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出会いと別れの“大泉時代”を、現在の心境もこめて綴った70年代回想録。
「ちょっと暗めの部分もあるお話 ―― 日記というか記録です。
人生にはいろんな出会いがあります。
これは私の出会った方との交友が失われた人間関係失敗談です」
――私は一切を忘れて考えないようにしてきました。考えると苦しいし、眠れず食べられず目が見えず、体調不良になるからです。忘れれば呼吸ができました。体を動かし仕事もできました。前に進めました。
これはプライベートなことなので、いろいろ聞かれたくなくて、私は田舎に引っ越した本当の理由については、編集者に対しても、友人に対しても、誰に対しても、ずっと沈黙をしてきました。ただ忘れてコツコツと仕事を続けました。そして年月が過ぎました。静かに過ぎるはずでした。
しかし今回は、その当時の大泉のこと、ずっと沈黙していた理由や、お別れした経緯などを初めてお話しようと思います。
(「前書き」より)
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Posted by ブクログ
1970〜1972年、著者の萩尾望都さんは、上京して大泉にある二階建ての借家で暮らし始めた。同居人は竹宮惠子さん。
後に『大泉サロン』と呼ばれるようになる若手新鋭少女漫画家達の集まりである。
萩尾さんたちが暮らす家には多くの駆け出しの漫画家が集まってきた。二人の漫画家のアシスタントとしてだったり、遊びに来て漫画について語ったり。
24時間、いつだって漫画について語れる楽しい場所だった。はずなのに。
◇
この本には、萩尾望都さんの立場で、同居していた頃のことが書かれています。
この本を読む限り、萩尾さんの気持ちを考えると辛いです。
大泉の家に次々と若手の少女漫画家が集まって、沢山の作品を生み出し、様々な交流があって、萩尾さんも楽しい日々だったと回想していらっしゃいます。
貴重だった大泉での時間。その後上井草に引っ越して、さらに竹宮惠子さんから言われたことがきっかけで上井草も離れて、埼玉の緑深い田舎に引っ越したこと。
「個性のある創作家が二人、同じ家に住んではだめなのよ」
木原敏江さんのこの一言が全てではないのかなと思っています。
萩尾さんと竹宮さんの対立構図のように表面的に見えるけれど、お互い漫画家としてのリスペクトはあるのだと感じます。
そして道が離れてしまったことも、宿命であったのかもしれません。
萩尾さんの、もうそっとしておいてほしい、今は今で静かに過ごしたいという気持ちがなんとも……。
非常に難しいものだなあと辛くなりました。
Posted by ブクログ
「少年の名はジルベール」関連で読みました。少女マンガ界の巨匠2人の確執って、言っていいのかな?それを萩尾氏サイドから語る内容。「よく書いたな、コレ」って思うほど、衝撃的な内容でした。あえて、この内容で出版する、書籍という形に残すっていうのは、相当な覚悟をして臨んだんだろうな、と。
その竹宮惠子との確執というか「大泉サロン」の終焉の顛末とは別に、萩尾氏が両親の反対を押し切って、福岡の大牟田から上京しマンガ家を目指す経緯も語られていて、こちらもすごく興味深かったです。
萩尾氏とにこは、年齢は20歳ほど離れているわけで、にこがマンガを読み始めた頃、1970年代の半ばには、もう第一線で活躍されていて、小学生の頃『スターレッド』とか読んでました。応募者全員サービスでもらったクリアファイル、まだ持っています。当時、マンガの地位は今とは比べ物にならないくらい、低かった。熱狂的なファン層があったものの、どこか弾圧される宗教を信仰するような、そんなノリがあった。だから、萩尾氏がマンガ家を志して上京するぜってなときに、実家がどれだけ反対したであろうかは、もう………。この萩尾氏とご両親について語られたことが、とても心に残ります。なんというか、萩尾氏に同情したくなるというか。
マンガ家として成功し、実家に取材がくるまでになった。あんだけ反対してた母親が手のひらを返したように「昔から応援してた」的なことを言ってる。後日、母と会った際に「昔は反対してたのに、なんで応援してたとか言ったと?」的に問い質すと「(応援しとったとか)そんなこと、言ってない」と、まぁすぐにばれる、ミエミエの嘘をつくんですな、母親が。あぁ、このときの萩尾氏の気持ちを思うと。救われないというか、失望するというか、なんなんだコイツ的な。共感度MAX。
あぁ、『メッシュ』のシリーズとか『銀の三角』とか、読み返したくなってきた。
でも、アホな親に断りなしに捨てられて、もう手元に無いのである。
「なんで捨てたと?」って訊いても「あんたがいいってゆうたけん」って。
ミエミエの苦し紛れの嘘をつかれたものさ。
Posted by ブクログ
「ポーの一族」や「トーマの心臓」他、多数の名作を生みだしたレジェンド漫画家の半生記、交遊録、そして悲痛な心の叫びを記した衝撃の一冊。
読む前は、著者が若いころを過ごした東京都練馬区大泉時代の懐かしく、楽しい時代の、「トキワ荘」タイプのエッセイだろうと思っていたら、全く正反対のものだった。
1970年代前半に同居までしていた竹宮恵子とは、現在に至るまで絶縁状態(!!)であること、著者自身はBLには興味がなく(!!)、ただ少年をキャラクターにした方が、少女を使うよりも話を進めやすいから使っているだけのことだとか、触れてほしくない大泉時代の話を最近やたら聞かれたり、ドラマ化したい等のオファーが絶えず、日常生活に支障きたし始めたので本書を出すことでその回答としたい、等々驚嘆する内容が満載。
