萩尾望都のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ備忘録に書名が残っていなかったので未読? いや読んだ憶えがあるのにな、と訝しみながら読んだら、結果再読だった。
というか読んでいる最中に、視覚だからプルースト効果とは言わないんだろうが、前回ぐっときた要素が次々と波のように押し寄せてきた。
たぶん「ゴールデンライラック」の内容とその読み方が合致して、幸せな再読になった。
■ゴールデンライラック 150p
少年ビリーと少女ヴィーが青年から大人になるまで。
第一次世界大戦前後のイギリスを舞台にしているだけあって、つるべ撃ちのように話は展開し、時は流れ、いつの間にか取り返しがつかないと悲嘆にくれ、しかし生活は続き……皆川博子級の重厚と絶望と希望。
単純に飛行機だからとロベール・アンリコ監督「冒険者たち」、ヴィットリオ・デ・シーカ「ひまわり」(を思い出したというか)のような画質でイメージした。
というか古き良きカラーフィルム映画のように記憶していたのを、読みながら追っていった印象。
他の作品を出すことでしか感想を残せない自分が歯がゆいほど、好きだし大傑作。
ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」からの影響あり。
ちなみに新書版と文庫版のカバーイラストが対になっていて、どちらもいいんだなー。
■ばらの花びん 68p
この本3作のうちでは絵柄が違い、やはり一作だけ1985年。
少し呑気な展開、数組のカップルがあちゃこちゃするあたり、シェイクスピアの喜劇に似ている。
■マリーン 53p
ミステリアスな少女というキーポイントも、その真実もまた、「ジェニーの肖像」からの影響あり。
というかおそらく、原作者今里孝子=城章子が「ジェニーの肖像」から影響されてこの話(1977)を作り、この漫画に自ら触発される形で「ゴールデンライラック」(1978)を萩尾望都が展開した、という感じか。
少年の生活に現れる少女、少女の生活に現れる少年、と対にして憶えておきたい二作。
参考にしているサイトによれば、「光と花の中」「ヴィオリータ」「みずうみ」に続く輪廻と永遠の少女の系譜の集大成とか。
◇エッセイ―拝啓 萩尾望都さま:桑原知子(心理学者) -
Posted by ブクログ
こんなに痛々しく、こんなに強靭な想いに満ち溢れた本には出合ったことないかもしれません。それもメディアに対して大泉時代の話は今後一切受け付けない、という意思表明のメッセージを発信するための、作者が現在必要としている機能を果たすべく生まれた本です。そういう意味では、一度きりの「大泉の話」であると同時に、「一度きりの大泉」の話でもあるのです。手塚治虫がマンガに持ち込んだドラマツルギーを萩尾望都や竹宮恵子の団塊の世代の女性作家たちが少女マンガに持ち込んだ…的なフレームワーク的な分析がいかに平面的で定型的か、ということを思い知らされました。創作はいつだってひとりひとり個人的な熱情の発露なのですね。もちろん、作者自身が改めて整理しているようにあちら側の竹宮恵子や増山法恵(今回、初めて知った人)は大きなパースペクティブで「少女漫画革命」を志向していたのかも知れませんが、萩尾望都はそういう運動論でクリエーションしていたのではない、その違いは大きいのだと知りました。それが京都芸術精華大学の学長になる才能と、クリエイターであり続ける後年の人生の違いなのかもしれません。天才、秀才という分け方も紋切型かもしれないけど、そういう単語も感じました。もしかしたら、竹宮恵子は才能のありすぎるサリエリだったのかもしれませんね。彼女の本も読まなくてはなりません。排他的独占愛、という萩尾望都が長い時間をかけてたどり着いた大泉時代の終わりを理解のためのキーワードも、もしかしたら創作のエネルギーとして必要なことかもしれません。「お付き合いがありません」この圧倒的拒絶により自分のワールドを守ろうとする萩尾望都のピュアさのエネルギーもものすごいですが…ユーミンが歌う「♪時はいつの日にも親切な友だち、過ぎていく昨日を物語に変える♪」ではない現在進行形の痛切な叫びが本書でした。嫉妬と拒絶、これがあるから少女マンガが少女たちの心をとらえた、というこれまたステレオタイプの思いも浮かびますが、もしろ少年マンガの夢の砦であるトキワ荘も部活的意味合いだけでなく、もっと個人的物語に再解体しなくてはならないのかも、とも思いました。
