澁澤龍彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
一度読んだんですけど、何度も読み返せるおもしろさがあると思うんですよね。しかも、どっから読んでもいいってのもイイ。
澁澤の前口上から少し。。。
それにしても、不思議を楽しむ精神とは、いったい何であろうか。おそらく、いつまでも若々しさを失わない別名ではなかろうか。驚いたり楽しんだりすることができるのも一つの能力であり、これには独特な技術が必要なのだということを、私はここで強調しておきたい〜略
不思議を楽しめる能力を持つ澁澤龍彦氏が、古今東西から選りすぐった不思議物語なんですから、おもしろくないはずがありませんです。短いエッセイの中にはたくさんのエッセンスが詰め込まれています。もうホントに「へぇ〜」の連続。
私はこの人のエッセイが好きです。全部は読んでいないし、時に退屈なものもありますが。。。
彼は人並みはずれた知性と考察力に加え、ユ−モアがあると思うのです。自身にユ−モアがあるだけでなく、人にその知識を堅苦しくなく楽しくみせてくれる才能も持ち合わせている稀有な人でもある気がいたします。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ勃起不可避
前半は興奮で読むのが辛かった
主人公の女性がある日恋人に屋敷に連れていかれる
そこでは発言権もなければ、男性を自由に見ても行けないし、自分の精神と体に関する自由を奪われる
そして規則に逆らえばムチ打ちになる
その屋敷を通して、まるで汎神論のように全ての苦痛は彼が望んでいること、つまりこの下男の手は彼の手で、鞭は彼の鞭なのだと感じるようになり
自分を観察する彼の視線にも喜びを感じ始める
その屋敷から出ても、従属の証として下着の着用禁止と、脱ぎやすい服装という制約に加えて、その館に属すもの全員の所有物であるという印として指輪が付けられる
ある日彼のルネは彼女を異母兄弟の紳士に紹介する
紳士に畏怖を抱きつつも、ルネのみを愛していると思っていた主人公は、紳士の命令に背き、反抗的だった
しかし紳士はその反抗心が、本当は紳士に心を引かれていたり、従属すること、鞭打たれること、大勢の男に求められ価値を確認する喜びがあることなどの、主人公の本心を隠すためのものであることを見抜いていた
館では、主人公は受動的でいるだけでそれらの耽美な快楽を教授できたが、紳士の前では自らの羞恥心を克服し、能動的に従属しなければならない
主人公はここに、プライドとも言える反抗心を抱いていた
というのも、彼女は過去に自慰行為をする友人を見下していたり
同性の友人を性的に屈服させることによって、自らの力を確認したり、その美しさの内奥に同族として鏡写しになっている自らもの美しさを確認する性癖があったからだ
しかし、鞭に打たれ、ルネに何度も所有権が写っていることをしらされて、とうとう紳士に屈服した
もはや恥じらいもなくなり、ドレイとして一皮むけたところで、主人公の職場にいる美しいスラブ系の少女、ジャクリーヌを館に連れていくように命令され
ジャクリーヌの美しさにも、紳士に抱いたように畏怖を抱いていた主人公は、この命令には消極的だった
主人公は紳士にもう一段階調教を施され、数日間淑女の館に招待されることになった
そこでは最初の屋敷のように、首輪や足輪をつけた女性がいたが
屋敷とは違い全裸で、また怠惰を貪っていた
しかしムチ打ちも、晒し系も行われてはいた
そこで主人公は、コルセットでクビレを矯正し、臀に紳士の名を焼刻み、腹に穴を開け輪を通してそこにも紳士の名の入ったプレートと、鎖を垂らした
ジャクリーヌに見られることを恥じていたが、この屋敷の後では主人公はもう開き直った
そしてジャクリーヌは、いつの間にか主人公との愛情が希薄になってしまっていたルネに惚れられていて、2人は肉体関係にもあった
