中島義道のレビュー一覧
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哲学について全く何も学んだことが無い私には、「何が哲学でないのか」という部分からもう新鮮で面白かった。
混同されがちだが思想は哲学ではない(認識出来ていなかったが、言われてみればしてるな、混同……)。
芸術も人生論も宗教も、言葉にして並べてみればそれは違うだろうなと思えるが、それらの項目を読んでみれば、それらに哲学的な“感じ”を持っていた気もする。
ヘラヘラ覗きに行った専攻外の教室で初手に注意を食らったような、なんだか懐かしいような楽しい気分で読みました。
他の項目も、哲学という学問の厄介さ・途方もなさを感じられて興味深かった。これからも、その端っこをたまに齧ってみたい。 -
Posted by ブクログ
あなたの差別意識についての本。私達が差別と聞いてまず思い浮かべるのは黒人差別、障害者差別などだと思う。しかし差別意識は遠い場所にあるものではなく、ふとした会話や態度など日常生活に深く根ざしているものなのだ。という事を読みやすい文章と構成で書いた本。
個人的に本書で最も重要なのは、人間のあらゆる文化には差別意識が内包されており、差別意識と人間は切り離せないものだという考え方だと思う。誰かを褒める時、その価値観に適応していない人に対して無意識的に差別的になっているし、自らの何かを誇るとき、それを持たない人に差別的になっている。あらゆる価値判断は比較の上に成り立ち、だからこそ差別意識が含まれてしまう。
脱構築され全てが相対化された現代社会において正義とは、正義を自認する人による絶対のものではなく、常に自らの正しさを疑い、修正していく姿勢の事だ、的な内容に感銘を受けた。SNSでは正義の名を関した私刑がまかり通り、それは私から見て正しいと言えるものではなく、しかし彼らは自らの正しさを疑わないという状況に対する不快感の説明をしてくれた。「そうだそうだ」と思いながら読み進められた。
帰属意識や誇り、自尊心といったものは差別意識の温床であり、健全とされる向上心にすら差別意識は存在しているといった所や、差別語はそれ自体が消えても直ぐに代替の言葉が生まれるから本質的解決をしない限り、言葉狩りには大した意味がない。いじめ問題の解決にはいじめダメ絶対と馬鹿の一つ覚えで言うのではなく、構造的な視点を持ち込む必要がある、といった内容が個人的にお気に入りだった。
努力は平等ではないという所や正義に関してはマイケル・サンデルや橘玲的なものを感じた。
本書の結論は、(自らの行為を含め)すべての行為には差別感情が多少なりともこびりついていることを認め、常に自分自身に対して問題意識を持ち続けることで差別意識を減らしていこうというものだと思う。(ただそうする事で差別意識を持つ人に対して差別的になっていしまうから、いよいよどうしようもないなぁ)
この結論には誠実さがあると思うし、極めて重要な姿勢だと思うけど、実際に今激しい差別を受けている人達に対しての即効性は薄い思う。例えば黒人が奴隷として扱われている時には、黒人にも差別意識があるという論よりも前に、まずは物理的な不平等を解消するのが先なように、本書で書かれている内容を何に対してもすぐ適用するのは適切じゃないと思う。
総合的に自分は満足の行く内容だった。ただ本書の性質として、論理的に差別の構造を分析するというより、筆者の問題提起に偏っている所がややあるため、そこには注意。あと筆者の女性観にも若干の偏りがあるからひっかかる人は結構嫌かも。 -
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妻子にひどく嫌われてしまった経験があり、その状況がずっと続いている哲学者の著者。生い立ちもかなり大変だったよう。そういった経験をした著者だからこそ書けたのだろうと納得の一冊だった。どこかで聞いたことのある話、ではなく、著者の考えた完全オリジナルの話、と感じた。〔人を好きになる事と同様、人を嫌いになることの自然性にしっかり目を向けよう〕と呼びかけ、〈嫌い〉の段階や原因を考察している。
部分的に抜き出すと、とても誤解を受けやすい内容だと思うので、安易に紹介するのは怖い一冊だ。なので、気になったり引っかかったりした方は是非通読してみて欲しい。私も途中まで、人を嫌うことをこんなに肯定してどうするんだ?嫌いにまみれたら辛いではないか、と居心地が悪くなり、自分の中にある〈嫌い〉の感情を余計に情けなく思ったりしたが、終盤になると靄が晴れた。
〈嫌い〉の原因について八つ書かれている中で、(一)相手が自分の期待に応えてくれないこと(四)相手に対する軽蔑 が特に興味深かった。
(一)のカテゴリーより
○善人とは(他人と感情を共有したい人)のことです。(略)しかし、ここにとどまりません。彼ら(近い他人)も同じように自分を気にかけてもらいたい。期待してもらいたい。(略)ですから善人とは嫌いに向き合わない人といえます。
