからお目にかかりたいと思った著作者は久しぶりかもしれない。

    0
    2011年01月14日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

    同調圧力が日本人から言葉を発する機会を奪っている。これはいわゆる「空気読めない」問題にも繋がっている。学者先生の著は往々にして読み難かったりするのだが、この本はユニークで大変読みやすかった。

    0
    2012年02月12日
  • どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?

    Posted by ブクログ

    なぜ、私はこの世に自分の意志ではなく生まれさせられ、
    苦しみあえいで生きねばならず、
    そしてじきに死んでしまわねばならないのか、
    しかもほとんど何もわからないままに。


    10年ほど前に高速道路で交通事故に遭ったことがある。
    自分のクルマは全壊。
    しかし、自分はヒザをほんのちょっと打撲しただけで奇跡的に助かった。
    もし、あのときクルマから脱出する前に、
    トラックやバスのような大きな車両が自分のクルマに突っ込んできたら、
    即死だったはずだ。

    精神的にズタズタにされ、苦しみながら、なぜか今日も生きている。
    もし、あのとき死んでいたら、今日の苦しみは味わずに済んだ?
    果たして、どっちが自分にとってラッキーだったのか?
    よくわからない。

    日本で年間の自殺者が3万人を超え、
    うつ病・ひきこもり・PTSDが急増し、
    多くの人が閉塞感に襲われ、
    自殺者予備軍は増える一方である。

    日本は常識的なレールから外れなければ住みやすく快適な国。
    しかし、そんな一昔前の高度経済成長期の神話はすでに崩壊した。
    常識的なレールも地獄。
    そのレールからドロップアウトしても地獄。
    まさに行くも地獄、退くも地獄。
    この八方塞がりな閉塞感が、多くの人を自殺へと駆り立てる元凶となっている気がする。

    閉塞感を生むひとつの要因として、
    「出る杭は打たれる」とよくいわれるように、
    日本独特の「みんな一緒の暴力」は根強いものがある。

    世間は、みんなマジョリティが楽しいことを楽しくないと言う者を絶対に許さない。
    みんなが楽しい時間、楽しくない素振りをすることさえ絶対に許さない。

    この国では、組織は個人の内部まで、
    いや信条や感受性の中核まで侵入して、
    それを支配しようとする。

    これに、誰も(とくに組織の上層部が)疑問を感じないことが不思議でなのであり、
    疑問を感じた者が排斥されることが残酷なのであり、
    このすべてが気楽に行われていることが恐ろしいのである。


    実は、楽しいことだけでなく、苦しいことにも「みんな一緒の暴力」は猛威をふるう。
    つまり、上記の表現を言い換えれば、
    「みんなマジョリティがつらく苦しい思いをしているときに、楽しようとする者を絶対に許さない。
    俺が休めないのに、お前が休むのは許せない!絶対に許さない!」
    となる。

    ブラック企業や社畜が跋扈し、多くの人を思考停止させているのもこれが原因だ。
    「みんなで休まず、みんなで不幸になろうキャンペーン」がまさにそれだ。
    これは海外ニートさんのブログに詳しい。

    マジョリティが苦痛を感じないことに、
    甚だしい苦痛を感じる感受性のマイノリティ・信条のマイノリティの自分。
    疑問を感じている少数派の自分は、
    その疑問を表明すれば排斥される。
    どうせ排斥されるなら、
    その前に自分の意志で会社を辞めたいのだ。

    その苦痛から逃れるために自殺するなんて、
    バカらしい。
    納得がいかない。

    こう考える道筋のヒントをもらっただけでも、
    この本を読んだ甲斐があった。

    0
    2010年10月25日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

    コミュニケーションの典型かつ第一歩は対話である。
    しかし日本は、公の場で特定個人を評価あるいは非難することがはばかられる(優しい構造=和の精神)社会であるので対話が成り立ちにくい社会である。一人一人の間の格差が大きければ大きいほど対話によるコミュニケーションは成立しにくくなる。だが、そんな今こそ対話の難しさを再認識するとともに、それにとらわれずに対話を行っていくことが大切である。
    なぜなら、対話をすることが、即、「よく生きる」ことにつながるからである。
    思えば、プラトンの書いた著作集は全て対話から成り立っていた。
    (以下略、中村雄治郎『問題群』に譲る)

