警視庁捜査1課。刑事なら誰もが憧れる捜査の花形だ。念願叶ってその一員に加わった花菱朝彦だったが、生来のガサツさが災いしてか失敗続き。とうとう異動の憂き目に遭った。
依願退職も覚悟した花菱が受けた辞令は、刑事部割烹課勤務。初めて聞く部署名。フロアは存在さえ知らない地下4階。戸惑いつつもそこに向かった花菱が見たものは!?
図らずも料理人としての修業と刑事としての潜入捜査をすることになった花菱の活躍を描くドタバタ警察コメディ。
◇
月曜朝7時半。警視庁本部庁舎6階の刑事部強行班フロアに入った花菱朝彦は、さっそく上司の大河から声をかけられた。
「ジョーズが呼んでる。行ってこい」
覚悟していたこととは言え、大河のため息混じりのことばに花菱は、重い足を引きずるように上手茂明管理官のデスクへ向かった。
上手管理官はマグカップに注いだこだわりのコーヒーをひと口飲み、
「さっき人事から報せがあったよ。君は異動になる」
と告げた。そして言いにくそうに
「普通は1週間後だが …… 、悪いが今日付けだ。向こうがそう望んでいてね」
と付け加えた。
「わかっております。なにもかも俺の不行き届きのせいですから」
そう花菱はしおらしく言って
「長いあいだありがとうございました。長年の夢だった刑事をこんな形で辞めることになるとは思ってもいませんでした」
と頭を下げた。
すると上手管理官は、
「いや君は辞めることはないんだ」
と意外なことを言った。そして戸惑う花菱に管理官が手渡した辞令。そこには、
巡査部長 花菱朝彦を
割烹課所属とする
と書かれていた。 ( 第1話「フグに当たった男」) ※全3話。
* * * * *
警視庁。警察庁の直接管轄下に置かれ、首都の安全を守る警察組織であるということは誰もが知っている。だが、その本部庁舎地下4階に割烹があることは知られていない。
その謎めいた割烹は、割烹課という警視庁刑事部のれっきとしたいち部署で、運営するのはもちろん課員である警察官だ。
割烹の名は「警視兆」と言う。
というかなりユニークな設定で、もう興味津々で読み始めました。
序盤から笑ってしまいました。
まず、「警視兆」は、大阪の老舗割烹「失兆」(「吉兆」のモジリですね ) の流れを汲む本格的な割烹で、本庁刑事部の秘密組織だということです。
女将を務めるのは割烹課課長でもある森川春江という中年女性で、彼女の階級はなんと警視正!
相手や状況に応じて硬軟使い分けつつ柔軟に対応するやり手の女将のような森川課長。関西弁の柔らかい話し方も味があってグッドです。
板場を預かるのが花板の佐賀眠太郎以下男女合わせて7名で、そこに花菱が加わり8名になりました。
そして割烹の業務ですが、2本立てです。
1つ目は、割烹としての仕事です。
訪れるお客さんは警視庁の幹部以上で、情報交換や旧交を温めるなど様々な理由で割烹を利用します。仕事であれプライベートであれ、幹部たちにそんな場を飾るにふさわしい料理を提供するのが警視兆です。ただし、お代はきちんと請求しています。 ( 安くはないようです )
調理は花板をはじめとする一人前の料理人が担当。もちろん全員が刑事です。接客や洗い場を担当するのは板前修業中の刑事たち。花菱もその1人です。
2つ目は、刑事本来の仕事、事件の捜査です。ただし事件は、料理や飲食店が絡むもので、料理人のスキルを活かして潜入捜査も行います。
第1話で早速、花菱がフグ割烹に潜入。料理人の下働きとして働きながら、フグ毒による変死事件の真相解明にあたります。(個人的には、この第1話がいちばんおもしろかった)
さて、主人公の花菱朝彦についてです。
花形部署の捜査1課に配属されて日が浅いにも関わらず、つまらぬミスを重ねてしまうほど迂闊なところがある若手刑事です。
そんな花菱なのですが、実は優れた味覚のほか料理人としての基本も身につけているのです。なのに料理に対する拒否反応を見せるところがあります。
その理由は、父親との関係に端を発していて……。
という、何やら『美味しんぼ』っぽい要素もチラホラ。
3話構成ですが、割烹ミステリーとしての体裁を保っていたのは第1話だけで、あとは料理が絡むドタバタコメディーでした。
でも笑えるので、楽しみながら軽く読める作品です。