萩尾望都のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
萩尾望都の最高傑作。
男しか残っていない汚染された未来の地球が舞台。
メイヤードのキャラがいい。一見、冷酷そうな地球管理人、「市長、あなたにだって胸ぐらいつくれるんですから」と薄ら笑いを浮かべて、市長の不興を買うシーン、あの不適切発言、物語の最後で、自分のことだったのか自分を蔑んでいたからこその発言だったのか、と了解できる。そしてなんか泣いてしまう。
「マージナル」のプロトタイプといえる「スターレッド」にも、火星管理人の敵キャラがでてくるけど、本作のメイヤードはなんともいえないふくざつな翳りを帯びたキャラに仕上がっていて、萩尾作品のキャラのなかでも屈指の出来。 -
購入済み
見事です
個人的な感想です。
難関宇宙大学の最終試験は、漂流する宇宙船に受験生10人で乗り込み、受験生だけで53日無事に過ごすこと。しかし、乗り込んだ受験生は11人。
冒頭のSFな世界観から、惹き込まれます。
しかし、それは本作品の魅力の1つにすぎません。様々な生活環境で育ってきた受験生達が、それぞれグループ試験を通じてなにかに気づいていく、まるで良質な映画を見ているようでした。
私にとっては、再読でした。私が初めて読んだ時に、既に昔の作品扱いでした。今に続く漫画に影響を与えた作品の一つだと、言われているようです。
でも、そんな過ぎ去った出来事で褒めていいような作品では、ありません。
今、読んでも、類稀な名作だと感じます。 -
Posted by ブクログ
1970〜1972年、著者の萩尾望都さんは、上京して大泉にある二階建ての借家で暮らし始めた。同居人は竹宮惠子さん。
後に『大泉サロン』と呼ばれるようになる若手新鋭少女漫画家達の集まりである。
萩尾さんたちが暮らす家には多くの駆け出しの漫画家が集まってきた。二人の漫画家のアシスタントとしてだったり、遊びに来て漫画について語ったり。
24時間、いつだって漫画について語れる楽しい場所だった。はずなのに。
◇
この本には、萩尾望都さんの立場で、同居していた頃のことが書かれています。
この本を読む限り、萩尾さんの気持ちを考えると辛いです。
大泉の家に次々と若手の少女漫画家が集まって、沢山の作品を生み出し、様々な交流があって、萩尾さんも楽しい日々だったと回想していらっしゃいます。
貴重だった大泉での時間。その後上井草に引っ越して、さらに竹宮惠子さんから言われたことがきっかけで上井草も離れて、埼玉の緑深い田舎に引っ越したこと。
「個性のある創作家が二人、同じ家に住んではだめなのよ」
木原敏江さんのこの一言が全てではないのかなと思っています。
萩尾さんと竹宮さんの対立構図のように表面的に見えるけれど、お互い漫画家としてのリスペクトはあるのだと感じます。
そして道が離れてしまったことも、宿命であったのかもしれません。
萩尾さんの、もうそっとしておいてほしい、今は今で静かに過ごしたいという気持ちがなんとも……。
非常に難しいものだなあと辛くなりました。 -
無料版購入済み
凄い……!
とても面白かった
でも主人公があまりに可哀想
現実でも似た話は聞いたことがある
読んでるだけでも屈辱で、怒りで胸が悪くなった。
たくさん、傷ついてる人がいるんだろうな -
Posted by ブクログ
ポーの一族、ランプトンを模してエドガーが描かれた謎にせまる。
もう、最大の謎だったよね。
ランプトンを模した一連の絵によって、運命を狂わされ、最後の一枚を救うために、命を亡くした人がいる。
ポーの一族の話のなかで、一番切ないのはやっぱり「エディス」だと思う。
絵をエドガーに渡したあと、落ちていくアランの姿は、今でも網膜に焼き付いている。
と、前置きが長くなったけれど、再開したポーの一族は、結構人間臭いので、まぁこういうのもあるだろうなって展開で出会う。
相変わらずの空気の読めないアランがアランたらしめていて、すごいww
で、クエントン卿と、エドガーの在り方は、さもありなん、なのだけど、その周囲が騒がしい。
クエントン卿と幼馴染の人妻の話が、にぎやかしのようで本質をついてくるようで怖い。
早世したもう一人の幼馴染の存在が、なんとも不気味なのよね。
もう出会った瞬間から、クエントン卿はエドガーサイドにいくしかなかったのかしらって思うのである。
きっと、周りの人たちはそれを無意識に止めようとしている人だった気がする。
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Posted by ブクログ
ネタバレいろんな切り口の「訪問者」
自分がそこにいてもいいと思えることがどんなに重要で、切実な願いか。周りの人に愛してもらえることは勿論、「エッグ・スタンド」は政治的な存在自体の断罪まで言及される。
「愛も戦争も同じ」と語るラウル、生きている実感を伴うものがそのふたつだとしたら、愛そのものも恐ろしい。。「許している」ように見える彼らだって、所詮性的搾取者という地獄側面を持っており、まさに「すべてがきわどいところにある」。人間が人間を裁くことの限界を感じるけど、不条理でも誰かの許しが誰かの存在に間違いなくつながっていて、、涙