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Posted by ブクログ
ネタバレ■11人いる! 121p
この作品は読み返さなくてもいいくらい一コマ一コマ憶えていた。
が、なぜこの本だけ見当たらないのか悔しくて再購入して読み返してみた。
思い出すに、おそらく初・萩尾望都作品。
たぶん同じ小学館の「ドラえもん」に入っていたチラシでこの文庫版の表紙イラストを見て、タイトルや絵柄に惹かれたんじゃなかったか。
おじさんになって読み返してみると、「エイリアン」「遊星からの物体X」「イベント・ホライゾン」など思い出すものもある。
そしてこれは続編で感想を強めるのだが……
■続11人いる!!東の地平・西の永遠 160p
かなりはっきり異文化交流の話なのだ。
発展と「未開」、信仰と文化、植民と異文化への憧れ、実際的に文明が齎されれば変革が内部からも起こる、など。
中島らもが「ガダラの豚」などでインプリントしてくれたものの見方を、実は萩尾望都も教えてくれていたのだ、とおじさんが振り返っての感想。
あと今回の感想としては、発表年が意外と早いことに驚き。初・SF長編なんだとか。
■タダとフロルのスペースストリート 32p
単純に嬉しい。
◇エッセイ―美少年とは何者か:中島らも(作家) -
購入済み
一度きりの大泉の話
萩尾先生から見た大泉の話が語られています。
口語らしい文章だなと思ったらインタビューから文字を書き起こしたようです。
ご本人が仰るように萩尾先生は人間関係の苦しい部分(嫉妬など)について少し鈍感なんだと思いました。素直で器用ではないけれど天才肌で、周りからしたら脅威に思われたのかもしれません。萩尾先生が傷つく結果(互いに傷つけあう結果)になったのは心が痛いです。
萩尾先生も竹宮先生も偉大な漫画家ですが、どこか対極にいるような性質で、面白かったです。おそらく竹宮先生はこの本を読むのだろうと思うと、今後の動向が気になります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1974
何度も読んだはずだが今回ようやく気付いたのが、キリスト教でいうユダとイエスの関係が重ねられているのだということ。
今までは少年愛、ギムナジウム、という意匠に、あっけなく惑わされ、いわば気軽に耽溺していたのだ。
なぜトーマは死んだのか。
ユーリが暴力に屈して信仰を捨て(かけ)たからこそ。
→八角形眼鏡のサイフリートは終盤突然差し挟まれた人物では決してなく、創世記でいう蛇的存在だった。
トーマはいわば身を徹してユーリを「正しい道」に引き戻したのだ。
いってみればユーリおまえ全員から愛されているんだぞ、と、作品の外から言ってやりたい。何度でも。
プレ作品である「11月のギムナジウム」と比べるとエーリクがコミカルな活躍をするのも、息抜きになって、よい。
が、個人的には少しスレた感じのオスカーが、ほんっとうによくてよくて。
思わず続けて「訪問者」を読んでしまった。 -
購入済み
生きることの肯定
夢中で読んじゃった!
感情の揺れ動く様を本当に繊細に描いています。
動揺しているときに手を掴まれ、肉体的な触れ合いによって気持ちが落ち着くところや、家族や仲間たちに対して怒ったり、また別な時には肯定的な感情を持ったりするところなど。
そういう揺れ動く心を持つ自分への許し、それから自分と同じように心を持つ他者への許しがこの作品のテーマだと感じました。
あとやっぱり、母。イグアナの娘しかり、母の心のしこりが子どもに影を落としているんですよね。母親も一人の人間なのに、母であることを強いられる悲哀。大人が子どもっぽくてもいいんです。役割をなぞるキャラクターではなく、かつて子どもだった一人の人間を描いてくれているのだから。