中島義道のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ初中島作品。
簡単に人物を批評すれば、この上ない比類ない皮肉屋であり、環境がそうさせた典型例だとも感じた。
心理学的用語でいえば、離人症、ACである。
苦しみ続けることによって変化する。自殺してしまったらその苦しみさえ無に帰してしまう。
106⇒人類には粗野な人種と繊細な人種がいる。全く別に人種。粗野な方が総じて人生というゲームで勝ち続け、繊細な方は負けに負ける。それによってどんどん偏屈な人間になっていく。
107⇒粗野なものは悩まない強さ、気にしないという鈍感さ、そして忘れるというずるさを持っている。
繊細なものは粗野にはなれない。
そして日本に蔓延する思いやり教、優しさ教、気遣い教といわれる伝統的な慣習に嫌悪してる。日本は道徳のレベルが高く謙虚で慎み深い民族。と、一般的に言われる。俺が思うに、それはどうもうっわつらの自己保身のためのツールに過ぎないと感じる。
氷山の一角とまでは言わないが、笑顔優しさは人間の先っぽの表層の部分に過ぎない、と。
そう友達も家族も表象に過ぎない。つまり性格ではない。自分がそのように認識しているだけ。
この日本に蔓延する常識と呼ばれるマジョリティ側の価値観に窒息死しかけるマイノリティの叫びの声。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「嫌い」と言う感情には罪悪感が付き物。だから誰かを嫌いになった時、それを自分に誤魔化そうとして、そんなこと無い事の証明を一生懸命しようとして、無理して誰かと付き合おうとしたり、行きたくもない飲み会やら食事会に行ったりして、時間をすり減らし、自分の時間さえもすり減らし、そのことにより自分がストレスでいっぱいになる。
そういうことに心当たりのある方は、この本を読むと「嫌う」と言う感情に素直になれるかもしれないです。
「誰かを好き」、と言う感情に理屈が無いのだとしたら、「誰かを嫌い」、と言う感情に理屈が無い筈。通常人は、「嫌い」を表現する時に、「あの人はこうでああで、だから良くない。だから嫌い」と言うように説明するが、大抵そういうのは実は後付けで、最初から嫌いだったのだと言うこと。
嫌いと言う感情には、投影があることもあることも書かれている。著者は父親が嫌いだったそうで、”不条理なのは次の段階です。つまり、私は他人の中に認める「父の影」にも敏感に反応してしまい、その人を嫌うことが多いのです。父と似た肉体の持ち主を嫌う。そればかりか、性格の持ち主も嫌う。(略)父は何事にも潔癖すぎるくらい潔癖で、会社のセロテープすら私用に使わない人でした。たまにそういう人に遭遇すると、ぶん殴りたくなるほどの嫌悪感を覚える。(略)こういう時刻表のような男をたまたま見かけると、鼻面をつかんで引きずり回してしてやりたくなるほど憎らしいのです”
と書いていて、ここまできっぱり嫌っている自分を観察し、相手の様子を観察している様子は、すごいなと思ったりした。
でも、こう言うのは人は良くやっていること。よくよく嫌いなその人は、親の声に凄く似た持ち主だったとか、口癖が同じとか、良くあることで、勝手に自分のどこかがそれに反応して、目の前にいるその人を勝手に一緒くたにしてしまう迷惑な行為をしているのは、自分ってことですね。嫌われたその人は、本当は中身は違うかもしれないけど、その鼻だから嫌われているのかもしれず、そしたら、存在することで嫌われるなんてしょっちゅうあるなとかえって納得できる。
本にもあるけど、自分の「嫌い」を見つけると、自分の勝手さ、理不尽さ、盲目さが見えるようになるとのことで、「確かに」と思った。「嫌い」と言う感情を認めることで、自分の弱さや欠点を知る。これは、「嫌い」を通しての、謙虚さを身に付けるやり方かもしれない。
それにしても、本の著者は、すんごくいろんな人を嫌っていて、いやあここまでじゃないわ、と言うことでも安心したり(笑)。本のフレーズで気に入ったのは、「さらりと嫌いあう関係」と言うここと。その辺ってある意味成熟してないと出来ない事だと思う。
もう一つ、すごく「なるほど」と思ったのが、”「自分の落ち度がなければ嫌われるはずはない」という単純な論理を求めますと、相当おかしくなっていく。あなたが嫌われるのは、自分に落ち度がない場合がほとんどだからです。”と言うこと。割とここにハマってしまうことってあるように思う。 -
Posted by ブクログ
幸福アピールする人や幸福ばっかり考える人は、実は幸福の中にいるのではなく、不幸や不安から逃げ出そうとしているだけ。かといって、不幸と向き合ってしまって解決策があるか、逃れられるかといえば、そうでもない。
やはり幸福というのは求めるものでもない。
本当は、幸福も不幸も相対的な感覚で実体はないのかも。
幸福も不幸も分離されるものではなくて、心の中に絡みついて天気のように入れ替わる。
ある時は、神に愛された確信や良き出会いの幸福を噛みしめるが、現実に悪い意味をつけていくことで自ら不幸を作り出してしまっている時もある。