寡聞にして、両巨頭の関係がそのようなことになっていたとは本書を読むまで全く知らなかったため、ただただ驚いたのと、悲しい気持ちになった。
なぜ、そのような断絶状態になったかは本書をご覧いただくとして、お二人の関係がいつか修復され、できれば共作の発表等があることを強く祈るばかりである。
Posted by ブクログ
こんなに痛々しく、こんなに強靭な想いに満ち溢れた本には出合ったことないかもしれません。それもメディアに対して大泉時代の話は今後一切受け付けない、という意思表明のメッセージを発信するための、作者が現在必要としている機能を果たすべく生まれた本です。そういう意味では、一度きりの「大泉の話」であると同時に、「一度きりの大泉」の話でもあるのです。手塚治虫がマンガに持ち込んだドラマツルギーを萩尾望都や竹宮恵子の団塊の世代の女性作家たちが少女マンガに持ち込んだ…的なフレームワーク的な分析がいかに平面的で定型的か、ということを思い知らされました。創作はいつだってひとりひとり個人的な熱情の発露なのですね。もちろん、作者自身が改めて整理しているようにあちら側の竹宮恵子や増山法恵(今回、初めて知った人)は大きなパースペクティブで「少女漫画革命」を志向していたのかも知れませんが、萩尾望都はそういう運動論でクリエーションしていたのではない、その違いは大きいのだと知りました。それが京都芸術精華大学の学長になる才能と、クリエイターであり続ける後年の人生の違いなのかもしれません。天才、秀才という分け方も紋切型かもしれないけど、そういう単語も感じました。もしかしたら、竹宮恵子は才能のありすぎるサリエリだったのかもしれませんね。彼女の本も読まなくてはなりません。排他的独占愛、という萩尾望都が長い時間をかけてたどり着いた大泉時代の終わりを理解のためのキーワードも、もしかしたら創作のエネルギーとして必要なことかもしれません。「お付き合いがありません」この圧倒的拒絶により自分のワールドを守ろうとする萩尾望都のピュアさのエネルギーもものすごいですが…ユーミンが歌う「♪時はいつの日にも親切な友だち、過ぎていく昨日を物語に変える♪」ではない現在進行形の痛切な叫びが本書でした。嫉妬と拒絶、これがあるから少女マンガが少女たちの心をとらえた、というこれまたステレオタイプの思いも浮かびますが、もしろ少年マンガの夢の砦であるトキワ荘も部活的意味合いだけでなく、もっと個人的物語に再解体しなくてはならないのかも、とも思いました。
一度きりの大泉の話
萩尾先生から見た大泉の話が語られています。
口語らしい文章だなと思ったらインタビューから文字を書き起こしたようです。
ご本人が仰るように萩尾先生は人間関係の苦しい部分(嫉妬など)について少し鈍感なんだと思いました。素直で器用ではないけれど天才肌で、周りからしたら脅威に思われたのかもしれません。萩尾先生が傷つく結果(互いに傷つけあう結果)になったのは心が痛いです。
萩尾先生も竹宮先生も偉大な漫画家ですが、どこか対極にいるような性質で、面白かったです。おそらく竹宮先生はこの本を読むのだろうと思うと、今後の動向が気になります。
Posted by ブクログ
日本少女漫画界の大巨星・萩尾望都御大の自叙伝が出ると聞いて、
喜び勇んで予約したものの、
発売を待つ間に何やら不穏な気配を感じた。
読み始めてじきに、嫌な予感が的中したのを察した。
新人時代の慌ただしくも楽しかった青春の日々――
といった話ではなく
(もちろん愉快なエピソードも回顧されてはいるが)、
反芻すればするほど苦くて辛い出来事の記録なのだった。
これから読もうとする人のために、細かい点には触れないが、
オモー様の価値観、物事の捉え方・考え方、また、
それらに基づく反応の仕方に強く共感した。
例えば p.265、
> 私は何か言われて、不快でも反論せずに
> 黙ってしまう癖があります。
> それは不快という感情と共に、強い怒りが伴うので、
> 自分で自分の感情のコントロールが
> できなくなってしまうのです。
> 感情は熱を持ち、一気に暴走列車のようになり、
> 自分で持て余してしまいます。
> この感情はきっと大事故を起こす。
> 怖くなって、押さえ込み、黙ってしまう方を取ります。
> 冷静に反論する練習をすればいいのでしょうが、
> なかなかうまくいきません。
ああ、わかるなぁ。
芸術家と呼ばれる人たちの中に、
多弁・能弁でセルフブランディングが得意な人物と、
不得手な人物がいるとすれば、
私は後者に好感を抱くし、応援したいと思う次第。
それから、本書を通読して、
何故自分が(自慢できるほどちゃんとした読者ではないけれども)
萩尾作品が好きなのか、理由の一部を再確認した。
勝者の物語にほとんど興味がなく、
悩める人々が自らの苦悩とある程度折り合いをつけながらも、
やはり悩み続けて生きていくストーリーに
共鳴するからなのだ――と。
未読の初期作品にもアタックしようかな。
Posted by ブクログ
萩尾望都先生の作品が大好きで読んでみました。当時の少女漫画家の立場や時代がとても細かく描かれていました。そして大泉時代の話がこんなに知れるなんて…!とファンとしての喜びはありつつ、ひとりの人間として辛い期間を過ごされていたのだなと感じると、少し自分と重なる部分もあり(烏滸がましいですが)涙が出る部分がありました。
萩尾先生の漫画からずっと言語化が素敵な人だなと思っていましたが、やはり温かみのある文章とクスっと笑えるようなユーモアを持ち合わせている素敵な方だと改めて感じました。萩尾先生のファンはぜひ読んでほしいですし、昭和時代の少女漫画家についても知れるのでかなり読み応えがあります!
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