中島義道のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
彼の著作を初めて読んだのがこれ。
よくぞ言ってくれた!!って衝撃が強くて色々考えちゃった。私もモヤモヤ感じていたことが明らかになった感じ。
表立って言いにくいというか、タブーまではいかないある種のタブーかもね。
・・・・なんか。小学生の私に読ませたい。(笑)
感受性は皆違うのに…相手も自分と同じ感受性・価値観って前提の押し付け。正直疲れることない?w
例をw
・相手の気持ちを考えろよ
→同じ条件・状況でも『感じ方』は様々。
例えば子どもが騒いでいるのを見ても『可愛いなぁ』『煩いガキだ』『あの子好みだ〜襲っちゃおうかなグヘヘ』みたいに人により感じ方は違うはず。(なんて微妙な喩えなんだ笑)
人はみな感受性は違うんだから、相手の『気持ち』を『わかる』ことなんてない。簡単に『相手の気持ちを考えろ』なんていう人は、自分は他人の気持ちを分かっているつもりでいるのが怖いよね。
いくら考えても他人の気持ちなんて完全にはわからない。
だからわからないことが大前提で、それでも『わかる』状態に少しでも近づくために言葉があるんじゃないかな?
まぁ言葉を駆使しても、理屈はわかっても感性って完全には分かりあえないし、そもそも『分かろう』とするもんでもないけどねー。
・もっと素直になれよ
→素直とは本人が決めるのではなく、周りが決めている。
これ納得!!
例『彼氏いなくて寂しくない?』
『いえ、仕事に必死でそれどころじゃないんで。』
『そういう忙しいときこそ寂しくない?素直に言いなよ』
そう!『素直』とは社会通念上(笑)想定されている気持ちが『素直』。その人個人のありのままの気持ちが『素直』とは限らない。
似たようなことで、小学校の読書感想文なんかで「思ったとおりに書けばいいんだよ」って言われるけど。
本当に自分が「思ったとおり」に書くのではなくて、教師側の想定内の範囲で「思った」ことを「選んで」書くものなんだな、身をもって感じた。
・「一度頭を下げればすむことじゃないか」
上の「素直」と関連することだけども!!自分の非を認めているか否かは関係ない。丸くおさめるためにすぐに謝れる人が「素直」で、自分は悪くねぇ!と「自分の心に忠実に」謝らない人は「素直じゃない」とされる。あ、どっちがいい悪い抜きねw
にしても小学校の頃から・・・・よく言われたなw
・弁解するな
→相手の話を聞く気ないよね。決めつけだし、相手を『理解』しようともしないよね。
小さい頃からこの言葉が本当に嫌いで嫌いで仕方なかった。
私は先生に怒られて『素直』に謝る子じゃなくて、自分が納得いかない!って感じたら立場が不利になろうとも徹底的に食い下がった(笑)
いや、自分が悪けりゃすぐに謝るけどさ(笑)
これはより正確な状況を伝えたがっている相手を、無理やり抑えこんでるよね。
言葉の中の暴力?(言い過ぎか)
言い訳って思っても一応聞いて、それからおかしいと思ったなら、理論整然と反論すればいいと思う。
これこれこういうところがおかしいんだよ、って具体的に。
頭ごなしに「言い訳するな!」って状況も知らないくせに!!って反発するし、死んでもあやまらねぇぞ!って思うねー。
つべこべ言うなって言われると、理屈で返せないんでしょwって言い返したくなることもあるし・・・笑
そんなことを私は小学校低学年から考えていました。
当然『理屈っぽい子』のレッテルを貼られました。笑
理不尽なことを上手く言葉に表したいって想いは、思えば小学生の頃から持っていたんだよね。
書きたいことがまだまだまだまだあるー。 -
Posted by ブクログ
巷には「幸せになる方法」の本が溢れている。
幸せになりたい、ではなく、幸せについて本気出して考えたいのならば、この「不幸論」がおすすめ。
真理にだいぶ近づけた気がする。
幸せの4原則
1)自分の欲望がかなえられていること
2)その欲望が自分の一般的信念にかなっていること
3)その欲望が世間から承認されていること
4)その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れないこと。
これだけだと抽象的だよね?
そんなわけで、
⇒続きはwebで♪…じゃなかった、続きは本書で♪
・「幸せになりたい症候群」
不幸なこと(例:出世競争に敗れた、失恋した)があってもから目をそらして、「私は幸福なんだ」(例;左遷されたから早く帰れる、失恋もいい経験だ等)と思い聞かせている。
「惨めさ。われわれの惨めなことをただ慰めてくれるただ一つのものは、気を紛らわすことである。しかし、これこそわれわれの惨めさの最大のものである。」byパンセ
この言葉に、幸せとは何かが詰まっているんじゃないかな。
巷に溢れている幸福論の類は、大抵「物事にはいい面悪い面あるので、いい面だけ見ましょう」というような、「幸せと思いこめ」ということが書かれている。
だけど。
自分では「不幸」だと感じることを、「幸せ」だと結論づけること。
それって、幸せを追い求めること、いや、追い求めなければならない、と感じてしまうのではないか。
普段は幸せだ、と思い込んでいても。
実は満足していないんだ…っていう真実を垣間見た瞬間、そのギャップに疲れを感じる。
昔日記にも書いたけど、一人ぼっちでいるより、
気の合わない人と無理やり一緒にいるほうが、
余計に孤独を感じるんじゃないかな、と。
「幸せ」ってならなきゃいけないものなの?という疑問を常に抱えていたけど、答えが出た感じがする。
・「幸福でありたい症候群」
「私は幸せ」という人は、他人にも幸せと思われたい。
相対的な幸せとは見栄も含まれているんじゃないかなぁ…と日ごろの自分の考えと見事に合致。笑
・「日常の小さなことにも目を向ければ、幸せは必ずあるはずよ」のような、マジョリティの「悪意なき」感受性の押し付けについてもこの本でも書かれている。
・恋をしたての頃って、やたらふわふわして満たされた気分になる。こういう「幸せ」って感じるのは、真理を追究するセンサー(?)が鈍感になっている状態だから。
恋をすると脳内麻薬が出るって聞いていたから、納得。
…まぁかくいう私も、いざとなれば人の5倍くらいは脳内麻薬が出ますけどww
幸せって結局、自分の感情をどれだけコントロールするか、なのかな。
この本全部には共感できないし、とてもここまで割り切れないわー、というのも正直思った。
ただここまで、いわゆる「ネガティブ」系の考え方が書いてあっても、不思議と後味いいんだよね。
自分でももやもや感じていたけどうまくあらわせなかったことを、すっきり言語化してくれるからかな。
哲学者の言葉をたまに引用してはいるけど、
専門用語を極力使わないようにしているし、
一般論のあとにいくつも具体例を述べてくれるからわかりやすい。
中島義道さんの本は好きだけど、その中でも1,2位を争うほど、自分の中でしっくりと来た本。
私がよく幸せについて本気出して考えていること(笑)と、かなり似ていた!!