不幸というのは、「嫌だ」と思う脳の働きにしか過ぎない。
不幸の正体を見極めることで、不幸ってそんなものでしかなくなる。
そして、幸福という幻想も、受け入れて、幸福や不幸よりもより深い生の領域に生きることが肝要だと知る。
人生の目的は幸福ではなくて、幸福というのは影のようにしてついてくるオマケみたいなもの。 -
Posted by ブクログ
脅しや絶望じゃなく、幸福なんてどこにも無いよという本。だって地球上の全存在が幸福じゃない限り、個人の感じる幸福はただのまやかしだから。何かを必死に見ないふりしてないと守れない砂上の楼閣、それが幸福。幸福なんてどこにも無いから、必然的にあなたも私も全員不幸。と、いうことをぐちぐち言っている面白い本です。
人は人生のあらゆる場面で選択をする。自分の欲望を満たすため、幸福を掴むために何かを切り捨て、踏みつけ、置き去りにして進む。それをちゃんと憶えている限り、幸福は無いのだ、と。
こんな本当のことを言ってしまう人はそりゃ煙たがられることだろう。王様は裸だよ!と告発する空気を読まない大人。それが中島さん。私は読んでいて落ち着くし、少し笑って、リラックスした気持ちになる。「幸福ではない自分」についてはどうでもいい。「不幸だが、味わい深い人生」を思え。
この本を当時編集したのが今のミシマ社社長、三島邦弘さんと知ってへー、と思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中島は「笑い」(P110-115)と「無礼講タイプの会話空間」(P215-217)について、個人の発する言葉をなぎ倒すものだと指摘しているがこれに強く共感した。
言葉による訴えに取り合わず、笑って取り繕う。過ぎ去るのを待つべき嵐としてしかそこにある言葉を扱わない。笑みで躱す。たしかに、笑みは意思伝達や疎通で大きな位置を占めるものではあるが、言葉を受け取らないために使われる場合はあちらこちらで見受けられる。
「無礼講タイプの会話空間」、こちらには特にときおりときおり息苦しさを感じる身であるから共感も一入。そこではこちらの「本音」は勝手に決められる。真剣に語ってはいけない、茶化しに参加せねばならない、希薄でなくてはならない、弱みを見せねばならない、そうした空間だ。「弱み」の内容も俗人的でなくてはならない。紋切型にならねばならない空間なのだ。文化的なものは好きだが、感受性や内面を紋切型に矯正しようとする世間の在り方の大きな一面に当てられすぎるのはごめんだ。
ウィーンの地下鉄の話が面白かった。
人に薦めない好きな本。 -
Posted by ブクログ
「確かに人を傷つけることは悪である。だがわれわれは、残念なことに、いかなる場合も誰一人として傷つけずに生きることはできないのだ。とすれば、「心の弱い人」はいかに人から傷つけられても、それを跳ね返して生けていけるだけの「強さ」を身につけるように自己鍛練すべきであろう。」
「「善意だらけ」の状態を演技と知っているうちはいいのだ。だが、善意の演技はいつの間にか当人を酔わせ、真実を見えなくさせる。そして、真実を語る人を排斥することになるのである。」
「じつは、すべての誇りは傲慢や軽蔑と紙一重なのである。あらゆる言葉は、語る人の個人的意味付与とは独立に、その社会における「普通の」意味(価値)を帯びてしまうのだから。」
「日本社会における大原則を言っておく。部下は上司の命令を受けたとき、それを自分がより有利になるように解釈してはいけないんだ。むしろ、いつも自分がより不利になるように解釈しなければならない。」
久々に読んだ中島義道さんの本。
あの、『常識なぞあえて外れろ』がモットーのように思える中島さんが、世間に溢れる『常識外れ』の若者に辟易して、非社交的な若者にも最低限そこだけは持っていてほしい社交性を説いた本。
何か権威たるものを持ち合わせていないものが、“その”振る舞いをすると、ただの不適合者にしか見えない悲しい日本。
ただ、日本の未来や彼らの未来など案じても意味がない。なぜなら、未来などないからである。 -
Posted by ブクログ
分かり合えない、というと寂しい気もするけど、この人たちはある意味「分かり合ってる」と思う。互いに相手のことを分かっているが、受け入れないという意味で分かりあっていない。
でも、中川義道さんの方が子供だと思った。まあ、そんな人も好きだけど、彼の意見は集積体としてしか役に立たない。その考え方についてはスペシャリストだが、他の事は理解しようとしない。誰でも彼でもその傾向はあるけどね。彼を見る人は、彼の特徴を汲み取るだけで、彼を否定したりする必要はない。彼も自分の考えを人に押し付けるような事はしないだろうし、そこが素敵なところだよね。
そう思うのは自分の心の弱さと、それに付随する自己顕示欲のせいなんだろうな。「自己顕示欲」これについても、もっと広い視野でもって研究していかないといけないな..... -
Posted by ブクログ
読む目的
中島さんの人となり、思想の元を知るため。
一言でいうならどんな内容?