    【標語と言霊思想】
     古来より日本の文化を根底から形成する重要な概念、それは井沢元彦氏らがその著書で論を展開する「言霊」思想である。
     昔、アニミズム信仰の時代には、万物に意思があり、そのひとつひとつが力を持つと信じられていた。それは、石、木など、自然界のものから言葉といった人間が作り出したものにまで及ぶ。このうち、物活的な部分は時代情勢や発達した科学の流入によりほぼ捨て去られたが、言葉に力が宿るという言霊思想だけはなぜか今なお根強く残っており、日本文化の大半を形成している。
     古い時代、天皇などの社会的強者はこの言霊を使って政治等を行い、それが名残として現代、標語・放送という形であらわれたのである。このような標語を掲げていれば大丈夫というあさましく、単純な言霊的目論みが~無意識的にしても~あるのは間違いないのではないか。
     一方、社会的弱者、例えば庶民であるとか、強者に比べると立場が弱い存在はどうかというと、昔も今も変わらず強者の決定にただ従うだけであった。これは、日本における「和の精神」が端的に表れたものである。「和」を保つためには、強者に対して批判は許されない。したがって、多少の不満があっても弱者はただ沈黙するのみ、聞き流すのみなのだ。これゆえ、庶民な日本人はそれが知らず知らず身に付き(遺伝かな??)、「言葉を大切にせず、言葉を「聞き流す」態度を産出している(P72)」のだ。
     よって、街頭の標語を見てもただ何も感ぜず、通り過ぎる。あまつさえ、たまにスプレーで落書きしていく。あるいは蹴り倒してストレスを発散する。そのくらいの反応しか我々日本人はしない。「流す」だけで、いちいち標語から何かを得るようなこと、標語に感動することなんて全くないのである。
     我々日本人が「言葉を大切にせず、言葉を『聞き流す』態度を持っている」との指摘は決して外れてはおらず、むしろそのことが日本的な形式主義をつくるのに大きく役立っている。標語はその極端に外面を重んじる姿勢が生んだとも言える。
     標語は「みんな」に向けられており、「特定個人」に向けられているものではない。したがってそれは形骸化しており、社会的強者による一方的な「暴力※」でもある。
     (※大衆に訴えかけることで美を目指すものが、かえって美観を損ねるというパラドックスに陥るような汚い看板や垂れ幕、放送などもある。これが結果として暴力と言われることなのである。)
     中島氏はこのような管理標語や管理放送抜きに生きられない社会(=対話のない社会)は恐ろしいと主張する。
     ここで中島氏は〈対話〉(※狭義の哲学的対話)のある社会を提唱。
     〈対話〉は「各個人が自分固有の実感・体験・信条・価値観にもとづいて何事かを語ること(P102)」であるので、すなわち、各自固有のスタンスで語り合うことであるので「異質な諸個人が異質性を保持しながら結合する(P103文は井上達夫『共生の作法』創文社のもの)」こともあり得る。その結合の過程は真理探究の過程であり、したがって〈対話〉には真理への意思が必然的に伴う。
     その〈対話〉が日本に存在しないのは思いやりと優しさという二つの暴力的美学が大きく影響しているからである。思いやりや優しさは、他者との摩擦や対立を徹底的に避けるという本質によって我々に真実を語れないようにしてしまう。また、根底的な日本文化、その中でもかたや和の精神などと呼ばれたりする状況功利主義によっても〈対話〉は圧殺されてしまっているのだ。状況功利主義による支配、それは一見「得」に見えるが、実際、大きな「損」なのである。
     本当に「得」をするためには、個人個人が対話を行えるよう主義を持って、〈対話〉のある社会をつくらねばならない。
     〈対話〉をいくら増やしたところで、日本は欧米のような訴訟社会になりはせず、もう少しはいい社会ができる。〈対話〉のある社会とは、弱者の声を聞く社会であり、空気に支配されない自律を各個人が持った社会である。



