中島義道のレビュー一覧
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◯日々年老いていって、死を意識しないことがない。そういえば学生時代に机にへばりついてプロレゴメナ、純粋理性批判、道徳形而上学原論などを読んだな、と思いながら読み進めたが、書かれた頃のカントの焦りや環境などは当時全く気にしてなかった(なんでこんなに分かりづらいのか!という思いでいっぱいだった)ので、大変興味深い内容だった。
◯カントの伝記を、晩年にフォーカスして再構成しているが、著者の年齢が近くなってきていてるからか、文章の中に反面教師的な親近感のようなものを感じた。
◯コロナによって死を意識することが多くなったこの時代に、死を前にした日々のあり方に対する示唆も感じる。
◯自分にできることをコツコツやっていこう。
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Posted by ブクログ
世間でよく聞くが内容がよく吟味されていない、半ば欺瞞的な言葉を分析する本。
著者の中島義道氏がこうした分析を行う理由は「いつでも生き生きとした自分固有の感受性を保っていたいから」であり、「定型的な干からびた感受性に収まって安心したくないから」だそうである。
特徴としては、彼の嫌いな10の言葉の持つ意図や暴力性あるいは傲慢さを、著者の体験と鋭敏な言語感覚を元に議論を展開しているところ。
嫌いな言葉を見つめるとつい、感情的になってしまうが、著者はアカデミックな立場に身を置いていたことがあるおかげだろうか、嫌いな言葉を論理的な思考によって考える立場を放棄していない。なので、彼の主張には納得してしまうことも多々あるのだ。(偏屈なのは変わりないが!)
彼の嫌いな言葉には、ある程度の共通の要素が存在する。すなわち、
・発話される意味と期待される意味の齟齬に関する欺瞞
・自己批判精神を抑圧させる態度
・暗黙に了解されている暴力的な前提
などである。
この本はこれら共通の要素を知ることよりも、著者の生々しい具体的な話に価値があるので、多くは述べないが、一つ例を紹介するなら「お前のためを思って言ってるんだぞ!」である。
この言葉の欺瞞性は、この後に「後で泣き言を言っても知らないぞ」などの“脅迫的台詞”が発せられるのに、「お前が“心配”だ」と言う精神であると著者は考えている。
こんな痛烈な批判を行い最後にこう締めくくる。「たとえ後で振り返り、言われたことに感謝しても、このセリフに感謝することはないだろう」と。
これには思わず笑ってしまった。
本書を読めば何かしら得ることができる。それは、この本が毒か薬にしかならないからだ。しかし、仮に毒であっても、これくらいの毒をプラスにできなきゃやってけないので、恐れずに中島ワールドへ入場するといいと思う。
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哲学の入門というと哲学史から勧めることは多いが、この本はそういう慣習と離れて哲学が私たちの身の回りとどう繋がるかから踏み込んでいて大変わかりやすかった。
私たち存在の根源にもつながる、死だったり時間をそれに答えを出すのでなくて考えることに哲学がある。
それは小難しいことでなくとも考え続けること。
明日が次がどうなるかわからないだとか、それこそ思考実験のようで普段は想起しないことー明日、世界が破滅するかもしれない…目覚めないかも知れないーそういったことについて思いを巡らすきっかけにもなった。
かといって難しいことはなく、また形式的だったり権威的な文章で語られていないため読みやすい。
時たま抽出される実例…死刑囚の手紙だったり著者の体験談も瑞々しく効果的なものを心象に加えていた。
考えること疑問に思うこと、そこに哲学的な何かがある。
ある程度学んだ末に読んでも初心を思い出させ新たな発見もさせうる書物だった -
Posted by ブクログ
タイトル通り、中島義道氏が嫌いな特徴の人を書き連ねている。著者の本を読むのは4冊目なので、こういった人たちが嫌いなのだろうなとは予想がついた。いわゆる大多数の人が嫌う人々についてではなく、世間一般に肯定されている人々をバッサリと切り捨てている。