この人種には大きく二通りある。一つは自分はいつも善意の被害者であり、相手がいつも加害者であるという人。自分の加害性に全く盲目なのです。こういう善人は常に愚痴ばっかり言っている。(略)
もう一つのタイプは、全て他人は善人だとみなす人。すべての人を好きになるべきだと考えている人。(略)
両者とも、自分と相手との対立を正確に測定しない。
こうした善人たちは、この国では猛威を振っていて、それに抵抗する事はまずできない。(略)
私があえて本書で試みているのは、こうした日本人の体内に染み込んだ幻想をわずかでも打ち砕こうというささやかな抵抗です。79
そして、終わりに近づくと、著者が、自分が経験したように〈嫌い〉にがんじがらめになっている人を心から助けたい、自分が楽になった方法を教えてあげたいと思っていることが伝わってきます。ここがとても私にとって助けになりました。
○自分を含めて人間一般が嫌いというタイプが、難攻不落の城のように堅固な構造している。ここで嫌いの発展段階は行き止まりであって、死ぬまでこの城の中で暮らすほかはない。「それでいい」と言う人に何も言う事はありませんが、老婆心ながら付言しますと、こうした城の中に住んでおりますと、本人でも気づかないうちに、肉体的にも精神的にもやせ細ってきて、抵抗力がなくなり、干からびてくる。そのまま仙人のように死ねば良いのですが、どうも凡人にとっては少し無理があり、あまりお勧めできません。私は、こうした城を築いた人に、あえてもう一度娑婆に、、ただし「半分だけ」引き戻してはどうかと提案したい。こうした城を改築して、適当に敵がなだれ込み、戦闘状態を繰り返すような安手の城に生きる方が、凡人にとってはハリのある豊かな人生だと思うのです。177
○リルケは人生を(重く取る)ことを提唱しています。重く取るというのは、真の重さに従って受け取ること以外に他意はありません。物事を疑いや運や、偶然で測るのではなく、心の重量で測ろうとする試みです。この世に存在することに対するどんなに無限の同意であり、賛同であることでしょう。 196
この方の考え方、よくよく読むと結構好きでした。「嘘がない」ということが、私のような人間嫌いな人が、人に対しても自分に対しても欲している特に重要なことで、著者の言い分も、勧めていることも、嘘がないからだと思う。 -
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幸せでいるために幸せを求めることが、かえって不幸にしてしまうのではないか、そのようなことを考えてしまうような内容であった。人間は何らかの形で不幸に陥ってしまう。どんな工夫や努力をしたところで、生きている間に思わぬ事態にぶつかってしまう。そんな理不尽な世の中で、人間は本当に幸せでいられるのか。著者は幸せのあり方を追求する。しかし、いくら考えたところで、結局のところ、幸せは訪れない.。幸せをもとめることが、人をより不幸へと追いやってしまう。哲学者である著者は、古代と中世の哲学者は、「死」について真剣に考えると評価する一方で、現代に近い哲学者の幸福論には納得がいかないという。何人か哲学者を一部抜粋して、著者は不幸であることがむしろ良いのではないかとという結論を出す。不幸を受け入れることが、人生をより楽な方向へと転換できる。幸福=良いというのも、ある種の価値観の押し付けであり、相手を洗脳するような言いぐさかもしれない。このように、本書は、多くの人が無意識に共有する当然の考えに、著者が一石を投じた本であり、不幸であることが逆説的に人生を豊かにしてくれる。ある種の正義感を振りかざす者に読ませてやりたいと思わせる本であった。
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評するのに適していないと捉える人もいるのだろうが、私にはとてもおもしろい本だった。解説内に、「毒」や「薬」の表現があったが、私には「薬」だった。色々もやもやと思っていること、それが世間に歓迎されないだろうことがすごく楽になった。
この本は、よくあるような「命は尊いからどんな理由があっても無駄にしてはいけない」というようなことを説くものでは決してない。節々に、それは筆者がこれまでに金銭的に困ったことにならないから考えられることではないか....と現実を考えると簡単に言ってくれるなと感じる部分も多々ある。が、生きることに楽しさはないと明言している中で、ある種の諦念と開き直りは清々しい。2章の章題が「幸福を求めない」というくらい。それでも、みんな不幸になればいいというものでもない。マジョリティではないがこういう人もいる。そう示されているだけでこんなに気持ちが楽になるとは思わなかった。よかった。 -
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ネタバレ自分の日々の世間に対する苛立ちを言葉にしてくれた本。
常識、習慣に従う人(=マジョリティー)が良しされる一方で、それに従えない人(=マイノリティー)を非社会的とする風潮を作者は嫌う。
自身では何も考えず、盲目的にマジョリティを良しとする人を筆者は嫌う。