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Posted by ブクログ
『私の嫌いな10の人々』 を書いた哲学の教授、中島先生の本。まず冒頭に、この本を書く理由が宣言され、その後は祖父母の代からのルーツ、両親や姉など自分をとりまく人々の説明、そして自分史へと続きます。感受性が強すぎて?!他人とのつきあいを社交辞令的にテキトウに流すことができなくて?!周囲の<フツウのひとたち>と違い過ぎ、周りに合わせろと強要されてなお周りに合わせることが出来ずに苦行のような日々を送っていた子供時代の話から、ある教授にいじめ抜かれたという助手時代の話まで、すごく具体的なエピソードとともに、過去の体験が赤裸々に綴られています。その記憶力のすごさはきっと、辛かったという強い感情に裏打ちされているような気がして、大変だったのだなぁ、と思いました。中島先生ほどとんがった人でなくても、例えば「孤独」を「マイペース」くらいの柔らかい言葉に置き換えて読むと、素直にふむふむふむ、とストンと納得しながら読めるのではないでしょうか。
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Posted by ブクログ
愛とはなにかと考えさせられる本。
読んだ後はとても暗い気持ちになった。
私は、愛されて育てられたのではないと、(最初はそれを認めたくなかったが)それを、認め、そして愛を知らない人間は人を愛せないのだと認め、その上で前に進む時だと思い…それでは、愛を知らない人間はこの先どう生きて行けばいいのかと思い手に取った本。
そこに答えはなかった・・・
【詳細】
ひとを愛するとは、いったいどういうことなのだろう? ひとを愛することは当然であり、それができない者はまるで怪物のように忌み嫌われる時代にあって、ひとを自然に愛せない者はいかにして生きればいいのか?愛する能力が絶望的に欠けていた父とそれでも夫から愛されることを望みつづけた母との確執を間近に見ながら、身を削られるような劣等感と病的な自己愛と格闘しつづけた著者が巡り着いた凄絶なる「愛」の哲学。
○序章 ひとを愛することは難しい
○第一章 「ほんとうの愛」とは
○第二章 愛に不可欠の条件
○第三章 愛という暴力
○第四章 愛という支配
○第五章 愛という掟
○第六章 自己愛という牢獄
○終章 私は私でしかない -
Posted by ブクログ
人間嫌いのルール
1.なるべく一人でいる訓練をする
2.したくないことはなるべくしない
3.したいことは徹底的にする
4.自分の信念にどこまでも忠実に生きる
5.自分の感受性を大事にする
6.心にもないことは語らない
7.いかに人が困窮していても(頼まれなければ)何もしない
8.非人間嫌いとの接触事故を起こさない
9.自分を「正しい」と思ってはならない
10.いつでも死ぬ準備をしている
とあって、当てはまることが多く
私は人間嫌いなのか!!???(焦)と思って手にした本。
どの時代にも同じ苦しみを抱える人はいて
結果そういう人が現世まで名を残しているという事実。
また新たな視点で古典が読めそうです。 -
Posted by ブクログ
つまらないから飲みに出かけ、『人生にくたびれた男たちばかり周りにいると、予定通りずんずんつまらなくなってゆき、酒がよく、回ってくる。』
いいですねぇ…。この文章。くたびれてんですよ。みんな、もう、あと50年もしたら、消えてしまうのだから…考えようによっては、それが救いなのだから…。死ぬのが怖い!と人生を通じて言い続ける著者は、もう、ある意味、仏陀のようだと思う。死ぬという事実を、ひたすら毎日身近に置き、この世界の謎を解き明かしたいと思っているのだから。
私なんぞは、くたびれたまま、あぁ、どうせ死ぬんだから、トイレ掃除、さぼってもいいや、などとバチ当たりなことを考えて生活している……。 -
Posted by ブクログ
カントの時間論を中島さんが解説したもの。『純粋理性批判』も読み、先日『存在と時間』も完読したので、何とかなるのかと思ったが、何ともならなかったというのが正直な感想。アンチノミー1(起源・過去)とアンチノミー3(自由意志・未来)が時間論と深くかかわるというのは、そういう読み方はできてはいなかったなというのが精一杯の感想か。もう少し自分の言葉にして批判的に理解できるようにしたいが、まだ足りない。ただ、以前と比べるととりつくしまくらいはあるか。
初版はあとがきによると1987年に書かれた論文で、中島さんがまだ40歳のころ。大森荘蔵や廣松渉ともやりとりがあったと書かれていて、そういうオリジンがあったんですね、といったところ。