ルネとジャクリーヌ、紳士と主人公、そして亡命してきたロシア人が集う騒々しくて悲観的なアパートから母の推薦で逃げるように姉に着いてきたジャクリーヌの妹でバカンスへ行くことになった
そこでは特に変わったことはおこらず、各々が各々の快楽を堪能していた
ジャクリーヌと主人公との性行為は、隣の部屋の紳士によって全てが監視されていた
最初の方はジャクリーヌに対する畏敬の念から明け渡すことに内心反対していた主人公も、名前を焼かれてからは、いつの間にかジャクリーヌをこうして監視させることや、屋敷に連れて行かせることに協力的だった
そしてこの性行為は、ジャクリーヌの妹にも目撃されていて、ジャクリーヌの妹は主人公に惚れてしまった
しかし彼女はまだ15歳であるため、この一行の行為に参加させることはできない
そのため、主人公のことを常に観察する役割を与えられた
最後の物語が動き出す
主人公はルネがジャクリーヌのことを好きだということにもはや無感動で、むしろ、ルネがジャクリーヌを手にいれられないことによって以前より窮屈に振舞っていることにやきもきしていた
ジャクリーヌと主人公が、ジャクリーヌを撮影した映画監督と昼食を共にしている時のことだ
ジャクリーヌが映画監督といい雰囲気だったため、主人公がルネを引き合いに出してそのことを指摘する
すると主人公が足を組んでいるところをジャクリーヌにからかわれる(指輪を付けているものは足を常に開いてなくては行けない)
両者が弱みを握りあった状態で、家にもどるとちょうどルネがいた
ジャクリーヌは主人公がルールを守らず足を組んでいたことを告げ口したばかりではなく、男性に色目を使っていると嘘をついた
主人公は否定し、ジャクリーヌに殴りかかろうとする
それを、ジャクリーヌのことだけを見ながらルネが止めてくる
そこに紳士が入ってきて、主人公のことだけを見ながらルネに解放するよう指示し、主人公を部屋に招く
そこでは小太りの男性がいて、舞踏会招かれる
その舞踏会で主人公は、ジャクリーヌの妹に連れられ、紳士の視線を当てられながら、まるで奇怪な彫像のように人々の奇異の目に晒され、触られる
そして最後のページに、「主人公が紳士に捨てられ自死した」ということだけ書かれ、物語は終わる(なんでここは結末だけ書かれて内容が削除されたんだ?)
第1部と第2部ではサドマゾに対する主人公の精神性が大きく変化しているように感じた
第1部では、あくまでも恋人が望むからするという、恋愛のための手段でしかなかった
しかし第2部では、主人がルネから紳士にうつり、主人に対する描写が減り、匿名性が高くなった
それとは対照的に自己に与えられる京楽の描写が増えた
そのことから、主人公はもはや手段ではなく目的として、サドマゾ行為をそれ自体として楽しんでいたと捉えて問題ないんじゃないか
きっと第3部でも、直前の舞踏会でマゾとしての主人公の対象化が行われていたし、主人に捨てられて捨てるという、マゾの放棄に絶望して自害することが仄めかされていたから、精神性がもう一段階の変化を遂げただろうに
読めなくて惜しい
小説でここまで性的なものを、さらには文学的に楽しめるとは思っていなかったため、自分の小説歴に革命が怒った気がする
サド公爵とかも読んでみたい -
Posted by ブクログ
作品紹介・あらすじ
あやかしの少女と人形、餓死した少女の屍体を写し取る画家、恋人の金魚に嫉妬する男、大海を漂う亡者たちの船……
物語作家・澁澤龍彦の精髄を収めた〈女妖について〉、雑誌「幻想文学」に寄稿した評論、関連エッセイを網羅した〈書妖について〉、幼年期を過ごした東京・田端や思い出深い鎌倉など土地にまつわる記憶を綴った〈地妖について〉の三章立てで、ドラコニアの世界を味わうオリジナルアンソロジー。
文豪怪異小品シリーズ、第十四弾。
