澁澤龍彦のレビュー一覧
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ネタバレ【あらすじ】世の中いやになったのでひきこもっていろいろ連想を働かせていたら躰を壊しちゃいました。ああ、いやだなあ。
【笑えたところ】インテリアへの異様なこだわり。ひきこもりだから。
文学への衒学趣味は完璧。あ、でも忘れてた、音楽にもまずまずこだわりあるんだよーとエクスキューズ。その必死さ。
いわば趣味ブログ。私ってこんな高尚な趣味なんですよーとアピっている。
しょうもないが嫌いになれないパーソナリティ。
それは亀の甲羅へ宝石を象嵌させたり、酒の組み合わせを口中オルガンと見做したりするような、一種の諧謔による。
神経の病と腐肉への偏愛も。
想像力による現実の塗り替え。の、勝利と敗北。
貴族/ブルジョア/カトリック(の堕落)
「あれはみんな梅毒なんだな」
うん。この一言に尽きる。 -
Posted by ブクログ
二十年以上ぶりに紐解く。まだ文庫といえば岩波か新潮くらいしか読むものはなく、だんだん文庫化が多くなった時代のころ。澁澤といえば、中学の頃は、なけなしのお小遣をためて、またあの素敵な装丁をなんだかこそこそ買っていたのを思い出す。
本に何も書かないほうなのに1989の一月の日付をスタンプしている(笑)
引っ越す度にでも古本にだしていないのは、文庫だからかしらん。
挿絵もよく、女の子だった私には馴染みの多いものでしたが、これを読んだときは、教訓が面白かったのを思い出します。 まさか刺繍を再開しはじめてまた手にとるとは思わなかったけれど…。
近々またお墓参り行こうっと。 -
Posted by ブクログ
読んだー!読んだどー!!!
ああ、嬉しや・・・世界の名著、そのエロさで有名な「O嬢の物語」!
そういう世間の“おすすめ本”を読んだってだけで嬉しくなる。
でもこの本は、そういうの抜きに、わたしからもおすすめします!
エロさでゆうと「エマニュエル夫人」も有名だけど、どこかで「O嬢」も聞いたことがあって、本屋で見かけた時に文庫サイズでそこまで分厚くないのを見て「挑戦できるかな?」と買ったものの“ツンドク”こと約1年・・・
あれって駄目ね。前書きがやたらと難しすぎて、飛ばし読みすることが出来ないタイプの人は、なんかもうそこで躓いちゃうんだもん。
で、長らく読み進めなかったことを後悔したのはようやっと本編に入った時。
衝撃でした・・・。
「O嬢」は今から約60年前に出た本なんだけど、当時だから性的表現が問題になったのね。とか、そんなレベルじゃない凄さ。
現代社会でも十分問題です。
え!そこまで書くの?という、肉体の生々しさはもちろん、なんでそこまで書けるの?という、精神世界の生々しさ。
人を飼う、人に飼われるということ。恐怖、悦楽、嫉妬、静謐・・・
生々しいんだけど、翻訳だからなのか元々筆者がそうなのか、文体が客観的で疲れることはない。
ただひたすらその世界観に驚かされ、そして考えさせられる。
もちろん物語としても読むのに十分魅力的だし、自身を一度解体し、見つめなおしたい時に哲学的に読むこともできる。
内容や表紙、年代の古さでそっぽを向いてしまうにはあまりにももったいない作品。
続きで「ロワッシイへの帰還」という本が出ているらしいからぜひ読んでみたいんだけど、翻訳はあるのかしら・・・
確実に、次の本へと進む扉を開いてくれた本でした。感謝。 -
Posted by ブクログ
ルクレチア・ボルジア、エリザベト・バートリなど、史上名高い悪女たちの魔性にみいられた悪虐非道の生涯を物語りながら、女の本性、悪の本質を浮き彫りにするベストセラー・エッセイ集。
とのこと。
ていうか1982年か・・・、古い!w
残虐な行為の数々と肉欲と狂気の所業に読んでて想像しすぎて気持ち悪くなりますが、時代を問わず人間の残酷さが出ていて面白い。
中世ヨーロッパが多いが、当時の退廃的な風俗も知ることができてとても興味深い。
あとローマ人の物語で読んだアグリッピナとクレオパトラが、本書で描かれているものと結構違う部分もある。
それは執筆された時代や資料や解釈や著者によるものであり、歴史学の難しさと面白さが味わえた。