    すごく面白い日本論、日本人論だった。
    ※標語は中国にもあるらしい。ただ、内容はやはり中国らしくって、「祖国を愛せ」だとか。全体主義引きずってますな~。



    ***
    上は10年以上前に書いた文章なので、いま読み返すと論理が粗く稚拙で恥ずかしい。
    でも当時のまま載せます。

    0
    2010年09月06日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

    一連の不明高齢者問題を目にして、再度読み直したい著作。

    <対話>と聞いて「お隣さんどうし声を掛け合う」などということを想像してはいけません。個人主義とは何か、他者理解とはどういうことか、哲学的に深い話です。

    0
    2010年09月04日
  • カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ―

    Posted by ブクログ

    本書は、著者である中島義道氏が、その繊細さ故に人生に悩み苦しみ死にたいとさえ思ったT君という若者に向けて語られる手紙のような内容である。内容を読んで自分自身のことを言われているようで心が痛くなった。半分うつっぽくなった。中島義道という中毒にかかったような感じがした。この本から汲み取れたことは次の二つ。一つ目は自分自身について。一度きりの人生なんだから、自分に正直に、自分らしく生きたいと思った。世間はそれを認めないだろうけど、自分のやりたいことを我慢して、自分を殺して人生を過ごすなんて、なんのために生きてるのかわからないじゃないか。二つ目は他人について。普段から無駄に粗野、粗暴にふるまって他人に迷惑とか嫌な思いをさせてる人は、実は自分の弱さを否定したくて、それであの不自然な体裁をとっているのかなと思ったりする。他人の心はわからない。この本を読んではっきりわかった。世界でわかるこころは自分のこころだけ。だから、他人の常日頃からの振る舞いがそのままその人の性格だとかこころだと決めつけてしまわないようにしたい。

    0
    2010年08月16日
  • カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ―

    Posted by ブクログ

    いい子から抜け出せなくてもがき苦しんでいた自分を変えてくれた大事な一冊。
    自分のことを言われているようだったのと、読んでいて作者が作者自身の言葉で話しているので入ってきやすかった。
    この本を読んでも救われないとあったけど、私はカインを読んでから息をするのが楽になったという意味で救われたのかもしれない。

    0
    2010年06月27日
  • 不幸論

    Posted by ブクログ

    中島義道にとっては、死んでしまえば全て終わりなのだから、死を決して回避できない以上、幸福になることはありえない。不幸論は中島道義を知るきっかけになった本だ。読んでいて思わず「うんうん、そうそう」と心のなかでうなずいている。
    中島道義は、自分が世間に向かって言い放ちたかったけれど、うまく言葉にできないでいたことを、実に的確に代弁してくれる。

    0
    2010年03月17日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

     対話とは何か?
     そのことについて、真摯に力強く書かれている。

     たとえどんなことであれ、相手との対話を求める姿勢は強い。
     目をそらしてはいけない。

    「ここまではわかる」「ここからがわからない」
     そのあゆみよりは尊い。

    0
    2009年10月12日
  • <対話>のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの

    Posted by ブクログ

    中島義道の著作は、シニカルな文章が多々あるが、述べていることには納得のいくことが多い。

    多くの著作に目を通したが、特にこの『「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの』は、
    まさに必読の一冊。

    いかに自分が、対話が壊されているがゆえに苦しんでいるのか分かる一冊。

    ぜひ読んでほしい一冊だ。

    0
    2009年10月07日