中島さんの生い立ちや考えてきたこと、講義の体験談などを交えながら、大人になることについて語られている。
詳細
第1部 ご自身の生い立ちをもとに、人との関わり方、哲学への姿勢などが描かれる
第2部 講義にきていた人への対応などを交えながら、若者論、生き方論について、中島さんの持論が展開される。
心に留った点
引用
一抹の不安とともに、いままさに人生に船出しようとしているきみは、すばらしい可能性を秘めている。それは、きみは希望を捨てずに努力をすれば何でもできるという無責任な激励ではなく、きみがどう生きて行くかはすべて君の手中にあるということだ。
この意味で、サルトルとともに言えば、誰でも否応なく自由なのだ。
きみは自分の本質をそう決定し、それが人生を来ていると解釈した時点で、その責任はきみにある。
何が1人の人間の行為やあり方を決定するかは、じつのところまったくわからない。だから、どんな人でもどんな瞬間でも、「いままで」を完全に断ち切って新しいことを選べるのだ。
私が選んだのだと自分に言い聞かせる姿勢は、特別えらくもならないかもしれないし、金持ちにならないかもしれないけれど、強く柔軟で深みのある大人、すなわちよい大人になるように思う。 -
Posted by ブクログ
これは哲学であれは哲学じゃないっていう振り分けはこの人の哲学に反してる。全てを疑うところから哲学ってスタートするらしいから、まずは自分を疑えっていうデカルトの哲学から言っても矛盾しとるよね。だけど、この人は本当に哲学が好きなんだと分かる。何よりこの人の哲学を読み解く力や、それをさらに分かりやすく卑近な例を用いて説明する力はすごい。なかなか難しい印象の強い哲学だけど、様々な哲学書を脇に挟んで、この人にこれはどういうこと?あれは?と質問してみたい。この人がアリストテレスにそうしたいと言っているように。主観もそこそこに、だけど哲学の教科書と銘打つだけの手に取りやすさと、奥床さがある一冊。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ現代日本、思いやりのある社会を
実現したら 百万単位の心の病
戦国時代には戻れないので道は一つ
他人にはもっと優しく
もっと思いやりをもち
そして自分はもっと病気に
なりましょう!
抜粋したのでひどく聞こえますが
自己欺瞞の思想家や哲学者が言う
優しさや思いやりではなく
ホントの意味で 優しさ 思いやりを
普通教 みんな一緒主義の日本では
心の病に悩む方が正常だと
そういうことなのかと
戦う哲学者 中島義道さんは
女性から非難されかねないことも
言いますが 一理あるともとれる
キツいことも言うけれど
嘘偽りのない言葉で
誠実で 優しく 愛情溢れる方だと
感じます。
誠実でないことに
怒りっぽいけど(^-^; -
Posted by ブクログ
★ 言葉の裏側にある「傲慢さ」にムカつくんだよなぁ~
出勤前にTVニュースを見聞きしながらコーヒー飲みながら
身支度しているとあれ?
常日頃、自分が思っていることをズバリと
的を得て言っているおじさんが出演ていた。
「もっと素直になれよ!」って言葉を使う人は、
なにをもって素直になれと言っているんだろう・・・
そういうテーマを語るおじさんは哲学者の中島義道だった。
あたしも過去に上司から言われた事がある。
”依怙地にならないで素直になれよ、
おまえのためを思って言ってるんだ!”な~んて一見、
親身でいい人っぽいセリフだが、
あたしから言わせれば傲慢だ!と思っていたので
たまたま知った中島義道のこの本に興味深々。
このおじさん只者ではないなぁ~・・・
そりゃそうだ哲学者だったんだ。
なかなか面白い