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久しぶりに読む澁澤龍彥。
「高丘親王航海記」「ねむり姫」「唐草物語」などは非常に面白く読み終えた記憶がある。特に「高丘親王航海記」は「無人島に持っていくならどの10冊」なんて問いがあったら、まず選ぶと思う。
そんな大好きな作家のアンソロジーなのだけれど、これがどうにも期待外れだった。
本書は大きく3つの括り、すなわち「女妖について」「書妖について」「地妖について」に分かれているのだけれど、「女妖について」以外はエッセイや対談、彼が携わった日本の幻想文学専門の雑誌「幻想文学」における「幻想文学新人賞」の選評などが掲載されている。選評などはまだ幻想文学に関連する内容だとしても、「地妖について」などは乱暴な言い方をすれば「エッセイ:鎌倉に住んで」といった趣で、幻想文学との直接的な関係は希薄に感じられた。
「女妖について」は全体の約3分の2を占めているので、幻想小説のアンソロジーとして申し分ないのかもしれないけれど、本書のタイトルが「深夜の祝祭 澁澤龍彥怪異小品集」なのだから、やはり「怪異小品」としては「書妖について」「地妖について」はどうなのだろう、と疑問に思ってしまった。この2つの括りも決してつまらない内容ではないのだけれど。もちろん澁澤龍彦の作品自体に不満があるわけではなく、アンソロジーの編纂の仕方に違和を感じてしまった。 -
Posted by ブクログ
元々が新聞連載だったので、過度に専門的にならず一つのテーマが短いので電車通勤の中で読むのにちょうど良い。
一話一話に必ず挿絵がついているのが嬉しいのだが、その挿絵が少々エログロに寄っているので電車の中だと多少恥ずかしい笑
澁澤龍彦と言うと、個人的には西洋の黒魔術とか魔女とか幻想譚に強いイメージがあったが、ここでは正しく東西バランスよく取り上げてある。
アマゾネスは弓を引くのに邪魔になるため、右の乳房を切除してしまうのは全く知らなかった。このようなお話が49話紹介されています。この本は処分せずに取っておいてたまには拾い読みしたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
プリニウス愛に溢れる澁澤さんの痛快なエッセイ集。『博物誌』を書いたプリニウスというひとは、いろんなひとの書物を引っ張ってきて、古今東西の生き物や、それらの不可思議な生態やらなんやらについて記述しているらしい。
澁澤さんのエッセイや小説も、いろいろな人が書いた様々な書物に依拠するものが多い。原典があるならば、それはパクリではないか?と思う方もおられるかもしれないが、澁澤さんは自分の文章で何かを引用したり元にしたりした場合、必ずその典拠を示すし、たとえ批評していたとしても原作へのリスペクトを忘れない。そしてそれは澁澤さんの知識の豊かさを裏付けることにもなっている。
そういう点でも両者は大いに通じるところがあるし、澁澤さんはプリニウスのことを「めちゃくちゃだ」と言いながら彼のことを心底面白がっていて、そこに愛を感じる。そんな澁澤さんの文章を、私もまた楽しんで読んだ。 -
Posted by ブクログ
軽妙な語り口なのに
クセが強い
という相反する性質を纏う澁澤語の
まぁ~、相変わらず読みづらいこと(誉めてる)。
久々に彼の言葉を読みましたが
「やっぱ読みづれぇなぁ!笑」
が第一の感想です。
それもこれも、澁澤の脳内ウィキペディアリンクが次々と無尽蔵に開かれるからであって
凡人には話についていくのがやっとでございます。
エッセイや書評、インタビューなどから「いかにも澁澤」なパーツを寄せ集めたものなので
澁澤初挑戦の方にピッタリです。
あくまでもこちらは「澁澤カタログ」本であって
彼の本来の魅力に触れるなら、やはり原本にあたるのがよろしいかと考えます。
そんなわけで★3つ。