特にルネサンス頃は乱れた風俗といっているが、著者がいうように現在では当たり前だったり、逆に驚くようなことがあったり、風俗や文化・常識というのは本当に時代文化によって変わるんだなあということをまた強く思った。
昔のキリスト教会によると堕胎、口淫、鶏姦、近親相姦は処刑になるような罪だったらしいが、堕胎や口淫や鶏姦は現在では普通に(?)行われているし、近親相姦はそれこそレヴィ・ストロースをはじめとした文化人類学によって文化によるその範疇の差が報告されている。
日本だって戦前の田舎とかには夜這いや乱婚があったみたいだし、年寄りがいつの時代も文化の退廃を嘆くけど、色んな風俗があって面白いと個人的には思ってしまうし、今の日本の文化や風俗もあながち嫌いじゃなかったりする。
まあそれにしても「16世紀イングランドでコッドピース(股嚢)というズボンの股に袋があり、男性はそれの大きさを競った」っていうのは今でいう女性の胸みたいなもんだし、なんとなく男には理解できてしまうので笑ってしまった。
以下メモ
14~15世紀のイタリアはきわめて享楽的な気風。
ヴァルラ『快楽論』には「処女性というものは自然に反するものだから、いつまでも処女を守っているのは不道徳であり、罪悪である」
当時の有名な才色兼備の娼婦イムペリアが26歳の若さで死んだときには、ローマ市をあげての盛大な葬儀が営まれ、サンタ・グレゴリア礼拝堂にりっぱな墓が建てられた。娼婦は貴婦人と同じように、高い教養を誇り、貴族社会に自由に出入りしていた。
ルネッサンス当時の法王庁内は異教主義的、自由主義的雰囲気で、ヴァチカン宮殿の内部に音楽家や、芸人や、俳優や、娼婦などを集めて、派手な宴会がひらかれたりすることもしばしば。法王アレキサンデル6世も若い頃ひそかに情婦を囲っていた。
メアリ・スチュアート「自己濫費の天才」
ボスウェルが彼女の誇り、自身、理性を粉微塵に打ち砕き、支配される喜びを花開かせた。献身という新しいエクスタシー。 -
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今や西欧という言葉も文芸という言葉も死語でしょう。
加えて批評という言葉には昨今、「作品を創ることが出来ない人間の無責任な言動」という、悪い印象がついてしまった。
そんな死語と悪印象の単語を並べた1冊ですが、この本は今こそ読まれるべき1冊となっています。
西欧文芸の批評集成と題されていますが、澁澤さんの趣味通り、語られるのは文学の本流というより、幻想、暗黒、怪奇の文学と悪魔、異端、デカダン、黒いエロスについてです。
でもあらゆる芸術とは結局、「一つのスキャンダルであり裂け目であって、耐えがたい異常なものの現実世界への侵入である@ロジェ・カイヨウ」
ということです。
そこに感じるのは戦慄であり
「戦慄こそ人間の最も深い精神の部分だ。
いくら世間が戦慄を忘れさせ、人間を無感動な生き物にしようとも、
戦慄に打たれた人間こそ、途方もないものを深く感じとることができるのだ@ゲーテ著、ファウスト」ということなのです。
だからその芸術が先鋭化するほど社会とは対立する。
我々はそれを守らなければならない。
人をうわさする以外、なんの興味も持てないような退屈な規制好きの人間に、表現の沃野を荒らされてはならない。
そうなれば、虚構の中で奪われた闇が、やがて現実世界に滲んでくるからです。
人間をフラットに、明るい面だけの存在と規定し、暗黒面の一切の身ぐるみを剥がそうとした時、時代は常に惨劇が演じられる劇場となったのです。
ps
私はこの本を特に萌え系アニメのファンにおススメしたい。
近代文学における世紀末の魔女崇拝。
その開祖となったボードレールの人工物崇拝、冷感性の崇拝は、今の二次元萌えと密接な関係があるのではないか、と考えるからです。
「ピカビアのごときは、機械の部品の組み合わせによって、女のイメージを表現することに奇妙な熱中をしめした。
女はそのまま機械であり、エロティシズムはメカニズムに還元される。
逆に言えば、機械は女以上の女、自然の女よりはるかに優れた人工の女だということになる。ここから夢想を体現した未来のイヴという観念が生ずる」
とあります。
どうでしょう。
今の二次元萌えを予言していませんか?