常に笑顔でいる人は、時に自分の負の感情を隠しているので嫌い。負の感情も自由に表現するべきである。
自分はバカだと言う人は、そのレッテルを自身に貼ることで、考えないことを正当化している。
俳優や国会議員はやたらと「 皆様のお陰です」というが、その人に役に立っていない人にも感謝の気持を示すのは、明らかな嘘である。
世間的に良しとされる行動(明るくいろ、怒りの感情は人に見せるな、人の迷惑になるな、相手の欠点は指摘するな、)が自然にできる人がいる一方で、その行為が苦手な人がいる。マイノリティに常識を強制してはならない。 -
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ネタバレ大勢に語りかけても意味がない。名指しで注意すべき。
私語をするのは言語道断。みんなに人の話を聞く権利がある。
聞くふりをすることだけ上手くなることは無意味。抗議すること、聞きたくないと主張すること、自分の言葉に責任を持つことが大切。
「わからない」と発言することを我慢してしまう。など理由を伝えるのは大切。
彼らは自分の言葉を信じていない。
自分の言葉に威力があるなんて思っていない。
いつも和の精神を重んじられている。
だから黙っているし、それが当たり前。
規則さえ守っていれば安全が保障されている。
自分から働きかけることを忘れている。
定型の意味のない言葉が溢れすぎていて、聞き流すことに慣れている。
お上からの標語やスローガンがなければ行動できない人間は自分で考えて生きていけない。
わかった気になり、単純な質問をしないことで対話が終わってしまう。
弓道の無心、無心になれと言われて納得するのが日本人。
独白の集合ではなく、固有の体験を引きずりながら地道な手探りによって真理を目指す。
対話の敵は思いやり、配慮、優しさ、察する文化。
真実より思いやりを優先することで弱者の声が押しつぶされ続ける。例、人をかばって罪をかぶる。
傷つけ合わないことが大切にされ、利己的な優しさだけが蔓延る。
注意した人は真実が何にせよ、傷つけたことが責められる。
なりゆきに任せておけば責任を持たなくて良いと思っている。
思いやりとは弱くて卑怯で自分は加害者ではないと信じる暴力である。
ホットでなくウォームなやさしさが最新。
人を傷つける可能性のある言葉を使わず、距離を保ち、あたたかさで包む。
不平不満を出させないのが最良とされている。
様子を見ることでずるく善良で居続ける。
自分の信念を貫くと損をする。
我慢を誉める。自尊心の軽視。
誰も傷つけない言葉で語ることは、何も語らないのと同じ。
対話は他者との対立を大切にすること。
他者とはもっと重いもの。
澱んだ優しさの空気に馴染んで、それがなければ不快になってしまう。個人主義の排除。
論理を振りかざして対話を根絶やしにする。 -
Posted by ブクログ
哲学書はおおよそこういうことが書いてあるという理解ではダメで、これ以上読み込めないというところまでいかないといけない。
ただ一つの真理がありそれを言語化できると信じる者が哲学者である。
ロックはあらゆる物事は経験により得られるとするウルトラ経験論者である。経験により得ることすら生得的ではないとする。
カントは神や不滅の魂に関する判断を認識から排除した。カントについて考えるのではなく、カントと共に考える。素朴な疑問を徹底して考えることは、教えられるものではなく体質のようなものだ。
ベルクソンは誰しも実在を見る目を備えながら、社会、能率、利益によってかき消されるとする。安直な図式に従った方が社会はうまく回るからである。
ニーチェは超人以外全て死ぬべきであり、女は超人の足を引っ張る誘惑車に過ぎないとする。ニーチェの思想をそのまま本にすれば間違いなく発禁処分になる危険思想である。正義の名の下に復讐するものは、膨大な原因を極めて矮小なものに限定する。これは狂気である。 -
Posted by ブクログ
①100人いれば100通りの考え方がある
・著者中島義道の考え方は非常に独特だと感じた
・少なくとも自分とは異なる
・人と群れるのが嫌い、勉強やテスト好きなど
・そしてあまり共感できるものは多くなかった
・しかし、マジョリティが単にマイノリティを制圧するのは良くないと感じた
・100人いれば100通りの考えがあって、それを知った上で合意を取っていく必要があるのではないか
②人が抱える闇を綺麗に文章化している
・誰もが陥る闇を文章に落としている
・それも、難しい表現や哲学用語を使わずに
・なぜ自分が闇を抱えなくなったのかも分かる気がした
・きっと歳を重ねる中で、鈍感さ、という技を磨いたからだ
・都合よく闇には目を閉し、常に先を見て走れるようになったからだ
・これは自分の成長ではないだろうか
③何のために生きるのかを考えさせられた
・何のために生きるのか、それを知るために生き続ける
・この言葉には、説得力があった
・たしかに20年行きただけでは何も分からなかった
・28年生きて、初めて生きる意味を少しずつ感じるようになった
・この言葉や本は自分を振り返らせてくれた