あとがきに記載の通り、本書にあげられている人々の特徴は「物事をよく考えず、世間の感受性に漠然と合わせている」こと。真に自分の経験から得た信念ではなく、世間・周囲がそう言っているから、という理由でそれに迎合する姿勢である。そういった意味では自分としてもそのような考えない人々は好まないが、自分自身考えることができずに周りに合わせる生き方をある程度してきたことから、自分自身を省みることとなった。マジョリティに溺れるのではなく、客観的かつ批判的な視点で物事を見て、自分自身を形作っていかなければならない。 -
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私がくれない理由としては
ただ弱いだけなんだ
家族や知人との関係を切りたくにも切れない無力な自分
徹底的な人間になりたくてもどうもなれない無力な弱い自分
そんな自分がどうしようもなく嫌だ。。。
真実を味わい尽くす、絶望を味わい尽くす
味わい尽くせるならまだいいが、味わい尽くせないだろう
限られた存在としての私が
中途半端のまま死んでいく
絶望しきれない、ポジティブになりきれない。。。
「徹底的にならなくていいじゃん、バランスが大切さ」なんて言っても
納得できない。。。分からないがどうも納得できない
鬱陶しい。なんて絶望的
個人は個人の絶望を語れない
言い出した途端 普遍的な絶望、概念としての絶望、他人の思い込みによって勝手に曲げられた絶望になっちゃう。。。
寂しいな -
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『差別感情の哲学』で著者について興味を持ったため、手に取った作品。
前半は著者の人生を振り返りつつ、非社交的社交性(カントの言葉、「人間嫌い」ではない)について著している。
後半は著者が主催する「哲学塾」での、現代若者(中高年も一部含むが)の生きにくさを多数のエピソードを使って著している。
全体的に意外と取っつきにくさがなく、エッセイのような感じでスラスラと読み進めることができる。
面白いのは後半であり、20代の自分と随所に比較して読み進めた。登場人物の言動に対して奇怪だなと思う一方、自分としてもこのレベルではなくとも人との関わりで同様の行為をしてきたのではないかと省みた。自分勝手というよりも、自分が真に正しいと思うからこそ、彼らは奇怪な言動を起こしている。それがズレていることを学ぶのは、日々の日常生活における人間関係の中である。自分が正しいと思うだけでなく、人間関係を通じた自己批判の精神をもつことが社会で生きることに必要不可欠である。一人で生きるにはこの社会は難しい、割りきった人間関係を構築することが必要なのではないか。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ嫌われる勇気とかとも似てるような人間関係や社会に悩む若者(青年)への本。
今の筆者が進路に悩む若者に語りかける形式で進んでいく。彼は親から期待されている道と自分の興味の狭間で悩んでいるという。
自分の若いときの話を引き合いに出しながら、『弱い』若者に向けて主にカントの哲学にそっていかに自分が『強く』なったのか、どんなことに苦しみを、救いを、感じたのかを告白する。
著者は自分は強くなったという。しかし決して幸福になったとは感じていない。彼は強くなる過程でいろんな人の存在を打ち消してきた。それがよかったのか悪かったのか。ただその道は生き延びるために必要だったのだ、という。
彼自身、強くなったことを後悔しているような節もあるのが面白い。彼の孤独の城は、地位は、成功は、ある意味敗北と取れなくもない。しかし死には打ち勝つことができた。たぶん人の数だけ戦いがあって、そして敗北も勝利もあって。こんな人もいたのだなあと思う。
カインな人に向けて、限定的な書き方をしているが、ちらとでも思い至るところのある人は意外と多いのではないだろうか。みんな何かしらの印を刻みながら、自分を殺しながら(生まれ変わった、変わった、というのはある意味少しずつそれまでの自分をあやめていくことでもあるのだなあと思う。変われなかったら自分自身への死が待っているのかもしれない)、生きていっている。
タイムリーすぎる本を読んだなあと思う。個人的にはそこまで死を恐れていないという天の邪鬼な気持ちがある。単純に死んではいけない、という論理はむしろ苦しいと思う側だ。しかし死にたくないときにこういう本は力になる。自分の命の始末が自分で決められる世界であって欲しい。ただそんな世の中は単純な幸福はもたらさないだろう。むしろ物事を複雑にする。だけど私は死よりも自由が欲しい。それはたぶんこの著者の言葉でいったら、人に迷惑をかけることから逃げたいからだ。そして私は弱いまま生きたいと思う。