萩尾望都を読んでから「許し」についてよく考える。人間の持てる感情で一番すごいのは許しかもしれない -
Posted by ブクログ
ネタバレこれは、ある意味どんな漫画より萩尾望都がわかる本である。
そして、「アマデウス」をモーツァルト側から書いた本だなと思った。
竹宮さんも優れた才能の持ち主である。
しかし、萩尾望都は天才であって、その能力を誰よりもわかっていたのも竹宮さんではなかったか。
そして、増山さんという漫画のミューズのような人がいて、二人に影響を与え、そのため二人が似た題材で描くことになった。もちろんパクったとかパクられたとかいうことはない。それは竹宮さんもわかっているだろう。作家として持っているものが全く違うので同じヨーロッパの寄宿舎の少年たちを描いても、全く違う作品なのは読めば明らかなのだが、(同じ情報を得た芸術家がそれをどう自分のものにして表現するか、比較するのも興味深いと思う)パッと見似ているのは否定できない。
そして、努力の秀才である竹宮さんが、これ以上一緒にいたら、似た題材で萩尾さんが自分より明らかに優れた作品を描く可能性があることに、言いしれぬ恐怖を感じたことは想像に難くない。竹宮さんの本を読んでいないので想像だけど、それは「嫉妬」以上のものであったと思う。
凡人としてはどちらかといえば竹宮さんの心情の方が理解できるのである。
しかし、こちらはモーツァルトがいかに苦しんだかが語られている。そこが、衝撃だった。
天才でも努力しているし、作品への思い入れだってある。プライドもある。ただこのモーツァルトは、悪気は欠片もなく、とてつもなく繊細で、正直で、優しい人なのである。(そこが作品の魅力にもなっているのだが。)自分の才能を信じて人がなんと言おうと意に介せず生きていける人なら、これ程苦しまなかっただろう。
これはどちらが悪いというわけでなく、同じ分野に才能のある、ほぼ同じ年齢の人たちが、同時期に同じ場所にいたことで起こってしまった悲劇である。
もし、時代や年齢や場所がずれていたら、起こらなかっただろう。
萩尾さんは、竹宮さんと別れてから彼女の作品は全く読まず、噂さえ耳に入れることを恐れ、会う可能性を徹底的に排除し(それは貴重な体験や出会いを諦めることでもあった)生きてきた。萩尾さんほどの才能のある方がそんな苦しみを持ち続けていたことにショックを受ける。
しかし、竹宮さんは萩尾さんの作品を一つ残らず読んだんじゃないか。そんな気がする。
そして、老境にさしかかった今、自分と萩尾さんの持っているものの違いについてより冷静に判断できるようになり、萩尾さんの才能も認め、もう一度会えたらと願っているのではないかと思う。
けれども、萩尾さんの傷ついた心は癒えることはなく、おそらくこのまま会うことはないだろう。
それは、もう、仕方ない。こんなことがあったと残っただけでも、ファンとしては喜ばないと。
それにしても、深い教養と優れたインスピレーションを持ちながら、漫画家になることなく、原作者として名前を残すこともなく消えていった増山さんという人、皆を冷静に見ていた城さん、辛辣な佐藤史生、山岸凉子、木原敏江ら漫画史に名を残す作家、役者が揃いすぎていて、ドラマにしたくなるのはよくわかる。
本書には未公開の萩尾さんのスケッチも多数あり、とても貴重な本。
昔少女漫画を熱心に読んだ人なら、見ただけで作品を思い出す懐かしい名前がたくさんでてくる。
山岸凉子と大島弓子についても、是非その生い立ちから人柄、エピソード、作品などについて、近しい方が記録を残しておいて欲しいと思う。
萩尾さんの作品が素晴らしいのは、この感性があるからで、「何十年も経ってるのにこんなこと書くな」なんて言う人は作品をちゃんと読んだことのない人なので、気にしないで欲しい。これが読めて本当によかった、書いてくださってありがとうございます、という気持ち。 -
Posted by ブクログ
「ポーの一族」や「トーマの心臓」他、多数の名作を生みだしたレジェンド漫画家の半生記、交遊録、そして悲痛な心の叫びを記した衝撃の一冊。
読む前は、著者が若いころを過ごした東京都練馬区大泉時代の懐かしく、楽しい時代の、「トキワ荘」タイプのエッセイだろうと思っていたら、全く正反対のものだった。
1970年代前半に同居までしていた竹宮恵子とは、現在に至るまで絶縁状態(!!)であること、著者自身はBLには興味がなく(!!)、ただ少年をキャラクターにした方が、少女を使うよりも話を進めやすいから使っているだけのことだとか、触れてほしくない大泉時代の話を最近やたら聞かれたり、ドラマ化したい等のオファーが絶えず、日常生活に支障きたし始めたので本書を出すことでその回答としたい、等々驚嘆する内容が満載。
寡聞にして、両巨頭の関係がそのようなことになっていたとは本書を読むまで全く知らなかったため、ただただ驚いたのと、悲しい気持ちになった。
なぜ、そのような断絶状態になったかは本書をご覧いただくとして、お二人の関係がいつか修復され、できれば共作の発表等があることを強く祈るばかりである。